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第16話 交渉4 水偵飛来と艦隊合流1

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 時間を少し遡る。

 令川丸が電探で帆船を捉え、その後、砲戦が始まる直前の12月24日16:10頃、リンガ泊地に停泊中だったはずの空母蛟龍、戦艦出雲及び駆逐艦3隻と給油艦(兼水上機母艦)野付は、ほかの艦隊と前後して、信じられないほどの濃霧を抜け出した。

 遠目に陸地が見えない位置であったため、すぐには異常に気付かなかったが、異常はじきに検知された。
 
 空母蛟龍の艦橋には、艦長の稲積大佐、副長の米里中佐、航海長朝里少佐のほか、第二五航空戦隊司令桑園少将と首席参謀山花大佐が集まっていた。
 話題、というより懸案は、やはり先ほどの濃霧と、その後の解せない変化であった。
 最初は、ひどい濃霧だった、などという世間話か感想の域を出ないものであったが、通信長から、一切の電波が拾えなくなったとの報告があったほか、航海長からもたらされた、天測結果により判明したという、信じられない現在地の緯度・経度であった。

「現在地点は、北緯23度20分、東経133度20分。大東島の南東海上、ほぼ北回帰線上ということになります。」

 この航海長の報告に対して

「そんなバカな!我々は赤道直下のリンガ泊地にいたんだぞ。たった1時間かそこらで、何千キロも移動したと言うのか!」

 米里副長が思わず大きな声を出した。

「何度も確認済みです、観測に間違いはありません。」

 航海長が少しムキになって言い返した。

「まあ、落ち着け。通信長、通信の状態はどうだったか、もう一度報告を頼む。」

 稲積艦長が、割って入るように通信長へ再確認した。

「はい。『霧』の中に入った頃までは、普段と全く変わらず我が方の基地や艦艇の電波をはじめ、敵の電波も様々に受信できていたのですが、時間的には霧を出る頃から、雑電波のほか、唯一の例外を除き、一切の電波が入らなくなったのです。」

 通信長の回答に、稲積が重ねて聞く。

「そういうことは、よくあるのかね?」
「太陽活動がもたらすデリンジャー現象で、短波通信が不能になることはありますが、短時間で終わりますし、中波通信などに影響は出ませんから、今回のように一切の電波が受信されないことはありません。」
「つまり、自然現象ではあり得ないと?」
「はい。なお、妨害電波であれば、その電波自体が受信されますから、何の電波も受信できないことはありませんし、基地局や艦艇の通信は、たまたま発信がなかったことも考えられますが、リンガ泊地であれば、距離的にシンガポールのラジオ放送は受信できて然るべきです。」

 稲積は、さらに質問を重ねると、通信長が続けて回答した。

「仮に、だ。今、航海長から報告のあった地点にいるとすれば、電波はどうだ。まるっきり何も受信されないことはあるのか。」
「増々、あり得ないと思います。内地が近い分、佐世保、呉、横須賀などの軍港のほか、友軍の艦艇や船舶数が増える分、通信量は増えますし、昨今の情勢だと、敵の艦艇もウヨウヨしておりますから、暗号や平文を問わず、電波だらけだと思います。専門の通信傍受部隊が乗っている出雲などは、忙しいはずです。」

「つまり、通信長。君の考えは?」
「はい、電波の発信源がなくなったということです。」

 この通信長の発言には、艦橋にざわめきが広がった。

「そう言えばさっき、『例外を除き』と言ったようだが?」
 
 山花参謀が質問した。

「はい。15:45以降、801空の大艇から父島通信隊へ繰り返し発信されたもので、誘導電波の発射を求めたものです。その最後の通信直後、誘導電波ビーコンが発射されております。」

「なぜ報告せんか。」

 山花の問いに

「本件通信は、父島宛ての電文であり、無線封止中の本艦若しくは戦隊には無関係です。したがいまして、後刻ではなく、直ちに艦長に報告すべきか否かは、一義的に通信長の裁量で決定されるものです。」

