踊れば楽し。

紫月花おり

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第一章

第29話 危険なカオリ……!!?

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 ──天音の言葉と、そのやんちゃな笑みに…俺は苦笑でしか答えられなかった。

 “焦らなくて良い。でも、急いでくれ”

 俺だって…もう後戻りが出来ないこと位分かっているつもりだ。
 紅牙としての記憶を取り戻すことが必要なことも、こいつらがどんな気持ちでを待っているかということも── 

 分かっている……つもりでいる──…

「まぁ、成るようにしか成らねぇことは皆分かってるさ。とりあえず宗一郎は今は休んどけ、ここからはそう遠くはねぇが……休んどかねぇともたねぇぜ?」

 沈みかけた俺の肩をバシバシと叩きながら言う天音…に、若干の痛みを耐えつつ頷いた。
 ──すると、 

「……眠れないにしても、横になっておくだけでだいぶ違うはずだよ?」

 背後から聞こえた声に振り返る。

「……幻夜」

 幻夜は嘘臭いいつもの笑みではなく、普通に微笑んでいた……ように見えたが、 

「明日もペース上げて行くから、出来るだけ休んでおいてくれよ?」

 その言葉と口元は、やはり意地悪そうに思えた。

「ほら、天音も……見張り交代」

「おぅ…よろしく」

 天音は短くそう答え、幻夜と入れ代わるように立ち上がると、

「さ、宗一郎も休むぞ?」

「う…うん……」

 俺は天音の笑みにつられて頷くと、ゆっくり立ち上がった。 

 ──というわけで、俺は再び横になり…一応目を閉じてみることにした。
 時折、吹く風に心地良さを感じつつ……耳に入るのは、木々の葉が擦れる音と、焚き火のはぜる音…そして、虫の声。
 このまま目を閉じていれば、いずれ眠れるだろうか……? 

 何より、俺の周りには皆がいてくれて…今も幻夜が寝ずで見張りをしてくれているのだ。
 俺は皆を信じ、明日の強行に備えて、少しでも休んでおかなければ──!
 いや……むしろ、眠らなければ、逆に申し訳ないような状況だよ…っ!?
 無理に寝ようとすれば、余計に眠れなくなるのは分かっている。

 こういう時は、ただ黙って…出来るだけ何も考えずに──…
 連日の疲れと、温泉のおかげか……
 ようやく、うとうとしてきた──…

 そんな時だった。
 
 ──!!?

 この場に一瞬にして広がったのは、緊張感!?
 ようやく訪れかけた俺の眠気も吹き飛ぶほどで……思わず俺は、慌てて体を起こした…!
 すると──

「……ッ!?」

 幻夜はもちろん、他三人も目覚め、腰を下ろしたままだが同じ方向を……焚き火の向こうの暗闇一点を見つめている…!?
 恐る恐るその視線の先を辿れば……ゆっくりとこちらへ向かって近づいて来る人影が…俺にも確認できた。

 ──…だが、何だろう?

 緊張感は変わらずなのに、四人の様子が……?
 その場から動くことなく、その人物が間近に近づいてくるにつれ、彼方がようやく腰を上げたくらいだったことに……違和感を覚えたのだ。

「……何しに来た?」

 若干、面倒そうに天音が口を開くと、その人物はクスクスと小さく笑いながら、

「──久しぶりだっていうのに…なぁに? その言い方は」

 ──え?
 声からして……女!? 

