カレイなる日々

隠井迅

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一巡目(二〇二二)

第002匙 ルールルー:ボンディ小川町店(A02)

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 書き手は、靖国通りを歩いていた。

 その靖国通り沿いには、九段下駅、神保町駅、新御茶ノ水駅、小川町駅、淡路町駅、神田駅、岩本町駅などの東京メトロや都営線の駅の出入口が並存しており、地下鉄でのアクセスは便利なのだが、別の面から見ると、この界隈の駅間の移動には、列車の乗り換えは不要であるように思われる。
 例えば、九段下駅から淡路町駅までは、徒歩で二十五分程度で移動できてしまう。そういった分けで、書き手は、靖国通りを秋葉原方面に向かって歩いていたのだった。

 書き手の感覚では、武道館付近の、上が高速道路、下が川になっている辺りから外堀通りまでが〈神保町界隈〉で、このエリアは、古書街や運動用具店街になっているのだが、同時に、神保町界隈の目抜き通りである靖国通りには、古本屋やスポーツ用品店のみならず、様々な飲食店、もちろん、カレー店も数多く存在している。

 神田カレー街・スタンプラリーへの参加を決めた書き手は、冊子所収の地図で、神保町界隈のカレー店の配置を見てはいたのだが、実際に界隈に赴いて、何処にどんな店があるかを肉眼で視認しておきたい、と考えて、とりあえず、靖国通りをしばしぶらついてみる事にしたのである。
 その上で、直感のままに、どこかのカレー店に入ろう、と企んでいた。

 武道館方面を背にして、靖国通りの右側の歩道を取って、白山通りを渡り、神田すずらん通りへの入り口を右の横目で見た後で、千代田通りの横断歩道も渡ったのだが、カレー店に入らぬまま、神保町界隈の真ん中を過ぎてしまっていた。

 だが、その時である。

 靖国通りと繋がっている、とある路地の曲がり角に置かれていた、『神田カレーグランプリ2022』ののぼりと一つのパネルが視界に入ってきたのだ。
 そこには、こう書かれていた。

 「~第1回 神田カレーグランプリ~
  《初代王者》に輝いた欧風カレーの老舗!!
  欧風カレー
  ボンディ 神田小川町店
  2つ目の四つ角(約100m)」

 「第1回」や「初代」、ここに含まれている、〈一〉とか〈初〉という文字が、入るべきカレー店を決めかねていた書き手の琴線に触れたのだった。

 実は、神保町界隈には、〈ボンディ〉が二軒あって、一つが、九段下エリアの〈神保町本店〉、そしてもう一つが、小川町エリアの、この〈神田小川町店〉である。
 ちなみに、アニメ『邪神ちゃんドロップキック』に何度か出てきている店舗は、神保町本店の方なので、『邪神ちゃんドロップキック』と絡ませた話は、ボンディ本店に行った時に語りたい。

 さて、ボンディ小川町店は、パネルの文言のように、靖国通りを右折し、細い路地に入ってから、二つ目の小路の左側の角に位置している建物の二階に在った。

 階段を上って、店に入り、店員にスタンプラリーのことを話したところ、スタンプは、後で会計の際に店員が押してくれる、との事であった。

 それから、窓際の席に着いた書き手が注文したのが〈ビーフカレー〉である。

 しばらく待っていると、まず、茹でたジャガイモが二個提供され、その後、皿に盛られたライスと、銀の器に容れられたカレールーが運ばれてきた。

 書き手は、未知のルーの味を確認したかったので、器から掬ったルーを、少しずつライスにかけながら食事を進めた。

 そのルーの味の印象なのだが、〈クリーミー〉の一言に尽きた。

 これは、後で『ボンディ』のホームページで確認した事なのだが、ボンディのルーは、「フランス仕込みのオリジナル手づくりソース」で、「豊富な乳製品と何種類もの野菜・フルーツをたくみにすり合わせひき出した、とろけるような旨味」の、「秘蔵のスパイスブレンド」との事であった。
 なるほど、自分の「クリーミー」という味の印象に間違いはなかったようだ。

 このルーが入れられていた、あたかも魔法のランプのような銀のソース容れ、この器の正式名称は〈グレイビー・ボート(Gravy Boat)〉と言う。

 歴史的に言うと、グレイビー・ボートは、イギリス由来の品で、そもそもは、カレールーの容器ではなく、ローストビーフなどにかける〈グレービー・ソース〉を容れておくための器だったのだが、カレーが欧州から日本に伝わった際に、カレーとグレイビー・ボートが同時に入ってきて、この器にカレールーが容れられていたので、以来、日本では、グレイビー・ボートにカレールーが容れられるようになったらしい。

 日本でカレーライスというと、ライスとルーが別々ではなく、皿に盛られたご飯の上、ないしは横に、カレーが掛けられている場合が多いのだが、〈欧風カレー〉の店であるボンディでは、グレイビー・ボートにルーを容れて、料理を提供しているのであろう。
 
 書き手は、銀の器から掬ったルーを少しずつライスにかけながら、カレーが染み込んだライスを一口ずつ口に運んでいった。

 グレイビー・ボートからルーをライスにかける時には、実は作法があって、それは、ルーを、器から一気に直接ライスにかけるのではなく、ルーを掬う専用のスプーン、〈レードル〉で三口分くらいずつ、ライスの端にルーをかけてゆく、というものである。
 反対に、スプーンで掬ったライスを、グレイビー・ボートのカレールーに漬けて食べるのは絶対の禁足事項であるそうだ。

 自分は、味をよく確かめたいがために、少しずつルーをライスにかけていただけなのだが、偶然、欧風カレーの作法に叶う食べ方をしていたようである。

 カレーくらい好きに食して構わないだろ、と思われるかもしれないが、器からの一気がけをせずに、スプーンで少しずつ、食べる分だけライスの端からルーをかけるというのは、ライスが盛られている食器をなるべくカレーで汚さないという配慮から生じた作法であるそうだ。

 なるほど、これで合点がいった。

 器から皿へのルーのかけ方について調べてみて、ルールが存在するからには、その背景には何らかの理由があるものだな、と書き手は思った。

 それから、書き手は誓った。
 ライスとルーが別々に出てきた時には、この〈ルールルー〉を遵守してゆこう、と。 

〈訪問データ〉
 欧風カレー ボンディ 神田小川町店:神保町・小川町
 A02
 八月十八日・木曜日・十八時
 ビーフカレー;十六〇〇円(QR)

〈参考資料〉
 「欧風カレー ボンディ 神田小川町店」、『神田カレー街 公式ガイドブック 2022』、二十三ページ。
〈WEB〉
 『欧風カレー ボンディ』(オフィシャルサイト)、二〇二二年八月二四日閲覧。
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