呑気なトラとはりきりヨネの 昭和の食卓

有栖多于佳

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ヨネ、晩秋の手仕事をする ~けんちん汁~

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芝山村は、一層秋が深まってきた。

農作業も一通り終わり、男衆は田んぼでくん炭を作ったり、庭で薪割りをしたり。

女衆は干した大根で沢庵漬けたり、白菜を漬けたり。


今日のヨネは、庭の大きな柿の木がたくさんの実をつけたので、トラと一緒に収穫して、七緒と干し柿作りをしていた。

二人して、ヘタを残して、縁側で器用に小刀で柿の皮をスルスルと剥く。

「ああ、焼酎があれば渋抜きして食べるのに。私、抜き柿が大好きなのよね。柿が大好きなの。」
ヨネが、渋柿を前にして、今にも食いつきそうな勢いでそう言った。

「あら?ネエサン焼酎ならあるよ。持ってこようか?」
七緒がそう言って、立ち上がった。

「なんであるの?トラちゃん飲まないのに。」
ヨネは驚いて、そう聞き返すと、七緒が

「亡くなったお父ちゃんが飲むように置いてあったやつが残っているから。納戸から持ってくるよ。」
そう言って、納戸へと取りに行った。

「じゃあ、私は納屋から空いてる壺探してくる。」
そう言うと、ヨネは草履をつっかけて、外の納屋へと空いている壺を取りに走り出した。


「いいナナちゃん、抜き柿はね、皮は剥いちゃダメ、ヘタだけを取り除いてね、そう、そこに焼酎を浸けてね。三秒数えて。そうしたら、壺に入れて納戸において数日置いとけば渋が抜けて甘くてとっても美味しくなるのよね。」
ヨネはとても良い笑顔で、渋抜きの仕方を七緒に教えながらそう言った。

「壺に入りきらない柿は、全部皮を剥いてしまって、それもサッと焼酎に浸けて、藁でよった紐に吊るして北側の軒下につるしておきましょう!そうしたら、冬場の甘味には事欠かないわ。」

「はい、ネエサン。」
そう言って、二人でせっせと抜き柿と干し柿作りをするのであった。

「ネエサン、とっても楽しそう。」

「うん、そうよ。手仕事って楽しいわ。美味しい物を作る仕事は何を作っても楽しいわよね。ナナちゃんは?」

「アタシはネエサンと一緒にするとどんな家事も楽しいよ。」

「ああ、そうね、私もそうかも。」

そんな話をしながら、ふふふと笑いあって、二人は手をせっせと動かして手仕事を進めていった。


まだまだ、切り干し大根や干し野菜、ズイキ作りなど、手仕事は多く残っているのだが、野良仕事の無いこの時期に日向ぼっこしながらの手仕事は、楽しい作業であった。



「さて、寒くなってきたから、今晩はけんちん汁にしましょうか。」
軒先いっぱいに干し柿を干して、日が傾いて寒さが身に染みてきた時間になって、ヨネが七緒に相談した。

「はい、ネエサン。」

「中に具として、すいとんいれようか!あとは、里芋をごろごろ入れて、ゴボウとニンジンと、裏の畑から長ネギ抜いてくるよ。」
ヨネが、頭の中で料理の段取りを考え出していた。

「すいとん?水で小麦粉を溶いたやつ?」
七緒がヨネに聞き返した。
都会では食料事情が悪くて、戦時中にすいとんを食べていたのだが、芝山村はそんなこともなく、七緒にはすいとんは馴染みが無かった。

