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一巡目(二〇二二)
第98匙 皿上の畔:メナムのほとり神保町本店(E19)
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この日、金曜の夜に、書き手が足を運んだのは、神保町に位置している「メナムのほとり神保町本店」であった。
「メナム」、タイ語の発音では「メーナーム」と伸ばすらしいのだが、この語は、〈川〉一般を指す普通名詞である。ちなみに、タイには、二つの大きな河川があって、それらが、メコン川とチャオプラヤー川だ。
チャオプラヤー川は、タイの中央平原や、タイの首都である「バンコク」を流れている川なのだが、この川は、タイ語では「メーナーム・チャオプラヤー」と表わされるのだそうだ。
つまり、タイ語の文法では、〈名詞+修飾語〉の語順になるので、語順通りに直訳すると、〈川(普通名詞)・チャオプラヤー(固有名詞)〉となる分けだ。だが、タイ語に詳しくない外国人が、前半の〈メーナーム〉という普通名詞の方を固有名と勘違いして、その結果、かつては、タイの国外では、チャオプラヤー川が、ただ単に「メーナーム」と呼ばれていたらしい。
そして、店名後半の「ほとり(畔)」は、当然、日本語の普通名詞で、海や川の水際の事である。
つまるところ、店名である「メナムのほとり」とは、これを普通名詞として考えるのならば〈川際〉、あるいは、メナムをチャオプラヤー川の外国での呼称と考えるのならば、〈チャオプラヤー川の水際〉という意味になろう。
さて、この「メナムのほとり」は、一九八九年に開店したらしい。
一九八九年といえば平成元年、つまり、現在、創業三十五年目を迎えている。
平成の始まりとはバブル真っ盛りの頃で、その時代は、未だ日本でもタイ料理店が少なかったそうである。さらに、店の入れ替えが著しい東京都内にあって、「メナムのほとり」は、今なお存続している、つまりは、都内における老舗中の老舗のタイ料理店な分けなのだ。
「メナムのほとり」は、かくの如き人気の老舗タイ料理店というだけではなく、訪店したのが金曜日の夜という事もあって、店はかなりの混雑ぶりを見せていたのだが、書き手は〈おひとりさま〉な孤独なグルマンなので、問題なく空席に身を置くことができたのであった。
「メナムのほとり」のメニューには、トムヤムクンのような代表的なタイ料理もあるのだが、「神田カレー街食べ歩きスタンプラリー2022」に参加中の書き手は、メニューを眺めるまでもなく、選ぶのはカレー料理である。
いわゆるタイカレーといって、即座に思い浮かぶのは、タイの国外では〈レッドカレー〉や〈グリーンカレー〉と呼ばれている皿で、件のカレー・ガイドブックの店紹介ページで推されていたのはが「グリーンカレー」だったので、書き手は、その〈緑〉のカレーを注文したのであった。
〈緑〉のカレー、「ゲェーンキィアウワーン(ゲーンキャオワーン」)」は、茄子と牛肉が具材となった、ココナッツベースのカレーである。
この料理が、緑の名を冠しているのは、タイバジル(ホーラパー)、タイ唐辛子(青プリッキーヌ)、青唐辛子(プリックチーファー)、さらには、〈マクア〉と呼ばれる緑色の茄子など、つまりは、緑色の素材をふんだんに使っているからである。
やがて、白地に青の皿に置かれた米(たぶん、タイ米ではなく、日本米?)と、同じ白色と青色の蓋つきの器に容れられた汁物が提供された。
そして、蓋を開けると、そこに入っていたのは、緑色というよりも、どちらかというと、灰緑色のスープで、器の中央、牛肉の上に、細長く切られた赤色と緑色の野菜が色味のアクセントになっていた。
ちなみに、具材の茄子は紫色だったので、これは、タイの緑色の茄子(マクア)ではなく、おそらくは、日本の茄子なのかもしれない。
さてさて、「タイカレー」は、つまるところ、スープ・カレーに近い料理なのである。
しかし、実を言うと、カレーと称されてはいるが、ゲーンが果たしてカレーなのかどうか、という問題もある。
再確認になるが、タイの国外で「タイカレー」と呼称されている料理は、タイ語では、「ゲーン(ゲェーン)~」と呼ばれているので、外国人は、〈ゲーン〉とはカレーの事と勘違いしている者も少なくはない。しかし、そもそもの話、〈ゲーン〉とは汁物の事で、さらに、ゲーンは、スパイスではなく、ハーブを材料としている料理なのだ。
とまれかくまれ、ゲーンをライスに掛けながら食すのがタイ料理のマナーであるらしい。
書き手も、そのマナーに従って、ゲーンをライスに掛けながら食を進めたのだが、汁気が多いため、ライスの上でゲーンがびちゃびちゃになってしまったのであった。
しかし、そうした皿上の状況を見ながら、書き手が抱いたのは、灰緑食のゲーンをメナムに、ライスを大地に喩えるのならば、目の前の皿は、まさに、〈水際〉を意味する店名の縮図になっているな、という印象であった。
〈訪問データ〉
タイレストラン メナムのほとり 神保町本店;神保町・神保町
E19
十一月二十五日・金・二十一時四十五分
グリーンカレー:一三二〇円(QR)
〈参考資料〉
「メナムのほとり 神保町本店」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、三十五ページ。
