呑気なトラとはりきりヨネの 昭和の食卓

有栖多于佳

文字の大きさ
上 下
7 / 14

ヨネ、草取りに励む ~冷やし茶漬け~

しおりを挟む
梅雨が過ぎると、一気に暑さが厳しくなり、本格的な農繁期になってきた。


吉竹家では、みな、朝は日が昇る前に起きて、トラとヨネは二人で一緒に田んぼへ行ったり、畑へ出たり。

朝はたくさん収穫して、それを仕分けする。
そうしたら、トラがリアカーを引いて、村の集積所に持って行って、村でまとめて近隣から買い付けに来た人に売る。売上はみんなで折半だ。


ヨネは自分の家で食べる分を背負子かごに入れて坂を登って先に帰る。

そして、ザブザブと井戸で顔を洗い、濡らした手拭いで体を拭いて、服を着替えて台所に行く。

その頃には、七緒が朝飯の仕度をしてくれてあるから、板の間にちゃぶ台だして、台を拭き朝飯を並べる。

朝から七緒が上手にふっくらと飯を炊いてくれてある。

多目に炊いて残った飯が痛まないように、お櫃に入れて風通しのいい涼しい場所に置き、佃煮なんかの壺は蠅帳に入れていた。

トラが帰って来て、三人で朝飯を食べたら、トラはまた田畑に行った。

ヨネは七緒と一緒に、朝飯の片付けを終えたら、掃除と洗濯をする。

暑いから洗濯物はよく乾くけど、その分、汗で敷布もシャツも手拭いも、たくさん汚れ物が出るから、毎日手洗でせっせと洗った。

井戸に手洗を出して、水浴びさながらに、流行歌や唱歌を歌いながら足で踏み踏みたくさんの洗濯をする。

「ネエサン洗濯、楽しそう!」

「空は青いし、井戸の回りは木陰で風が抜けて涼しいし、井戸水は冷たくて気持ちが良いし!私洗濯って好きなのよ、汚れが落ちてきれいになったのをみると、気持ちが良いじゃない?ナナちゃんも歌ってごらん、うんと楽しいわよ。」
そう言って、ヨネが【かえるの合唱】を歌い出した。

それを真似て七緒も歌う。

途中から輪唱をして、があがあと大声で歌った。

「アハハ、とっても楽しい。」
「そうでしょ?楽しいのよ、次はリンゴの唄を歌おうか。」
「え?その唄、全部は知らない。」
「うん、私も知らない、良いの良いの、歌手じゃ無いんだから。」

ヨネはそう言うと、リンゴの唄の出だしの知ってるところだけ繰り返し歌った。
それを真似て、七緒も出だしだけを歌った。

そうして、アハハと笑いながらあっという間に山のような洗濯を終えて、長い物干し竿に二人で干していった。

この頃になると、体もずいぶん田舎暮らしに慣れてきたようで、筋肉痛になることはずいぶん減った。
それでも、三日と空けずに草刈りをしていたのだが。

日中は、暑いのでね、出来るだけ日陰日陰を探しながら草を刈る。
そうは言っても、日向の草も刈るのだけれど。
そこは、朝早く畑から帰って来てからか、夕方洗濯を取り込んだ後に少しずつ刈るのがコツだ。

一気に頑張ってやってもしょうがないから、毎日少しずつコツコツやるのがコツなのだと、ヨネはそう思った。



吉竹家には納戸の棚に並べてある、秘伝の壺がある。

一つは、塩の吹いた梅干しの入った壺。

その梅干しは七緒が亡き父と二人で庭の梅を収穫して漬けた物。
毎年漬けていた梅干しは壺に漬けた日付が書いた紙が貼られており、古い物から小さな壺に移して、台所の蠅帳に入れておいてある。

今年も庭の梅の木に梅がたくさん実った。
大粒の南高梅と、小梅と二種類の木が植えてあって、それをトラとヨネと七緒とで収穫して、梅干しを漬けた。

ヨネの母親も梅干しは毎年漬けていた、それを思い出してヨネは、

(去年は名古屋でおかあちゃんと梅を漬けたのに、今年は芝山で梅を漬けてるのね)
と、少し感傷的になったりした。

黴無いように、湯煎した壺に梅を入れて塩をうんと振って、しばらく納戸の棚に並べて置くと、そのうち梅酢が上がってくる。

そうしたら、庭の端で育てていたというか、勝手に毎年出てくる自生している赤紫蘇を塩で揉んでアクを出した物を壺に入れてまた並べて置いた。

この壺の出番は、まだまだ遠そうだ。

トラが達筆で日付と一緒に、『ヨネと七緒と初めて漬けた梅』と一言を書き添えた。
それをみて、感傷的な気持ちなどどこかへと飛んで行って、温かなものがヨネの胸を満たしたのだった。