 そう、焚き火の灯りに照らし出されたのは──長く艶やかな黒髪に、透けるような白い肌をしたスタイル抜群の美女だった。

「貴女が来る時は……ろくな事がないんだから仕方ないでしょ?」

 幻夜の苦笑混じりの言葉に、美女はその紅い口元に妖艶な笑みをうかべると、

「あら…? もちろん、気付いていたんじゃないの?」

 その意味深な言葉こたえに、

「……さぁ…何の事だい?」

 ──ここからは見えないが、幻夜はきっとあの笑みをうかべているに違いない。
 あの……嘘臭い笑みを。 

 ただ俺に分かった事は、この美女がこいつら…たぶん紅牙含めての知り合いだろう、ということくらい……?
 まぁ、関係までは分からないが。

「──で、何の用なの? 綺紗きさちゃん」

 それまで黙って様子をうかがっていた篝が、二人の意味深な会話をあえて言及することなく口を開いた。 
 改めて問いかけられ、美女──綺紗は笑みをそのままに、

「噂に聞いたのよ──…紅牙が見つかった、てね」

 ……綺紗はその視線を俺へと向け、

「まさか……こんなに可愛い坊やになってるとは思わなかったけど」

 残念そうな口振りだったが、その妖艶な笑みを強め…俺を上から下まで改めて見回す──。
 それは、ゾクッとするような感覚で、

「……ッ」

 俺はその視線から逃れることも出来ない…まるで縛り付けられたかのように──
 だが、そんな俺の前に…まるでその呪縛を遮るかのように、彼方が割って入ると、

「綺紗ちゃん……今日は味方なの? それとも…敵なの?」

 ──え? それはどういう…??

 彼方は口調こそいつも通りではあったが、綺紗の答え次第では……なのに、綺紗はそんな彼方の言葉を一笑すると、

「……どっちでもないわ…少なくとも、今は。それにしても……」

 そう呟くと、彼方の顔にそっと触れ……

「彼方…相変わらず紅牙のこと大好きなのね──バカな子…」

 綺紗は小さくそう言って、彼方の横をすり抜け……立ち上がりそびれた俺の前へ来ると、

「──それより…よく顔を見せて頂戴?」

「!」

 俺を覗き込むように、急に近付いた美しい顔…!
 俺は…その妖艶な美貌と甘い香り、露出の高い豊かな胸元に違う意味でもドキッとしてしまったが……よく見れば、その頭には小さな角が二本……ということは、鬼?

 俺は動くことの出来ないまま……綺紗は俺をじっと見つめたまま、

「……この様子じゃあ、まだ覚醒どころか…記憶もないのかしら? 私のことも忘れてるなんて…薄情な男ね」

「……ッ」

 ──綺紗の言葉は事実だ。
 そしてまた、その言葉から確実となったのは、やはり綺紗は紅牙の知り合いであるという事実。
 だが記憶は無くとも、この色香に…妖艶な鬼に魅了されそうになる……!
 それを必死に抵抗しようとしている自分がいた──。 

 そんな俺を知ってか知らずか、綺紗は小さく笑うと

「──紅牙…昔のよしみで、一つ教えてあげるわ」

 そう言うと、口元の笑みが一瞬消え…

「鬼の上層部が本腰を入れるようよ」

「──!」

 ──それは、紅牙…俺を探し出し、宝の在処を吐かせることに対して……?
 いや、裏切り者として始末すること…命を狙うことに本腰を入れてくるってことか!?

 恐怖感から、冷汗が流れる俺……。
 そんな俺から綺紗は視線を外すと、 

「……それと…篝、アンタも気をつけることね? ──これは忠告よ」

 ──……え?
 綺紗の言葉に思わず篝へと視線を移す…と、篝の表情が一瞬曇った。
 それを気にするでもなく、綺紗はそのまま俺の横をすり抜けるように……背後の闇へと消えていった。

「じゃあ、またね?」

 そう一言、言い残して──。

 綺紗が立ち去った後……辺りは再び静けさを取り戻していた。
 だがそれは、どこか重い沈黙……。
 その中、彼方が先程いた所に再び腰を下ろし、小さく溜め息をつきつつ…そっと篝へと視線を向ける。 
 すると、篝は仕方ないといった様子で苦笑をうかべ俺を見ると……

