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第六話 「胸をえぐる思い」
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ピピピ。
スマホのアラームより先に電話がなる。
僕はアラーム7時半にかけているのに、7時にかけてくるということはやつしかいない。
「おはよう。鈴木君。昨日はすごく良かったよ。今日も朝から元気だよ。飽きるまでよろしくね。」
「は~い。」
井戸沢さんと出会ってから、一日三回は電話がある。
朝、昼、夜ごとに一回電話がなる。
電話の内容は大したことはない。
「おはよう。」
「何食べた?」
「今日はこれ食べた。」
などとどうでもいいことである。
こんなくだらないことなのに、すごく僕の心は喜んでいる。
愛加とも正志ともこんなに一日何回も連絡を取り合ったりしない。
僕の日常に浸食するかのように、井戸沢さんの存在そのものが日に日に大きくなっていった。
「明日はごめんね。」
「どうしたんですか?」
「明日は土曜日で仕事休みだよね?僕ね、大阪に行くんだけど家族に会うから鈴木君と会えないんだ。ごめんね。日曜日の夜からなら電話できるからね。家族といるときはごめんだけど、電話出れないからね。」
「はい。全然大丈夫です。僕も後輩の正志とご飯に行きます。もし、大阪で井戸沢さん見かけても他人のフリしますよ。」
「賢い子だね。じゃあまた電話するね。おやすみ。」
そっか。
この週末は井戸沢さんと話せないか。
すごくつまらないな。
まあいいか。
正志と愛加にぞんざいな態度をとってきたからちゃんとしよう。
「愛加。ごめんな。最近あんまり連絡してなくて。」
「私もごめん。もしかして、良太怒ってるのかなって思って。」
「何で僕が怒ってるの?怒るとしたら愛加じゃないの?僕、全然連絡してなかったし。」
「お盆に友達と旅行行ったりしたから、女友達だけどやきもち焼いたりしちゃったのかなって思って。良太ってそういうこと面と向かって言えなさそうだし。」
「えっ。全然怒ってないよ。ちょっと陰キャラになってただけだよ。」
「じゃあ明日どっか出かける?」
「明日は正志と遊ぶんだ。ごめん。」
「ちょっと。また青山くん(正志)?会ったばっかりでしょ?何で彼女の私より会ってるのよ。てかあんたたち絶対デキている!!そうに決まっている。今度、青山くんに会ったとき、聞いてもいい?」
僕は笑ってごまかした。
またスマホが鳴った。
井戸沢さんだと思った。
またお話ができると嬉しくなった。
スマホをよくみると、66で出会ったカズさんだった。
「良太くん。こんばんは。明日、飲みに行かない?」
「ごめんなさい。明日は後輩と遊ぶ約束しているんです。」
「そんなこと言って、本当は別のおじさんと遊んでるんでしょ。」
違うのに、僕はすごくドキっとしてしまった。
「冗談だよ。良太くんに限ってそんなことないよね。また連絡するね。」
僕は悪いことをしているような気になった。
そもそもカズさんと付き合っているわけではないので、気にする必要はないと自分に強く言い聞かせた。
土曜日の昼、正志と梅田で待ち合わせをした。
服を買いに行ったり、スイーツを食べたりしていた。
ほんと正志といるとデートみたいだ。
愛加といるときと遜色がない。
気をつかわず、難しいことも考えず、楽な関係だ。
いいな。
井戸沢さんは楽しいんだけど、僕は井戸沢さんの前では猫を被りすぎている。
いい子を演じ過ぎて、ちょっと疲れてきた。
でも、すごく気になる。
正志と一緒にいるときでさえ、スマホを気にしてしまう。
井戸沢さんからメッセージでもいい。
何か言葉が欲しい。
夜は正志とハンバーグ屋さんに行くことにした。
ここは巨大ハンバーグで有名な「バクバクバーグ」だ。
僕は500gのチーズハンバーグに挑戦することに決めた。
「正志、どっちが早く食べ終わるか、勝負しよ。」
「いいよ。負けた方がおごりな。」
こういうところは僕も正志も幼稚だった。
バクバクバクバク。
学生の頃は、僕は人並み以上に食欲があった。
スポーツをしなくなった影響か圧倒的に正志の方が食べるペースが早い。
「良太遅い。高校の時の方が早かった。」
「もうすぐ26歳のおっさんやもん。仕方ないやん。食べ過ぎた~。」
ピピッ。
そのとき、僕のスマホが鳴った。
僕は目が輝いた。
こんな時間に鳴るなんて、井戸沢さんしかいないと思ったからだ。
「良太って今日ずっとスマホいじってるよな。前はそんなんじゃなかったのに。」
「ちょっと仕事関係。仕方ないやん。仕事やから。」
カズさんだった。
昨日連絡きたばっかりなのに、なぜ?
