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5話『いざ、外の世界へ』

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 俺はネアたちの後ろを歩いていた。


 その後ろ姿を見て、ふと思った――こうして誰かと歩くのはいつぶりだろうか。

 思い当たるのは小学生の時。
 母の後ろを歩いて家から一番近くのスーパーに行ったのが最後かもしれない。
 雨の中、俺は大きめの長靴を履いて、小さな歩幅で頑張って母の背中を追ったいつかの俺……。

 「そんなこともあったなぁ……」

 「どうかしたかい?」

 「あぁ、いや、なんでもないです……」

 無意識に何気なく漏れた俺の独り言に振り向いてきたネアと目が合ってしまった。

 恥ずかしさのあまり、俺は視線を逸らす。


 「もうすぐ外だよ」

 ネアがそう言って間もなく、景色が大きく変わった。
 洞窟の外は森だった。
 緑の木々が生い茂り、湿っぽい風が肌に心地のいい強さで頬を撫でた。

 森の匂いだった。元いた世界の森と似ている匂いをしているせいか、どこか馴染み深い場所に感じてしまう。


 ――ただ、元いた世界の森とは一つ違うことがあった。

 一歩外にでたら先程まで固かった地面は泥のような感触に変わっている。

 「あ、やべ」

 見渡すとそこは泥の海だった。
 そんな泥の海に片足が入ってしまった。

 だが、後ろを歩く俺の片足が泥に落ちたことに、誰一人気付いている様子はない。


 「――第六魔法シーズ・ギアド」

 「うわっ、なんだこれ」

 現れたのは光の道だった。詠唱したネアの目の前に現れた道は、森の奥まで見えなくなるくらい果てしなく続いている。


 「ただの初級魔法で作り出した道だよ。この泥に入れば最後、地の底まで引き摺り込まれてしまうからね」

 え。片足入ってるんですが……?

 「安心して乗ってくれていいよ、頑丈だからね」

 「あ、ありがとうございます……」

 そんな便利な魔法なあるならもう少し早く言って欲しかった。片足泥に入ってるんですけど。入れば最後って言われてる泥にもう膝くらいまで入ってるんですけど。


 あ、でも抜けそう。


 「……よしっ」

 多分バレてない。誰もこっちを見てない。
 ズボンについてしまった泥を取り払い、俺は何も無かったかのように、ネアの作った光の道に乗った。

 ネアの言う通り頑丈だ。
 俺の体がまだ小さいというのもあるけど、同時にエラファスやアイラも乗ってきたが、全然安定している。
 魔法ってもう少しふわふわしていると勝手に想像していたけど、あながちそんなこともないらしい。

