釣具屋さんのJK店長(仮)がゼロから始めたワンオペ運営

隠井迅

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エピローグ わたしの居場所

第35話 足湯場にて

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 十一月半ばの、十三日の日曜日に、羽田空港近くにあるライヴハウスにて、アニソン・アーティスト〈LiONa(リオナ)〉の秋の全国ツアーのファイナルが行われる事になっていた。

 このライヴハウスの前には、スカイデッキが設置されていて、そこでは足湯が無料で楽しめるようになっている。
 その足湯スカイデッキでは、開場前の物販でお目当てのグッズを買い終えた何人ものライヴ参加者たちが、靴と靴下を脱いで、素足を湯に浸しながら、羽田空港に発着する飛行機が飛び交う青色の空の下で会話に興じていた。

 そんな足湯をしているヲタク達の中でも、全国十六か所で催された秋の全国ツアー、その全てに参加した〈全通ヲタク〉や、ツアーの何本かに参加していたアニソンのイヴェンターが、足湯をしながら交わしている会話内容は、これまで巡ってきた全国ツアー一つ一つの雑感や、この日曜日のツアー・ファイナルに向けての期待感などであった。
 だが、そのうち、会話の潮目が少し変わって、話題は、〈LiONa〉の事から、八月末の〈夏アニメロメロ・ライヴ〉以降、〈現場〉にまったく来なくなった、女子高生イヴェンターの事へと移ったのであった。

「ところで、グッさん、〈ジンカイ〉ちゃん、今頃、どうしてはるのかな?」
 〈D・D(誰でも大好き)〉ながら、LiONaのツアーの十六本中八本のライヴに参加している、〈うちゅうのスギヤマ〉が、そうポツリと呟いたのであった。
「〈ジン子〉ちゃんのオウチ、釣具屋さんやろ。よう知らんけど、みんな、釣りをやるのは土日とか祝日やから、ライヴの開催日と、ほぼもろ被りやし、今日も大洗に居るんちゃう?」
 そう、ツアー全通のグッサンが応じたのであった。

 夏アニの最終日に、さいたま新都心から大洗に急ぎ戻らんとする仁海のために、うちゅうのスギヤマ、グッさん、フージン、そして、シュージンとイヴェールの佐藤兄弟は、仁海に助け舟を出したという事もあって、この五人は、仁海から、その後の事情に関して色々と話を聞いていた。

 今現在、高校二年生の仁海は、週末や祝日に、東京の神楽坂から茨城の大洗に通って、ワンオペで釣具店をやっているそうなのだ。

 夏前までの予定では、〈現場〉では、〈ジンカイ〉〈ジン子〉あるいは〈カイ〉と呼ばれている仁海は、全通とまではいかないまでも、この秋の〈LiONa〉のツアーに関して、十月十九日の名古屋での生誕ライヴを含め、その何本かに参加する予定であった。
 だがしかし、仁海は、家庭の事情によって、九月以降、いかなる〈現場〉にも一度たりとも現れる事はなく、参加予定であったツアーも、十六本中、一本のライヴにすら参加してはいなかった。

「事情が事情なだけに、〈現場〉に来るのは、難しいに違いないけれど、〈ヒト〉ちゃんがいない〈現場〉、やっぱ、花が無いみたいで、何かさみしいんですよね」
 そう大学生イヴェンターのイヴェールが、自分の思いを口にした。
「フユ、大洗までは東京からすぐだし、今日でこのツアーが終わったら、『ガルパン』の聖地巡礼も兼ねて、一度、〈イニ〉ちゃんの様子、見に行ってみようぜ。十一月に入って、アンコウの時期も始まったしな」
「そうだね、シューニー。ボク、アンコウ、初めてだ」
「シュー、イヴェくん、それなら、自分も〈カイ〉ちゃんに会いに大洗まで一緒するわ」
 そう述べたのは、佐藤兄弟の師匠筋である、キャリア三十年のベテラン・イヴェンターのフージンであった。
「よきですね、シショー。それに、今年、二〇二二年って『ガルパン』のアニメ放映十周年だし、そもそも、自分、大洗に行こうって前から思ってたのですよ。来週末って、たしか、大洗で『あんこう祭』が行われるはずなんですよね」
「それなら、わいも一緒したいわ」
 すぎやまも、大阪から大洗に行く気になったようであった。

「うちゅうのさん、大洗には、あんこう以外にも、カンソイモ、みつだんご、たらし焼き、大洗以外ではお目にかかれないような、地元の大洗ならではのソウルフードが結構あるんですよ」
「ホンマ? 大洗、楽しみになってきたわ。ほな、ジンカイさん、自分らのガイドしてぇな。って!」

「「「「「ジン子ちゃん、ジンカイちゃん、カイちゃん、イニちゃん、ヒトちゃん!!!!!」」」」」

 足湯に漬かっていた五人は、五人五様の呼び方で、仁海の出現に驚きを示したのであった。

 五人のイヴェンターは、両足から滴をしたたり落としながら、素足のまま仁海に近付いて行った。 
「で、一体どうしたの? もう〈現場〉に来るの難しかったんじゃ? カイちゃん」
「ジン子ちゃん、土日はお店で忙しんじゃ?」

「実は、ですね。十一月の初めに、アメリカで働いている伯母が、有給休暇を利用して帰ってきていて」
「そういえば、米国からの日本への入国制限が緩和になったんだよね。それで?」
「それで、ですね。その伯母さんが、この土日に、代わりに大洗でお店をやってくれていて、『ちゃんと息抜きしてきなさい』って、わたしをライヴに送り出してくれたのです」
「ホンマ? えぇ伯母さんやね」
「伯母曰く、『良い仕事をするのに大事なのは良い遊び』なのだそうです」
「物事の本質が分かっているイカした伯母さんだね」
 そうシュージンが感想を口にした。

「で、気になっとるんやけど、その〈ジンカイ〉さんの後にいる子は誰なん?」
「えっと……。同じクラスの子で、アニソンのライヴに来たいって言うので、今日は連れてきたのです」
「〈シーダー〉です。ライヴ、生まれて初めてなのですが、よろしくお願いします。LiONaさんの事はアニメの主題歌で気になっていたので、今日は楽しみです」
 杉本保子は〈シーダー〉というイヴェンター・ネームで自己紹介をしていた。

 保子の自己紹介を聞きながら仁海は思った。
 こんな風に、自分の大好きなアニメ・ミュージックの〈現場〉に来られる日が再び訪れるなんて思ってもみなかった。しかも、今、一番〈おし〉ているLiONaのライヴに、学校の新たな友人と参加できるなんて……。

「ほな、そろそろ入場しよか」
「ですね。よっしゃ、わたし、テンションあがってきました。今日はわたし最前なのですよ。実は、〈整番〉一桁なのです。へへヘ」
「「「「「つよっ!」」」」」

 そして、ツアーTシャツを身に着けた仁海は、ライヴハウスの入り口に向かいながら、手首に着けたラバー・バンドをパチンと弾いたのであった。

                    〈了〉
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