僕はひどく落胆した。
だが、その内容を知って、さらに、もっと、より、ずっと僕の心は落胆した。
「良太くん。こんばんは。今、前に良太くんときたゲイバー来てるんだけど、またあの時のおじさんいるよ。やたら良太くんにちょっかいかけてきたおじさん。東京から来ている若い男の子といるよ。若い男の子だったら誰でもいいんだね。節操ないね。良太くんなら大丈夫だと思うけど、気をつけてね。」
僕は今まで生まれてきて、メッセージ一つでこれだけ重く心にのしかかってきたのは初めてだった。
井戸沢さんは家族と会ってるんじゃなかったの?
何で嘘つくの?
僕と井戸沢さん付き合っているわけじゃないじゃん。
嘘つく必要ある?
東京の友達が来るから連絡できないって言えばいいじゃん。
いや東京の彼氏か。
彼氏が来るから連絡取れないって言えばいいだけ。
気を遣っている?
大きなお世話。
負の感情が一気に押し寄せてきた。
気分も悪くなり、一気にトイレに駆け込んだ。
「良太!!大丈夫!?」
全部、吐いてしまった。
精神的なことで吐いてしまうなんて、経験したことがない。
「ごめん。正志。気分悪いから帰るわ。」
「ちょっと、良太!!なんで?」
正志を置き去りにして、一人店を出て行った。
他人のことを考える余裕がない。
僕の心にあるドス黒いものは何なのか。
冷静に考えてみよう。
なぜ、僕はショックを受ける必要があるのか?
僕と井戸沢さんは友達である。
井戸沢さんは僕に内緒で東京の友達に会っていた。
それだけの話である。
それのどこにそんなにショックを受ける必要がある?
百歩譲って僕が井戸沢さんに恋心を抱いていたとしよう。
ただのやきもちだよな?
やきもちって名前はかわいいのに、それとは裏腹に僕の心は煮えくりかえっている。
目の前に井戸沢さんとその友達とやらがいたら、ぶん殴りたいくらいだ。
熱くなるな。
落ち着け、良太。
そう。
この頃くらいからか、僕の心は分離し始めたんだ。
まるで二人いるかのよう。
井戸沢さんとの問題が起きるたびにもう一人の僕が慰めてくれる。
その僕は、僕には優しい。
だけど、井戸沢さんにはとことんひどい。
たぶん悪魔なんだと思う。
でも悪魔でもなんでもいいんだ。
僕にはその悪魔しか味方がいないんだから。
良太。
提案がある。
何?
井戸沢とは連絡を取るな。
おまえには向いていない。
あいつはおまえを不幸にする。
おまえを快楽の道具にしかみていない。
あいつも言っていただろ?
「飽きるまで楽しもう。」
「鈴木君は友達。」
なんて都合の良い言葉なんだ。
ちょっと考えたら、わかるだろ?
あいつはおまえだけを大事にすることはできない。
飽きたら捨てられるぞ。
わかった。
連絡を取らない。
連絡先を早速削除だ。
井戸沢さんの電話番号を消した。
知らない番号から電話があれば、井戸沢さんだ。
出てはいけない。
無視しろ。
案の定、日曜日の夜、知らない番号から電話が鳴り続けた。
「鈴木君。こんばんは。さっき家に帰ってきたよ。寂しいな。電話出て欲しいな。おやすみ。」
次の日の朝も電話が鳴った。
「おはよう。鈴木君。昨日、電話出てくれなかったね。何かあったの?メッセージだけでも返してください。時間があるときでいいので。」
昼休みにも。
「鈴木君。仕事忙しいの?僕は心配しています。ちゃんと休んでね。」
夜は。
「鈴木君。」
メッセージを無視し続ける僕の感情はひどく高まっていた。
なんて快感なんだ。
もしかして、井戸沢さんはショックを受けているのかもしれないと思い始めたからだ。
でも、すごく楽しくなってきた。
僕が受けた傷はそのまま返してやる。
いや何倍にもして。
「鈴木君。心配です。連絡ください。」
何が心配なのだろうか?
