カレイなる日々

隠井迅

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一巡目(二〇二二)

第76匙 異世界風ぶた角煮カレー:夢来の樹レジェルム(A23)

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 月曜の昼にカレー提供店をハシゴしたその後で、書き手は、来る時に使った〈神田ふれあい通り〉を戻って行った。

 書き手は、その狭く短い通りが接している、大きな〈神田平成通り〉の横断歩道を渡り、それから、昼でも薄暗い高架下に入った際に、開店前の一軒のバーを見止めた。実は、その店は、カレー・スタンプラリーの参加店であった。

 焦げ茶色のシャッターが閉まっていた事が物語っているように、神田カレー街ガイドブックによると、この店は、平日・土の十八時から二十四時が開店時間という、夜にしかカレーを食べに来る事ができない貴重な店であるらしい。
 高架下は、陽が落ちて暗かったのならば、店を見つけられぬまま素通りしてしまいそうな程の暗さであった。
 その店の存在を、偶然とはいえ、昼間に肉眼で確認できた書き手は、この日の仕事終わりの夜十時過ぎに、この高架下のバー「夢来(むく)の樹(き) レジェルム」を訪れる事にしたのであった。

 ここが、いかなる店なのか気になった書き手は、訪店前に、店のホーム・ページにアクセスしたところ、まず最初に、「勇者の集う基地、夢来の樹レジェルムへようこそ!」という文言が視界に入ってきた。
 そのサイト内の説明によると、この〈ムクノキ〉は、「夢実現がテーマのRPGにでてくる酒場のような、ファンタジーコンセプトのダイニングバー」であるらしい。
 それゆえにか、ホームページにおいて、客は「勇者」と呼ばれていた。
 書き手は、自らを〈勇者〉と称する程の勇気を持ち合わせてはいないので、一新米おっさん〈冒険者〉として、この異世界風酒場へと続く階段を上がって行ったのであった。

 書き手が手に持つ〈冒険の書〉には、この店が、この六年の間、毎週、週替わりのカレーを提供している、という情報が載っていた。
 そのせいか、そのカレー・ガイドブックで紹介されているおすすめカレーは、「スパイシーチキンカレー」と「週替わりカレー」の二品であり、チキン以外の週替わりは、店に行ってみなければ、具体的な事は何も分からない。
 入口のイーゼルにも、「チキンのスパイシーカシミール」と「オススメカレー」という文言があるだけで、入店してみなければ、やはり、今週のカレーは分からないようだ。

 扉を抜けると、室内は不思議な雰囲気を漂わせていた。

 まさか、『異世界食堂』みたいに、扉の先は異世界に繋がってはいないよね?
 
 訝しみながら着座した書き手がようやく知ったのは、この週の、週替わりカレーは「ぶた角煮カレー」で、注文は、豚か鶏かの、いずれか一品の「並盛り」だけではなく、豚と鶏という二種の「相盛り」も可能らしかった。
 だが、書き手は、シンプルに週替わりの「ぶた角煮カレー」を単品で注文したのであった。

 書き手の注文を受け、調理のために、店主は店の奥に引っ込んだ。
 ぶた角煮カレーが出てくるのを待っている間、書き手は妄想を逞しくしてしまった。

 ここって、異世界酒場モチーフのコンセプト・カフェ(バーなのだから〈コンセプト・バー〉と呼ぶのが適切?)、すなわち、コンカフェなのだから、例えば、チキンは〈コカトリスのスパイシーカレー〉とか、あるいは、豚角煮は〈オーク肉の角煮カレー〉とかにしたら、もっと異世界風の感じが出るのに、と。

 やがて、店の奥から出てきた店主によって、注文の「ぶた角煮カレー」が書き手の前に提供された。

 料理は、左にカレー右にライスが配され、白米の上には、大きめの豚の角煮が三つ置かれていた。

 もしかして、この薄いピンク色の豚角煮、実は、オーク肉って事はないよね?
 ハハハ、まさかね。

〈訪問データ〉
 夢来の樹レジェルム:神田・神田駅北口
 A23
 十一月七日・月曜日・二十二時十五分
 ぶた角煮カレー・並盛り:八〇〇円(現金)

〈参考資料〉
 「夢来の樹レジェルム」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、七十一ページ。
〈WEB〉
 『夢来の樹レジェルム』、二〇二二年二月一日閲覧。
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