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第1章
午前10時20分 (ISS国際宇宙ステーション)
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巨大黒点群のAR2937が太陽の赤道上の左端に表れたのは5月16日の事だった。
地球の直系の20倍から30倍ほどの大きさはあろうかという巨大な黒点が、5日ほどかけて地球のほぼ正面に位置した時それは起きた。
地球の地上から680Kmの高度を飛行する 日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運用する 太陽観測衛星の「ひので」が 黒点AR2937での巨大フレアの発生を観測したのは午前10時20分のことだった。
それはかって人類の太陽観測においては記録したことのない X62という巨大な数値の太陽フレアを観測したのだ。 各国の太陽観測衛星が観測した情報は即座に地球の各地にある太陽観測施設に配信された。 日本では1988年に情報通信研究機構(NICT) 傘下で宇宙天気情報センターとして開設された機関があり、宇宙天気の予報官たちはこの記録された数値を見て驚愕することとなった。 観測結果を過去の膨大なデータから検証することとなっがその記録された数値は、まさに未経験の大きな数値であり、宇宙天気の予報官達もこれから地球にどのような影響が及ぼされるのか想像する事すら困難な物であることはすぐに理解できるものだった。
宇宙天気予報として臨時情報が発信され、緊急のアラート警報が航空会社や通信会社などに伝えられ、インターネットなどを通じて一般にも緊急事態の発生が配信されることとなった。
アラートの警報を受けた 世界中の航空運航者達は即座に飛行中の航空機に連絡を入れ、国際線においては北極航路などの高緯度の航空路線から可能な限り低緯度の航路を運航するようにとの指示が出されることとなった。日本の航空会社で国際線を運航している大日航空や、全日本航空にも北米路線や欧州路線に対して航路の変更をするように緊急の通報がなされ、北極航路などを飛行コースにしていた航空機に対しては可能な限り赤道に近い低緯度航路に移るように指示され、飛行計画を出していたアメリカ向けやヨーロッパ向けの各飛行機には待機するように飛行の制限が出され、羽田や成田、関空、中部などの国際空港では多くの飛行機が飛び立つことの出来ない状況に陥ることとなった。
地球の軌道上400kmの高さを飛行する国際宇宙ステーション(ISS)では、この太陽フレアの観測情報を受信すると、5人の搭乗乗組員たちは 襲来が予想される強い放射線から身を守るため、機内の緊急避難区域ブースへの避難が必要となった。国際宇宙ステーションは大気圏外を飛行しているため地上のように大気や地球の磁場に船体や乗組員が守られることが無い。そのため、大きな太陽フレアを観測した時には 襲来する放射線などから宇宙飛行士の被爆を避けるため、安全な防御区画に避難する緊急マニュアルが定められている。
ちょうど船外活動をしていた、ドイツ人のミッションスペシャリストのラインツ・ハインデマンは、船長のミッシェル・クルーニーから、緊急指示を受けることとなった。
「ラインツ、すぐに船外作業を中止してISSの船内に避難してくれ。大規模な太陽フレアが発生した。まもなく強い放射線が降り注いでくるぞ・・・」
「そんなに強いのがくるのか?」
ISSの太陽パネルの欠損部分の修理をしていたラインツは、あと10分ほどあれば修理作業を終えるところまで来ていたので、すぐにISSの船内に戻ることには躊躇するところがあった。
「船長、あと10分ほど待ってくれないか。」
「申し訳ないが、今回のフレアはちょっと大きすぎるんだ。船内クルーも放射線防御区画に避難しないと厳しいと思う。作業を終えて大至急ISSの船内に戻ってくれ。これは船長としての命令だ、クルー全員の被ばくだけはなんとしても避け無ければならない。」
