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第6話 ファーストコンタクトその2 美少女救助

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「溺者救助方用意。」

 命じながら金山少尉は佐々木少佐の方を振り返って見たが、また元のとおり軍刀の束に両手を置き、ふんぞり返った姿勢に戻っていた。

 金山は、まず海面を確認したが、海面に波はほとんど立っていない。

 彼は、機体を、低空飛行のままいったんボートから遠避け、十分な距離を取ってから左へ旋回させ、スロットルレバーを絞ってエンジンの回転を下げ、フラップを降ろし、減速してから海面に着水させた。

 ザザザーッ

と低めの水飛沫を上げて機体は着水し、そのまま水面を滑走して行った。

 金山は、徐々に機体をボートに寄せながら4基あるうちのエンジン2基を停止させ、プロペラの風圧を弱めると同時に、ボート上の2人がエンジン音で恐怖を抱かないようにして、ボートを機体左舷に見ながら近寄って行った。

 彼の位置から直接ボートは見えないが、西山上飛曹と協力しながら徐々に左へ回り込み、何とか胴体後方出入り口扉の数mのところまで機体をボートに寄せ、フラップを目一杯降げプロペラのピッチを変えて、機体の行き足を抑え込んだ。

 機銃員の日高二飛曹が出入り口の扉を開けボートの方を見ると、金髪の女性が二人、ボートの底へ固まるように身を寄せ合って座り込んでいた。
 一人は金色の長髪の両側をお下げに結い、もう一人の方はヘアバンドを着けている。

 彼は鳶口を手に持ってボートを引き寄せようと思ったが、ボートは外翼のフロートの辺りでプロペラの後流を受けてゆらゆらと漂っており、まだ少し距離がある。

 ボートに、オールが備えられているのを見た日高が

「オーイ、お二人さーん!少しこっちへ漕いで来てくれんかね!」

と手招きをしながら叫んだが、言葉が通じないのか、こっちを恐れているのか、二人は固まったまま動こうとしない。

 日高は続けて

「そのオールを使って漕いで来てくれって言ってるんだが、分からんかね!助けてやろうっていうんだ、取って食いやしないから!」

などと、オールを漕ぐ真似をしながら何回か叫んだところ、お下げ髪の方が日高の意図を汲んだらしく、オール2本をボートの船縁に備え、日高の待つ扉の方へ漕ぎ始めた。

 彼が近寄って来たボートを見ると、それは海軍の短艇カッターほどではないが、長さ6~7mほどはありそうな大きさで、鎧張りの重厚な造りがされており、普通は6~8人位の人数で漕ぐのだと思われた。

 やっと2mほどの距離まで近寄ったボートに日高は鳶口を引っ掛け

「そおれっ!」

と力を込めて引き寄せた。

 彼は、ボートの中で四つん這いになっているヘアバンドの方の金髪少女に手を差し伸べようとしたが、いつの間にか金山が背後に立っていて、日高の代わりに手を伸ばし、まずヘアバンドの方の手を取って大艇の機内に引き入れた。

「あれ!?分隊士、操縦はどうしたんですか?」

と日高が聞く。

「まあ、細かいことは気にすんな。」

 そう言うと金山は、残りのお下げ髪にも手を伸ばそうとした。

 するとその少女は、いったん金山に向かって手を伸ばしかけたが、思い出したようにボートに戻り、後ろの方の船底に置いてあった革製らしい鞄を襷掛けにして、差し出された金山の手を無視するかのように
  ヒョイ
と自ら機内に乗り込んで来た。

「お客さん、忘れ物はございませんね。」

 日高が冗談を言ったが、無論、二人には通じない。

「分隊士、あとは私らに任せて操縦に戻ってください。」

 これもいつの間にか側に寄って来ていた、搭発(搭乗整備員)の中島一等飛行兵曹が金山に声を掛けた。

「ああ。父島捜索中だったっけな。」

 金山はそう応じると、操縦席へ戻って行った。

「まあ、こっちへおいでなさいよ。」

 中島一飛曹が二人に向かい、仕草で胴体内後方に設置されている、乗員の仮眠用ベッドへ行くよう促し、並んで座らせた後、自分も向かい側のベッドに腰掛け、やがて始まる離水に備えた。

