僕らのイヴェンター見聞録

隠井迅

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LV1.1 〈現場〉ヲタクはじめました。なのに……

第08イヴェ CD発売記念イヴェントと特典会

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 冬人の東京滞在は、まさに充実の極みであった。

 生まれて初めての参加となった、土曜日の川崎での、CDリリイヴェの後は、兄・秋人のチョイスとアテンドによって、日曜日も、その翌日の新天皇誕生日の祝日も、首都圏各所を渡り歩いて、アニソンシンガーの〈生〉の歌唱を味わい尽くしたのである。

 CDの発売記念イヴェントには、二つのサブ・カテゴリーがあり、それが、リリース・イヴェント、いわゆる〈リリイヴェ〉と〈予約会〉だ。
 すなわち、CDがリリースされた後に開催されるのが〈リリイヴェ〉で、CD発売前の予約の際にやるのが〈予約会〉である。
 つまり、イヴェントの際にCDを受け取るか否か、という点を除くと、予約会であれ、リリイヴェであれ、催されるイヴェント内容に然したる違いはなく、一般に、ミニ・ライヴかトーク・ショーが行われた後に、多種多様な特典会、例えば、握手会やサイン会、あるいは、グッズのお渡し会などが催されるという流れなのだ。
 もっとも、ここ最近、流行り始めた感染症の影響で、特典会の多くが、握手会やサイン会のように〈近接〉するものから、お渡し会に変更になる場合が多くなっている、と秋人は冬人に語っていた。

 土曜から祝日の月曜までの三日間で、冬人は、三人のアニソンシンガーの、のべ四つのイヴェントに参加した。だがしかし、未だに特典会は未体験であった。
 無料ミニ・ライヴにはCDを買わなくても参加はできるのだが、冬人は、〈現場〉で生歌を聴く義理としてCDを購入してはいた。そして、CDを予約・購入しさえすれば、特典会に参加するための〈特典券〉を手に入れる事ができる。それにもかかわらず、特典会に参加する事に冬人は躊躇いを覚えていたのである。

 参加権利を有しているのに、頑なに一度たりとも特典会に参加しない、その理由を尋ねた秋人に対して、冬人はこう応じたのであった。

「僕はさ、あくまでも、アニソンシンガーの生歌を聴きにきているんだよ。つまり、僕は、真に歌が好きな〈純粋〉なオーディエンスな分けなの。で、それより何より、歌い手さんは、僕なんかが手の届かない輝きの彼方にいて欲しい分け。だからさ、もしも特典会に参加しちゃったら、その、僕の純な思いが曇ってしまうように思えちゃうんだよ」
「はっ! 〈接近童貞〉あるあるだな。
 お前さ、それってビビってるだけじゃん。お前のその純情な感情ってのが三分の一でも本物ならば、特典会に行ったくらいでブレないから。
 とりま、一回行ってみ。
 で、やっぱ違うって思ったら、これからもミニ・ライヴで、生歌だけ聴いてりゃいいじゃんかよ」

 そんな風に兄に言い包められ、火曜日に開催されるイヴェントにおいて、冬人は、生まれて初めて特典会に参加する運びになったのである。

                  *

 平日の火曜日に池袋のCDショップで催されるイヴェントは、翌日水曜日、二月二十六日にリリースされる、現在放映中のアニメーションのオープニング・テーマを歌っている〈A・SYUCA(あしゅか)〉のCDリリース・イヴェントであった。
 実を言うと、土曜日の川崎でイヴェントを開いた真城綾乃(ましろ・あやの)が、同じアニメのエンディングを歌っているので、冬人の東京でのミニ・ライヴ・デイズは、同じアニメのテーマソングを歌唱している、真城とA・SYUCAとによって、綺麗にサンドウィッチされる事になったのである。

「シューニー。今日のイヴェントって、発売日の前日なのに〈予約会〉じゃなくて、〈リリイヴェ〉なのはどうして?」
「オーケー、我が弟よ、教えて進ぜよう。CDってのは、基本、発売日の前日に店に到着するものなのだよ。こういった発売日の前日を、フライングでゲットできる日、通称〈フラゲ日〉と呼ぶ分けなのさ」
「おっ、その『フラゲ』って聞いた事ある。
 要するに、CDを買えるから、今日のイヴェントはリリイヴェなのね。でもさ、今日は始発で行かなくても、よかったの?」
 どうやら、このフラゲ日のイヴェントは、先に行ったもん勝ちではなく、会場への入場順は抽選で、その抽選もイヴェント開始前の午後五時から行われるので、始発で行く必要はない、との事であった。

 そして、その入場順抽選において、冬人は〈一番〉を引き当ててしまった。
 この最良の番号に、さすがに臆してしまい、兄に交換を申し出たのだが、「憎いぞ」とか、「ビギナーズラックめ」と、さんざん罵りながらも、兄・秋人は冬人の番号を受け取らなかった。その代わりに、秋人は冬人に様々なアドヴァイスをしたのである。

 まず、秋人はスマフォを冬人の前に差し出しながら質問した。
「これをステージだと仮定して、一番に入場するお前はどこに向かう?」
 冬人は左端を指さした
「お前、あほか。運営からの指示もないのに、どうして、端から詰める必要がある。まっすぐ向かうのは最前ドセンだろ」

 行動心理学によれば、冬人の行動も妥当なのだそうだ。だが、イヴェンターの理屈から言うと、端に行くなど論外で、最悪の解答らしい。
 それは、確率論的にも中々巡ってこない一番という整理番号をドブに捨てるが如き行為で、そんな奴はイヴェンターではない、と冬人は兄にドヤされた。
 そして、冬人は、素早く最前ドセンに向かって二番以降の人間に追い抜かれないように、と兄から注意もされた。

 最後に、冬人は、兄から携帯音楽プレーヤーを渡された。
 その中には、先行配信されているアニメのオープニング曲が入っていた。そしてさらに、スマフォにインストールしているラジオ・アプリで、数日前にラジオ番組で流されたカップリング曲を、本番まで可能な限り〈予習〉するように、という指示もされた。
「でも、シューニー、僕、アニメは観ているし、アニタイ曲は分かるよ。それに先行配信もダウンロードしたし」
「いいか、イヴェの〈予習〉ってのは、ただ単に事前に曲を聴くことを意味しているのではないのだよ。
 ここでこうノル、ここでコール、ここでクラップっていった具合に、〈おし〉方を確認して初めて〈予習〉って言えるんだぜ。
 特に、今回のカップリング曲の一つは、観客と一緒に場を作るってことをコンセプトにしていて、コールを絶対に入れるべき箇所があるんだ。もちろん、お前が発動する必要はないよ。周りに合わせて声を出せば、それでいいから、でも、全く曲を知らないようだと、それすらできない。とりま、時間まで聴きまくれ」 
 
 これが兄からの指示であった。
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