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9、スキルの検証

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 俺とリラが握手を交わしていると、アンドレさんがホッとしたように息を吐き出したのが分かった。厄介ごとが自分の手を離れそうで安心したのだろう。
 凄くあからさまだけど、かなりの厄介ごとを持ち込んでる自覚はあるから、アンドレさんの気持ちも分かって微妙な気持ちになる。

「リョータさんはリラさんとパーティーを組み、冒険者として生活していくということですね。ではさっそく冒険者登録とパーティー登録をしてしまいましょうか」

 ナタリアさんがアンドレさんの気持ちを汲んでか、すぐに登録をしようと準備を始めてくれたので、そのままお願いすることにした。

「パーティーリーダーはどちらになさいますか?」
「えっと……リラ、どっちにする?」
「私はどっちでも良いですよ。リーダーだからって何か役割があるわけでもありませんから。ただそうですね……依頼によってはリーダーが依頼主と話をすることもあるので、私にしておきましょうか。リョータさんはこの国の常識を知らないでしょうし」
「それはありがたいよ。よろしくな」

 本当に心強い味方を得たな。リラがいなかったらどうなっていたのかと、考えるだけで恐ろしい。

「そうだリラ、俺には敬語を使わなくて良いよ。俺の方が年上だけど、これからは仲間になるんだし」
「そうですか? じゃあ、リョータって呼んでも良い?」
「もちろん」

 そうして俺とリラが仲を深めていると、アンドレさんが口を開いた。

「リョータ、その魅了スキルがどんな能力なのかだけは詳細を把握しておきたい。この後、スキルの検証に協力してくれないか?」

 スキルの検証か。それは俺もやりたいからありがたい。やっぱりどんな能力なのか分かってなければ、トラブルを避けることも上手く使うことも難しい。

「もちろん、よろしくお願いします」
「ありがとう。では登録が終わったら裏の訓練場に行くぞ」

 それから俺は冒険者登録とパーティー登録を済ませ、ギルドカードとパーティーカードを受け取った。この二つがあれば冒険者として活動していけるそうだ。
 この二つのカードには俺の魔力を登録して、全冒険者ギルドでデータが共有されているらしい。仕組みについては色々と説明されたけど、よく分からなかった。とりあえずは、この世界にも魔力を使ってネットみたいな仕組みがあるんだと思うことにした。

 登録が終わって皆で裏の訓練場に移動し、今の俺はリラと共に訓練場のど真ん中に立っている。アンドレさんが貸切にしたので、訓練場にいるのはさっき応接室にいたメンバーだけだ。

「スキル封じが切れるまであと何分だ?」
「二分ぐらいです」
「分かった。では確実に効果が切れるように五分経ってから検証を開始する」

 ここに来るまでに少し説明してもらったんだけど、この世界に住む人達は誰でもスキルを持っていて、鑑定石で容易に確認できるんだそうだ。スキルは先天的に持っているものもあれば、後天的に取得するものもあるらしい。
 そしてスキルにはレベルがあり、最小はレベル一で最大がレベル十。レベルが五もあればそのスキルを持つ者の中ではかなり上位となるらしい。レベル十はそれこそ何百年に一人とかの割合でしか現れないんだそうだ。

 この世界に住む人のほとんどが持っているのが生活魔法というスキルで、少量の飲み水を出したり火をおこすための火種を作り出したり、または微風を起こしたり、生活を便利にする魔法だそうだ。
 その他にはそれぞれの属性ごとの魔法系のスキルや、剣術や槍術など身体能力系、またテイムや気配察知などの特殊系スキル、料理や裁縫などの日常系スキルなど様々なスキルがあるらしい。

 その中で魅了は特殊系スキルに分類され、基本的には掛けた相手が自分に好意を持ち、好きなように操れるというスキルらしい。まあ好きなようにと言ってもレベルが低ければちょっと思考を誘導できる程度で、魅了を使っているとバレたらもう掛けることはできなくなるみたいだけど。

 俺のは常時発動のパッシブスキルでさらにレベルが高すぎることで、相手が俺に好意を持ちすぎて逆に俺が襲われるっていう謎現象が起こっていたみたいだ。魅了を意図的に使う練習をすれば、襲われる前に相手を止めることもできるので、これからは筋肉だるまに襲われることも多分ないと言われた。

 多分ってところがめちゃくちゃ怖いけどな……俺って魅了スキルだけはバカみたいなレベルと性能なのに、他のスキルは一つもないからマジで弱いのだ。物理的に襲われたら対処の術がない。しばらくはこの世界で暮らしていくなら、剣術のスキルぐらいは手に入れるために頑張るべきかな……一応ダンスをしてたし筋トレもしてたし、運動神経が悪いわけではないと思うんだけど。

「そろそろ五分経ったから検証を開始する。まずは魅了の効果範囲を調べるためにわしがリョータにゆっくりと近づく。わしが魅了にかかったところからリョータまでの距離を測れば、効果範囲が分かるだろう。リョータ、わしはお主になんぞ抱きつきたくないからな、絶対に言うことを聞かせて止めるんだぞ。声に魔力を乗せるんだからな」
「分かってます。俺もアンドレさんに抱きつかれる趣味はないので、全力で頑張ります」

 白髪のお爺ちゃんに好き好き言われながら抱き付かれるとか、さっきのムキムキ冒険者に押し倒されたのと同じレベルでトラウマになりそうだ。

「では行くぞ!」

 アンドレさんがゆっくりと歩みを進め、距離を測るためにその後ろをナタリアさんがついて行く。そうして歩みを進めること数十歩目、アンドレさんが右足を前に出した途端に動きを止めて、誰が見ても分かるほどに瞳をハートに変化させた。

「す、好きだぁ~!!」

 そしてそう叫びながら、俺に向かって一目散に駆けて来る。

「と、止まれ……!」

 俺はその光景に一瞬気圧されながらも、冷静に声に魔力を乗せるように意識してそう叫んだ。するとアルドレさんの体がビクッと震えてその場に止まる。まだ目はハートだけど俺の命令を聞いてくれているらしい。

「ゆっくりと後ろを向いて、俺から距離を取れ」

 その命令も忠実に守ってくれたようで、アンドレさんはぎこちない歩き方だけど俺から離れていった。そして先ほどアンドレさんが魅了にかけられた場所を超えると、突然動きが自然なものに戻る。

「これは……最悪じゃな。記憶があると言うのが本当に辛い」
「あの……検証に付き合ってくださってありがとうございます」

 かなり落ち込んでいる様子のアンドレさんに謝ると、アンドレさんは暗い表情だけど一応頷いてくれた。本当にこのスキルは誰も幸せにしないな……アンドレさんと同様、俺も思わず遠い目をしてしまった。
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