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第55話 驃騎兵突撃

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 集落の中で、歩兵の4列縦隊が2列作られた。
 休養がきちんと取られているのかいないのかよく分からない。

 欠伸をし、だらしのない恰好をしているところを将校に怒鳴られている兵士もいれば、二日酔いか、その場で嘔吐をしている兵士もいる。
 士気の弛みを正すべき、馬上の指揮官クラスの中にも、怠そうにしている者が多い。

「ひょっとして、敵は俺たち斥候に気付いていて、わざとだらしのないように振舞っているんじゃないだろうな。」

 軽装甲車の鴨志田軍曹がそう思ったくらいである。

 敵は、それでも整列を終えると、眠気を覚ますかのようなドラムの音と軽快な行進曲に合わせて、前進を始めた。
 鴨志田軍曹の軽装甲車は、身を隠していた茂みの外れギリギリまで近付いて偵察を続けていたが、こちらを気に留める者は誰もいない。

 また、鴨志田は、敵が斥候を出すかどうか注視していたが、全くその素振りはなく、他人事ながら

「おい、それでいいのか。」

と心配になったくらいであった。

 彼にしてみると、色とりどりの軍服を纏い帽子を被り、長銃身のマスケット銃を携えた兵士の行進を見ているのは、敵情視察、即ち斥候というよりも、お祭りの見世物か何かを見ている感じがして、奇妙に思われた。

 4列縦隊の歩兵の後に、槍と短銃身のマスケット銃にサーベルを持ち、胸甲と兜を身に着けた、比較的軽装の驃騎兵ユサールが散開して続き、最後に輓馬が牽引する砲兵と、城壁を乗り越える櫓や投石機、梯子などの攻城兵器を備えた部隊が前進した。

 敵の行進に合わせて、鴨志田軍曹の軽装甲車と、もう1台の軽装甲車が少し距離を置いて茂みの中をゆっくりと進んで行く。

 デ・ノーアトゥーンの外周城壁から10㎞ほどの距離に来ると、驃騎兵が前に出たことから、騎兵がこちらの歩兵の戦列を突破し、歩兵と攻城兵器部隊がなだれ込む作戦を取っていると思われたが、こちらは全員が塹壕陣地に籠っており、よく見れば戦車と砲兵が頭だけ出している状態であるが、敵がそれを不思議に思っているかどうかは分からない。

 もっとも、仮に異常を感じ取ったとしても、対処する術を知らないであろう。

 鴨志田軍曹たちの元の世界では、散兵線が当たり前になってからは、小集団にあって自律的な判断が可能な、多数の下士官や下級将校の教育が重要となり、熱心に行われるようになった。
 他方、少数の指揮官が常に大きな集団を指揮して戦う戦術を採っている場合、小集団に散開すると、指揮する者がいなくなるため、たちどころに指揮系統が崩壊してしまう。

 各塹壕陣地や砲兵弾着観測所、作戦指揮所となっているグリトニルの執務室で、配置された兵士やグリトニル以下の属領主府首脳、桑園少将ほかの日本軍幹部などは、ジリジリとした時を過ごしていた。

 ちなみに、イザベラ姫と侍女たちは、グリトニルの傍についており、攻撃魔法が使えるアールトやソフィア、ベロニカといった面々は、砲兵陣地で野砲と一緒に敵を攻撃するのに備えた。
 また、女性騎士でもあるメルテニス勲爵士ほか属領主府及びミズガルズ王国兵は、マスケット銃の射程距離が日本軍の銃火器に比べて極端に短いことから、万一、敵兵が壕に入った場合などの近接戦に備えていた。

 戦車のうち、三式中戦車は、主砲の7.5㎝砲が、元々は90式野砲なので、野砲と同様の射撃を行うつもりで準備している。

「敵、先頭の騎兵集団2、距離7千にて後続部隊の前進を待っている模様。」

 野砲の傍らで測距儀を覗いていた観測班の兵隊が、大声で報告した。

 そのほかの、各陣地でも、測距儀や砲隊鏡(蟹眼鏡)を覗いている兵隊が、刻々と彼我の距離を報告している。

「先頭の騎兵集団、前進を始めた。」
「後続集団も前進中。」
「先頭の騎兵集団まで距離6,400。」
「騎兵集団、隊列を密にしながら速度を上げつつあり。距離6,000。」

 野砲は、十分射程圏内であるが、射撃開始のタイミングは、朝日の判断に委ねられている。

「敵の騎兵集団、一つにまとまりつつあり。距離5,500。」
「敵先頭騎兵集団さらに接近。距離5,000。」

「畜生、まだ撃たないのか。」

 90式野砲小隊装填手の山田兵長が、歯ぎしりをしながら呟いた。

「敵騎兵、速度を上げつつさらに接近。距離4,500。」

「野砲、一式砲戦車、三式中戦車、大隊砲、撃ち方始めッ!」

 ここで朝日大尉が、九七式中戦車の中から無線で叫んだ。

  ドドドドドーン

 待ち構えていた各砲が、一斉に射撃を開始した。

 弾着観測所でも各砲でも、計時係が弾着までの時間を図っているが、今の距離であれば、6秒ほどでの 弾着である。

「ダンチャーク、今!」

 計時係が叫ぶと同時に、速足で前進していた騎兵集団の内側、中央後方で弾着の炎と煙が上がり、同時に、3~40騎が吹き飛ばされ空中に舞った。
 また、弾着に驚いたほかの馬たちも、乗馬の兵がなだめるのも聞かずに暴走するもの多数おり、中には、兵を振り落として勝手に走り去る馬もいた。

 山田兵長の野砲陣地には、メルテニスがいたが、彼女は、山田が次弾を装填するのを見て、何か呪文のようなことを言っているのに気付いた。

 山田は、砲弾の頭から尻までを撫でまわすようにしながら

「シンカンダンタイヤクトウキエーンバッカンヨシ!」

と言っているのである。

 これは、同じく傍にいた歩兵の伍長も気付いたらしく、装填が終わった山田に

「今、何て言ったんだ?」

と聞いた。

「これは、不良弾ではないか確認しているのであります。弾頭から順に、『信管、弾帯、薬頭、基縁部、爆管』を確認しております。」

 山田が答え、さらに

「訓練の時から徹底しておりまして、厳冬期に備え、手袋をはめた訓練も行います。形式に流れないように、本物の不良弾を混ぜて訓練を行いますので、気が抜けないのであります。」

と付け加えた。

 分隊長以上に配られた「言葉の理」の術式が掛かった簡易な腕輪を撫でながら、その伍長はメルテニスに山田の言ったことを説明してやった。

 その間に、野砲の第二射が着弾し、さらに40騎ほどが吹き飛ばされた。

 彼我の距離は、3,000mを切るほどまでに接近し、騎兵はすでに襲歩ギャロップに入り、全力疾走である。
 砲撃の威力は知ったはずであるが、散開はせずに、却って密集してそのまま突撃して来る。

「ウラァー!」

 敵兵の喚声が聞こえて来る。

 続けて第三斉射が敵集団の先頭付近に集中して着弾した。
 騎兵のある者は前につんのめり、ある者は空中へ跳ね飛ばされるなどして、今度は100騎近くが姿を消した。

 それでも彼らは諦めなかった。
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