 通信長が、再び少しムキになって答えた。

「まあ良い。それで、ビーコンはどの方向から発信されたか分かるか。」

 再び稲積が割って入った。

「はい、真方位90度、ほぼ真東から発信されております。」

「なるほど、そこには味方がいるということだな。」

 この稲積艦長の発言には、艦橋の誰もが同意するところだった。

「善後策について、白石君と詰めてみるか。」

 戦隊司令の桑園少将が言った。
 白石君とは、戦艦出雲の艦長白石大佐のことである。

「こちらとしては、どのように提案いたしましょう。」

 稲積が桑園に質問すると、桑園は

「索敵、ではないな。捜索機を出してはどうかと思う。海上の捜索ということを考えると、瑞雲を出すのが適していると考えるが、どうだろう。」

と答えた。

「なるほど。しかし、行って帰ることと、夜間に及ぶことを考えると、天山が適しているとも思われますが。」

 これは山花の提案である。

 通常、空母の索敵には、通信と偵察が別々に行えるというワークバランス上の問題から、3人乗り(3座)の艦上攻撃機が使用されるのが普通であり、これは九七式艦攻時代からの方式であった。
 ただ、蛟龍も搭載している新鋭の艦上攻撃機「流星」は2人乗り(複座)であるところ、これは、索敵や偵察は、専門の新鋭艦上偵察機「彩雲」が行う、という前提があった。

 桑園が「策を詰める」と言ったのには、こうした含みもあった。

 出雲との間の隊内電話には、稲積が掛かった。

 白石大佐と協議の結果

・天山は、夜間飛行が得意で電探も搭載しているから捜索に向いているが、捜索範囲
 をカバーするには、搭載している3機全部を投入する必要がある。
・瑞雲は複座だが、偵察員が捜索に専念できるようにすれば、負担を軽減できる。
・特に困難を伴うと思われる帰投については、敵の脅威がないと考えれば、誘導電波
 を発信することで、問題を解決できる。

という結論に達し、出雲搭載の瑞雲を3機、東方海上の捜索に使用することに決した。

 瑞雲は、一機が前方30度ずつの捜索を担当し、合わせて90度の範囲をカバーできるように捜索線を決めた。

 3機の搭乗員は、夜間飛行になることを想定して、熟練のペアが選抜された。
 そのうち、中央の捜索線を任されたのは、太平洋戦争開戦以来の生き残りである、操縦西野特務少尉、偵察安平上等飛行兵曹のペアである。

 安平上飛曹は、発進前に渡された現在地の資料を見て

「冗談言わんでください。からかっとるんですか。」

と、航海科の若い士官を睨みつけた。
 同じ科の特務士官が割って入り事なきを得たが、それほど突拍子もないことに艦が巻き込まれているのである。

 さんざん説明を受けて

「分かりました。」

と渋々ながら納得した。

 瑞雲発進のため、出雲は風上に向かって全力で走る。
 日はもうすぐ暮れようとしている。

 暖機運転の済んだ機体の操縦席に西野少尉が乗り込み、偵察席へ安平上飛曹が収まると、発進準備完了である。

 伊勢型航空戦艦の射出機カタパルトは両舷に1基ずつ備え付けられているが、飛行甲板との段差がないの
で、滑走台に載せられた飛行機を、そのまま甲板から射出機に移動させられるため効率が良く、全22機の発進が5分
ほどで終わるという性能を誇った。