船長のクルーニーは緊急事態であることをラインツに伝えた。
「OK! わかった すぐにエアロックに入るよ。」
ラインツには作業に心残りのところはあったが、クルーニーの事態が差し迫った声の口調を聞いてその状況を理解した。 ISSへの避難の手順では サッカーコートほどもある宇宙ステーションの太陽パネルから中央部分にある外部への出入り口に移動してエアロックを通じて船内に入り、気圧を調整して船外活動用の宇宙服を脱いで、非常時に対応する宇宙服に着替えてから国際宇宙ステーションの中で最も宇宙放射線に対して防御が強いと認定されているロシア製の避難区画モジュールの中に逃げ込まなければならなかった。
通常時の乗員クルーたちは行動が比較的楽で活動的な ラフなショートパンツにTシャツというスタイルでステーション内で生活している事が多が、緊急アラートが発せられた時には、ソユーズ宇宙船で地球とステーションとの間を行き来する時と同じ様に、オレンジ色の船内用の宇宙服を着用することが定められていた。この船内用の宇宙服では気密性が高く、ステーションが損傷した時などにも一定時間において乗員たちの生命を維持できる安全性が保たれるように作られていて、船内での行動に窮屈さはあるものの、その仕様には強い耐久性が付けられていた。
船長クルーニーは、日本のJAXAからベイロードスペシャリストとして参加している物理学研究員の内田誠に助言を求めた。
「内田君、この規模の太陽フレアが地球に及ぼす影響はどのような規模の物だろうか? ISSの放射線防御区画ならとりあえずクルーへの影響は食い止めることが出来ると思うのだけど・・・」
太陽からの高エネルギーの放射線は、プラズマ状態のアルファ線(α線)、ベータ線(β線)、ガンマ線(γ線)、X線、中性子線、そして、電磁波の光としてのエックス(X)線やワイ(Y)線などがあるのだが、地球では放射線の多くは ヴァン・アレン帯という地球自体が持つ地磁気によって防御され アルファ線の多くは大気層でオーロラとなって消滅し、ベータ線はヴァン・アレン帯にはじかれて地球の大気と反応して消えることとなり、エックス線やワイ線などは熱エネルギーに変換されるという中で、地球の大気圏内にいる人類や動植物には大きな影響が及ぼされることはないと言われている。 しかし、直接宇宙放射線に直接さらされ、大気や磁場に守られることがない宇宙空間にある国際宇宙ステーションなどの人工衛星には放射線が大量に降り注ぎ、乗組員たちは最悪の場合放射線被ばくに侵される可能性も否定できないものだった。
太陽フレアの発生によって太陽粒子と呼ばれる高エネルギーの粒子が降り注いでくる。太陽でのフレアの発生から最も早い粒子群が地球に降り注ぐまでの時間は約30分ほどだと言われている。宇宙飛行士が避難に対しての時間的余裕は30分しかないのだ。
強い放射線に影響を受けて太陽電池パネルなどの機器が劣化したり故障することも少なくなく、宇宙船にとって太陽フレアの太陽嵐によって起きる影響は侮ることのできない深刻な物であった。 かって 日本の作った小惑星探査衛星の「はやぶさ」がミッションの最中にエンジン故障に見舞われた最大の理由は、この太陽フレアの放射線の影響を受けたことが原因だった。国際宇宙ステーションに限らず、宇宙空間にある多くの人工衛星が、太陽嵐の為に故障したり機能不全に陥ることは否定できず、太陽フレアの規模が大きければ大きいほどその可能性は高い物と考えられた。
クルーニー船長の質問に 内田は答えた。
「船長、人類の宇宙探査の歴史の中で これほどの規模の太陽フレアに襲われるのは初めての事だと思います。われわれ国際宇宙ステーションの乗組員が本当に守られるかどうかも非常に危険な状況です。おそらく大丈夫であろうと思いますが、軽度の被爆に襲われる可能性は否定できません。我々にとっては、これからどれほどの時間にわたって放射線が降り注ぐかも大きなポイントだと思います。」