「ううん、そういうのじゃなくてね、団子みたいなやつ、これは美味しいよ。任しといて。ナナちゃん先に台所行っててね。」

そうヨネが言うと、勝手口の脇にある小さな畑で長ネギを抜いて、井戸水で洗って、台所に入ってきた。


さて、こね鉢に入れた小麦粉に塩水を少しずつ入れて、捏ねてまとめて生地を作り耳たぶくらいの固さになるまで練っていく。

麺台に打ち粉をしてそこにまとまった生地を捏ねる。

濡れた布巾を被せてしばらく休ませる。

頭と内蔵を取った煮干しと昆布、干し椎茸を水に浸しておいて、出汁を取る。

大根とニンジンはいちょう切り、笹掻きゴボウとちぎったこんにゃくを水にさらす。
鶏肉を一口大に、戻した椎茸を細く切る。

火にかけた煮干しと昆布で出汁をとり、切った具材を柔らかくなるまで煮て、酒醤油砂糖で味をつけて、けんちん汁の出来上がりである。

そのけんちん汁の中に、先ほどまで濡れ布巾をかけて寝かしていた生地を、手で摘まんで千切って鍋の中へと落としていく。

団子がぷかりと浮かんできたら出来上がり。


「これがすいとん?すいとんって水に溶いた緩い小麦粉を入れるんじゃ無いの?」
七緒が珍しそうに鍋の中を見つめて聞いてきた。

「ふつうそうよね、でもうちのお母ちゃんが、こうした方が美味しいからって。こっちじゃ戦時中でもすいとんってあんまり食べなかったんでしょ?名古屋じゃ四六時中だったから、少しでも美味しく食べたいってお母ちゃんが言ってね、うちはこれを食べてたんだよ。」
(それこそ、つい最近まで、名古屋にいた頃はすいとんばかり食べてたな、こんなに具は入ってなくて、味の薄い旨味の少ないすいとん。今日のすいとんとは全く別物だな)
ヨネは鍋をかき混ぜながら、そんなことを思ったのだった。

「うん。うちはあんまり食べなかったけど、ネエサンが作った生地を綿棒で伸ばして包丁で切っったらほうとうだね。」
不意に七緒がそう言った。

「え?ほうとう?ほうとうって私、食べたことないや。」
ヨネの気が聞きなれないほうとうという言葉に引き戻された。

「え?そう?ほうとうはね、野菜たっぷり、そしてカボチャを入れた味噌汁に打った麺を入れて食べるの。うちのお父ちゃんが打つの得意でね、冬はよく食べたよ。カボチャの甘味と味噌の塩味が旨いんだよ。」
七緒が亡父を思い出したのか、少し虚ろな目をしてそう言った。

(かぼちゃの入った、野菜いっぱいの甘い味噌汁、それは美味しそう)

ヨネは飯も好きだが、芋栗南京も大好物なのだ。
次はほうとうを作って食べようと決めたヨネであった。


その晩の夕飯の席で、七緒がトラに話しかけた。
「トラ兄ちゃん、ネエサンがほうとう食べたことないんだって。」

「へえ、名古屋じゃ食べないのかな?まあ、元々甲州名物だしな。」
トラが少し意外そうな顔をヨネに向けて言った。

「そうなんだ。甲州ってことは山梨の名物なの?名古屋はきしめんと味噌煮込みだがや。」
ヨネがふざけた名古屋弁を話した。

「ハハハ、この芝山村の先、ここをずっと行ったら甲州だら。だから言葉や食べ物も似るんだら。」
すると、トラが静岡弁で話し出した。

そうして、二人、顔を見合わせてハハハウフフと笑いあった。

「ネエサン、アタシ、いつかどっちも食べてみたい。」
七緒がヨネの名古屋飯に興味を抱いたようで、そう言った。

「そうね、もう少し復興が進んだら、名古屋にみんなで汽車で行って食べましょうよ!去年、トラちゃん来た時は終戦すぐで、街に何もなかったものね。」
ヨネが良いことを思い付いたといった顔で、トラと七緒の顔を見回して言った。

「ああ、良いな。もうちっと復興が進んだら、ヨネの育った街を見に行こう。しかし、このけんちん汁のすいとんは旨いな。軍で食べた水溶き小麦粉をそうっと流したで、同じすいとんって名前だが、同じに思えないよ。うまい汁を吸った団子がもちもちして本当にうめえぞ。」
トラが、すいとん団子を箸で摘まんでそう言った。

「途中までの作り方はほうとうの生地と同じだったんだよ。」
七緒がトラに作り方を話し出した。

「秋に採って寝かしておいたかぼちゃももう食べ頃だ。今度は俺がほうとう打ってヨネに食べさせるよ。」
トラが胸を叩いてそう言った。

「わー、本当に?楽しみだわ。」
ヨネが子供のように嬉しそうな声をあげて喜んだ。


晩秋の夜、三人で温かいけんちん汁とすいとんをフーフー言いながら腹一杯食べて、名物について語り合った、これはそんな美味しいお話。
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