納戸の多くの壺のもう一方は、吉竹家の代々が大切にしていた糠床が入っていて、床下の風の通る涼しい所においてあった。

この糠床はけっこう大変なもので、梅雨から夏のこの時期は、毎日手で混ぜ余分な水はきれいな布巾で、吸い取っておかないとすぐにカビてダメになってしまう。

いつから継ぎ足ししてるか、もうわからないくらい前からある吉竹家代々の糠床、それを大切に大切に手を入れる。

時々、鷹の爪を入れたり、削り節の小さくなったものをガーゼに包んで入れたり。

糠床が柔らかくなったら、炒った糠に塩を混ぜた物に少し種糠を少し足して別の壺に入れくず野菜を漬けた新しい糠床を作って元の糠床に足したりする。

とにかく、繊細なお世話が必要なお坊ちゃまだ。

「このお坊ちゃまは本当に、手がかかること。」
ヨネはそんな風に糠床にあだ名をつけて、呼んでいた。

「フフフお坊ちゃまなんて、ネエサンってば面白い。」
七緒はなんでも楽しく変えてしまう兄嫁のヨネが大好きだった。

七緒は子供の頃から母に教わって、糠床のお世話をしていたから、とても上手に手を入れる。
けれど、糠床にあだ名をつけるなんて思いもよらなかった。

味気ない日常が、ヨネを通すと楽しいことに変わって行くのを七緒は嬉しく思った。

ヨネは嫁いできてから、糠床の世話の仕方を七緒から教わった。
まあ、だいたいの手入れは七緒がやっているのだけれど、ヨネもぬちゃっとした感触の糠床をかき混ぜたり、水と吸い取ったりといった作業は嫌いじゃなかったから、手が空いていれば一緒にやった。

その代々受け継がれてきた、大切なお坊ちゃん糠床に、畑で採れた瓜や茄子、大根なんか葉も漬けた。

この糠漬けが本当に美味しいのだ。

実家で母が漬けていた糠漬けより、何が違うのか旨味が全然違った。
元来、食いしん坊のヨネである。

(この坊ちゃん糠床を大切にしなくては!)
と、人知れず心に誓っていたのである。

糠漬けは、ほぼ毎食食べる。
浅漬けで食べる日も多いけど、下の方に入っていて、うっかり出し忘れて茶色くなった古漬けの瓜のちょっと酸味が効いているものも、本当にしみじみ美味しい。

やっぱり、今まで食べた糠漬けで吉竹家の糠漬けが一番美味しいとヨネは毎回思うのだった。




今日の昼は、というか、最近はもっぱら昼は冷やし茶漬けだ。

さっぱりしていて、夏バテで食欲が無いなと思っていてもスルスル食べれてしまう。

お櫃の冷飯を丼によそって、糠漬けや梅干し、佃煮や油味噌なんかを各々のせて汁をかける。

佃煮は、出汁をとった後のかつお節や昆布と畑で採れたインゲンや茄子や獅子唐なんかを細かく刻んで醤油と砂糖で甘辛く煮付けたものだったり、お揚げの切れはしや竹輪が少しでもあればそれも入れたりして自家製である。

ちりめんじゃこを獅子唐と油で炒めて、砂糖醤油で甘辛く煮詰めた佃煮は、トラのお気に入りだ。

田舎味噌を湯でのばしておいて、村の駅前の商店で買ったラードを火にかけ砂糖を入れて味噌に細く切った鷹の爪と共に入れて、焦がさないようにしゃもじでかき混ぜながら煮詰めた油味噌も定番だ。
冷まして小壺に入れて蝿帳の中にいつも入れてある。

これは、そのまま温かい飯に乗せて食べても、茄子や獅子唐と一緒に炒めても美味しい常備菜だ。

冷やし茶漬けにかける汁は、朝味噌汁を作る時に多目に取った出し汁に醤油と味醂で薄味をつけ、冷めたほうじ茶で半々に割って冷まして鍋に作り置きしておく。

常備菜や自家製の佃煮や糠漬けなんかと、ノリやネギや茗荷などの薬味を冷飯をよそった丼に各々かけて食べる。

「ああ、糠漬けが美味しい!」
「こんなに暑いのに食べれちゃう。」
「おかわりまでしたんだ、俺は午後も畑仕事頑張ってくるぞ!」

これはそんな、台所の板の間にちゃぶ台を出して、家族三人が冷やし茶漬けを昼から腹一杯食べたというそれだけのお話。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...