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一巡目(二〇二二)
第031匙 昭和感においたつ定食屋に集うカレー臭ただよう来客たち:カロリーカレーハウス(D06)
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神田カレー・スタンプラリーに参加しているカレー店の中には、土日祝日の昼時には営業していない店も数多い。
だから、土日祝日に訪れる店を選ぶ際には、冊子の店紹介頁と長い時間にらめっこしつつ、あーでもない、こーでもない、と呻きを漏らしながら考えを巡らせ続ける事になる。
書き手は、件のスタンプラリー企画では、〈A〉コースを中心に店巡りをしているのだが、ここまで合計三十店を訪れ、そのうち、Aコースは二十軒に達した。
だから、現時点においては、コースフリーの三十三軒を巡るか、あるいは、Aコースで未訪問の五店を回って、まずは〈無印〉のマイスターの資格を獲得し、しかる後に、他のコースのクリアに取り掛かって、二コース制覇の〈ブロンズ〉マイスター、さらには、三コースをクリアして、〈シルバー〉マイスターを目指さんとしていた。
しかし、である。
当初は、まずは〈A〉コースをクリアしてから、次のコースを、と考えていたのだが、既に言及したように、土日の昼に訪れる事ができる店は限定されているため、Aコースに拘っていると、土日に行ける店が無い、という事態に陥ってしまいかねない。
そこで、土日に関しては、コースには拘らずに、例えば、早い時間帯から営業している店を優先しよう、そのような方針で店を探した結果、土曜日の十時半という早い時間帯から開いている〈カロリーカレーハウス〉を選択するに至ったのであった。
カロリーは、東京メトロの新御茶ノ水駅の〈B1〉出口と、JR御茶ノ水駅の間を走っている〈茗渓通り〉に面している。
この細い道は、メトロの新御茶ノ水駅と御茶ノ水駅、JR御茶ノ水駅に近接しているため、細道である割には、非常に人通りが多い。
茗渓通りの、JR駅側に面している建物は、その立地ゆえに、実に興味深い構造を為している。
茗渓通りは、聖橋とお茶の水橋という二つの橋に挟まれるようになっているのだが、その橋の下を、JR御茶ノ水駅のホーム、その脇を神田川が流れているのだ。
そして、茗渓通りの御茶ノ水駅側の建物は、こう言ってよければ、駅の上で、神田川に向かって張り出すような格好で立っている。
都内には、例えば、新橋駅の店舗のように、線路の高架下に軒を連ねているタイプの店もあるのだが、茗渓通りの店は、いわば、ホームの上に軒を連ねているのだ。
このような構造になっているためか、茗渓通りに面した飲食店の中には、店の内部構造が、入り口が狭く、店の中は、南米のチリのように細長い〈ウナギの寝床〉になっている、例えば、カウンターのみの店や、立ち食い店などが認められる。そして、カロリーカレーハウスもまた、席数十席の、そんな細長いカレー屋さんなのだ。
キッチンカロリーの開業は、一九五四(昭和二十九)年、なんと創業六十八年に及ぶ。
この約七十年の間、おそらく、御茶ノ水駅の周辺も様々な変化を迎えたはずだ。おそらく、そういった街の移り変わりを、この店と、店のおやじさんは目にしつつも、この場で変わらずに営業を続けてきたのであろう。
その長大な時間を想起するだけで、身が引き締まる思いがする。
さて、書き手が、土曜日の昼に、お茶の水駅界隈のカロリーカレーハウスを訪れたのには実は理由があって、茗渓通りに面したこの店は、廉価でボリューミーな料理を提供しているのだが、それは、このお茶の水界隈は、明治大学など幾つもの大学が存在する学生街であり、おそらくは、その主たる客層は大学生だからだ。という事は、学期中の平日は、大学生で混雑する状況が予想される。
だから、九月初めの未だ大学の講義が始まっておらず、学生があまり居ないであろうこのタイミングこそが、お茶の水のカレー店を訪問するには適切な時期であるように書き手には思えたのだ。
実際に、土曜日の午前中に訪れたカロリーカレーハウスは、さしたる混雑を示してはおらず、細長い店内にに居た先客は数名で、かつ、書き手の後に来店してきた客も数名であった。そのおかげで、人一人が通れる程度の横幅しかない店にあって、その出入りの際に、他の客の邪魔をせずに済んだのであった。