好き勝手、手当たり次第に若い男と遊ぶくせに。
いやいや。
自由に好き勝手に生きてください。
井戸沢さん。
そんなあなたを壊すために僕は生まれてきたのかもしれません。
あなたがいう通り、お互い飽きるまで楽しみましょうよ。
つづく。
スマホのアラームより先に電話がなる。
僕はアラーム7時半にかけているのに、7時にかけてくるということはやつしかいない。
「おはよう。鈴木君。昨日はすごく良かったよ。今日も朝から元気だよ。飽きるまでよろしくね。」
「は~い。」
井戸沢さんと出会ってから、一日三回は電話がある。
朝、昼、夜ごとに一回電話がなる。
電話の内容は大したことはない。
「おはよう。」
「何食べた?」
「今日はこれ食べた。」
などとどうでもいいことである。
こんなくだらないことなのに、すごく僕の心は喜んでいる。
愛加とも正志ともこんなに一日何回も連絡を取り合ったりしない。
僕の日常に浸食するかのように、井戸沢さんの存在そのものが日に日に大きくなっていった。
「明日はごめんね。」
「どうしたんですか?」
「明日は土曜日で仕事休みだよね?僕ね、大阪に行くんだけど家族に会うから鈴木君と会えないんだ。ごめんね。日曜日の夜からなら電話できるからね。家族といるときはごめんだけど、電話出れないからね。」
「はい。全然大丈夫です。僕も後輩の正志とご飯に行きます。もし、大阪で井戸沢さん見かけても他人のフリしますよ。」
「賢い子だね。じゃあまた電話するね。おやすみ。」
そっか。
この週末は井戸沢さんと話せないか。
すごくつまらないな。
まあいいか。
正志と愛加にぞんざいな態度をとってきたからちゃんとしよう。
「愛加。ごめんな。最近あんまり連絡してなくて。」
「私もごめん。もしかして、良太怒ってるのかなって思って。」
「何で僕が怒ってるの?怒るとしたら愛加じゃないの?僕、全然連絡してなかったし。」
「お盆に友達と旅行行ったりしたから、女友達だけどやきもち焼いたりしちゃったのかなって思って。良太ってそういうこと面と向かって言えなさそうだし。」
「えっ。全然怒ってないよ。ちょっと陰キャラになってただけだよ。」
「じゃあ明日どっか出かける?」
「明日は正志と遊ぶんだ。ごめん。」
「ちょっと。また青山くん(正志)?会ったばっかりでしょ?何で彼女の私より会ってるのよ。てかあんたたち絶対デキている!!そうに決まっている。今度、青山くんに会ったとき、聞いてもいい?」
僕は笑ってごまかした。
またスマホが鳴った。
井戸沢さんだと思った。
またお話ができると嬉しくなった。
スマホをよくみると、66で出会ったカズさんだった。
「良太くん。こんばんは。明日、飲みに行かない?」
「ごめんなさい。明日は後輩と遊ぶ約束しているんです。」
「そんなこと言って、本当は別のおじさんと遊んでるんでしょ。」
違うのに、僕はすごくドキっとしてしまった。
「冗談だよ。良太くんに限ってそんなことないよね。また連絡するね。」
僕は悪いことをしているような気になった。
そもそもカズさんと付き合っているわけではないので、気にする必要はないと自分に強く言い聞かせた。
土曜日の昼、正志と梅田で待ち合わせをした。
服を買いに行ったり、スイーツを食べたりしていた。
ほんと正志といるとデートみたいだ。
愛加といるときと遜色がない。
気をつかわず、難しいことも考えず、楽な関係だ。
いいな。
井戸沢さんは楽しいんだけど、僕は井戸沢さんの前では猫を被りすぎている。
いい子を演じ過ぎて、ちょっと疲れてきた。
でも、すごく気になる。
正志と一緒にいるときでさえ、スマホを気にしてしまう。
井戸沢さんからメッセージでもいい。
何か言葉が欲しい。
夜は正志とハンバーグ屋さんに行くことにした。
ここは巨大ハンバーグで有名な「バクバクバーグ」だ。
僕は500gのチーズハンバーグに挑戦することに決めた。
「正志、どっちが早く食べ終わるか、勝負しよ。」
「いいよ。負けた方がおごりな。」
こういうところは僕も正志も幼稚だった。
バクバクバクバク。
学生の頃は、僕は人並み以上に食欲があった。
スポーツをしなくなった影響か圧倒的に正志の方が食べるペースが早い。
「良太遅い。高校の時の方が早かった。」
「もうすぐ26歳のおっさんやもん。仕方ないやん。食べ過ぎた~。」
ピピッ。
そのとき、僕のスマホが鳴った。
僕は目が輝いた。
こんな時間に鳴るなんて、井戸沢さんしかいないと思ったからだ。
「良太って今日ずっとスマホいじってるよな。前はそんなんじゃなかったのに。」
「ちょっと仕事関係。仕方ないやん。仕事やから。」
カズさんだった。
昨日連絡きたばっかりなのに、なぜ?
