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第8章
午後1時10分 (ISS国際宇宙ステーション)
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日本の太陽観測衛星「ひので」が太陽の黒点AR2937での巨大フレアの発生を観測してから3時間余りが過ぎようとしていた。
避難モジュール区域に入った クルーニー船長以下5人の搭乗クルーたちは、宇宙空間上での可能な限りの観測を試み、太陽の発した放射線量やエネルギー放出量などの詳しいデータを入手しようと試行錯誤のチャレンジをしていた。 当初は日本の太陽観測衛星「ひので」やNASAの太陽観測衛星「ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリー」や「アイリス」などの各国が打ち上げた太陽観測衛星からの観測データを手に入れることが出来ていたのだが、国際宇宙ステーションとそれぞれの太陽観測衛星とを結ぶ宇宙空間の通信が次々とダウンして情報収集そのものが難しい状況となり始めていた。
放射線の影響や太陽のエネルギーに対して強く設計された太陽観測衛星自体は 太陽観測がしやすいように放射線障害や高エネルギーに対応できるように設計されているはずで、地上400kmほどを飛ぶ国際宇宙ステーションとは違い、地上700kmから1000kmほどの高い高度で観測を続行していると期待されたのだが、国際宇宙ステーションとそれぞれの太陽観測衛星とのコンタクトをするための、通信衛星が次々とダウンしている中では太陽観測衛星の詳しいデータを手に入れる事は至難の業の状況となっていた。
国際宇宙ステーション自身が観測した太陽の情報を地上に送信するにも、通信衛星が正常に機能せず、不安定な状態の中では地球上に7か所ある地上の中継通信施設を経由してNASAなどの機関に観測結果を送信しなければならず、通常の観測データ収集とは違った難しい局面にぶつかることとなった。
かってアポロ計画の月面着陸が話題となった時代では、宇宙と地上とを結ぶ通信方法は宇宙船と地上の電波受信施設を結び、地上の海底通信ケーブルを通じて情報を伝達する方法が一般的だったのだが、現代の情報社会では宇宙からの通信においては宇宙空間に多数配置された通信衛星の複数を経由して地上局との連絡を取り合う形が常識となり、地上の通信施設を経由する方式は非常時に限られているのが実情で、もちろん地上回線や海底ケーブル回線が昔と比較して脆弱になっているわけではなく、かっての銅線などのメタルケーブルは光ファイバーケーブルに置き換えられて、アポロ計画の時代と比較すれば通信手段や通信容量、伝達スピードなどは数千倍から数万倍の情報伝達力を持っているが、国際宇宙ステーションから、地上の中継施設を経由しての通信の手法は、飛行士達にとっても煩わしい状況であることには間違いなかった。
現代では宇宙と地上との通信ではインターネットの通信はなくてはならないものとなっているが、その伝達力も宇宙の通信衛星を通じた場合と比較して速度が劣化し、大量の観測データを送信する為には通常とは比較にならない煩雑さと通信の不安定さの中で地上と連絡をとる必要が増していた。
太陽フレアの観測ではX線などの放射線量をはじめ、高エネルギー電子線量、太陽風の強さ、速さなどを観測しそのデータの検証も無くてはならないものなのだが、今回の太陽嵐の規模はこれまで体験したこともない数値で、その状況もとてつもない数値であることが次第にわかってきた。
エネルギーの強さの規模は地球にとって 通常は風速が25mほどで台風やハリケーンが襲来したと大騒ぎになるような中で、突如として風速100m級のスーパー台風が発生し、襲ってきたようなものだった。 それはまさに未知の体験となるであろうことが観測された数値を見ても明らかだった。 この太陽嵐が厄介なところは その重大さに人々が気付きにくいことで、台風であれば猛烈な風や雨量の数値によって危険を感じ、それが及ぼす家屋の倒壊や川の水位の増加などから避難を考え身構えることが出来るし、地震の発生であれば地面や家屋の揺れを直観的に感じる中で、その対処の仕方を考え、体制を整えたり行動し避難することができるのだが、太陽嵐の中では人々は取り立てて危険を感じるわけでもなく、迫りくる数々の危険を想像することさえも難しいものであった。
太陽の発する強い紫外線であれば 人々は「まぶしい」と感じてサングラスをしたり、日焼け止めクリームを塗ってその対応策を取ることもできるだろうが、X線やガンマ線やアルファ線、ベータ線、中性子線と言った放射線に対しては人々はその防護策を簡単に講じてその被爆から防ぐ事は容易な事ではなく、無力であった。 まあ、放射線そのものは地球の持つ大気のバリアによってその多くは拡散し、人体に大きな被害を及ぼすことはないだろうと思われたが、地球で生活する人々は見上げる太陽でそのような事態が発生しても気が付つくことも直接的に影響を受ける事もなく、気象学的には大規模な太陽嵐の発生は雲を増量させ台風などを多く生み出したのでないかという研究もあるが、太陽嵐によって大規模な災害が引き起こされたという記録は皆無だった。
