日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨

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第118話 高度9,000m 

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 矢切飛行兵曹長が機長を務め操縦する一式陸上攻撃機は、高度を上げて上昇し、5,000mまで達した。

 今日は、雲一つない晴天で、遠方までがよく見渡せた。

「王都は、クラズヘイムはどこじゃ?」

 国王は、右下方をキョロキョロと探している。

「王都は、右下方3時の方向90度…いえ、右の正面方向です、陛下。」

 矢切は、思わず海軍式方向表示を使ってしまったが、それではこちらの世界の住人には伝わらないと思い直し、分かり易く言ってみた。

「うむ…おおっ、あれがそうか。意外と小さく見えるものよのう。」

 国王は、王都を見付けたらしく、感慨深げに言った。

「ところで、其方ヤギリとか申したな。物は相談なのじゃが…。」
「そら、おいでなすったぞ。」

 国王が矢切の耳元に顔を寄せて言い始めると、彼は国王の「相談」についておよその察しがついた。

「今少し、高空を飛んでみたいのじゃが。」
「やっぱりな。」

 国王は、矢切の良そうどおりの願い事を言った。

「陛下、常人が異常なく上がって来られるのは、おおむね今の高度ぐらいでございます。ここから上空は、慣れた者、訓練を受けた者でないと、脳内の血管が破裂して死に至ることもある危険な領域にございます。」
「何、余は若い頃より高山に幾度も登っており、高所には慣れておる。」
「また、年齢…あー、誠に失礼ながら、陛下は御年おいくつになられましょうや。」
「うむ、45である。」

 会話の流れで国王の年齢を訊いたが、見かけよりも随分と若い。

「えー、我々の軍においては、齢40を数えれば、飛行任務から降ろされるのでございます。実のところ、それほど飛行任務とは過酷なのです。」

 矢切は、重ねて国王を説得した。

「卿の話は分かった。しかし、可能であるならば、余は高みを覗きたいのじゃ。」

 困った矢切は、山花大佐の方を見たが、山花は困った表情のまま黙っている。

「何だ、判断はこっちに丸投げかよ。」

 矢切は、仕方なく副操縦員の五香一等飛行兵曹に

「どうしたもんかな。」

と相談した。

「仕方がないんじゃぁないんですかね。さっさと切り上げないと燃料も無駄になりますし、気絶でもしたらその時のことでしょう。」

 五香一飛曹は、やれやれといった表情で答えた。

「よし。」

 矢切は腹を決めた。

「高度を上げる。全員、酸素マスク着用。」

 彼は、自分も酸素マスクを着用しながら、伝声管で機内全員に伝えた。

 国王以下の便乗者には、通信員がマスクの着用を手伝っている。

「これは、何のための物じゃ?」

 国王が訊く。

「酸素吸入…あー、濃い空気を吸うためのものです、陛下。」

 矢切が説明してやった。

「いや、余は高所に強く平気であるからして、かような物は要らぬ。」

 国王がマスク着用を嫌がった。

「まったくこのオッサンは…。」

 ブチ切れる寸前の矢切は

「高度5,000メートル以上での酸素マスク着用は、海軍の規則で定められております。着用いただけないのであれば、これ以上の飛行は無理と判断し、着陸いたします!」

と少し強い口調で言った。
 一介の准士官が王侯貴族に言うことではないが、機長はあくまで矢切である。

「あい分かった。卿の言うことに従う。」

 国王は、酸素マスクを着用した。

「高度を上げるに連れ、猛烈に寒くなり、強い頭痛がし、気分が悪くなることがあります。その場合は、ためらわず仰ってください。命に係わります。」

 これも、矢切は少し強めに言ったが、国王は黙って頷いた。

「高度、上げる。」

 矢切はスロットルレバーを一杯に開け、エンジン回転を上げた。

 高度8,000mに達すると、機外に比較する物がないため、機体はポッカリと空に浮かんだような感覚になる。

 更に高度を上げ、8,500mを超えると、排気タービンを持たない一式陸攻のエンジンでは、さすがに限界が近い。

 高度9,000mに達した。
 ほぼ、上昇限界である。

 上空を見上げると、地上から見えた青空とは違う、濃い藍色の空が見える。

「陛下、お身体は何ともありませんか?頭痛や倦怠感はどうです?凍るほど寒いでしょう?」

 矢切が矢継ぎ早に訊くが、国王は声で返事をするのではなく、右手を上げて「大丈夫」という仕草をしてみせ、遠くの方をじいッと見つめている。

 この高度からだと、外港と海までが見渡すことができる。

 海と反対側の陸地は、ブリーデヴァンガル島とは違い、なだらかな平原が見渡す限り続き、耕作地や街、村が幾つか見えている。

 国王は、こうした自らが治める国土を、初めて高空から眺め、そして、おそらくはこの先二度と見る機会はないのである。

 そう考えると矢切は、国王が高空への上昇に拘った気持ちが、少しわかる気がした。

 いずれにせよ、高々度飛行は、エンジンを限界までブン回すため燃料を食う。

「陛下、この辺りで練兵場へ戻ります。」
「分かった。機長の良いように。」

 国王は、寒さで小刻みに震えている。

「高度下げる。」

 矢切は、伝声管を通じて搭乗員に告げると、高度を下げ始めた。

 高度2,000mでいったん水平飛行に戻し、クラズヘイムの東方で再度降下を開始して、高度100mで街を通過、練兵場の東端から500mほどの地点で着地、王妃と近衛兵が待つ練兵場西端近くまで地上滑走し、近寄って行った。

 地上滑走を終え、王妃の近くで機体が止まると、近衛兵数名が機体へ駆け寄って来た。

「国王陛下よ、ご無事か!」

 近衛隊長がスポンソンの機銃座から機内を覗き込み怒鳴ったが、国王は返事の代わりに、副操縦員席の天窓から上半身を乗り出し、手にした杓を振り回して見せた。

 周囲にまたどよめきが走り

「国王陛下万歳!」

と叫んでいる者もいる。

「ちょっと飛んで来ただけなのに、そんなに大したことかね。」

 矢切は、呆れたように呟いた。

「まあ、気が済んでくれたのならそれで良い。」

 山花もホッと一息ついた。
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