実は、これまで、八月中に書き手がスタンプラリー目的でカレー店を巡っていた際には、ほとんど全ての店で、スタンプラリーをしている、書き手と同好の士に遭遇する事はなかった。
しかし、である。
カロリーカレーハウスでは、先客も、そして後客も、すなわち、土曜の午前中の早めの時間帯にカロリーカレーハウスを訪れていた客たちの手には、書き手が持参しているのと同じ、神田カレー街スタンプラリーの冊子が認められたのだ。
いやはや、同じ趣味の持ち主というものは、どうやら思考パターンも似通うものであるらしい。
つまり、社会人が、このカレー・スタンプラリーに参加せんとするのならば、やはり、土日祝日に店を巡らざるを得ない。
その場合、一日で数多くの店をハシゴせんと欲するのは道理で、となると、そうしたカレー・ラヴァーは、土日祝日により多くの店を回るために、早い時間帯から営業している店を訪れる事になる。
だから、土日に午前中に訪れるのは、必然的にお茶の水のカロリーカレーハウスになってしまう。
この創業六十八年の、駅のホームの上に張り出したような細長い、昭和臭がぷんぷん匂い立つような学生向けのカレー屋に、土曜日の午前中に集いしは、カレー臭漂う、昭和生まれのおじさん、おばさん達という状況に、書き手は思わず、得も言われぬ強い共感覚を抱いてしまった。
かくして、書き手は、学生に戻ったつもりで、メンチカツカレーを注文したのだが、この皿のカレーには、メンチカツのみならず、サービスで、マヨネーズがかけられたカニクリームコロッケがついてきた。
土曜のカレー巡りの一食目は、さらっとペロリと食べるつもりだったのだが、午前中に揚げ物を二種というのは、数十年前の学生である、カレー臭漂う昭和の中高年にとっては少し重かった、という点もまた、カロリーカレーハウスにいた書き手と同好の志士達の間の共感覚だったのではなかろうか。
〈訪問データ〉
カロリーカレーハウス:お茶の水
D06
九月三日・土曜日・十一時
メンチカツカレー:六九〇円(現金)
〈参考資料〉
「カロリーカレーハウス」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、五十八ページ。
だから、土日祝日に訪れる店を選ぶ際には、冊子の店紹介頁と長い時間にらめっこしつつ、あーでもない、こーでもない、と呻きを漏らしながら考えを巡らせ続ける事になる。
書き手は、件のスタンプラリー企画では、〈A〉コースを中心に店巡りをしているのだが、ここまで合計三十店を訪れ、そのうち、Aコースは二十軒に達した。
だから、現時点においては、コースフリーの三十三軒を巡るか、あるいは、Aコースで未訪問の五店を回って、まずは〈無印〉のマイスターの資格を獲得し、しかる後に、他のコースのクリアに取り掛かって、二コース制覇の〈ブロンズ〉マイスター、さらには、三コースをクリアして、〈シルバー〉マイスターを目指さんとしていた。
しかし、である。
当初は、まずは〈A〉コースをクリアしてから、次のコースを、と考えていたのだが、既に言及したように、土日の昼に訪れる事ができる店は限定されているため、Aコースに拘っていると、土日に行ける店が無い、という事態に陥ってしまいかねない。
そこで、土日に関しては、コースには拘らずに、例えば、早い時間帯から営業している店を優先しよう、そのような方針で店を探した結果、土曜日の十時半という早い時間帯から開いている〈カロリーカレーハウス〉を選択するに至ったのであった。
カロリーは、東京メトロの新御茶ノ水駅の〈B1〉出口と、JR御茶ノ水駅の間を走っている〈茗渓通り〉に面している。
この細い道は、メトロの新御茶ノ水駅と御茶ノ水駅、JR御茶ノ水駅に近接しているため、細道である割には、非常に人通りが多い。
茗渓通りの、JR駅側に面している建物は、その立地ゆえに、実に興味深い構造を為している。
茗渓通りは、聖橋とお茶の水橋という二つの橋に挟まれるようになっているのだが、その橋の下を、JR御茶ノ水駅のホーム、その脇を神田川が流れているのだ。
そして、茗渓通りの御茶ノ水駅側の建物は、こう言ってよければ、駅の上で、神田川に向かって張り出すような格好で立っている。