  ゴォーッ

 エンジン音が一段と高まり、艇体の底から水切り音が

  ドザザザーッ

と喧しく聞こえたかと思うと、身体が機体後方に持って行かれそうなGの力が感じられ、やがてエレベーターが上昇するときのような感覚で機体が離水し、上昇に移ったことを彼は理解した。

 金髪の娘2人は、何が起きたか理解できないでいるらしい。

 中島が、改めて2人を観察すると、ヘアバンドの方はパッと見が年の頃15歳位、もう一人のお下げ髪は2つ3つは年上のように見受けられた。

 二人とも金髪に青い目、通った鼻筋と透き通るような白い肌で、まず「美少女」と言って差し支えない。
 ただ、服装が薄汚く、また、かなり古風なように思われた。

 足元に目を遣ると、いずれも裸足である上、片足に鉄製らしい太い環と鑑札のようなものが取り付けられ、これはいかにも痛々しい。

 環の接合部が、ボルトのようなもので固定されているのを見て取った中島は

「ちょっと待っててな。」

と言い残し機体後部へ向かったかと思うと、側面に「801」と白数字が書かれ、丸い「火星」というワッペンが貼られた、黒い手提げ工具箱を、右手にぶら下げて戻って来た。

 彼は、金髪娘たちの目の前で工具箱をぱかっと開き、彼女たちの足環のボルトと工具箱の中のスパナを見比べ

「こいつかな。」

 そう言ってスパナを1本取り出し、ヘアバンドの方の娘の足環ボルトにあてがい

「おー、ピッタリだ。」

と叫んだ。
 一発で大きさを当てたのが、ちょっと嬉しかったらしく、機嫌良くスパナをボルトにはめ、力を込めて左へ回した。

「んんんんんーっ!」

 環が足に食い込んだらしく、ヘアバンド娘が顔を赤くし、声にならない声を上げて、苦痛の表情を浮かべた。

「おおっと、すまねぇ嬢ちゃん。おい、日高よ、ちょっと環っかを押さえてくれ。」

 言われた日高二飛曹は

「こうっすかね。」

と言って足環を手で掴み込んで押さえた。

「嬢ちゃん、ちぃーっと我慢だぜ。せぇのっ!」

 中島一飛曹が再び力を込めてスパナを回すと、今度は呆気なくボルトが回り、足環を外すことができた。

「ありゃりゃ、玉の肌に傷を付けちまったかな。おい日高、赤チンかヨーチンを持って来い、消毒だ消毒。」

 足環に締められていたところが一部、皮が剥けているのを見た中島が、日高に命じた。
 命じられた日高が、赤チンの容器を応急手当用品の箱から取り出し、娘の足の傷に塗ってやったが、傷に滲みる痛みか、その綺麗な顔が少し歪んだ。

