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第17話 交渉5 水偵飛来と艦隊合流2

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 西野少尉と安平上飛曹ペアの瑞雲は、左手の日本艦と右手の帆船の間を超低空で通過した後、右旋回で帆船の周囲をぐるりと回り、艦隊の後方から再び同じコースへ進入し、帆船を観察した。

 甲板上で右往左往する人影の顔の幾つかが、カンテラの灯りに照らされてゆらゆらと見える。
 遠目ではあるが、それはおよそ東洋人とは思えない顔つきで、服装といえば、古い西洋絵画で見るような派手で大げさなものである。

「安平兵曹、俺たちは、ひどく昔に来ちまったんじゃあないかな。」

 西野の問いに

「そうですね。あの群衆の服装からすれば、あながち否定できませんね。緯度や経度が無茶苦茶だったのも、どこかへ飛ばされたとすれば、何となく分かる気もします。」
 
 安平はそう答えた。

 西野は、少し高度を上げて艦隊の上空を旋回し始めた。

「ところで安平兵曹、二式大艇は見えたか?」
「いいえ、見当たりません。」

 唐突な質問であったが、安平は即答した。

「どうかしたんですか?」

 彼は逆に問うた。

「大艇は、ビーコンの発信を要求していて、誰かがそれに応えて電波を出した訳だろう。」
「そうですね。」
「だったら、ここに大艇がいないのは不自然だ。電波の発信源が別にあったことになるぞ。」
 
 西野の指摘は的確である。

「では、どうしますか?」

 安平がさらに質問した。

「とりあえず、出雲宛てに報告だ。平文で構わない。本文『我レ友軍艦隊ト遭遇ス 艦隊ハ特設水上機母艦令川丸以下輸送艦2隻及ビ駆逐艦2隻…』。」

 ここまで言い掛けたところで

「あれは駆逐艦ではなく、海防艦だと思います。」

と、伝声管越しに安平が割って入った。

「ほう、じゃ何型なんだ。言ってみろ。」
「1隻は占守型海防艦、もう1隻の方は…最近量産されている新型のやつですね。数も多く、番号を振られているだけの艦もありますから、艦名まではちょっと分からんです。」

 西野が交ぜっ返すと、安平は偵察員らしく当てて見せた。

「分かった。では、『輸送艦2隻及ビ海防艦2隻カラ成ル 但シ大艇は見当タラズ』と続けろ。あとは位置と時間、だ。」
「了解しました。」

 偵察席の筆記台の上でメモを取っていた安平は、電鍵を叩き始めた。

 しばらくして

「報告、終わりました。」

と安平が報告を寄越した。

「出雲は何と言っている?」
「喜んでおりますが、眼下の艦隊へ、大艇に遭遇したかどうかを確認するように指示が来ております。」
「では、信号で問い質せ。」
「了解しました。」

 遣り取りの後、安平は、再びオルジス灯を取り出して信号を送った。

「貴艦ハ 二式大艇 二遭遇セシヤ」

 すると間髪を入れず

「我レ 二式大艇 二遭遇セズ」

という返答が来た。

「これから、どうしようかなぁ。」

 返答の信号を直接読んで、中身を知った西野が、迷ったように愚痴る。

「続けて令川丸から信号。『着水サレタシ』です。」
「よし、着水の可否を出雲に問い合わせろ。」
「了解しました。」

 安平が簡単な電文を出雲に打電すると

「適宜ノ着水可ナリ」

と返答が来た。

「よおし、着水するぞ。航跡静波を依頼しろ。」
 
 航跡静波とは、洋上で水上機が離着水するとき、母艦が円弧を描くように航行し、内側の波浪を抑えることである。

 西野は、当然、信号を受けた令川丸が動くと期待していたのであるが、実際に動き始めたのは、占守型の海防艦の方であった。

「まあ、波が収まれば何でも良いんだけどね。」

 それを見た彼は、独り言ちた。
 
 海防艦は、令川丸の左舷側で、反時計回りに大きく円弧を描いた。
 西野は、円弧の内側を舐めるように飛行し、月明りに照らされた海面の具合を確認したが、波はほとんどなく、南洋の海面のようにとろりしている。