「今回の太陽フレアの規模ですと、我々のステーションの影響も甚大ですが、宇宙空間を飛行中の他の人工衛星も大きな影響を受ける事が考えられます。 放射線の影響で損傷した人工衛星が制御不能になり、地球の引力に引き寄せられて落下していく衛星も少なからず出てくると思いますし、通信衛星を始め、GPS衛星、気象衛星など多く人工衛星は制御ができなくなる事が考えられます。スペースデブリ(宇宙ゴミ)化してしまう可能性もあります。むしろこのことの方が心配です。大量のデブリとなった宇宙ゴミが地球を周回するようになればいずれこの国際宇宙ステーションへの影響が出ることも考えられます。」
「そうか、通信衛星がやられると地球との連絡もいろいろと難しい局面になりそうだしな・・・」
クルーニーは内田の説明を受けて、苦渋の顔色を浮かべた。
NASAの訓練の中で、太陽フレアの影響を受けたときの緊急事態の対処法に対しては何度もシュミレーションをして、その行動方法に対しては いろいろな想定の中で対応策を講じてきたが、今回の規模の巨大なフレアの発生時に対しての対応に対しては、それは想定外の事だった。
内田が続けて 考えられる今後起きうる事態の推察を話し始めた。
その内容を聞く中で クルーニーをはじめ他のクルーたちの背中が凍り付くような感じになるのだった。
「地上では これから想像もできない事態に襲われることになるかもしれません。」
「通信衛星の損傷や電波障害は多くの通信手段を切断する可能性があります。 携帯電話やスマートフォンなどの移動通信は壊滅状態になりえますし、大きな磁気嵐の発生は地磁気の大規模な乱れを生じさせて、地球規模での大停電などの恐ろしい事態を引き起こすことも考えられます。一歩間違うと停電に襲われるというより、電気と言う文明の糧をこれからの長い時間にわたって失ってしまう地域が発生する事もあり得ます。」
「それは、21世紀の世界から 一夜にして中世の電気の無い時代に還ってしまう事態です。」
船外活動を中断してエアロックに逃げ込んだミッションスペシャリストの ドイツ人クルーのラインツが、青白い顔を紅潮させながら、エアロックを出て 放射線防護区画へと帰ってきた。
「状況はどうなんだ?」
「まだ詳しい状況やデータは入手出来ていないんだ。」
「太陽観測衛星からのデータだと、かなり大きな太陽フレアが発生したことは間違いない。」
NASAの地上コントロールセンターとの通信連絡も、通信衛星の不調と電波障害が重なって通信状況がかなり厳しいものになり始めていた。宇宙通信には『Kuバンド』と呼ばれるマイクロ波が使用されるのだが、プロトン現象と呼ばれる陽子プロトンが加速され、高エネルギーの陽子がやってくる現象の発生によって人工衛星の太陽パネルが大きな影響を受けて、機能しなくなったり、太陽フレアによって生じるデリンジャー現象が太陽光の当たる地球の昼側の地域で起き始め、地上の短波通信では影響が出始め、多くの通信基地局に影響が出ていることが考えられた。
「船長 大規模なプロトン現象が観測されています。この影響で GPS衛星や通信衛星の多くが機能不全になり始めているようです。各衛星では動力源の太陽パネルなどの劣化が強く出始めているのかもしれません。」
「このステーションの太陽パネルの劣化は?」
船長のクルーニーが計器のチェック作業に入ったラインツに問いただした。
「発電量が通常の55%ほどに減少しているようなので、飛行や重要ミッションに影響のないクルーの生命維持の電力を確保して ステージ3から4の電気使用は制限をすることにします。」
「今のところ、通信ラインは確保していますが、地上とのNetデータ用のパケット使用については通常の75%に落ちていますので詳細なデーター通信には時間がかかりそうです。今後、通信回線は通信衛星を通じてのラインは遮断される可能性がありますので、地上の通信局との直接のマイクロ波通信で連絡を取るように切り替えていきます。」
ラインツは対応できる方法をひとつづつ確認しながらステーションの制御にとりかかった。