「さぁて、次はお前さんだぜ、お嬢さん。」

 中島は、そう言うと年上お下げ髪の娘の足環にスパナを当て、さっきと同じ要領でボルトを回して足環を外したが、今度は傷もできずに済んだ。

 日高が、外れた足環を拾い上げ、紐で括り付けられていた鑑札のような木片を眺めて、書いてある文字を読もうとした。

「これ、何語なんでしょうね。英語…ではなさそうですし、ロシア語は違うか…よく分からんですね。」

「う~ん、欧文のアルファベットとかではなさそうだな。かと言って朝鮮やらタイやらペルシャ語、アラビア語とも違いそうだ。」

 この中島の答えに

「分かるんですか?博識ですね、中島一飛曹は。」

 日高が感心してみせると

「いや、そんな気がしただけだ。」

と中島はあっさりシャッポを脱いだ。

「なあんだ。」

 日高は、ガッカリした振りを見せてから

「冗談はさて置き、見てくれは完全に欧米人ですからね、このお嬢さん方は。取りあえず、敵性国人の可能性ありってことで、扱うしかありませんね。」

と正論を言った。

 その時

「グゥ~」

と腹の鳴る音が爆音に負けじと聞こえた。

「何だ日高。貴様、もう腹が減ったのか。さっき弁当を喰ったはずじゃあなかったか。」

 中島一飛曹は、てっきり日高二飛曹の腹が鳴ったものと勘違いして言った。

「いえ、ちがいますよ。タバコは吸いたいですが、まだ腹は減ってません。」

「じゃあ一体…。」

と言いかけて中島はハッと気付き、日高に言った。

「このお嬢さんたち、腹ペコなんじゃないか。」

 そう言われて日高も、あのボートには、食糧や飲料がまるで積まれた痕跡がなかったことを思い出した。

「昼の航空弁当は、余分があったよな、確か。」

 二式大艇は乗員が最大で13名であるが、今日は12人で飛んでいる。これに便乗者が2名ということで、出発時、乗っている14名分の弁当2食分(昼と夜)、合計28食の弁当を備え付けの冷蔵庫に積んでいた。

 しかし、途中、乗員12名は交代で昼食を摂ったが佐々木少佐と同行の中尉は「武士は食わねど高楊枝」を実践するが如く、航空弁当を食べなかった。
 ただ、実際には、持参した缶詰類を食しており、単に兵食に近い航空弁当を、意地で嫌ったのではないかと思われた。

 そんな訳で、ちょうど弁当が2個余っており、これはおあつらえ向きと考えられた。
 中島に促され、日高は冷蔵庫から参謀たちの昼食用だった航空弁当を2つ取り出し、娘たち2人の膝の上に一つずつ置いた。

 弁当箱は、角が丸くなった長方形のアルマイト製で側面に錨のマークが浮き彫りされている。
 2人とも、それが何だか分からずに戸惑っているように見えたので、日高が蓋を取って中身を見せてやった。
 弁当箱は、中に仕切りがあって、米飯とおかずがそれぞれ入れられる構造になっており、今日の昼食は、輪切りにした太巻き寿司4つに、出し巻き2切れ、これに沢庵漬けとパイナップルが添えられていた。
 巻き寿司は、零戦搭乗員などには細身の物4本が支給される、定番の航空弁当である。

 娘たちは、クンクンと匂いを嗅いで、どうやら渡されたものが食べ物であることは理解したらしいが、今度は、一緒に渡された箸が何であるかが分からないでいる。

「もう、いいからそのまま食べなよ。」

 日高は、手を口に運び、物を食べる仕草をしながら2人を促した。

 すると2人とも、意を決したかのように、まず、太巻き寿司を一つ手で取って口に運び、あんぐりと開けた口に入れた。

 揃ってモグモグと寿司を咀嚼していた2人であるが、意外と口に合ったと見えて、これを飲み込んだかと思うと、続け様に二つ目を口に放り込んだ。

「ングッ」

 2人同時に、飲み込んだ寿司が喉で詰まりかけたらしい。
 日高が、冷蔵庫から、今度はサイダーの空き瓶に入れていたミルクコーヒーを取り出すと、填めていたコルクの栓を外し娘たちに差し出してやった。

 目前に差し出された瓶を、今度は飲み物と即座に理解した2人は、奪うように手に取り、ゴクゴクッと一気に半分ほど飲んだ。

「フー」

 一息ついた娘たちは、またパクパクと弁当を手掴みで食べ始めた。
   
 ものの5分ほどで弁当を食べ終えた2人であったが、日高が弁当箱を覗き込むと、ほぼきれいに食べ終えていたものの、沢庵漬けだけは口に合わなかったのか、かじった跡があるだけで、残してあった。