「着水する。」

 西野が安平に告げる。

「了解。」

 安平は、風防キャノピーを開け、着水に備えた。

 西野は、機のフラップを降ろし、スロットルレバーを絞ってエンジンの回転を落とし、ソロリと浮舟フロートを海面に着けた。

 ザザ、ザザザザー

 夜目にも鮮やかな白波を立てて機体が水面を滑走し、令川丸の艦尾方向へ近付き、反時計回りに右舷側へ出て、射出機とデリック・クレーンの下に機体が近付いて行った。

 探照灯が機体を白く照らし出し、その灯りの中で、安平が偵察員席から立ち上がり、艦上から降ろされたワイヤーを決まった位置に固定していく。

 その作業が終わり、彼が両手を上下に振って「揚収準備良シ」の合図を送ると機体が海面から持ち上げられ、空いていた射出機の滑走台上に固定された。

 操縦席から立ち上がった西野が、頭を上げて帆船の方を見ると、甲板上の群衆が何やら大騒ぎである。

「飛行機がそんなに珍しいのかね、やっこさんたちは。」

 思わず彼は呟いた。 


  その頃、ティアマト号の甲板上では、大勢の乗客や水夫、兵士たちが飛来した瑞雲を仰ぎ見ていた。
  ひしめき合う集団の中には、バース艦長と大谷地中佐、さらには、止めるアールトを振り切るようにして甲板に出て来たイザベラや、花川少尉たちもいた。

「皆様は、あのワイバーンをご存じなのですか。何やら妙な唸り声をあげているようでございますが。」

 アールトが傍らにいた花川に尋ねた。

「いえ、あれは『わいばーん』とかではなく、我が軍の水上偵察機です。」
「『すいじょうていさつき』でございますか?」

 アールトがポカンとした表情で問い返した。

「要するに、あれは空を飛ぶ機械、飛行機であって、生き物の類ではない、ということです。中には搭乗員、あー…機械を動かす人間が乗って操っている訳です。」
「何と!機械が空を飛ぶとは、信じられませぬな。やはり魔術を使うのでしょうな。」

 このアールトの質問には、花川も苦笑せざるを得なかった。

「ですから、我々の国、と申しますか世界には、魔法は存在しないのです。機械は全て人間が作り出し、人間が動かすのです。これは艦も一緒ですな。」
「うーむ。」

 花川の説明に、アールトは考え込んでしまったが、イザベラの方はというと、実に楽しげであった。

「アールト、あんまり難しく考えちゃダメよ。この世の中には、あなただって知らないことが、きっと沢山あるのだから。」

 確かに、アールトは、博識なだけに、目の前の現実を素直に受け入れられていないのかも知れなかった。

「あれは瑞雲という名が付けられております。『めでたいことの前触れとして現れる雲』という意味があります。」

 大谷地が説明を加えた。

「何と!機械に一つづつ、名付けをするのですか。まるで艦船と同じでございますな。」

 会話を聞いていたバース艦長が割って入る。

「いいえ、同じ型式の機械を一括りにして、同じ名を付けております。あの飛行機も同じ物が何百と造られておりますが、皆、瑞雲と呼ばれます。ただ、個々の機体には番号が割り当てられ、それで区別をいたします。」

 大谷地は、バースの誤解を解くため、さらに説明を加えた。

「あれは『ヒコーキ』というものらしい。」
「ワイバーンではないのか。」
「魔術を使わずに空を飛ぶとは、何とも神をも凌ぐ業ではないのか。」

 周囲で大谷地たちの会話を漏れ聞いた人々に、情報が次第に伝わって行く。

「ところで、『ヒコーキ』なるものは、軍隊で用いられるとなれば、戦にも利用されるものでしょうな。」

 バース艦長は、軍人らしい質問を投げかけて来る。

「仰るとおりですな。あの瑞雲は、戦いに使用するために造られているものです。」
「用途は、やはり物見でしょうか。」
「それもあります。また、地上目標や艦船に爆弾…ああ飛行機に積む砲弾のようなものですが、これを頭上から投下して攻撃したり、銃撃を行ったりいたします。」
「それを集団で行うことが出来る訳ですな。」
「場合によりますが、百の単位で行うこともあります。」

 バースは、心底感心したらしかった。

「ほお、それはそれは。我々が戦に用いるワイバーンは、飼い慣らした小型の飛竜を騎士が操る竜騎士として使用するのですが、せいぜい10騎から20騎を揃えるのが精一杯でございます。」
「我々からしてみれば、竜が本当に存在することの方が驚き、ということになります。是非、一度見てみたいものです。」
  