「できることは可能な限り対応策を練っておこうと思います。とにかくこれだけの規模の太陽フレアは想像を超えていますので、今後どのような事が起こるのか、まったく想像できません?」
地球の直系の20倍から30倍ほどの大きさはあろうかという巨大な黒点が、5日ほどかけて地球のほぼ正面に位置した時それは起きた。
地球の地上から680Kmの高度を飛行する 日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運用する 太陽観測衛星の「ひので」が 黒点AR2937での巨大フレアの発生を観測したのは午前10時20分のことだった。
それはかって人類の太陽観測においては記録したことのない X62という巨大な数値の太陽フレアを観測したのだ。 各国の太陽観測衛星が観測した情報は即座に地球の各地にある太陽観測施設に配信された。 日本では1988年に情報通信研究機構(NICT) 傘下で宇宙天気情報センターとして開設された機関があり、宇宙天気の予報官たちはこの記録された数値を見て驚愕することとなった。 観測結果を過去の膨大なデータから検証することとなっがその記録された数値は、まさに未経験の大きな数値であり、宇宙天気の予報官達もこれから地球にどのような影響が及ぼされるのか想像する事すら困難な物であることはすぐに理解できるものだった。
宇宙天気予報として臨時情報が発信され、緊急のアラート警報が航空会社や通信会社などに伝えられ、インターネットなどを通じて一般にも緊急事態の発生が配信されることとなった。
アラートの警報を受けた 世界中の航空運航者達は即座に飛行中の航空機に連絡を入れ、国際線においては北極航路などの高緯度の航空路線から可能な限り低緯度の航路を運航するようにとの指示が出されることとなった。日本の航空会社で国際線を運航している大日航空や、全日本航空にも北米路線や欧州路線に対して航路の変更をするように緊急の通報がなされ、北極航路などを飛行コースにしていた航空機に対しては可能な限り赤道に近い低緯度航路に移るように指示され、飛行計画を出していたアメリカ向けやヨーロッパ向けの各飛行機には待機するように飛行の制限が出され、羽田や成田、関空、中部などの国際空港では多くの飛行機が飛び立つことの出来ない状況に陥ることとなった。
地球の軌道上400kmの高さを飛行する国際宇宙ステーション(ISS)では、この太陽フレアの観測情報を受信すると、5人の搭乗乗組員たちは 襲来が予想される強い放射線から身を守るため、機内の緊急避難区域ブースへの避難が必要となった。国際宇宙ステーションは大気圏外を飛行しているため地上のように大気や地球の磁場に船体や乗組員が守られることが無い。そのため、大きな太陽フレアを観測した時には 襲来する放射線などから宇宙飛行士の被爆を避けるため、安全な防御区画に避難する緊急マニュアルが定められている。
ちょうど船外活動をしていた、ドイツ人のミッションスペシャリストのラインツ・ハインデマンは、船長のミッシェル・クルーニーから、緊急指示を受けることとなった。
「ラインツ、すぐに船外作業を中止してISSの船内に避難してくれ。大規模な太陽フレアが発生した。まもなく強い放射線が降り注いでくるぞ・・・」
「そんなに強いのがくるのか?」
ISSの太陽パネルの欠損部分の修理をしていたラインツは、あと10分ほどあれば修理作業を終えるところまで来ていたので、すぐにISSの船内に戻ることには躊躇するところがあった。
「船長、あと10分ほど待ってくれないか。」
「申し訳ないが、今回のフレアはちょっと大きすぎるんだ。船内クルーも放射線防御区画に避難しないと厳しいと思う。作業を終えて大至急ISSの船内に戻ってくれ。これは船長としての命令だ、クルー全員の被ばくだけはなんとしても避け無ければならない。」
船長のクルーニーは緊急事態であることをラインツに伝えた。
「OK! わかった すぐにエアロックに入るよ。」
