カレイなる日々

隠井迅

文字の大きさ
上 下
77 / 147
一巡目(二〇二二)

第73匙 僕、いつの日か最強マサラをつくってやるZE:ゼロツー ナシカンダール トーキョー(B16)

しおりを挟む
 十一月二日の夜、書き手は、連休に帰省する前に、大手町駅のレストラン街に入っている〈ゼロツー ナシカンダール トーキョー〉を訪れた。

 カレー・ガイドブックによると、この店は「日本初!」の「マレーシアの屋台」風の店であるらしい。
 今回のイヴェントにも、東南アジア系のカレー店、特にタイのカレー店は幾つもあったのだが、マレーシアのカレー店というのは、もしかしたら、この店だけかもしれない。

 ところで、店名になっている〈ナシカンダール〉とは、一体どういった意味なのだろう?
 「ナシ」とは〈ご飯〉のことで、「カンダール」とは〈天秤棒〉の事であるらしい。
 つまり、昔、マレーシアに移住した南インド人が、天秤棒を担いで料理を売り歩いた事が、〈ナシカンダール〉の語源だそうだ。
 
 イメージ的に言うと、カンダールとは、江戸時代を舞台にした時代劇で見られるように、一心太助のような行商人が魚を売り歩く時に、両脇に売り物を入れる容器が取り付けられている棒、すなわち、〈棒手振(ぼてふり)〉のような代物なのであろうか?
 そういった疑問を抱きながら大手町に到着したところ、店には、カンダールを肩に担いだインド人の絵が置かれており、カンダールは、まさしく、書き手のイメージぴったりな物であった。

 実は、書き手は、この店、ゼロツーに関して、大手町にあるマレーシア・カレーの店という事しか知らずに訪れ、〈ナシカンダール〉が、いかなるスタイルで提供される物なのか、まったく情報〈ナシ〉なまま訪店したのであった。
 そもそも、この店は、日本初のマレーシアの屋台スタイルなのだから、日本では〈ナシカンダール〉が、まだまだ馴染みが薄いようにも思われる。

 端的に言うと、〈ナシカンダール〉とは、ワンプレートに次々と盛ってゆく料理である。

 まず、五つの選択肢の中から、一つの主菜を選ぶ。それは、半熟マサラエッグの「エッグ」、「グリルチキン」、「ラム肉」、魚のフィンガーフライの「フィッシュ」、ポテトギーローストの「ベジタリアン」の五種類である。ちなみに、メインの具材なしの「シンプル」や、全てのメインが少しずつ乗った「全部乗せ」、あるいは、親子丼的な「エッグ、チキン、ポテト」が乗った、店長おすすめのメニューもあるのだが、この日が初めての書き手は、なんとなく気分で、「ベジタリアン・ナシカンダール」を注文したのであった。

 通常の店ならば、これで注文は終わる。
 しかし、ゼロツーでは、実は、まさにここから、本格的な注文が始まるのだ。

 メインの具材、主菜を選んだ後で、次に、皿の一番下に敷かれる〈ナシ(ご飯)〉を選ぶ事になる。
 ナシの選択肢は二つで、一つが、「長粒米と五分撞き玄米を半々で混ぜた」〈ベーシックライス〉、そしてもう一つが、「バスマティライス」を使ったビリヤニ風ごはん〈ナシブリヤーニ〉である。ちなみに、〈ナシブリヤーニ〉を選んだ場合は、一〇〇円の課金となる。
 ライスの量は、S・M・Lの三つで、一五〇グラムのMを基準とし、二五〇グラムのLはプラス五〇円、一三〇グラムのSはマイナス五〇円であった。
 初来店の書き手は、これまた、あまりよく考えずに、ベーシックのМという、いかにも普通な選択をしてしまったのであった。
 とまれ、具無しと全部乗せを除いても、主菜とする具材とナシ(飯)の組み合わせ、これだけで十パターンもある分けなのだ。

 さらにである。
 この後、副菜として、「季節の青菜炒め」、「カブのココナッツ煮」、「キャベツとニンニクの芽の炒め物」、「パクチーとバミセリの和え物」、ヨーグルトとココナッツのペーストである「ビーツのパチャディ」、野菜のヨーグルト添えである「ライタ」という、六つの副菜の中から三つを選ぶのだが、六種類の中から三つを選ぶとゆうことは、組み合わせは二〇、つまり、ナシ・主菜・副菜の在り方は二〇〇パターンという事になる。

 そして最後に、マサラ(カレー)を選ぶのだが、マサラも、「骨付きチキンカレー」、「天使の海老とイカのカレー」、「季節野菜のベジマサラ」、ひよこ豆の「ダール・フライ」、「期間限定のマサラ」の六つから二種類を選ぶ事になるので、二種のカレーの組み合わせは十五パターンとなる。

 つまるところ、簡単に言ってしまうと、下敷きとなるナシ(飯)の上に、注文者が選んだ具材やカレーが、ガシガシ乗っけられてゆく分けで、ここで着目すベきは、飯・主菜・副菜・マサラの組み合わせは、計算してみると(間違っていたらごめんなさい)、〈三〇〇〇〉パターンもある分けなのだ。
 毎日一食試したとしても、それだけで約十年かかってしまうであろう。

 この店を初めて訪れた書き手は、あまりよくシステムが分かっていなかったので、直感で、全て、なんとはなしに選んだ結果できあがったのが、以下の組み合わせである。

 ナシ(飯):ベーシック(M)
 主菜:ベジタブル
 副菜:季節の青菜炒め、カブのココナッツ煮、キャベツとニンニクの芽の炒め物
 マサラ(カレー):天使の海老とイカのカレー、ダール・フライ

 これが、この日の選択の結果なのだ。

 ちょっと平凡である。
 仮に、だ。
 次の来店時にも、なんとなく選んでいったら、同じプレートが出来上がってしまうかもしれない。

 他の可能性が、二九九九もあるのにそれはもったいない。
 ゼロツーの可能性は、三〇〇〇もあるのだから。

 この日、出来上がったプレートは、凡庸な書き手の無自覚な味の好みの反映になってしまったのだが、意識的に、食べた事のない副菜や、味わった事のないマサラを選んだら、未体験で全く未知のナシカンダールと遭遇できる可能性だってあろう。

 様々な組み合わせを模索しながら、三〇〇〇の選択肢の中から、僕が選んだ最強のマサラを考え出すのも面白いように、書き手には思えたのであった。
 
〈訪問データ〉
 ゼロツー ナシカンダール トーキョー
 B16
 十一月二日・水曜日・十九時半
 ベジタリアン・ナシカンダール:一一五〇円(QR)

〈参考資料〉
 「ゼロツー ナシカンダール トーキョー」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、三十四ページ。
〈WEB〉
 「わんぱく過ぎるワンプレート専門店が日本初上陸…!インド移民によるマレーシア料理『ナシカンダール』は360°どこをどう食べても美味しい」、『ぐるなび』、二〇二三年一月二十五日閲覧。
 「順列・組合せ」、『ke!san』、『CASIO』、二〇二三年一月二十五日使用。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...