 西野が、操縦席で片手を水平から真上に挙げ、「発進準備ヨロシ」の合図をする。

 ピリリリリリリ

 整備長の笛が鳴り、赤旗が勢いよく振り下ろされると同時に、

  バーン

という音とともに、火薬ペレットの爆発の勢いで機体を乗せた滑走台が前へ押し出され、射出機の端まで来ると、機体が空中へ放り出された。
 
 西野は、スロットルレバーは全開にし、昇降舵をやや上げに取る。
 機体は一瞬下降した後、上昇に移り、旋回しながら速度を増して、東の空を目指した。
 
 西野は、機体を高度1,000mで、方位105度に向けた。
 この方向へ真っ直ぐ飛び、前進の限界点で左へ75度変針、30度分の距離を飛んでからさらに左75度へ変針し、帰投するのがコースである。
 こうすると、常に左下を見ながら、艦を中心に描いた扇形の中心から30度分を捜索できる。
  
 西野と安平が左の海面をジーっと凝視しながら飛行を続けてしばらくして、令川丸以下の艦隊では、電探からの報告が騒がしくなった。


        18:30 令川丸
     
「電探より艦橋。反射波あり。270度方向、電測距離80ハチマル。おそらく単機。識別信号反応なし、おそらくは友軍機と思われます!」

 電探士の声が弾んでいる。
 識別信号は、米軍が敵味方識別のために使っている信号で、これが反応しないのは、逆に日本の飛行機である可能性が高いことを意味する。

「よぉし。友軍ということは、俺たち以外に日本の誰かがいるということだな。」

 令川丸艦長の南郷大佐の声も弾んでいる。

「友軍艦艇にも確認を送れ。『友軍機飛来ノ可能性大 相撃チニ注意セヨ』だ。」

 通信は、直ちに各艦へ送られたが、ティアマト号へは内火艇の艇員を介し、「飛行機接近」の意味で

 「飛行接近。」

と意訳して伝えられたため、飛行機を知らない同艦側では、飛ぶ物、即ちワイバーンが接近しているものと勘違いされてしまい、ちょっとした騒ぎになった。


          18:40 西野機

 出雲を発進して30分ほどが経った頃、日が暮れて顔を出した月齢9.5ほどの、半月より少し膨らんだ月が照らした海面を、西野と安平は相変わらず凝視していた。
 すると、西野には、左前方海面に、黒い染みのような点が幾つか見え始めた。 

「安平兵曹、左前方に艦らしき点複数が見える。高度下げる。」

 伝声管に向かって告げると

 「了解でーす。」

と返答があった。

 安平も同じ方向を凝視しているに違いない。

 高度300mで水平飛行に移り、海面を見つめると、点が影になってきた。
 それは全部で7つあり、左に5つ、右に2つと分かれている。
 さらに接近すると、右側の影が異様に高く見えてきた。

「艦影らしきもの、全部で7ハイ。左に5、右に2に分かれている。」
「ハーイ。」

 西野の連絡に安平が答える。

「右側の2ハイ、帆船と思われる。左は輸送艦と駆逐艦らしい。」

 安平の方は双眼鏡で見ているため、西野よりは大きく影が見える。

「左側の艦艇群の先頭艦から発光信号!『我レ日本艦艇ナリ』」

 安平の声が上気している。

「俺にも見えた。安平兵曹、返信だ。『我レ六三四空所属 戦艦出雲搭載ノ瑞雲ナリ』。」
「了解しました。」

 伝声管越しに返事をした安平は、信号用のオルジス灯を取り出して、発行源へ向けて信号を送った。

 折り返し
 
「我レ特設水上機母艦令川丸ナリ」

の信号があったので

「分隊士、友軍です!日本艦艇がおりました!」

と安平の歓喜の声が伝声管から伝わってきた。

「分かった、分かったからそうはしゃぐな。」
 
 そう言いながら、西野は機体の高度をさらに下げ、海面スレスレの低空飛行に入った。
 超低空で左右の艦影の間を飛び抜けると、左の各艦は、甲板上に人だかりができて、こもごもに手を振っているのが月明かりの中にも見える。

 ただ、西野たちが異様に思ったのは、右側の船がどう見ても帆船であり、甲板上に人だかりは見えるが、こちらを歓迎しているようにはみえなかったことである。
 
「何だ、ありゃ。」

 それは西野の理解を超えていた。
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