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一巡目(二〇二二)
第003匙 Aジアン・カレーの差異と特徴その1 パキスタンのイスラーム系カレー:スルターン(A03)
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書き手は、神田カレー・スタンプラリーへの参加が二〇二二年が初めてという事もあって、まずは、十店舗のスタンプで獲得できる「神田カレーバディ賞」と、コース無関係の三十二店舗のスタンプで獲得できる、無印の「マイスター賞」の達成を目指そう、と考えていた。
だから、これといった戦略もなしに、アキバ・エリアのコーナーに位置している〈ジャンカレー〉や、「第一回」や「初代」といったワードに惹かれて、〈ボンディ神田小川町店〉に入店したのだが、実は期せずして、これら二店は両方ともに 、Aコースに分類されている店だったのだ。
たしかに、未だ二軒を回っただけなのだが、こうした偶然が重なった事によって、書き手は、今後、〈Aコース〉を中心に巡ってゆく戦略を採択する事にした。
*
書き手は、お盆休み明けの金・土・日に、JRの飯田橋駅の東口の辺りで用事があったので、この三日間の昼食は、飯田橋駅の南エリアのカレー店を巡る戦術を採る事にした。
このエリア内で、スタンプラリーに参加しているのは六店舗なのだが、それらのカレー店のうち、Aコースに配されているのは一軒のみで、それが〈スルターン〉であった。
スルターンは、飯田橋、新小川町、秋葉原といった、都内で三店舗営業している、インド・パキスタン料理の店で、その本店が飯田橋店である。
JRの飯田橋駅を背にし、〈目白通り〉を九段下方面に向かわんとした場合、駅の東口自体は、目白通りの右側にある。そして、横断歩道を渡った、目白通りの左側に位置している、飯田橋駅南エリアの目印となる建物が、一階にカレー店が入っている〈アパホテル〉である。そして、この背の高い建物を通り過ぎて、その次にある路地を左折して直ぐの所に位置しているのが、インド・パキスタン料理スルターンの飯田橋本店で、店員は全員が外国人の、つまり、本場の店である。
しかし、この店の料理ジャンルがインド・パキスタンとなっていた事によって、書き手は疑問を抱いてしまった。
はたして、ここのカレーは、インド料理なのか、それとも、パキスタン料理なのか?
〈スルターン〉はアラビア語で〈権力者〉を意味し、これは、イスラーム世界における君主の称号で、日本語では、イスラーム世界の〈国王〉を指すと考えられている。
だが、はたして、この店名の由来は、国王の意味である〈スルターン〉を指しているのであろうか。
北インドの西隣に位置しているパキスタンの正式国名は、〈パキスタン・イスラム共和国〉で、つまるところ、イスラーム世界に属しているので、パキスタンという点から見ると、このカレー店の名称は〈権力者〉を意味している、と考えられよう。
そして、インドの歴史という点から言うと、十三世紀から十六世紀にかけての約三二〇年の間、デリーを拠点として北インドを支配し、イスラーム教を奉じた五つの王朝があったのだが、その王朝の王が、自らを〈スルターン〉と称したので、これら五つの王朝の総称が、〈デリー・スルタン朝〉なのである。
つまり、パキスタンにおいても、インドにおいても、スルターンとは、イスラム世界の王を意味すると考えて差し支えはないようだ。
さらに歴史的な面においては、デリー・スルタン朝の後に興り、十九世紀半ばまで続いたイスラーム国家・ムガル帝国の支配領域は、今のインドのみならず、パキスタンにまで及んでいたので、近世においては、インドとパキスタンは同じ国で、〈インド=イスラーム文化〉圏に属していたのである。
しかし、とはいえども、現在、パキスタンがイスラーム国家であるのに対して、インドは、人口の約八割がヒンドゥー教徒なので、この事を考慮に入れると、勝手な憶測なのだが、この店は、インドよりも、パキスタン寄りなのかもしれない。
それでは、イスラーム教のパキスタンと、ヒンドゥー教のインドにおける、現代のカレーの特徴や、その違いは、一体どんなものなのだろうか?
