カレイなる日々

隠井迅

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一巡目(二〇二二)

第053匙 ザクとは違うのだよ、サグだよ:ザ・タンドール(D15) 

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  この日の夜、書き手が向かったのはインド料理店〈ザ・タンドール〉であった。

 タンドールとは、北インドなどで使われている甕(かめ)のような形の窯(かま)で、甕の口の方を下に置いたような形をしている粘土製の〈壺窯(つぼかま)型〉の天火(てんぴ)である。ちなみに、天火とは、横文字にしカタカナ表記をしたら、オーブンに当たる。
 そのタンドールを使う場合には、窯の底に燃料を置いて加熱するのだが、温度は五〇〇度近くにまで達するそうで、その高温を維持するために、火を長い時間焚きっぱなしにするらしい。

 以前、別の逸話で、タンドールについては少しだけ触れた、と書き手は記憶している。
 タンドールは、家庭用の小さな物も存在するらしいのだが、それでも、一般の家庭にタンドールがあるのは稀だそうだ。
 この北インドの壺窯、タンドールは、様々な調理に使われるそうなのだが、例えば、肉に関しては、金属製の串に刺してから、金属製の鉤(かぎ)を使って、窯の内部に下して焼くらしい。
 そして、パンを焼く時には、生地を平らに伸ばして、それを窯の内側に貼り付けて焼くそうだ。 

 つまり、タンドールの形容詞が〈タンドーリー〉なので、金属の串に刺して、タンドールで焼いたチキンこそが、あの〈タンドリー・チキン〉なのである。
 そして、このタンドールで焼くパンが〈ナン〉なのだ。

 ちなみに、一般家庭では持ちえないタンドールで作るナンは、北インドの高級料理店で提供されるものらしい。
 また、米食中心のインドでは、元来、タンドールを用いないそうだ。
 これは、どこかで読んだ話なのだが、タンドールで焼くナンを、日本で初めて食べたというインド人も存在するらしい。

 要するに、大手町近くのこのインド料理店は、北インドの壺窯型の天火、タンドールを店名にしているのである。

 だから、この店名を尊重するのならば、主食は、「プレンナン」「ガーリックナン」「ゴーマナン」「チーズナン」といったナンから選ぶべきだったかもしれない。また、カレー以外に、タンドリー・チキンも頼むべきだったかもしれない。
 だがしかし、夜に大手町に赴いて、とりあえずインド料理を食べようと思った書き手は、店名のことはあまり意識せずに、店に入ってメニューを広げると、気持ちの赴くままに、主食は黄色い「サフランライス」にしてしまった。
 これは後で思った事なのだが、店名を〈ザ・タンドール〉にしている、という事は、もしかしたら、タンドールを使った料理をスペシャリテにしているかもしれないので、次の訪店機会にはナンとタンドリー・チキンを頼むとしよう。

 さて、カレーに関しては、店内のメニューでは、具材を中心に分類表記されていた。例えば、チキン、野菜、マトン、シーフード、ポークといった具合である。ところで、やはりビーフはなかった。
 シェフは、ネパール出身でインドで修業したらしいので、牛がないのは当たり前なのかもしれないが。

 最近の書き手は、アジアン・カレーの店では、ダル(豆)か野菜のカレーを選ぶ傾向があるので、この日は〈シーフード〉にすることにした。
 シーフードの場合、カレーは二種類あって、一つが、「新鮮なシーフードを特製スパイスで煮込んだカレー」である「シーフードマサラ」で、もう一つが「新鮮なエビとほうれん草のクリーミーなシーフードカレー」である「プラワンザク」であった。

 書き手は、メニューに添えられていた写真の緑のカレーの方が気になって「プラワンザク」を選んだのだった。

 ? あれっ、エビって「プラワン」だったっけ、〈プラウン〉じゃなかったっけ?
 そもそも、横文字の音をカタカナ表記にした分けだから、その辺の事情はちょっと分からない。
 ちなみに、後日、ザ・タンドールを扱ったグルメ・サイトを参照したら、「プラウン」とあったので、おそらく、店内のメニューは誤表記だったのだろう。
 うん、日本語の文字、たしかに、難しいよね。

 とまれかくまれ、その時の書き手は店において、海老とほうれん草のカレーである「プラワンザク・カレー」と店員に告げたのであった。

 後日、書き手は、「ザク」についても改めて調べてみる事にした。

 書き手は、あの量産型の〈ザ〇〉はこの緑色のカレーから名をとった、とずっと思い込んでいた。

 だが、しかしである。
 あのほうれん草などの青菜を使った緑のカレーは、〈ザク〉ではなく「サグ」で、濁点をつける文字が逆だったのだ。

 これを知って書き手の頭に、こう囁く者の声がした。

 ザクとは違うのだよ、サグだよ、って。

〈訪問データ〉
 インド料理 ザ・タンドール;大手町・神田
 D15
 十月十七日・月曜日・二十一時
 プラワンサグ(九九〇)+サフランライス(三〇〇):一二九〇円(QR)

〈参考資料〉
 「インド料理 ザ・タンドール」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、二十八ページ。
 〈WEB〉
 「インド料理 ザ・タンドール」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、二〇二二年十二月二十七日閲覧。
 「スポットプラウン」、『市場魚介類図鑑』、二〇二二年十二月二十七日閲覧。
 「緑色のカレー「サグカレー」ってなに? 」、『macaroni』、二〇二二年十二月二十七日閲覧。
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