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53、総本山へ

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「リョータさん、おかえりなさいませ」

 屋敷に戻ると魔車の手入れをしているサミーさんが門の近くにいて、挨拶を交わした。

「ただいま戻りました。サミーさん、リラを見ませんでしたか?」
「リラさんですか? 先ほど戻られたので、屋敷の中にいると思いますよ」
「そうなのですね。ありがとうございます」

 ちょうどタイミングが良かったな。俺はリラと話をするために急いで屋敷へ戻り、ちょうど食堂の椅子に座っていたリラを見つけた。

「リョータ、早かったね」
「うん。リラに聞きたいことがあって」
「そうなの? 何かあった?」
「……あのさ、リラはシュリーネ様って知ってる?」

 俺のその問いを聞いて、リラは不思議そうに首を傾げつつもすぐに頷いた。

「もちろん知ってるよ。この国を、この世界を見守ってくれている女神様」
「そう、その女神様がご降臨されるのは知ってる?」
「そういえばもうそんな時期だっけ? 三年に一度なんだよね。私はまだ一度も総本山には行ったことがないんだけど、一度は行きたいと思ってるんだ」

 シュリーネ様のことは、誰でも知ってるほどに当たり前のことなのか。

「俺もそのご降臨? に行ってみたいなと思うんだけど、どう思う? 俺がこの場所にいることがもし神様によるものなら、シュリーネ様に頼めば元の世界に戻れるんじゃないかって思ったんだけど……」

 まだ日本に戻る決心はついてないけど、それでも今まで日本に戻ることを目標にしてきたから、突然それを変えることはできない。やっぱり日本に帰る方法があるなら突き止めたいとは思うのだ。

「確かに……可能性は、あるのかな」

 リラは今まで思いつきもしなかったのか驚きの表情を浮かべてから、真剣に考え込んだ。そして少しして徐に口を開く。

「少なくとも、闇雲に帰り道を探すよりは確実に可能性は高いね。リョータ、ご降臨っていつなの? 今から行くので間に合う?」
「多分ギリギリ間に合うと思う。一ヶ月後って言ってたから」
「それなら……ユニーちゃんの速度なら間に合うね。国に連絡して早めに出発しよう」

 リラは俺が帰る方法を真剣に模索してくれているようで、躊躇いなく遠い国にも行こうと言ってくれた。その気持ちが嬉しいけど、俺が帰ることにリラが協力してくれてると思うと少し寂しくて……複雑な気持ちだ。

「他国に行く時は騎士を連れて行くんだよな」
「そう。早めに選定してもらわないと」

 それから俺達は急に忙しくなり、王宮に連絡したり遠くまで旅するために食料を買い込んだり、俺達がいない間の皆の生活のためにお金を渡したり、そうして忙しく駆け回った。

 そしてそれから三日後の早朝。俺とリラはサミーさんが御者をする魔車に乗って、周りに騎士を三人引き連れて王都を後にした。


 それからの道中は穏やかなものだった。総本山までの道のりは人がよく行き来するからしっかりと整えられているようで、野営をすることもなく宿場町に泊まることができたし、魔物に襲われるようなこともなかった。

「そろそろ着くんだな」
「うん。やっとだね」
「長かったような短かったような。……リラとの旅は楽しかったよ」
「ふふっ、私も凄く楽しかったよ。リョータが元の世界に帰っちゃったら、寂しくなるね」
「――そうだな」

 リラとの旅が、スラくんとユニーとの旅が楽しすぎて、日本に帰りたいって気持ちは揺れに揺れている。俺は無事だって連絡はしたいけど、こっちの世界で生きていけないかな……最近はそんなふう考えてしまう。

 二つの世界を行き来とかできないかな。それができたら一番なのに。そんな都合の良いことを考えては、それはさすがに無理だよなと浮かんでくる考えを振り払う。

 ――でももし俺の考えてることができるなら、可能性はあるのかもしれない。

 俺はこれから自分がやろうとしていることが、どうこの世界に影響するか分からずに怖くなったけど、ここは腹を括るところだと気合を入れて拳を握りしめた。


「ご降臨に間に合って良かったです。明日の早朝が予定時刻だそうですよ」
 
 どこも混み合っている宿から空いているところを何とか見つけて、騎士達も含めた六人での大部屋に落ち着くと、サミーさんがそう言って穏やかな笑みを浮かべた。

「本当にギリギリでしたね。サミーさんが御者じゃなければ間に合わなかったかもしれません。ありがとうございました」
「いえいえ、私は当たり前の仕事をしただけですから」
「はぁ……でも最後はかなりの強行軍でしたね」

 そう言って苦笑を浮かべたのは若い一人の騎士だ。今回付いて来てくれている三人の騎士達とはかなり仲良くなることができて、気軽な雑談を交わせるまでになっている。

「途中に大雨で三日も足止めを喰らいましたからね。さすがに間に合わないかと思いました」
「ほんとだよな。間に合って良かったよ。シュリーネ様のご降臨を見れるなんて楽しみにしてたんだ」
「俺もです! 一生に一度は見に来たいですからね」

 騎士達はそんな会話をしながら鎧を脱いで身支度を緩めていく。足止めを喰らった三日間で暇な時間を持て余して騎士の鎧を着せてもらったりしたんだけど、鎧って思ってた三倍は重いんだよな。ほんとに驚いた。あれを体験してからは、鎧を着てる人を見るたびに尊敬だ。

「明日は早くに宿を出るのか?」
「はい。前の方で見たいなら日が昇る前には大聖堂に向かった方が良いらしくて、仮眠を取ったら暗い時間から大聖堂に向かおうかと」
「では早く休んだ方が良いですね」
「そうしてください。リラも男達と同じ部屋で申し訳ないけど、ゆっくり休んで」

 端のベッドで荷物を片付けていたリラに声をかけると、リラは何も気にしてないようににっこりと笑顔を浮かべて頷いた。

「ありがとう。全然気にならないから大丈夫だよ」
「……それもどうなの?」
「ふふっ、リョータがいるから心配はしてないの。何かあったらリョータが魅了で助けてくれるでしょ?」
「それはもちろんだけどさ」
「それにサミーさんも騎士さん達も、変なことはしないって分かってるから」

 まあそうなんだけど、リラは警戒心が低くて心配だ。俺に対しても最初から全く警戒してなかったし。もし俺が日本に戻ったら……大丈夫なのだろうか。

「スラくん、俺がもしいなくなったら、リラのこと守ってな」

 俺は同じベッドの上にいたスラくんを抱き上げて、他の皆には聞こえない声量でそう伝えた。するとスラくんは任せてというように大きく震えてくれる。

 俺はそんなスラくんをギュッと抱きしめて、寂しい気持ちを心の奥に押し隠した。
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