イスラーム教ではタブーとされている食材があって、それは豚肉である。イスラーム教徒が豚を忌避するのは、豚が汚い、〈不浄の動物〉と考えられ、豚に対して、嫌悪感が抱かれているからなのだ。
これに対して、ヒンドゥー教では、イスラーム教と同じように、〈不浄の動物〉として豚は食されない。これに対して、牛もまた食べる事はないのだが、その理由は豚のケースとは違っていて、牛は〈神聖な動物〉として崇拝されているため、食材にするのはタブーなのだ。ちなみに、インドで肉食をする〈ノン・ベジタリアン〉も、食材にするのは、鳥、羊、山羊に限っているらしい。
このように、イスラーム教やヒンドゥー教においてタブーとされている食材について思い出しながら、メニューを見てみると、そこにあったランチタイムメニューのラインナップは、日替わり、ダルカレー、チキンカレー、ベジタブルカレー、シーフードカレー、ラムカレー、バターチキンカレーの七種類で、やはり豚や牛はない。
書き手は、メニューの中から、シーフードカレーと、セットメニューのドリンクとして、マンゴー・ラッシーを注文した。
そういえば、ヒンドゥーって魚介ってどうなんだろ、そんな事を考えながら、書き手は、注文した料理が出てくるまでの間、疑問点をタブレットで調べてみる事にした。
どうやら、ヒンドゥー教徒の中には、魚介類もまた、動物性の食べ物として忌避する人がいるらしい。
ということは、シーフードカレーを提供している分けだから、スルターンのカレーは、少なくともヒンドゥー教徒系のカレーではない、という事になるだろう。
もっとも、現在のインドでも、約十五パーセントほどのイスラーム教徒がいるので、シーフードを出しているからといって、それで、この店のカレーが〈インド〉カレーではない、という事にはなるまい。
つまるところ、具材の点から考えると、この店〈スルターン〉は、少なくとも、〈イスラーム系のインド・パキスターン料理の店〉という事になるかもしれないな、そんな事を考えているうちに、ついに、注文したシーフードカレーセットが運ばれてきた。
提供された黄色いライスとカレーは別皿で、カレールーはボウルに入っており、形状はどろっとしたスープ状の物であった。
待ち時間に、パキスタンのカレーについても調べていたのだが、パキスタンは暑い国なので、喉を通り易いように「スープの多いカレーが中心」になっているとの事であった。
ということは、このカレーは、食材が魚介で、ルーがスープ状なのだから、やはり、パキスタン料理なのだろうか。
書き手の疑問は考えれば考えるほど増していったのだが、とりあえず先ずは、目の前の食事をいただくことにしよう。
そうだっ!
このカレー店巡りで、アジア系のカレー店を訪れる際には、具材やルーのタイプなどを着眼点にしよう、そう考えながら、カレーをかけた黄色いライスを口に運び続ける書き手であった。
〈訪問データ〉
インド・パキスタン料理 スルターン 飯田橋本店:飯田橋・飯田橋南
A03
八月十九日・金曜日・十一時
シーフードカレーセット・マンゴーラッシー:九五〇円(現金)
〈参考資料〉
「神田カレー街食べ歩きスタンプラリー2022開幕」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、八ページ。
「インド・パキスタン料理 スルターン 飯田橋本店」、『前掲本』、二十八ページ。
〈WEB〉
『スルターン』、二〇二二年八月二十五日閲覧。
「ヒンドゥー教徒の食事制限~食のタブーと調理・接客のポイント~」、『CAN EAT』、二〇二二年八月二十五日閲覧。
「世界のカレー パキスタン」、『ハウスカレー』、二〇二二年八月二十五日閲覧。
だから、これといった戦略もなしに、アキバ・エリアのコーナーに位置している〈ジャンカレー〉や、「第一回」や「初代」といったワードに惹かれて、〈ボンディ神田小川町店〉に入店したのだが、実は期せずして、これら二店は両方ともに 、Aコースに分類されている店だったのだ。
たしかに、未だ二軒を回っただけなのだが、こうした偶然が重なった事によって、書き手は、今後、〈Aコース〉を中心に巡ってゆく戦略を採択する事にした。
*
書き手は、お盆休み明けの金・土・日に、JRの飯田橋駅の東口の辺りで用事があったので、この三日間の昼食は、飯田橋駅の南エリアのカレー店を巡る戦術を採る事にした。
このエリア内で、スタンプラリーに参加しているのは六店舗なのだが、それらのカレー店のうち、Aコースに配されているのは一軒のみで、それが〈スルターン〉であった。
スルターンは、飯田橋、新小川町、秋葉原といった、都内で三店舗営業している、インド・パキスタン料理の店で、その本店が飯田橋店である。
JRの飯田橋駅を背にし、〈目白通り〉を九段下方面に向かわんとした場合、駅の東口自体は、目白通りの右側にある。そして、横断歩道を渡った、目白通りの左側に位置している、飯田橋駅南エリアの目印となる建物が、一階にカレー店が入っている〈アパホテル〉である。そして、この背の高い建物を通り過ぎて、その次にある路地を左折して直ぐの所に位置しているのが、インド・パキスタン料理スルターンの飯田橋本店で、店員は全員が外国人の、つまり、本場の店である。
しかし、この店の料理ジャンルがインド・パキスタンとなっていた事によって、書き手は疑問を抱いてしまった。
はたして、ここのカレーは、インド料理なのか、それとも、パキスタン料理なのか?
