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第44話 戦車 vs ギガントゴブリン

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「戦闘場所が近付いて来ているようだが、こちらが退いているのか、敵が退いているのだろうか。」
 
 白石大佐が聞くと、北郷兵曹長が

「双方、団子になっていました。銃撃はこちらが有利ですが、切り合いは、数に優る敵が優位でしたから。」

 やはりそんなものかと、白石は思った。

 やがて、締め切っていた大広間の出入口のドアが
ドーンと開かれ、ゴブリンの群と共に、騎士の一団が雪崩れ込んできた。

「あれにおわすは、グリトニル辺境伯なるぞ。討ち取って名を上げろ。」

 敵の指揮官らしいのが叫んだ。

「俺たちは眼中にないらしい。」

 北郷兵曹長は些か不愉快に思いつつも、これから斃れ行くであろう敵兵に同情した。

「いや、待てよ。ひょっとして南方の米軍は、我が軍が勇ましいと信じている突撃を、こんな気持ちで迎え撃っているんだろうか。」

 彼は、同時にそんなことを思い付いたが、今は、目の前の敵に対処しなければならない。

 大広間に入ったゴブリンたちと敵兵は、散開して横隊を作り、一気に攻めかかろうとしている。
 相互の距離は、もう20~30mしかない。

 「着け剣ッ!」

 陸戦隊の一等兵曹と陸軍の軍曹が、ほぼ同時に叫び、兵たちは腰の銃剣を銃口部に取り付け、白兵戦にも備えた。

 「目標、前方の敵。三連射、用意、ーッ!」

  ダダダダダダダダ…

 射撃命令と同時に重機関銃が発砲する。
 重機関銃の発砲と同時に、2丁の軽機関銃と小銃(歩兵銃)も射撃を開始した。

  ダダダダダダ
  タタタタタタ
  ズドン、ガチャリ
  ズドン、ガチャリ

 小銃はボルトアクションなので、発砲の都度、ボルトを動かして排莢と次弾装填を行い、5発撃ち終えると、弾薬盒から次の5発の装弾子(クリップ)を取り出して、薬室に装填する。

 軽機関銃は、30発入りの弾倉を付け替えながら射撃を続けている。

 重機関銃は、一番射手が発射を担当し、銃口を少し左右に振りながら、前方の敵を掃射している。
 機関部の左から差し込まれた30連の保弾板が、発射の度に飲み込まれて行き、一連の保弾板を発射し終える直前に、二番銃手が次の保弾板を機関部に押し込んで、二連めの連続発射が可能なようににするが、射撃命令は三連なので、三連めの保弾板を射撃し終わったところで、いったん射撃を止め、また続けて射撃を開始した。

 重機、軽機、小銃が発射される度に、前方の集団のどこかで血飛沫が上がり、ゴブリンや敵兵が次々と斃れて行く。
 敵兵は怯んだようで、かなり勢いが削がれたものの、ゴブリンの方は、あまり恐怖を感じないのか、中にはイザベラやアニタを見て舌なめずりをするものもいて、屍を超えて次々と押し寄せようとし、その都度、銃火に打ち据えられていく。
 
 ジリジリと敵の群れが迫って来たところで、兵の誰かが、群れの後方へ手榴弾を放り投げた。
  
  シュー

と音を立て、白い煙を吐きながら手榴弾は敵の群れの真ん中に落ち、二呼吸ほど置いてから爆発し、周囲の敵兵とゴブリンを薙ぎ倒した。

 これを機に、3発ほどの手榴弾が投げ込まれ、周囲の敵兵とゴブリンを吹き飛ばしたが、北郷たちは、重擲弾筒を持って来なかったことを少し悔やんだ。
 歩兵が携行する武器の中で、敵を面で制圧するのに最も適した武器が重擲弾筒だからである。
 重擲弾筒は、威力はあるが、専用弾薬の運搬が負担となるため、元々、さほど大規模な戦闘を想定しなかった今回の登城の際、重擲弾筒分隊を同伴しなかったのである。

 突然、後方から火の球が飛んで行ったかと思うと、敵群の中で炸裂し、手榴弾ほどの威力で、敵を薙ぎ倒し、黒焦げにした。
 北郷が振り返ると、アールトが呪文を詠唱しており、詠唱が終わった途端、手に持った杖の先から、再び火球が飛び出して、敵の中で炸裂した。

「へえ、魔法の攻撃って、結構威力があるんだな。」

 彼は少し感心した。

 勇敢にもバリケードに取り付いた敵兵やゴブリンもいたが、朝日と清田の拳銃の射撃を受け、あるいは、兵の銃剣に突き上げられて息絶えた。

 次々と叩き付けられる銃弾と手榴弾、それに魔術攻撃のため、さすがの敵も、死体の山を築くだけで前進叶わぬと見たのか、それとも兵力が尽きたのか、押し寄せる攻撃の波が止んだ。

