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chapter2__城、始動
馬の耳に嵐(1)
しおりを挟む「ジャンヌ! 今日も美しく、凛々しく、猛々しいほど麗しい。あなたの輝きの前では、太陽すら恥じ入って光を失いますね」
(おう。いきなりタラシモード全開)
ザラとエンドレの前には、簡素な玄関ドアを開けて佇む、背の高い娘がいる。
栗色の髪を高い位置でキリリと一つにまとめた、そばかすは多いが整った、精悍な印象の顔立ち。なかなか迫力のある美人だ。
腕組みして仁王立ちするジャンヌが、エンドレを一瞥すると、
「なんだ。クソ貴族か」
(ヒエッ……!?)
冷たく吐き捨て、ザラが思わず怯む。
エンドレがきょとんとしてから、めげずに微笑みを浮かべた。
「美しい唇に汚い言葉は似合いませんよ」
「はん。田舎娘の口が悪くて何が悪い。性根の汚れた色情狂にとやかく言われる筋合いないよ、ゴミカス貴族」
「ヒエッ……」
「ジャンヌ? あなたのきらめく瞳は、そんなふうにすさんだ色ではなかった。一体どうしたんですか」
怪訝に問い返すエンドレを睨むと。ジャンヌがハスキーな声を一段低くした。
「こないだ遊びに来てた村娘。あんたがうちで買った馬のエサ代を支払いに来た日にいた子、覚えてるだろ」
「ああ、えぇと……ララでしたか」
「ココだ。あんたの歯が浮きまくって総入れ歯になりそーな言葉を真に受けて、あの子、幼馴染との婚約を破棄するって言いだしたんだよ!!」
「ヒエェ……!?」
「ど、どういうことです??」
「どーもこーもあるか! ココはすっかりその気になって、あんたと結婚するつもりなのさ! あんたらの近所に住んでるってだけでデニー、婚約者側からなぜか文句を言われるし。こっちは大迷惑だ!」
「そんなバカな。ココさんには『福福しい健康美の、愛らしい方ですね』って挨拶しかした覚えありませんよ!?」
「田舎娘にはその挨拶がじゅーぶん殺し文句になんのっ!! 田舎男子の朴念仁っぷりナメんなっ!!」
怒りの形相で叫んでから、スッと顔を冷ややかなものに戻す。周囲の仮想体感温度がツンドラ並みになった。
「どんな話か知らないけどね。らんちき騒ぎしか能のない、疫病神のあんたらのお願いを聞いてやるほど、こっちは暇じゃないんだよ」
「ジャンヌ! 待っ……!」
バタン。
「……都会者への過剰反応というべき冷たい態度。田舎のよくない面です」
「冷たくされた理由は都会者のせいじゃないでしょ」
閉じられたドアの前で肩を落とすエンドレへ、ザラが冷ややかに返した。
凹凹†凹凹
トロット一家。丘のふもとにある、馬小屋を営む家族だ。
「こちらの敷地内の厩舎を改装して、きちんとした馬車の駅を設置したいの。馬の変更とトイレ休憩だけでもいいから、まずは城に来てもらわないと。そこでトロット家を雇い、駅の運営を任せたいと思っているのよ」
朝食後、そのまま食卓で会議をはじめる。ザラの計画に皆がそれぞれ反応した。
「なるほど。今までなら下で引き返してしまっていた相手に、この城の存在をアピールするんですね」
「専門家を取りこむのは悪くない案だが。わざわざ丘の上で営業することに利を感じさせるには、それなりの報酬が必要になるだろう。たとえば歩合制ではなく、一定額の時間給を保証するなどだ」
「もちろん、そのつもり」
「え~~。うちにそんな余裕あんのかよ?」
「そこはこれからの皆さんのがんばり次第でもあるので」
「とりあえず厩舎をもっとデカく、立派なものに作り直せばいいんだな」
「馬っていきなり蹴ったりするよね……」
「それじゃまずは厩舎の改装ね。あたしが交渉に行っている間、ユージンを中心に、皆で協力して作業お願いします。ヘルムートは余裕があれば、一家の給与形態のアイディアを考えてみてください。アシュレイは馬の背後に絶対立たないように」
だいたいの方針がまとまり指示を出すなか、エンドレが笑顔で挙手した。
「あの家の中心人物は、実は娘のジャンヌなんです。彼女さえ承諾すれば勝ったも同然。ジャンヌとは良好な関係を築けています、交渉は僕に任せてください」
(――とか豪語するから連れていったのに。めっちゃ戦犯だった。)
すごすご城に戻り、エンドレには一日限定のトイレ掃除を命じて。
たとえ水一杯を提供するだけだとしても、いつでも使用できるように。厩舎は男性陣に任せ、メインホールの掃除をしながらザラはため息を吐いた。
(まーね。『あなたには特別な魅力が~』なんて美形男子にまじめな顔で囁かれて。情報社会で生きた前世持ちでも、うっかり真に受けそうになりましたけどねー)
(……はあ。“疫病神”かぁ……)
ジャンヌの怒りの直接的な原因は、友人をたぶらかした(ことになっている)エンドレだろう。
だがこれまでのザラの行いをだいたい把握していて、反感を抱いているのは間違いなさそうだった。
「ザラ。戻っていたのか」
「ヘルムート」
入口を開け放して掃除中のところを、こまごました工具や建築書などを抱えたヘルムートが通りかかった。うなだれるザラを見て傍まで歩み寄る。
「どうした」
「実は……、」
ジャンヌとのやり取りを話すと、片手でこめかみのあたりを押さえる。
「戦いの前線となる城塞で傭兵を募る際、多くの城主は彼らにさまざまな特権を与えたそうだ」
「特権、かぁ」
「わかりやすく高額報酬にできるなら話は早いが。なんらか相手の望むものや、特別な地位などで釣るのが常套手段だ。……とはいえ今回の場合、障害の要因を取り除くのが先だろうな」
「ココとデニーの婚約破棄を阻止するのが先決、ってことね」
「その件に関しては私の能力を超えている。君たちで解決してくれ」
(うん。痴情のもつれ案件とか、なんか苦手そう)
彼に女癖の悪さがなさそうなのは幸いだった。口説かれた女の本気度が、エンドレの数倍危険な水域に達しそうで恐ろしい。
助言を終え厩舎へ戻っていくヘルムートを見送り、ザラが気合いを入れ直す。
「田舎者だろうと都会者だろうと。シンデレラコンプレックスに戦いを挑むのなら、それ相応の覚悟が必要よ」
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