〈スルターン〉はアラビア語で〈権力者〉を意味し、これは、イスラーム世界における君主の称号で、日本語では、イスラーム世界の〈国王〉を指すと考えられている。
だが、はたして、この店名の由来は、国王の意味である〈スルターン〉を指しているのであろうか。
北インドの西隣に位置しているパキスタンの正式国名は、〈パキスタン・イスラム共和国〉で、つまるところ、イスラーム世界に属しているので、パキスタンという点から見ると、このカレー店の名称は〈権力者〉を意味している、と考えられよう。
そして、インドの歴史という点から言うと、十三世紀から十六世紀にかけての約三二〇年の間、デリーを拠点として北インドを支配し、イスラーム教を奉じた五つの王朝があったのだが、その王朝の王が、自らを〈スルターン〉と称したので、これら五つの王朝の総称が、〈デリー・スルタン朝〉なのである。
つまり、パキスタンにおいても、インドにおいても、スルターンとは、イスラム世界の王を意味すると考えて差し支えはないようだ。
さらに歴史的な面においては、デリー・スルタン朝の後に興り、十九世紀半ばまで続いたイスラーム国家・ムガル帝国の支配領域は、今のインドのみならず、パキスタンにまで及んでいたので、近世においては、インドとパキスタンは同じ国で、〈インド=イスラーム文化〉圏に属していたのである。
しかし、とはいえども、現在、パキスタンがイスラーム国家であるのに対して、インドは、人口の約八割がヒンドゥー教徒なので、この事を考慮に入れると、勝手な憶測なのだが、この店は、インドよりも、パキスタン寄りなのかもしれない。
それでは、イスラーム教のパキスタンと、ヒンドゥー教のインドにおける、現代のカレーの特徴や、その違いは、一体どんなものなのだろうか?
イスラーム教ではタブーとされている食材があって、それは豚肉である。イスラーム教徒が豚を忌避するのは、豚が汚い、〈不浄の動物〉と考えられ、豚に対して、嫌悪感が抱かれているからなのだ。
これに対して、ヒンドゥー教では、イスラーム教と同じように、〈不浄の動物〉として豚は食されない。これに対して、牛もまた食べる事はないのだが、その理由は豚のケースとは違っていて、牛は〈神聖な動物〉として崇拝されているため、食材にするのはタブーなのだ。ちなみに、インドで肉食をする〈ノン・ベジタリアン〉も、食材にするのは、鳥、羊、山羊に限っているらしい。
このように、イスラーム教やヒンドゥー教においてタブーとされている食材について思い出しながら、メニューを見てみると、そこにあったランチタイムメニューのラインナップは、日替わり、ダルカレー、チキンカレー、ベジタブルカレー、シーフードカレー、ラムカレー、バターチキンカレーの七種類で、やはり豚や牛はない。
書き手は、メニューの中から、シーフードカレーと、セットメニューのドリンクとして、マンゴー・ラッシーを注文した。
そういえば、ヒンドゥーって魚介ってどうなんだろ、そんな事を考えながら、書き手は、注文した料理が出てくるまでの間、疑問点をタブレットで調べてみる事にした。
どうやら、ヒンドゥー教徒の中には、魚介類もまた、動物性の食べ物として忌避する人がいるらしい。
ということは、シーフードカレーを提供している分けだから、スルターンのカレーは、少なくともヒンドゥー教徒系のカレーではない、という事になるだろう。
もっとも、現在のインドでも、約十五パーセントほどのイスラーム教徒がいるので、シーフードを出しているからといって、それで、この店のカレーが〈インド〉カレーではない、という事にはなるまい。
つまるところ、具材の点から考えると、この店〈スルターン〉は、少なくとも、〈イスラーム系のインド・パキスターン料理の店〉という事になるかもしれないな、そんな事を考えているうちに、ついに、注文したシーフードカレーセットが運ばれてきた。
提供された黄色いライスとカレーは別皿で、カレールーはボウルに入っており、形状はどろっとしたスープ状の物であった。
待ち時間に、パキスタンのカレーについても調べていたのだが、パキスタンは暑い国なので、喉を通り易いように「スープの多いカレーが中心」になっているとの事であった。
ということは、このカレーは、食材が魚介で、ルーがスープ状なのだから、やはり、パキスタン料理なのだろうか。
書き手の疑問は考えれば考えるほど増していったのだが、とりあえず先ずは、目の前の食事をいただくことにしよう。
そうだっ!
このカレー店巡りで、アジア系のカレー店を訪れる際には、具材やルーのタイプなどを着眼点にしよう、そう考えながら、カレーをかけた黄色いライスを口に運び続ける書き手であった。
〈訪問データ〉
インド・パキスタン料理 スルターン 飯田橋本店:飯田橋・飯田橋南
A03
八月十九日・金曜日・十一時
シーフードカレーセット・マンゴーラッシー:九五〇円(現金)
〈参考資料〉
「神田カレー街食べ歩きスタンプラリー2022開幕」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、八ページ。
「インド・パキスタン料理 スルターン 飯田橋本店」、『前掲本』、二十八ページ。
〈WEB〉
『スルターン』、二〇二二年八月二十五日閲覧。
「ヒンドゥー教徒の食事制限~食のタブーと調理・接客のポイント~」、『CAN EAT』、二〇二二年八月二十五日閲覧。
「世界のカレー パキスタン」、『ハウスカレー』、二〇二二年八月二十五日閲覧。
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