[完結] 残念令嬢と渾名の公爵令嬢は出奔して冒険者となる

有栖多于佳

文字の大きさ
上 下
5 / 28

魔法の練習

しおりを挟む
親の心子知らずで、両親が悲観に暮れているなど知らず、サリエルはワクワクした気持ちでクリスに向き合っていた。

サリエルの部屋、ポケットから出した(ポケット?)ラグを床に広げたクリスはそこに靴を脱いで寛いで座っていた。
サリエルもガブもクリスの真似をして同じように靴を脱いで座った。

「ねえ、サリエル。《闇のローブ》をやって見せてよ。」
クリスが気楽な口調で言った。

「はい、クリス先生。」
返事をすると、サリエルは魔法を詠唱し始め、手を広げた。
次の瞬間、目の前からサリエルの姿が消えた。

「へえー、本当に消えてら。正解じゃないけど。」
クリスがそれをみて、一人言た。

「え?これ正解じゃない?」
ガブがそれを聞いて、問い返した。

「うん、それじゃあいくら魔力があってもすぐ尽きちゃうよ。もう良いよ、サリエル。」
「はい。」
魔法を解いたようで、次の瞬間サリエルの姿がパっと現れた。

「いいかい、サリエル。この魔法はね、こういう風に物に付与するんだ。」
そう言うと、クリスは自分が着ているローブを手に持って魔法を詠唱した。

そして、そのローブを頭から被ると、全身の姿が、見えなくなった。

「え?」
「きゃ!」
二人は短い驚きの声を上げた。

次の瞬間、クリスが元に戻り、ローブの魔法を解除した。

「こういう風に物に付与しないで、何もない空間に魔力でローブを作り出したらそれは自分の魔力を空へ放出し続けているようなものだもの魔力切れも起こすよ。ザルで水を掬うみたいなもんさ。それじゃ効率が悪いだろ?だから実際にある物にその効果を付与するのが正しい魔法だよ。やりたいことを自分の魔力で魔方陣に書いて物に貼り付けるんだ、そうしたら少ない魔力で同じ効果が得られるだろ。」

「なるほど。そういうことなんですね、じゃあそのローブのポケットには何か魔法が付与されているんですか?だから大きな水晶やこのラグみたいな荷物が入るのですか?」
ガブがそう尋ねた。

「ああそうだよ、ガブ、君は利口だね。良く見ていた、これはマジックバッグと言う魔法さ。」
クリスはガブの質問が嬉しいのか、ガブの頭をガシガシと撫でて答えた。

「こういう過去の魔術師たちが編み出してきた魔法を覚えて更に独自に進化させていく、これが魔法の勉強だよ。これから二人、よく学ぶこと、わかったかな?」

「「はい」」
二人は良い声で返事をした。

「それはそうと、ねえサリエル。どうして家出をしたの?《闇のローブ》を覚えて使ってみたくなっちゃった?それならそうで、それは魔術師のサガだからしょうがないんだけど。」
クリスがサリエルに尋ねた。


「使ってみたくなっちゃったというのは、まあそうなんですけれど。魔術書で《闇のローブ》をみつけて練習したのは家出がしたかったから、なので、違うと思いますわ。家出したかったのは、お父様が大嫌いだからです。」
サリエルがプンッと横を向いて怒った。

「え?なんで?サリエルはお父上が大嫌いなの?」
クリスが面白そうな顔をしてまた尋ねた。

「ええ、嫌いですわ。だって、わたくし生まれてからずっと言われるままに公爵家の令嬢として必要なことを学んできましたのに、弟が生まれた途端に、あんな何も出来ない赤子を大事な長男だ、跡継ぎだと言って歩いて。それを耳にする度に嫌な気持ちが胸に広がっていったのですが、ある日セスリー女史の伝記でも同じような記載があったのをふと思い出しましたの。だからもう一度伝記を読み返したらわたくしの気持ちと同じ気持ちがやっぱり書いてあって。

《伯爵家を継ぐ者として努力してきたのに、ある日生まれたばかりのなんの努力もしてない者に自分の努力の結果を奪われる理不尽》

《もう2度と私の何物も奪われないようにしよう》


《私は唯、私のために、私の求める物のために、ただ真っ直ぐに進むのだ 私の選んだ道を》

それをみてなるほどと思いまして、わたくしは家を出て、道を真っ直ぐ進んだのですわ。」

サリエルはそう言うと、エッヘンと胸を張った。

「ぶぶぶー、そう、それで真っ直ぐ進んだんだね、道を。」
真面目な顔でドやるサリエルを前に、クリスは堪らず吹き出した。

「それはちょっと間違っているよ、お嬢さん。」
黙って聞いていたガブがサリエルに目線を合わせて話し出した。

「あのね、お嬢さん。まず、進むっていうのは真っ直ぐ歩いてどこかの道を進むことじゃなくて、例え話だよ。」

「え??例え話?」

「そう。もう次は誰かに自分の時間を奪われないぞ!っていう気持ちの表現ってこと。
でもね、お嬢さん。本当に間違っているのはね、お嬢さんは弟に奪われた訳じゃないってことだよ。」