都内には、例えば、新橋駅の店舗のように、線路の高架下に軒を連ねているタイプの店もあるのだが、茗渓通りの店は、いわば、ホームの上に軒を連ねているのだ。
このような構造になっているためか、茗渓通りに面した飲食店の中には、店の内部構造が、入り口が狭く、店の中は、南米のチリのように細長い〈ウナギの寝床〉になっている、例えば、カウンターのみの店や、立ち食い店などが認められる。そして、カロリーカレーハウスもまた、席数十席の、そんな細長いカレー屋さんなのだ。
キッチンカロリーの開業は、一九五四(昭和二十九)年、なんと創業六十八年に及ぶ。
この約七十年の間、おそらく、御茶ノ水駅の周辺も様々な変化を迎えたはずだ。おそらく、そういった街の移り変わりを、この店と、店のおやじさんは目にしつつも、この場で変わらずに営業を続けてきたのであろう。
その長大な時間を想起するだけで、身が引き締まる思いがする。
さて、書き手が、土曜日の昼に、お茶の水駅界隈のカロリーカレーハウスを訪れたのには実は理由があって、茗渓通りに面したこの店は、廉価でボリューミーな料理を提供しているのだが、それは、このお茶の水界隈は、明治大学など幾つもの大学が存在する学生街であり、おそらくは、その主たる客層は大学生だからだ。という事は、学期中の平日は、大学生で混雑する状況が予想される。
だから、九月初めの未だ大学の講義が始まっておらず、学生があまり居ないであろうこのタイミングこそが、お茶の水のカレー店を訪問するには適切な時期であるように書き手には思えたのだ。
実際に、土曜日の午前中に訪れたカロリーカレーハウスは、さしたる混雑を示してはおらず、細長い店内にに居た先客は数名で、かつ、書き手の後に来店してきた客も数名であった。そのおかげで、人一人が通れる程度の横幅しかない店にあって、その出入りの際に、他の客の邪魔をせずに済んだのであった。
実は、これまで、八月中に書き手がスタンプラリー目的でカレー店を巡っていた際には、ほとんど全ての店で、スタンプラリーをしている、書き手と同好の士に遭遇する事はなかった。
しかし、である。
カロリーカレーハウスでは、先客も、そして後客も、すなわち、土曜の午前中の早めの時間帯にカロリーカレーハウスを訪れていた客たちの手には、書き手が持参しているのと同じ、神田カレー街スタンプラリーの冊子が認められたのだ。
いやはや、同じ趣味の持ち主というものは、どうやら思考パターンも似通うものであるらしい。
つまり、社会人が、このカレー・スタンプラリーに参加せんとするのならば、やはり、土日祝日に店を巡らざるを得ない。
その場合、一日で数多くの店をハシゴせんと欲するのは道理で、となると、そうしたカレー・ラヴァーは、土日祝日により多くの店を回るために、早い時間帯から営業している店を訪れる事になる。
だから、土日に午前中に訪れるのは、必然的にお茶の水のカロリーカレーハウスになってしまう。
この創業六十八年の、駅のホームの上に張り出したような細長い、昭和臭がぷんぷん匂い立つような学生向けのカレー屋に、土曜日の午前中に集いしは、カレー臭漂う、昭和生まれのおじさん、おばさん達という状況に、書き手は思わず、得も言われぬ強い共感覚を抱いてしまった。
かくして、書き手は、学生に戻ったつもりで、メンチカツカレーを注文したのだが、この皿のカレーには、メンチカツのみならず、サービスで、マヨネーズがかけられたカニクリームコロッケがついてきた。
土曜のカレー巡りの一食目は、さらっとペロリと食べるつもりだったのだが、午前中に揚げ物を二種というのは、数十年前の学生である、カレー臭漂う昭和の中高年にとっては少し重かった、という点もまた、カロリーカレーハウスにいた書き手と同好の志士達の間の共感覚だったのではなかろうか。
〈訪問データ〉
カロリーカレーハウス:お茶の水
D06
九月三日・土曜日・十一時
メンチカツカレー:六九〇円(現金)
〈参考資料〉
「カロリーカレーハウス」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、五十八ページ。
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