釣具屋さんのJK店長(仮)がゼロから始めたワンオペ運営

隠井迅

文字の大きさ
上 下
17 / 35
第三章 アップデートしてゆこう

第17話 〈潮氷〉製作秘話

しおりを挟む
 仁海と、叔父、毅の電話はまだ続いていた。
「そうだ、ヒトミ、実は、俺も電話しようと思っていたトコだったんだよ」
「いったい、何? ツヨシ」
「もう、イト姉の物真似は十分だから」
「分かったよ。オイちゃん、ところで、話って何?」

「この後、午前中に、業者さんが氷を持ってきてくれる事になっているから」
「そうなんだ。で、わたしは、いったい何をすればよいの?」
「難しいことは何もないよ。氷と伝票を受けとって、例の白い箱、冷凍庫の左にブツを入れといてくれれば、それでいいから」
「オーケー。オイちゃん、受けとったら、LINE入れとくよ。あと、何か緊急の要件があった場合には電話して。わたしも、分かんないことがあったら電話するから」

 その後、なかなか氷業者が来ないまま正午になりかけたので、仁海は、食べそこなっていた遅い朝食兼昼食を、このタイミングで摂ってしまおう、と考え、叔父が買っておいてくれた冷蔵庫のレトルト食品をレンジに入れ、タイマーを捻った。

 やがて、タイマー・ゼロを告げるレンジの「チン」の音が鳴ったのとほぼ同時に、店の訪問者を告げる「ピンポン」が、仁海の耳に届いた。
 ジーンズ製のエプロンを掛けながら、「あいよおおおぉぉぉ~~~」と、祖父の口癖を小声で真似た後で、仁海は、「はあああぁぁぁ~~い」と、店の入り口に聞こえるような声量で声をあげたのであった。

 店に出た仁美は、そこにいた中年男性に声を掛けた。
「いらっしゃいませ。何をさしあげましょうか? アオイソメですか?」
 研修の時に叔父は、仁海に「エサだけ売ってくれれば、それでいいから」と言っていたのだが、朝一の卸の釣り船やさんの対応の後、午前中に売れたのは、実際にアオイソメだけであった。
 ここまでのところ、本当にエサしか売れていなかったので、仁海は、目の前のお客さんが求めているのは〈アオ〉だと思ったのだ。
「いえ、自分、氷問屋の者なんですけど……。あれっ!? 初めての方ですよね、おばあちゃんは?」
「祖母は、八月の末に……」
 午前中に店に来た何人かの常連さんにも、同じような事を訊かれ、仁海は祖母の死の事を伝えてきた。
 その中には、店で手を合わせてくれるお客さんもおり、その氷問屋も、脱帽すると二階の方に顔を向け、両の掌を合わせると、「南無妙法蓮華経」と唱えてくれたのであった。

 しばしの間、沈黙が訪れたのだが、氷業者の方から口火を切ってきた。
「さて、氷、どこに運びましょうか? いつもの場所でいいのかな?」
 問屋は、冷凍車から氷が入った発砲スチロールを降ろすと、台車に乗せた氷を店の入り口まで運んできた。
「いつもの場所ってどこだったんですか?」
「あそこですよ」
 業者が人差し指で指した先には、店の中ほどに置いてある、例の白い箱があった。

「それじゃ、ちゃっちゃと入れちゃいましょうか?」
 氷業者は、冷蔵庫左側の冷凍庫の扉を開けた。
「いや……、氷屋さんに、そこまでやってもらうのは申し訳ない気が……」
「おばあちゃんの頃も、自分が氷入れまでサービスでやっていたのですよ。おばあちゃん小柄だったし、台を置いて、冷凍庫に氷を入れようとすると、腕が箱の奥まで届かなかったし。氷を入れるくらいナンクルない事ですよ。あと、入れ方にはちょっとしたコツがあって……」

 業者は、冷凍庫の中を見て、売れ残りの氷の配置を確認し、瞬時に戦術を構築したようであった。
 冷凍庫の中は、異世界ファンタジーの収納ボックスとは違って、中が亜空間になってはいない。つまり、無限に物が入るわけではない、限りあるスペースなので、うまく氷を入れてゆかないと、買った氷すべてを入れる事ができなくなる。
 氷は常温で保存できない品物なので、冷凍庫に〈絶対〉に入れ切らねばならないのだ。
「じゃ、この潮氷を入れてきますね。要は、テトリスと同じ要領で」
 そう言いながら、氷業者さんは、手慣れた感じで、氷を詰め出したのだった。

 口笛交じりで、氷屋が氷をテトリスするのを、黙って見ていただけの仁海は、やがて手持無沙汰になって、氷屋に話掛けだした。

「この氷って、真水じゃなくって海水で作っているんですよね?」
「その通りですよ」
「海水で氷を作るのって、普通の家庭じゃできないんですよね、たしか?」
「一般のご家庭で作れないから、うちの商売も成り立つって話で」

 仁海は、叔父から聞いた話を思い出しながら話を続けた。
「海水で作った氷って、〈潮氷(しおごおり)〉て言うんですよね?」
「お嬢さん、よくご存じで」
「少しは勉強したので」
「潮氷って、塩分を含んでいるから、真水よりも冷えが良いんですよね?」
「その通りですよ」 
 そして、仁海は、叔父から教えてもらった話を、自信まんまんで語ったのだった。
「潮氷を使うのって、真水で作った氷が水と混ざると塩分濃度が下がって、せっかくの釣った魚が水っぽくなっちゃうって話ですよね?」

「あぁ、それね……」
 氷を全て入れ終わった氷業者は、空になった発砲スチロールを載せた台車を、店の入り口まで押してゆき、仁海から受け取りのサインをもらいながら話を続けた。
「塩分濃度を保つために、海水で氷を作るうんぬんってのは、実は、後付けなんですよ」
「どうゆう事ですか?」
「そもそも、海水で氷を作るようになったのは、水道の水で氷を作ろうとすると、凍るときに膨張して、型入れの容器が割れちゃうんですよ。そこで、真水ではなく、海水で氷を作ってみたら、なんと容器が割れずに済んだので、以後、海水で氷を作るようになったのです」
「釣りで潮氷を使うってのは?」
「それは、まあ、どっちかって言うと、後付けの理由ですね」
「ほ、ホントですかあああぁぁぁ~~~!?」
 仁海は、型入れの容器が割れないようにするための海水利用という真の理由に、思わず、驚きの叫びをあげてしまったのであった。

「それにしても、よく、海水で作るって発想の転換ができましたよね?」
「あっ、それは、まったくの偶然で」
「『偶然』?」
「うちの目の前が海だったんで、単に、それを汲んで使ってみたんですよ」
「えっ !」
「海水なら、水代、ロハでしょ?」

 それにしても、水をキンキンに冷やして、かつ、水の塩分濃度を下げない目的で使う〈潮氷〉には、とんだ作成秘話があったものである。
 氷業者の対応が終わって、そんな事を考えながら、仁海がお勝手に戻ってみると、レンジで温めた冷凍食品は完全に冷えてしまっていたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺は彼女に養われたい

のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。 そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。 ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ! 「ヒモになるのも楽じゃない……!」 果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか? ※他のサイトでも掲載しています。

不良がまさかの修学旅行でおねしょ

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
高校1の不良の女子高生が修学旅行でおねしょしてしまう

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

処理中です...