太陽フレアの発生から国際宇宙ステーションは2度目の朝を迎えた。 国際宇宙ステーションは秒速8km、時速にすると2万7600kmほどのスピードで地球を1周90分ほどの時間をかけて周回している。 ステーションは今、あらためて太陽と地球の中間地点に位置し 太陽の正面に出ようとしていた。小さな観測窓からは、オーストラリア大陸が真下に見える位置に来ていた。
30分ほど前に南極の上空をアフリカの側から通過した時には これまであまり見たことのないほどの大きなオーロラの緑の輪が南アフリカの喜望峰の近くまで広がっている様子を見ることが出来た。夏至の季節が近い北半球の北極では、白夜を迎える季節でもあり、オーロラは観測しにくい時期なのだが、東京やロンドン、ニューヨーク、北京などの低緯度に位置する世界の大都市などでも夜間にオーロラを観測することになるかもしれないと日本人クルーの内田は感じ始めていた。
国際宇宙ステーションのミッションスペシャリストのドイツ人クルーのラインツがポツリとつぶやいた。
「ベルリンの空でオーロラが見えたら 幻想的な情景に地上では大騒ぎになるだろうな・・・。」
応じるように内田も応えた。
「東京の空でもオーロラが見えるかもしれない。まあ。大都会の明るい照明の中で どこまでオーロラを認識することが出来るかは疑問だけれどな。」
二人の会話を聞いていた 船長のクルーニーが故郷のアラスカの話をし始めた。
「俺は小学生の時まで アラスカのアンカレッジ郊外で育ったけれど、北緯60度くらいのアンカレッジでもめったにオーロラを見る機会は無かった。」
「冬になると家族でフェアバンクスあたりまでオーロラを見るために北上して行くんだ。マイナス30度の、空気さえも凍り付きそうな自然の極寒の中で見るあの緑色に輝く空のカーテンはこの世の物とは思えない景色だよ。」
「オーロラが見える夜は 空気が澄んで、星も瞬いて、降ってくるような空で、そんなオーロラがニューヨークやベルリン、ロンドン、東京の大都市の空を覆う事になったら、見た人は感動するな。」
クルーニーは少年時代の懐かしい思い出に浸っていた。
「しかし、オーロラが低緯度の都会の空で見える事ってかなり異常な事なんだよな。本来は見えるはずの無い、低緯度地域でオーロラの現象を見ることができるとしたら、それはとても恐ろしい事態が起きている証拠なのかもしれない。」
避難モジュール区域に入った クルーニー船長以下5人の搭乗クルーたちは、宇宙空間上での可能な限りの観測を試み、太陽の発した放射線量やエネルギー放出量などの詳しいデータを入手しようと試行錯誤のチャレンジをしていた。 当初は日本の太陽観測衛星「ひので」やNASAの太陽観測衛星「ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリー」や「アイリス」などの各国が打ち上げた太陽観測衛星からの観測データを手に入れることが出来ていたのだが、国際宇宙ステーションとそれぞれの太陽観測衛星とを結ぶ宇宙空間の通信が次々とダウンして情報収集そのものが難しい状況となり始めていた。
放射線の影響や太陽のエネルギーに対して強く設計された太陽観測衛星自体は 太陽観測がしやすいように放射線障害や高エネルギーに対応できるように設計されているはずで、地上400kmほどを飛ぶ国際宇宙ステーションとは違い、地上700kmから1000kmほどの高い高度で観測を続行していると期待されたのだが、国際宇宙ステーションとそれぞれの太陽観測衛星とのコンタクトをするための、通信衛星が次々とダウンしている中では太陽観測衛星の詳しいデータを手に入れる事は至難の業の状況となっていた。
国際宇宙ステーション自身が観測した太陽の情報を地上に送信するにも、通信衛星が正常に機能せず、不安定な状態の中では地球上に7か所ある地上の中継通信施設を経由してNASAなどの機関に観測結果を送信しなければならず、通常の観測データ収集とは違った難しい局面にぶつかることとなった。
かってアポロ計画の月面着陸が話題となった時代では、宇宙と地上とを結ぶ通信方法は宇宙船と地上の電波受信施設を結び、地上の海底通信ケーブルを通じて情報を伝達する方法が一般的だったのだが、現代の情報社会では宇宙からの通信においては宇宙空間に多数配置された通信衛星の複数を経由して地上局との連絡を取り合う形が常識となり、地上の通信施設を経由する方式は非常時に限られているのが実情で、もちろん地上回線や海底ケーブル回線が昔と比較して脆弱になっているわけではなく、かっての銅線などのメタルケーブルは光ファイバーケーブルに置き換えられて、アポロ計画の時代と比較すれば通信手段や通信容量、伝達スピードなどは数千倍から数万倍の情報伝達力を持っているが、国際宇宙ステーションから、地上の中継施設を経由しての通信の手法は、飛行士達にとっても煩わしい状況であることには間違いなかった。