「落ち着いたかい、お嬢さんたち。俺の名は、日高っていうんだ。ヒ・ダ・カ。分かるかい。」

 日高は、自分を指差しながら、何とか2人に名前を伝えようと繰り返し言った。

 娘たちは顔を合わせ怪訝そうな表情であったが、やがて年上お下げ髪の方が日高を指差して

「ヒ…ヒ・ダ・カ」

と言った。

「そうそう、俺は日高だよ。分かってくれたかな。」

 嬉しそうに応じると彼は

「俺、日高。」

 そう言いながらまず自分を指差してから

「嬢ちゃんたちの名前は?」

 娘たちを指差し尋ねた。

 これは何とか通じたらしく、年上お下げが自分を指差して

「クリステル。」

と言い、続けて年下ヘアバンドの少女を指差し

「エミリア。」

と言った。

 どうやらこれが2人の名前らしい。

「クリステルちゃんにエミリアちゃん、ね。」

 日高は簡単ではあるものの、意思疎通を図れたことが嬉しくなり、娘たちを交互に指差しながら、にこやかに何度も名前を繰り返した。

 2人の少女たちは、空腹が満たされると、ここで自分たちの状況を確認したいと思ったらしく、辺りを見回している。

 ジュラルミンの枠組みと外皮、配線類や銃座の20mm機銃など、彼女たちの理解を超えた物ばかりである。
 そもそも、2人とも、今、飛行艇に乗って空を飛んでいることも分からないであろう。

 と、2人のうち、クリステルと名乗った年嵩の方の少女が立ち上がり、壁伝いに、明かりが差し込んでいるスポンソンの機銃座へ向かって歩き始めた。

 日高が慌てて

「おい、嬢ちゃん。勝手に歩き回っちゃ危ないぜ。」
 
と言って止めたが、クリステルはそのまま歩いて行き、銃座から頭を出して下を覗き込んだ。

 前方からの風圧は、スポンソン前側の風防が防いでくれたので平気らしかったが、胴体の遥か下を流れて行く海面の様子には驚いたらしく、一瞬

「ビクッ」

としたかと思うと、すぐに頭を引っ込めた。

 後を追って行った日高が

「そぉれ、言わんこっちゃない。危ないから、ベッドに座ってな。」

と言って仕草で戻るように促すと、クリステルは素直にベッドの方へ戻って行った。

 ベッドに戻り腰掛けた彼女は、隣のエミリアの方を向いて、先ほど見えた景色のことを話している様子で、エミリアは「信じられない。」という表情をしているように、日高には思えた。


 さて、その頃、当の二式大艇の操縦席は些か深刻な雰囲気であった。
 父島がどこにも見当たらないのである。

 すでに高度2,500mに上昇しているが、島影が見えない。

「メエ、電探はどうだ。」

 金山少尉は少しイライラしながら尋ねるが

「電探、反射波なし。」

 八木二飛曹の答が返る。

 少し雲はあるが、そもそも晴天のこの天気なら、電探を使わなくても父島が遠くに目視で確認可能な距離に近付いているはずである。

「畜生。」

 腹の中で毒付きながら金山は、伝声管を取り

「メエ、父島からビーコンを出してもらえ。」

と命じた。

 ビーコンとは誘導電波のことである。

「電波を出してもらうんですか?」

 八木が困惑した様に問い返してくる。
 電波を出してもらうということは、こちらが航法に失敗したことを意味し、航法担当の北園一飛曹のメンツは丸潰れとなる。

「仕方がない。いつまでも洋上をウロウロできん。」

 長大な航続力を誇る二式大艇であるから、まだ燃料には余裕はあるが、まごまごしていると敵機が現れる可能性があった。
 金山少尉には機長としての責任があり、任務を果たす上では、恥を忍んででも、やむを得なずしなければならないこともある。

「了解しました。父島通信隊宛て、ビーコン発射を要請します。」

 復唱した八木は、暗号書を取り出して電文を組み上げ、父島通信隊へ誘導電波の発射依頼方を打電した。

 八木は、父島からの応答を待ち、両耳に掛けたレシーバーに神経を集中していたが、しばらく待っても、応答が返って来ない。

「メエ、どうだ?」

 報告がないため、金山が八木へ状況を聞いて寄越した。

「父島、応答ありません。」

 八木が答える。

「通信を繰り返せ。」

と金山が命じた。

 八木は、その後2度、父島通信隊を呼び出したが、暗闇に電波が吸い込まれたように、何の応答も返っては来なかった。



 ところがこの通信には、意外な相手が応答することとなる。
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