ラインツには作業に心残りのところはあったが、クルーニーの事態が差し迫った声の口調を聞いてその状況を理解した。 ISSへの避難の手順では サッカーコートほどもある宇宙ステーションの太陽パネルから中央部分にある外部への出入り口に移動してエアロックを通じて船内に入り、気圧を調整して船外活動用の宇宙服を脱いで、非常時に対応する宇宙服に着替えてから国際宇宙ステーションの中で最も宇宙放射線に対して防御が強いと認定されているロシア製の避難区画モジュールの中に逃げ込まなければならなかった。
通常時の乗員クルーたちは行動が比較的楽で活動的な ラフなショートパンツにTシャツというスタイルでステーション内で生活している事が多が、緊急アラートが発せられた時には、ソユーズ宇宙船で地球とステーションとの間を行き来する時と同じ様に、オレンジ色の船内用の宇宙服を着用することが定められていた。この船内用の宇宙服では気密性が高く、ステーションが損傷した時などにも一定時間において乗員たちの生命を維持できる安全性が保たれるように作られていて、船内での行動に窮屈さはあるものの、その仕様には強い耐久性が付けられていた。
船長クルーニーは、日本のJAXAからベイロードスペシャリストとして参加している物理学研究員の内田誠に助言を求めた。
「内田君、この規模の太陽フレアが地球に及ぼす影響はどのような規模の物だろうか? ISSの放射線防御区画ならとりあえずクルーへの影響は食い止めることが出来ると思うのだけど・・・」
太陽からの高エネルギーの放射線は、プラズマ状態のアルファ線(α線)、ベータ線(β線)、ガンマ線(γ線)、X線、中性子線、そして、電磁波の光としてのエックス(X)線やワイ(Y)線などがあるのだが、地球では放射線の多くは ヴァン・アレン帯という地球自体が持つ地磁気によって防御され アルファ線の多くは大気層でオーロラとなって消滅し、ベータ線はヴァン・アレン帯にはじかれて地球の大気と反応して消えることとなり、エックス線やワイ線などは熱エネルギーに変換されるという中で、地球の大気圏内にいる人類や動植物には大きな影響が及ぼされることはないと言われている。 しかし、直接宇宙放射線に直接さらされ、大気や磁場に守られることがない宇宙空間にある国際宇宙ステーションなどの人工衛星には放射線が大量に降り注ぎ、乗組員たちは最悪の場合放射線被ばくに侵される可能性も否定できないものだった。
太陽フレアの発生によって太陽粒子と呼ばれる高エネルギーの粒子が降り注いでくる。太陽でのフレアの発生から最も早い粒子群が地球に降り注ぐまでの時間は約30分ほどだと言われている。宇宙飛行士が避難に対しての時間的余裕は30分しかないのだ。
強い放射線に影響を受けて太陽電池パネルなどの機器が劣化したり故障することも少なくなく、宇宙船にとって太陽フレアの太陽嵐によって起きる影響は侮ることのできない深刻な物であった。 かって 日本の作った小惑星探査衛星の「はやぶさ」がミッションの最中にエンジン故障に見舞われた最大の理由は、この太陽フレアの放射線の影響を受けたことが原因だった。国際宇宙ステーションに限らず、宇宙空間にある多くの人工衛星が、太陽嵐の為に故障したり機能不全に陥ることは否定できず、太陽フレアの規模が大きければ大きいほどその可能性は高い物と考えられた。
クルーニー船長の質問に 内田は答えた。
「船長、人類の宇宙探査の歴史の中で これほどの規模の太陽フレアに襲われるのは初めての事だと思います。われわれ国際宇宙ステーションの乗組員が本当に守られるかどうかも非常に危険な状況です。おそらく大丈夫であろうと思いますが、軽度の被爆に襲われる可能性は否定できません。我々にとっては、これからどれほどの時間にわたって放射線が降り注ぐかも大きなポイントだと思います。」
「今回の太陽フレアの規模ですと、我々のステーションの影響も甚大ですが、宇宙空間を飛行中の他の人工衛星も大きな影響を受ける事が考えられます。 放射線の影響で損傷した人工衛星が制御不能になり、地球の引力に引き寄せられて落下していく衛星も少なからず出てくると思いますし、通信衛星を始め、GPS衛星、気象衛星など多く人工衛星は制御ができなくなる事が考えられます。スペースデブリ(宇宙ゴミ)化してしまう可能性もあります。むしろこのことの方が心配です。大量のデブリとなった宇宙ゴミが地球を周回するようになればいずれこの国際宇宙ステーションへの影響が出ることも考えられます。」