ガブがサリエルに言って聞かせるように嗜めるが、サリエルには伝わらないのか小首を傾げている。

「あのね、俺は娼婦の息子でさ、娼館で生まれて育ったのは俺が決めたことじゃない。
周りの娼婦の姉さんたちも自分で選んで娼館に来たわけじゃないってみんな言ってたよ。

俺は小さい時は母親が夜仕事の時は管理人の夫婦の部屋で寝てたんだけど、たまに暇な姉さんが一緒に寝てあげるっていって自分の部屋に呼んでくれて、姉さんたちと寝る日もあってね。

そんな時は、子守唄代わりに姉さんちの身の上話をよく聞いた。
親の仕事が失敗して娼館に売られた人も、農家だったけど不作が続いて売られてきた人もいた。

その人たちはそんな状況を選んでない。でもみんな『しょうがない』って言ってたよ。『世の中儘ならないこともあるんだ、しょうがない』ってね。『でもここはお客もいい人が多いし、意地悪な人は居ないからここの店で良かった』って。『この店に来れて運が良かった』って。

俺は母さんが死んじまったのは悲しいし嫌だったけど、しょうがないって思ったよ。でも母さんが死んじまって教会の司祭に闇ギルドに売られて暗殺者にさせられるのは、嫌だと思ったから逃げてでもみつかってしまった時、暗殺者に成るくらいなら死んじまってもしょうがないって思ったよ。

そしたら、騎士団に助けてもらえて、こうして公爵家で雇ってもらえて、お嬢さんと一緒に勉強までさせてもらえてありがたいって思っているけど、それは俺が選んだことじゃない。

たまたま運が良かっただけだ。

お嬢さんもその伝記の人も兄弟ができたことはしょうがない。でもお貴族様に生まれたことは『運が良かった』って思うけどね。

ご主人様も奥様もお嬢さんのことを大事にしていのがわかるよ。
俺も母さんにも娼館の管理人にも娼婦の姉さんにも大事にしてもらった。
それは『運が良かった』って思わない?

お嬢さんは何も奪われてないんだよ。
公爵家を継がないでいいんだから、何にでもなれるんだよ。
お嬢さんは奪われたんじゃない、自由を手に入れたんだよ。」

ガブはゆっくりとした口調で、優しく幼い妹に言って聞かせるようにサリエルに話した。

「うーん、ガブ、君は確か7才だったね。その割りに随分人生経験があるような良いことを言うね。」
クリスがなんとも形容しがたい難しい顔付きでそう言った。


「そうね、ガブ。あなた、とっても経験が豊かなのね。わたくしの世間は狭くて考えは浅かったわ。これからもいっぱいわたくしに教えてね。そして、わたくしのことはお嬢さんでなくてサリーと呼んでちょうだい。」

サリエルはガブの話に何やら深い感銘を受けた様子で、そう言った。

「サリエル、君はまだ5才だよ。世間が狭くても考えが浅くても何も問題ない。これから私とガブと一緒に色々学んでいこう!そして私にもサリーと呼ばせておくれ。」
そうクリスが言ったが、

「いいえ、クリス先生。わたくしは魔法の弟子ですもの、先生に教えて頂くのは魔法だけで結構ですわ。そして今まで通りサリエルとお呼びください。わたくしはガブに世間というものを教えて欲しいのです。」
そう断られた。

「ええー!ガブだけ!ガブだけ特別扱い?仲間はずれは良くないよ!僕もサリーって呼ぶし、魔法以外も教えるからね!」

5才児に本気になってイヤだイヤだと言い返す、クリス18才児である。

しばらく一緒に仲間に入れて、イヤだ、イヤだじゃない、サリーと呼ぶ、イヤだ、イヤだじゃないとしょうもないやり取りを繰り返していたが、

「わかりましたわ、では先生もサリーとお呼びくださいませ。」
嫌だ嫌だとしつこくごねるクリスを目の前にして、サリエルは(これは恥ずかしい)と思い、折れることを覚えた。

こうして、サリエルの第一次反抗期 通称イヤイヤ期が終わったのである。



「旦那様、どうやらお嬢様は反抗期が終わったご様子です。クリス様を反面教師に、ガブを手本にしたようで、聞き分けの良いお嬢様にお戻りになりました。」

魔法の授業を壁際で黙って見ていた執事のセバスチャンから小公爵はそう報告を受け、そっと胸を撫で下ろすのであった。


「セバス、子供の反抗期とは驚くべきものだな。」

「ええ、ですがご主人様。第二次反抗期というのもまたそのうち来ますので、お心構えはお忘れなく。」

セバスチャンは顔色を変えず、そう小公爵に告げた。
セバスチャンは小公爵が生まれた時から側使えをしている。
小公爵本人は忘れているのかもしれないが、サリエルほどでは無いにしても小公爵も同じような時期があったのだ、それを思い出して少しおセンチになるセバスチャンであった。

「な、なに?また来るのか!それについては、それまでに反抗期について学んでおかねばな。今回のような大騒ぎにならないようにな。」

そういう小公爵の決意とは裏腹に、第二次反抗期のフラグが今まさに立ったのであるが、それはまた別のお話。
しおりを挟む
残念令嬢と渾名の公爵令嬢は出奔して冒険者となるの4話目[魔法の先生]が不手際で消えてしまいました。スミマセン。3話の末尾に追記してありますが、良いねしてくださった方申し訳ありませんでした。
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...