僕らのイヴェンター見聞録

隠井迅

文字の大きさ
上 下
50 / 50
LV1.5 〈最おし〉のためならば、何が何でも〈現場〉にゆく

第50(ラス)イヴェ 驚きの〈おしごと〉納めの大晦日

しおりを挟む
  物販もガチャも、欲しいグッズの購入を終えた冬人は、武道館のある北の丸公園を出て、メトロの九段下駅と神保町駅の間にある喫茶店に向かった。
 ライヴが行われる日の九段下駅の周囲の飲食店は、ライヴ参加者で一杯なのだが、少し足を延ばして、神田川を越えただけで、途端に〈ヲタ気〉が少なくなるので、その喫茶店は、実は、武道館のライヴ参加者にとっては穴場なのである。

 店に入ると、待ち合わせの人物は既に店内にいた。
「せん、じゃなくって、ふ~じんさん、こんちは」
「〈イヴェール〉、今回はグッズの代購、お願いしちゃって済まんね。今、確定申告の準備で鉄火場でさ」
「いやいや、いつもお世話になっているので、これくらいは無問題ですよ」
「シューは? いっかい、大学に行って、それから家にグッズを置きに帰るそうです」
 そう言いながら、冬人とふ~じんは、初めて直接言葉を交わした、令和二年の大晦日の日の事を思い出していた。

             *

 二人が劇場を出ると、そこには、真城綾乃界隈のイヴェンターたちが劇場前に集っていた。

「ねえねえ、シューニー、あの人、あの人だよ、あの人が、僕が、雪まつりの時に見かけた〈最前さん〉だよ。今日のイヴェントにも来ていたんだ」
「ああ、やっぱりね。ちわっす」
 軽く手を挙げ、親し気に挨拶しながら、秋人は、〈最前さん〉に近付いて行った。
 兄・秋人が、〈最前さん〉と軽口を交し合っている様子を、冬人は、少し離れた位置から眺めていた。だが、冬人は兄に手招きされ、その輪に混じることになり、そのまま帰途についた。

 仲見世通りを通り抜け、雷門にまで至った際に、〈最前さん〉が、唐突に秋人に、こんな事を語った。
「シュー君、大晦日の今日が、今年最後の〈現場〉になったけれど、今日の会場って、僕への〈私信〉っぽくないかい?」
「どうしてですか?」
「ほらさ、雷門の入り口を守るのは、左に『雷神』、右に『風神』でしょ。まさに、私信、私信」
「もう、ふ~じんさん。ほんと、ヲタクは、どんな偶然でも、すぐに『私信』扱いしちゃうんだから」
「ところで、シュー君、今日一緒の若い子は?」
「あっ、こいつが、以前話していた弟です。
 フユ。紹介するよ。俺の〈センセイ〉の〈ふ~じん〉さん」
「初めまして、佐藤ふ……、いや、〈イヴェール〉です。よろしくお願いします」
 本名を言いかけた冬人は、あわてて、イヴェンター・ネームで名乗り直した。
「イヴェール、〈イヴェ〉君だね。〈イヴェール〉って、もしかして、フランス語で冬を意味する〈イヴェール(hiver)〉が由来なのかな? ハハハ」

 あれ!?
 この声、この笑い方、どこかで聞いた覚えが……。
「おい、フユ、初めましてじゃないだろ」
「たしかに。さっぽろ雪まつりで、お姿を、実は拝見していました」
「そうじゃないよ」
「どうゆうこと?」
「ようやっと、ネタ晴らしができる機会が訪れたよ。
 だってさ、〈ふ~じん〉さんは、うちの大学の先生だぜ。お前、ふ~じんさんにレポートを出したろ。ふ~じんさんが、あのラノベ先生だぜ」
「えっ、えええっっっえええぇぇぇ~~~~~~~~~~~~」
 佐藤冬人、もとい、イヴェールは、夜の浅草で、思わず絶叫を迸らせてしまった。
「イヴェ君、〈声出し〉は、社会的なレギュレーション違反だよ」
 そう言った兄・秋人も、もう堪えられない、とばかりに、日本演芸の伝統地浅草で抱腹絶倒していた。

 かくして、ヲタク・ネーム、〈イヴェール〉こと、佐藤冬人のイヴェンター人生の一年目は終わりを迎えた。
 たしかに、感染症のせいで、当初、思い描いていたようなヲタク・ライフを送ることはできなかった。
 だがしかし、自分がアニソンのイヴェントに強い興味を抱く事になった雪まつりで見かけた〈最前さん〉こと、ふ~じんさんに、浅草・雷門の風神像の前で知り合う事ができた事に合縁奇縁を感じ、冬人は、妙な満足感を覚えていたのであった。


        『僕らのイヴェンター見聞録LV1』 〈了〉
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

推等と旅するヲタク達

隠井迅
キャラ文芸
 〈遠征系イヴェンター〉、それは、〈推し〉のためならば、日本中どこにでも征く、そんなヲタクのことである。  この物語は、アニソン・アーティスト〈翼葵〉と一緒にツアーを巡った、遠征系イヴェンター達を中心に描いたヲタ活回想録である。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...