現代では宇宙と地上との通信ではインターネットの通信はなくてはならないものとなっているが、その伝達力も宇宙の通信衛星を通じた場合と比較して速度が劣化し、大量の観測データを送信する為には通常とは比較にならない煩雑さと通信の不安定さの中で地上と連絡をとる必要が増していた。
太陽フレアの観測ではX線などの放射線量をはじめ、高エネルギー電子線量、太陽風の強さ、速さなどを観測しそのデータの検証も無くてはならないものなのだが、今回の太陽嵐の規模はこれまで体験したこともない数値で、その状況もとてつもない数値であることが次第にわかってきた。
エネルギーの強さの規模は地球にとって 通常は風速が25mほどで台風やハリケーンが襲来したと大騒ぎになるような中で、突如として風速100m級のスーパー台風が発生し、襲ってきたようなものだった。 それはまさに未知の体験となるであろうことが観測された数値を見ても明らかだった。 この太陽嵐が厄介なところは その重大さに人々が気付きにくいことで、台風であれば猛烈な風や雨量の数値によって危険を感じ、それが及ぼす家屋の倒壊や川の水位の増加などから避難を考え身構えることが出来るし、地震の発生であれば地面や家屋の揺れを直観的に感じる中で、その対処の仕方を考え、体制を整えたり行動し避難することができるのだが、太陽嵐の中では人々は取り立てて危険を感じるわけでもなく、迫りくる数々の危険を想像することさえも難しいものであった。
太陽の発する強い紫外線であれば 人々は「まぶしい」と感じてサングラスをしたり、日焼け止めクリームを塗ってその対応策を取ることもできるだろうが、X線やガンマ線やアルファ線、ベータ線、中性子線と言った放射線に対しては人々はその防護策を簡単に講じてその被爆から防ぐ事は容易な事ではなく、無力であった。 まあ、放射線そのものは地球の持つ大気のバリアによってその多くは拡散し、人体に大きな被害を及ぼすことはないだろうと思われたが、地球で生活する人々は見上げる太陽でそのような事態が発生しても気が付つくことも直接的に影響を受ける事もなく、気象学的には大規模な太陽嵐の発生は雲を増量させ台風などを多く生み出したのでないかという研究もあるが、太陽嵐によって大規模な災害が引き起こされたという記録は皆無だった。
太陽フレアの発生から国際宇宙ステーションは2度目の朝を迎えた。 国際宇宙ステーションは秒速8km、時速にすると2万7600kmほどのスピードで地球を1周90分ほどの時間をかけて周回している。 ステーションは今、あらためて太陽と地球の中間地点に位置し 太陽の正面に出ようとしていた。小さな観測窓からは、オーストラリア大陸が真下に見える位置に来ていた。
30分ほど前に南極の上空をアフリカの側から通過した時には これまであまり見たことのないほどの大きなオーロラの緑の輪が南アフリカの喜望峰の近くまで広がっている様子を見ることが出来た。夏至の季節が近い北半球の北極では、白夜を迎える季節でもあり、オーロラは観測しにくい時期なのだが、東京やロンドン、ニューヨーク、北京などの低緯度に位置する世界の大都市などでも夜間にオーロラを観測することになるかもしれないと日本人クルーの内田は感じ始めていた。
国際宇宙ステーションのミッションスペシャリストのドイツ人クルーのラインツがポツリとつぶやいた。
「ベルリンの空でオーロラが見えたら 幻想的な情景に地上では大騒ぎになるだろうな・・・。」
応じるように内田も応えた。
「東京の空でもオーロラが見えるかもしれない。まあ。大都会の明るい照明の中で どこまでオーロラを認識することが出来るかは疑問だけれどな。」
二人の会話を聞いていた 船長のクルーニーが故郷のアラスカの話をし始めた。
「俺は小学生の時まで アラスカのアンカレッジ郊外で育ったけれど、北緯60度くらいのアンカレッジでもめったにオーロラを見る機会は無かった。」
「冬になると家族でフェアバンクスあたりまでオーロラを見るために北上して行くんだ。マイナス30度の、空気さえも凍り付きそうな自然の極寒の中で見るあの緑色に輝く空のカーテンはこの世の物とは思えない景色だよ。」
「オーロラが見える夜は 空気が澄んで、星も瞬いて、降ってくるような空で、そんなオーロラがニューヨークやベルリン、ロンドン、東京の大都市の空を覆う事になったら、見た人は感動するな。」
クルーニーは少年時代の懐かしい思い出に浸っていた。
「しかし、オーロラが低緯度の都会の空で見える事ってかなり異常な事なんだよな。本来は見えるはずの無い、低緯度地域でオーロラの現象を見ることができるとしたら、それはとても恐ろしい事態が起きている証拠なのかもしれない。」
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