〈WEB〉
「メナムのほとり 神保町本店」、『西インド会社』、二〇二三年四月十五日閲覧。
「メナム」、タイ語の発音では「メーナーム」と伸ばすらしいのだが、この語は、〈川〉一般を指す普通名詞である。ちなみに、タイには、二つの大きな河川があって、それらが、メコン川とチャオプラヤー川だ。
チャオプラヤー川は、タイの中央平原や、タイの首都である「バンコク」を流れている川なのだが、この川は、タイ語では「メーナーム・チャオプラヤー」と表わされるのだそうだ。
つまり、タイ語の文法では、〈名詞+修飾語〉の語順になるので、語順通りに直訳すると、〈川(普通名詞)・チャオプラヤー(固有名詞)〉となる分けだ。だが、タイ語に詳しくない外国人が、前半の〈メーナーム〉という普通名詞の方を固有名と勘違いして、その結果、かつては、タイの国外では、チャオプラヤー川が、ただ単に「メーナーム」と呼ばれていたらしい。
そして、店名後半の「ほとり(畔)」は、当然、日本語の普通名詞で、海や川の水際の事である。
つまるところ、店名である「メナムのほとり」とは、これを普通名詞として考えるのならば〈川際〉、あるいは、メナムをチャオプラヤー川の外国での呼称と考えるのならば、〈チャオプラヤー川の水際〉という意味になろう。
さて、この「メナムのほとり」は、一九八九年に開店したらしい。
一九八九年といえば平成元年、つまり、現在、創業三十五年目を迎えている。
平成の始まりとはバブル真っ盛りの頃で、その時代は、未だ日本でもタイ料理店が少なかったそうである。さらに、店の入れ替えが著しい東京都内にあって、「メナムのほとり」は、今なお存続している、つまりは、都内における老舗中の老舗のタイ料理店な分けなのだ。
「メナムのほとり」は、かくの如き人気の老舗タイ料理店というだけではなく、訪店したのが金曜日の夜という事もあって、店はかなりの混雑ぶりを見せていたのだが、書き手は〈おひとりさま〉な孤独なグルマンなので、問題なく空席に身を置くことができたのであった。
「メナムのほとり」のメニューには、トムヤムクンのような代表的なタイ料理もあるのだが、「神田カレー街食べ歩きスタンプラリー2022」に参加中の書き手は、メニューを眺めるまでもなく、選ぶのはカレー料理である。
いわゆるタイカレーといって、即座に思い浮かぶのは、タイの国外では〈レッドカレー〉や〈グリーンカレー〉と呼ばれている皿で、件のカレー・ガイドブックの店紹介ページで推されていたのはが「グリーンカレー」だったので、書き手は、その〈緑〉のカレーを注文したのであった。
〈緑〉のカレー、「ゲェーンキィアウワーン(ゲーンキャオワーン」)」は、茄子と牛肉が具材となった、ココナッツベースのカレーである。
この料理が、緑の名を冠しているのは、タイバジル(ホーラパー)、タイ唐辛子(青プリッキーヌ)、青唐辛子(プリックチーファー)、さらには、〈マクア〉と呼ばれる緑色の茄子など、つまりは、緑色の素材をふんだんに使っているからである。
やがて、白地に青の皿に置かれた米(たぶん、タイ米ではなく、日本米?)と、同じ白色と青色の蓋つきの器に容れられた汁物が提供された。
そして、蓋を開けると、そこに入っていたのは、緑色というよりも、どちらかというと、灰緑色のスープで、器の中央、牛肉の上に、細長く切られた赤色と緑色の野菜が色味のアクセントになっていた。
ちなみに、具材の茄子は紫色だったので、これは、タイの緑色の茄子(マクア)ではなく、おそらくは、日本の茄子なのかもしれない。
さてさて、「タイカレー」は、つまるところ、スープ・カレーに近い料理なのである。
しかし、実を言うと、カレーと称されてはいるが、ゲーンが果たしてカレーなのかどうか、という問題もある。
再確認になるが、タイの国外で「タイカレー」と呼称されている料理は、タイ語では、「ゲーン(ゲェーン)~」と呼ばれているので、外国人は、〈ゲーン〉とはカレーの事と勘違いしている者も少なくはない。しかし、そもそもの話、〈ゲーン〉とは汁物の事で、さらに、ゲーンは、スパイスではなく、ハーブを材料としている料理なのだ。
とまれかくまれ、ゲーンをライスに掛けながら食すのがタイ料理のマナーであるらしい。
書き手も、そのマナーに従って、ゲーンをライスに掛けながら食を進めたのだが、汁気が多いため、ライスの上でゲーンがびちゃびちゃになってしまったのであった。
しかし、そうした皿上の状況を見ながら、書き手が抱いたのは、灰緑食のゲーンをメナムに、ライスを大地に喩えるのならば、目の前の皿は、まさに、〈水際〉を意味する店名の縮図になっているな、という印象であった。
〈訪問データ〉
タイレストラン メナムのほとり 神保町本店;神保町・神保町
E19
十一月二十五日・金・二十一時四十五分
グリーンカレー:一三二〇円(QR)
〈参考資料〉
「メナムのほとり 神保町本店」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、三十五ページ。
〈WEB〉
「メナムのほとり 神保町本店」、『西インド会社』、二〇二三年四月十五日閲覧。
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