 これは、大谷地の本音である。
 驚いたし、本当に見てみたくなった。

「機会があれば是非に。ただ、竜騎士は、維持のために莫大な財を必要といたしますので、希少なものとなっており、なかなかお目に掛かれませぬ。」

 バースの竜騎士の説明に、大谷地が驚いたのは事実であった。
 日本をはじめ、元の世界には、至るところに竜の伝説は存在するが、全て架空のもので、実在しないのが当たり前である。
 それをバースや艦の乗客たちは、むしろ飛行するのは竜であると常識として捉えている。

「やはり、俺たちは、元の世界とは、随分と違うところへ来てしまったのかな。」

 大谷地は、改めて思った。

 大谷地や花川たちが、そんな会話を交わしているうち、瑞雲は令川丸の艦上へ揚収された。

「そう言えば、先ほど、令川丸が気になると仰ったと思いましたが。」

 花川が、船縁に立って令川丸の方を見遣っているアールトに向かって聞いた。

「そうそう、あのレイカワマルの艦尾に幾つも載せられているものでございます。あれは、大変『ズイウン』と似通っておりますところ、臣は当初は、ワイバーンと思った次第でございますが、あるいは、あれも花川様方が申された『ヒコーキ』でありましょうか。」
「いかにも、あれらも飛行機です。人が操って空を飛び回る機械にして、兵器でございます。」

 アールトの疑問に、花川は簡潔に答えた。

「なるほど、皆様はヒコーキを沢山お持ちになられる。数多のヒコーキが空を舞うというのは、本当だということですな。」

 当たり前のことを称賛されて、花川は尻がむず痒くなる思いであった。

「我々が戦っていた敵は、その10倍もの飛行機を動員する軍隊でして。」

 花川は謙遜ではなく、前線の事実を軽く述べたに過ぎないが、アールトは

「何と!皆様が百を準備すると、敵は千を準備するというのですか。それは国力の違いでございましょうな。何しろ、量は力でございますからな。」

 こんなところで現代戦の真理を突かれ、花川はギクリとしたが、精神論ばかりの東京の偉い連中に、聞かせてやりたいセリフではある。

「飛行機のほか、艦の中にも、海上を航行するだけでなく、海中に潜って作戦を行う『潜水艦』というものもございます。当に神出鬼没、手を焼いております。」

 愚痴っても仕方ないと思いながら、花川はアールトに聞かせてやった。

「その『センスイカン』という艦は、海中に潜ったり浮かんだりするものなのでしょうな。」
「いかにも仰るとおりです。空気には限りがありますし、水中航行の動力は、水上航行しているうちに蓄える仕組みとなっておりますので。」
「では、潜った『センスイカン』は浮かんでくるのでしょうな。いかにも、鯨と見間違えられることも多かろうと存ずる。」
 
 アールトの話の内容が、妙に現実味を帯びている。

「あんな風に!」

 そう言ってアールトが杖で指示した先には、艦首と司令塔が一部海面に露出し浮上しかけた潜水艦が見えた。
 今は、令川丸の探照灯が、そこを照らしている。

 花川は慌てて船縁に駆け寄り、双眼鏡を眺めていたが

「潜水艦らしきもの浮上しつつあり!令川丸とティアマト号の中間付近後方、約1㌋。艦橋に日章旗、艦名表記は…イの103、日本艦です!」

 花川と大谷地、それと清田上曹以下の立検隊は、全員で思わず万歳三唱を唱えたので、アナセンから

「皆様、どうされたのですか。何かの呪文でございましょうか。」

と聞かれてしまった。

「いえ、めでたいときの習慣なので、お気になさらないでください。」

 大谷地が、ちょっとバツが悪そうに誤魔化して答えた。

 いずれにしても、友軍潜水艦が出現するとは、大谷地たちも、令川丸以下の艦隊も、思いもよらなかっただろう。
 敵潜水艦だったらどうしよう、という話ではあるが、令川丸としては、とにかく、揚収した瑞雲搭乗員から話を聞き、新たに浮上した潜水艦とコンタクトを取るのが先決である。
 
 「異世界人」と直に接触した大谷地からの報告も聞きたい。南郷としては、やはり異世界人に直接会いたかった。
 何しろ、魔法のおかげとはいえ、言葉が理解できるようになったのだから、当然である。

 差し当たりどうするか、を南郷は段取りを考え始めた。
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