「敵の攻撃はこれで仕舞ですかね。」
「どうだろう。かなりの準備をしていたと思われるから、まだ何かあるんじゃないかな。」

 桑園と白石が囁き合っている。

 すると、回答の後方から、

 ドス、ドス

とか

 ベタ、ベタ

という、重い物が床を踏みつける音が聞こえてきた。

「何だろう?」
「何でしょうね。」

 一同が訝しがっていると、大広間の入り口に巨大な人影が現れた。
 それは、ゴブリンと外見はそっくりだが、身の丈がおよそ2mはあろうかという巨人であった。

「ギガントゴブリンだ!」

 衛兵のうちの誰かが叫んだ。

 ギガントゴブリンは1体だけでなく、3体が続けて現れた。

「噂に聞いたことはあるが、まさか本物がこんなところに現れるとは!」

 グリトニルもアールトも驚いて目を剥いている。

 それでも、アールトは、真っ先に、3体並んだギガントゴブリンのうち、中央の1体を目掛けて火球を放った。 
 火球は、そのギガントゴブリンの胸板に命中し、ブスブスという音と、肉の焦げる嫌な臭いを立ち昇らせたが

「ウォー!」

と叫んだだけで、あまりダメージを与えていないように見えた。

「撃て撃て撃てーッ!」

 重機関銃ほかの火器も、一斉に火を噴いたものの、ギガントゴブリンの身体に命中してはいるが、針で刺すような血飛沫が上がるだけで、こちらも大きなダメージを与えるには至らない。

「頭を狙え。集中射、ーッ!」

 北郷の命令一下、銃火がそのギガントゴブリンの頭部に集中し、さすがのギガントゴブリンも、頭部のそこここから血飛沫を上げて、ドドーンと倒れ込んだ。

 それを見た残りの2体のギガントゴブリンは、手にした棍棒で頭部をガードしながら前へ進み始めた。
 北郷たちは、再度、集中射撃を試みるが、射撃が頭部に命中しないため、致命傷を与えられない。

 ズンズンと進んで来るギガントゴブリンに、さすがの北郷たちも

「今度はヤバいかな…。」

などと弱気な本音が出てくる。

 その時ギガントゴブリンの後方で

  ドン

と音がして、同時にギガントゴブリンの右上半身が吹っ飛び、大量の血飛沫が上がった。

「戦車だ!」

 陸軍兵の一人が嬉しそうに叫んだ。

 豊平少尉の九七式中戦車が、正面玄関から敵兵を踏み拉きながら回廊を抜け、大広間までやって来たのである。

 そのギガントゴブリンは、断末魔の叫びを上げながらも、後ろを振り向いて戦車に向かって行こうとしたが、戦車の前方機関銃と後方の重機関銃の連射を浴びて頭部が吹き飛び、大量の出血と共にその場に倒れた。

 最後のギガントゴブリンは、戦車に向かって突進して行ったが、戦車はこれを正面で受けるよう向きを変え

 ガガガガガ―

とディーゼルエンジンを吹かし、白い排気煙を盛大に上げ

 キュルキュルキュル

と大理石の床を履帯で踏み締めながら、ギガントゴブリンの突進を抑え込んだ。
 戦車と相撲の四つを組んだ体勢となったギガントゴブリンだったが、しばらくすると15トンの戦車の力に抗し切れず、ズズズと後退をはじめ、足元がぐらついたかと思うとそのまま戦車に押し切られ、大広間の壁にズシンと押し付けられた。

 暫時、戦車と壁の間でもがきながら

「ウォー、ウガー」

と叫んでいたギガントゴブリンだったが、やがて口から血を噴きガックリと首を垂れ、動かなくなった。 

 それを車長席のハッチから見た豊平少尉は、戦車を後退させると車体から飛び降りて軍刀を抜き、動かなくなったギガントゴブリンに近寄り、軍刀の先で体のあちこちを突いていたが

「大丈夫、死んでおります。」

とバリケードの中の一同に向かって大声で報告した。

 一同の様子は、というと、重機と軽機は、加熱した銃身を交換中で、ほかの兵のある者は疲れのためその場にへたりこんでおり、また、ある兵は、バリケードの外に累々と重なるゴブリンや敵兵の死体の山を検索し、生き残って反撃の機を窺っている者がいないかを見て回っている。

 若殿のグリトニルは、壮絶な戦闘に血の気を失っているイザベラを抱きかかえる様にして介抱しており、同じく顔面蒼白で嘔吐しかけているアニタを、朝日大尉が介抱しているところであった。

「俺たち、激戦地におって、何だかんだで、神経が麻痺しちまっているんだろうか。」

 その様子を見て、北郷兵曹長ほかの歴戦の兵隊たちは、自分が自分を見失っているような感覚に囚われた。
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