「そうか、通信衛星がやられると地球との連絡もいろいろと難しい局面になりそうだしな・・・」
クルーニーは内田の説明を受けて、苦渋の顔色を浮かべた。
NASAの訓練の中で、太陽フレアの影響を受けたときの緊急事態の対処法に対しては何度もシュミレーションをして、その行動方法に対しては いろいろな想定の中で対応策を講じてきたが、今回の規模の巨大なフレアの発生時に対しての対応に対しては、それは想定外の事だった。
内田が続けて 考えられる今後起きうる事態の推察を話し始めた。
その内容を聞く中で クルーニーをはじめ他のクルーたちの背中が凍り付くような感じになるのだった。
「地上では これから想像もできない事態に襲われることになるかもしれません。」
「通信衛星の損傷や電波障害は多くの通信手段を切断する可能性があります。 携帯電話やスマートフォンなどの移動通信は壊滅状態になりえますし、大きな磁気嵐の発生は地磁気の大規模な乱れを生じさせて、地球規模での大停電などの恐ろしい事態を引き起こすことも考えられます。一歩間違うと停電に襲われるというより、電気と言う文明の糧をこれからの長い時間にわたって失ってしまう地域が発生する事もあり得ます。」
「それは、21世紀の世界から 一夜にして中世の電気の無い時代に還ってしまう事態です。」
船外活動を中断してエアロックに逃げ込んだミッションスペシャリストの ドイツ人クルーのラインツが、青白い顔を紅潮させながら、エアロックを出て 放射線防護区画へと帰ってきた。
「状況はどうなんだ?」
「まだ詳しい状況やデータは入手出来ていないんだ。」
「太陽観測衛星からのデータだと、かなり大きな太陽フレアが発生したことは間違いない。」
NASAの地上コントロールセンターとの通信連絡も、通信衛星の不調と電波障害が重なって通信状況がかなり厳しいものになり始めていた。宇宙通信には『Kuバンド』と呼ばれるマイクロ波が使用されるのだが、プロトン現象と呼ばれる陽子プロトンが加速され、高エネルギーの陽子がやってくる現象の発生によって人工衛星の太陽パネルが大きな影響を受けて、機能しなくなったり、太陽フレアによって生じるデリンジャー現象が太陽光の当たる地球の昼側の地域で起き始め、地上の短波通信では影響が出始め、多くの通信基地局に影響が出ていることが考えられた。
「船長 大規模なプロトン現象が観測されています。この影響で GPS衛星や通信衛星の多くが機能不全になり始めているようです。各衛星では動力源の太陽パネルなどの劣化が強く出始めているのかもしれません。」
「このステーションの太陽パネルの劣化は?」
船長のクルーニーが計器のチェック作業に入ったラインツに問いただした。
「発電量が通常の55%ほどに減少しているようなので、飛行や重要ミッションに影響のないクルーの生命維持の電力を確保して ステージ3から4の電気使用は制限をすることにします。」
「今のところ、通信ラインは確保していますが、地上とのNetデータ用のパケット使用については通常の75%に落ちていますので詳細なデーター通信には時間がかかりそうです。今後、通信回線は通信衛星を通じてのラインは遮断される可能性がありますので、地上の通信局との直接のマイクロ波通信で連絡を取るように切り替えていきます。」
ラインツは対応できる方法をひとつづつ確認しながらステーションの制御にとりかかった。
「できることは可能な限り対応策を練っておこうと思います。とにかくこれだけの規模の太陽フレアは想像を超えていますので、今後どのような事が起こるのか、まったく想像できません?」
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