僕はひどく落胆した。
だが、その内容を知って、さらに、もっと、より、ずっと僕の心は落胆した。
「良太くん。こんばんは。今、前に良太くんときたゲイバー来てるんだけど、またあの時のおじさんいるよ。やたら良太くんにちょっかいかけてきたおじさん。東京から来ている若い男の子といるよ。若い男の子だったら誰でもいいんだね。節操ないね。良太くんなら大丈夫だと思うけど、気をつけてね。」
僕は今まで生まれてきて、メッセージ一つでこれだけ重く心にのしかかってきたのは初めてだった。
井戸沢さんは家族と会ってるんじゃなかったの?
何で嘘つくの?
僕と井戸沢さん付き合っているわけじゃないじゃん。
嘘つく必要ある?
東京の友達が来るから連絡できないって言えばいいじゃん。
いや東京の彼氏か。
彼氏が来るから連絡取れないって言えばいいだけ。
気を遣っている?
大きなお世話。
負の感情が一気に押し寄せてきた。
気分も悪くなり、一気にトイレに駆け込んだ。
「良太!!大丈夫!?」
全部、吐いてしまった。
精神的なことで吐いてしまうなんて、経験したことがない。
「ごめん。正志。気分悪いから帰るわ。」
「ちょっと、良太!!なんで?」
正志を置き去りにして、一人店を出て行った。
他人のことを考える余裕がない。
僕の心にあるドス黒いものは何なのか。
冷静に考えてみよう。
なぜ、僕はショックを受ける必要があるのか?
僕と井戸沢さんは友達である。
井戸沢さんは僕に内緒で東京の友達に会っていた。
それだけの話である。
それのどこにそんなにショックを受ける必要がある?
百歩譲って僕が井戸沢さんに恋心を抱いていたとしよう。
ただのやきもちだよな?
やきもちって名前はかわいいのに、それとは裏腹に僕の心は煮えくりかえっている。
目の前に井戸沢さんとその友達とやらがいたら、ぶん殴りたいくらいだ。
熱くなるな。
落ち着け、良太。
そう。
この頃くらいからか、僕の心は分離し始めたんだ。
まるで二人いるかのよう。
井戸沢さんとの問題が起きるたびにもう一人の僕が慰めてくれる。
その僕は、僕には優しい。
だけど、井戸沢さんにはとことんひどい。
たぶん悪魔なんだと思う。
でも悪魔でもなんでもいいんだ。
僕にはその悪魔しか味方がいないんだから。
良太。
提案がある。
何?
井戸沢とは連絡を取るな。
おまえには向いていない。
あいつはおまえを不幸にする。
おまえを快楽の道具にしかみていない。
あいつも言っていただろ?
「飽きるまで楽しもう。」
「鈴木君は友達。」
なんて都合の良い言葉なんだ。
ちょっと考えたら、わかるだろ?
あいつはおまえだけを大事にすることはできない。
飽きたら捨てられるぞ。
わかった。
連絡を取らない。
連絡先を早速削除だ。
井戸沢さんの電話番号を消した。
知らない番号から電話があれば、井戸沢さんだ。
出てはいけない。
無視しろ。
案の定、日曜日の夜、知らない番号から電話が鳴り続けた。
「鈴木君。こんばんは。さっき家に帰ってきたよ。寂しいな。電話出て欲しいな。おやすみ。」
次の日の朝も電話が鳴った。
「おはよう。鈴木君。昨日、電話出てくれなかったね。何かあったの?メッセージだけでも返してください。時間があるときでいいので。」
昼休みにも。
「鈴木君。仕事忙しいの?僕は心配しています。ちゃんと休んでね。」
夜は。
「鈴木君。」
メッセージを無視し続ける僕の感情はひどく高まっていた。
なんて快感なんだ。
もしかして、井戸沢さんはショックを受けているのかもしれないと思い始めたからだ。
でも、すごく楽しくなってきた。
僕が受けた傷はそのまま返してやる。
いや何倍にもして。
「鈴木君。心配です。連絡ください。」
何が心配なのだろうか?
好き勝手、手当たり次第に若い男と遊ぶくせに。
いやいや。
自由に好き勝手に生きてください。
井戸沢さん。
そんなあなたを壊すために僕は生まれてきたのかもしれません。
あなたがいう通り、お互い飽きるまで楽しみましょうよ。
つづく。
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