 俺が魔法できた光の道に両足を乗せ終わった瞬間だった。

 「アルト様ぁあああああ!」

 木の上から叫びながら俺の方へと飛び込んできたのは金色の髪をした女だった。

 おそらくアルトの名前を知っているということは知り合いなんだろうとすぐに予測はできた。
 でもこのまま棒立ちしていると大怪我に繋がりそうな気がしたので――、

 「――こすもす、出てこい」

 「ぐふっ! な、なんですかこれ!」

 女は俺の前に出したこすもすに衝突した。

 勢いを落とし切れなかった女はあじさいの毛の中に沈みながら驚きの声をあげている。

 「この人はアルトくんの知り合い?」

 「いや、分からないです」

 なんかモゴモゴ言っているけど深くめり込みすぎて、全く聞き取れない。


 「えっと、誰ですか?」

 「な!? アルト様!? この私のことをお忘れですか!?」

 女はやっと毛の海から顔を出した。

 「はい、知らないみたいです。記憶喪失なんで」

 俺からの思いがけない言葉に少し戸惑ったような様子だったが、女はすぐに立ち上がった。

 「あー……私は、許嫁です」

 「嘘ですね。俺嘘が分かるんですよ。ほんとは誰ですか?」

 「な!? うぅ、私はアルト様の専属家庭教師のレナードですぅ……」

 「専属家庭教師……あ、嘘がわかるってのは嘘ですよ。カマかけたんですけど、許嫁は嘘っぽいのでよかったです」

 エンリア家はエリート家系らしいから聞いてる感じ許嫁くらいいても不思議では無いけど、この人とアルトには一回りくらい歳の差がある気がする。

 そんな失礼なこと、女性経験のない俺でも直接言えるわけないけど。


 それはそうと、アルトには専属の家庭教師がついていたのか。それこそエリート家系なら当たり前ではあるのかな。
 言動から察するに、行方不明になったアルトを探しに来た感じだろうか?


 「あはは、すごい勢いだね」

 「なっ!――『銀翼のゆりかご』のS級ギルドマスター、ネア・エルドレアさんじゃないですかっ! うちのアルト様を見つけてくださったんですか!?」

 俺しか眼中になかったのか、今更ネアを見つけたレナードはまたまた大きな声で驚いた。

 テンションがジェットコースターのように上下する人だな。
 この人が家庭教師って疲れそうな感じがしてしまうな。もう他人事ではないけど。

 そんなことより――、


 「ネアさんってすごい人なの?」

 「すごいなんてもんじゃないですよ! 魔法界では有名なお方です。魔法学校を首席で卒業後、自分でギルドを設立、この若さと実力でギルドをS級まで持ち上げたとここ最近噂の人です!」

 「そんな興奮しながら自分のこと語られると恥ずかしいな? けど、まぁ彼女の言うことは事実だね」

 「へ、へぇ……」

 確かにあの魔法はすごかった。
 あんな魔法を誰でも彼でも使えたらこの世界はすぐに崩壊してしまう気がするしな。

 うん、納得だ。

 「どう? アルトくん、うちに入る気湧いてきた?」

 「あー、もう少し考えときますね」

 そんな俺とネアのやり取りを聞いて、またもやレナードが騒ぎ始める。

 「な、ななななな! アルト様がギルドに、ましてや『銀翼のゆりかご』のマスターから直々にスカウトされてる!? 何したんですか!?」

 「助けてもらっただけだよ。彼のモンス――付与術は完璧だったしね」

 危うく口を滑らせそうになったネアを見て、軽く圧をかける。
 そんな俺に気付いたのか、口外禁止という約束を思い出したネアはすぐに誤魔化した。

 「すごいじゃないですか! アルト様がいなくなった時は心臓が止まってしまうかと思いましたが、ネアさんにここまで言わせる程にまで成長していたのですね! 私のおかげですか!? 私付与術のことはなんも教えてないですけど!」

 「何を言っているんだ」と言いたいところだけど、とりあえず飲み込んだ。
 この女、多分勢いだけで喋っている。

 「あ、そうです。お父様やお兄様方も一応心配されていますので!」

 「一応?」

 「――あ、いえ……」


 それが失言だと気付いたのか、レナードのテンションに急ブレーキが掛かった。

 まぁ先程エンリア家のことについてはネアから聞いている。
 おそらく俺は落ちこぼれ扱い。家の人間はそこまでは心配していないだろう。

 だからこその『一応』なのだと、俺はすぐに分かった。

 「街にいる人に聞けば僕達のギルドの場所が分かると思うから入りたくなったら街においで。『銀翼のゆりかご』はアルトくんを手厚く歓迎するよ」

 「ぜひぜひ!」

 「待ってるぞ、来いよ」


 ネアに続いて、アイラ、エラファス、と。
 スカウトの言葉をそう残して、三人とエラファスに担がれている少女は森奥へと消えていった。

 「それにしてもこの黒いモンスターなんですか? ふわふわですね」

 「あ……」

 口外禁止とネアに圧をかけていたというのに、俺は肝心のあじさい自体を消すことを忘れていた。

 やってしまった。
 もう隠せないな……。
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