「──綺紗ちゃんはね…」

 小さく溜め息混じりにそう言って切り出した。

「宗一郎に記憶があるかはともかく、ボクや紅牙と同族の…鬼の一人でね」

 ……確かに、俺は何も覚えても、思い出してもないが…やはり、綺紗が鬼であるのはあの外見通りということか。
 すると、今度は天音が、

「アイツは…色気と要領の良さはもちろん、実力も確かでな。──それだけに厄介なんだが、基本は女盗賊だ。昔は目的が合えば手を組んだりもしたもんだが……利用されてた気がしないでもねぇがな」

 そう舌打ち混じりに吐き捨てるように言った。
 というか、綺紗が女盗賊!?
 同族で同業(?)なら、まぁ…紅牙の接点は確定されたが……仲間としてはあまり良い印象でないことも、同時に確定? 
 俺がそんなことを考えていると、彼方は、

「紅牙は結構気に入ってたかもしれないけどね…」

 そう言って苦笑をうかべたが……視線を篝に戻しつつ、

「──まぁ、どっちにしても…さっきの話は本当なんじゃない?」

 その言葉に、篝も苦笑をうかべると、

「まぁ……綺紗ちゃんの情報網は広いからね」

 一瞬の重い沈黙の後、天音と彼方の出した結論は……

「だと、すれば……」

「まずいね、やっぱり」 

 その結論通り……確かに状況は良くない。
 それは俺にとって──いや、篝にとっても…か!?

「か…篝……?」

 思わず心配げに視線を投げかけた俺に、にっこりと微笑むと、

「ボクの方は大丈夫、何とかなるよ。──それより…」

 そう言って、篝はその視線を俺から焚き火の方へ……

「幻夜くん……どういうこと?」

 背を向けている幻夜を見つめる篝の表情からは笑みが消えている…?
 幻夜はそのまま、煙管をふかしながらゆっくり振り向くと、 

「……なんだ、あのまま流されたのかと思ってたよ」

「後でちゃんと聞くつもりだっただけだよ」

 全く悪びれる様子もない幻夜に、篝の溜め息混じりの言葉……。
 二人の言っていることは、先程の綺紗と幻夜の会話のことか?

 どこか険悪な雰囲気すら漂う中、幻夜は笑みをうかべたまま……

「……どうやら、玉子買いに行った帰りに、気づかれたんじゃないかなぁ」

「本当にか?」

 天音の間髪入れない問いに、 

「もちろん」

 幻夜は、そう一言だけ答えた。

 だが──たぶん、たまたまではない。
 おそらく、全員がそう確信するように…暗に肯定しているような言い方だった。
 一瞬の沈黙をおいて、彼方は意を決したように立ち上がると……

「ねぇ、幻夜……綺紗ちゃんの件といい、星酔の件といい…」

 そう問いかけようとするのを、幻夜はその視線を彼方に向けると…まるで、その言葉の先を遮るように、

「──決まっている。紅牙の…いや、彼方クン……君のためだよ」

 そう言い切った幻夜に、彼方は思わず言葉を失っていた。

 やはり彼方は、星酔の一件に幻夜が絡んでいることを確信していたのか……。
 星酔の言動も、綺紗が俺らに接触出来るような状況を作ったのも……幻夜だと。
 だが、幻夜はそれは紅牙…何より、彼方のためだと言う──。 

 そして、幻夜の口元から笑みが消え、眼鏡越しの紫色の瞳は彼方を真っ直ぐに見つめると……

「僕は最初から言っているはずだ。宗一郎には記憶を一刻も早く取り戻してもらうと…。そのためのきっかけは少しでも多い方がいい──」

 だから、星酔をけしかけてみたり、綺紗に分かるよう行動した……というのか?

 だが…幻夜の言動は現実的だ。
 たぶん、皆はそれを分かっている──。
 そう、分かってはいる。

「──…すべてはそこからだろう?」

 幻夜の言葉はこの場の全員…特に俺にとって重い言葉であり、紛れもない事実だった──。 
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