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第三章 農地改革編

109、実食

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 食堂の席に着いて皆で祈りを捧げ、まずは陛下が輪切りにされた茹で卵を口にした。茹で卵はいろんな調味料があったとしても、塩だけが一番美味しかったりするから、気に入ってもらえるはずだ。

「これは……美味いな。ほのかな甘みがある。この真ん中の部分、黄身と言ったか? こちらの方が味が濃い気がするな。白い方もどちらも初めて食べるような食感と味だ。しかし……とても美味しいことは確かだな」

 おお、意外と好感触だ。初めて食べるものだから、もう少し微妙な反応も予想していた。これからは慣れれば慣れるほど、美味しさを分かってもらえるだろう。

「私達も食べよう」
「そうだね。ではこちらの茹で卵から」

 ファビアン様と宰相様のその会話を聞いて、俺達は全員が茹で卵に手を伸ばした。

 うわぁ……これだよこれ、めっちゃ美味しい! いつも遠征の時に茹でて食べてたんだ。塩を多めにかけた茹で卵が本当に美味しいんだよな……

 ――やばい、ちょっと泣きそう。

 茹で卵を食べて泣くなんて絶対に変な人だと思われるので、俺は必死に我慢した。たまにハインツだった時のことを思い出して悲しくなるのを止めたい。

「美味しいね。癖になりそうな味かも」

 マティアスのそんな呟きを聞いて我に返り、無理やり過去のことは頭の片隅に押し込んで、今に集中することにした。

「分かる。この黄身の濃厚さが良いよね。コレットさんと料理長はどう?」
「とても美味しいです」
「興味深い食材だなと思います。しかし少し火を入れすぎたでしょうか?」
「確かに……もう少し茹で時間が短くても良いかもしれないね。上手くいくと半熟になって、それも美味しいんだって」

 俺は茹で卵は完熟一歩手前ぐらいが好きで、目玉焼きは半熟でトロトロが好きで、卵焼きはしっかりと火が通って焦げ目がついてるぐらいが好きだ。
 料理長が卵料理に慣れたら、リクエストして作ってもらおう。

「卵焼きは茹で卵と食感が全く違うな」

 陛下が茹で卵を食べ終わり、次は卵焼きにいったようだ。俺達もそれに続いて卵焼きに手を伸ばす。

「本当ですね。私はこちらの方が好きかもしれません」
「そうか? 私は茹で卵だな。この黄身の部分が好きだ」

 おおっ、美味しい。最後に焼いていた卵焼きを食べてみたら、ちょうど良い焼き加減になっていた。数回で上手く焼けるようになるなんて、さすが料理長だ。

「フィリップはどっちが好き?」
「凄く悩む二択だけど、どっちかと言えば茹で卵かな」
「そうなんだ。僕は卵焼きだなぁ」

 さすが親子だ。宰相様とマティアスは卵焼き派らしい。それ以外の皆は基本的に茹で卵の方が気に入ったみたい。多分塩しかないことも関係しているんだろう。卵焼きはもっと色々な調味料で味付けした方が美味しいから。

 それからじっくりと味わいながら卵料理を食べ進め、十分後には全ての料理を食べ終わった。

「うむ、全て美味しかった」
「フィリップ君、卵は人間の体に良い影響があるんだったよね?」
「はい。肉を食べるよりも卵の方がより体のためには良いかもしれません。そのぐらい素晴らしい食材なんです。毎日一個の卵を食べれば、健康維持に効果的です」

 前世では、卵を食べれば治癒院いらずとまで言われていたほどだ。だからこそ王宮魔術師の遠征では必ず持っていくものだった。

「それは、早急に数を確保したいな」
「ニワールを繁殖させるって話を聞いたけど、一定程度増やすには、どのくらいの期間が必要なんだい?」

 難しい質問だな……卵を孵化させたとしても、幼体から成体になるまで半年以上はかかる。一定程度というのを、この街で必要な量を賄える程度と仮定すると……

「一年はかかると思います」
「一年か……思っていたよりも早いね。それなら無理に森から捕まえてきたりする必要はないかな」
「そうですね。ただ繁殖に力を入れると、その間の食用とできる卵の数は必然的に減ってしまいます」

 繁殖させたいのも分かるけど、俺としては多めに食用にして、たくさんの卵料理を開発してほしいと思ってしまう。食文化の発展には時間がかかるのだ。
 料理はレシピを知っていても実際に作ったことがないものも多いし、料理人の皆に試行錯誤してもらう必要がある。

「これは難しい選択だね……一年間は卵を諦めて基本的には繁殖に力を入れるか、繁殖をやりつつも卵の流通を始めるか。陛下、いかがいたしますか?」
「私としては後者を押したい。今生きている者達が、その少量の卵で救われるかもしれないのだからな。よって王宮で収穫できた卵は、一定数を市井に流すことにしよう。ただ問題は、どのように卵を分配するかだ」

 確かにそこが一番の問題か……そもそも卵料理を全く食べたことがないのだから、平民達は買おうと思わないだろう。できる限り値段を下げるとしても、平民達にとっては高価なものになるだろうし。

 そうなると、卵をそのまま売らない方が良いのかもしれない。例えば屋台みたいなものを開いて、そこで料理という形で売るとか。

 ――それ良いかも。この国って食堂は全くないから、その先駆けになるかもしれない。外食産業は国を発展させると思ってたんだ。

「陛下、しばらくは卵をそのまま売るのではなく、卵料理店を開きそこで料理として売るのはどうでしょうか? そして数が確保できるようになったら、そのお店でそのままの卵も買えるようにして、さらに他の場所でも卵を売るようにしていけば良いと思ったのですが……」

 俺のその提案を聞いて、陛下は瞳を見開いた。予想外の提案という感じだ。この国には料理を売るという発想がほとんどないから、驚くのも当然か。

「それは考えたこともない手法だが、良いかもしれん。料理にしてしまえば卵一つを一人にという制限もなくなるし、より多くの者に食べてもらえるかもしれない。さらに価格も抑えられるだろう」
「卵料理店ですか……面白いですね。食堂の料理人から一人選んで任せますか?」

 陛下と宰相様はかなり乗り気みたいだ。卵料理店、飲食店を広める第一歩になりそうだ。

「そうだな。先ほど食べたものをメニューとするか?」
「そうですね……フィリップ君、他にも卵の料理はあるのかい?」
「もちろんございます。しかし最初は卵自体の美味しさを分かってもらうためにも、本日召し上がっていただいた料理が良いと思います。皆が卵料理に慣れてきたら、メニューを増やしていきましょう」

 他の卵料理を作るには、まだまだ足りないものが多いという現実もある。卵の存在が皆に受け入れられる頃には、他の卵料理も作れるようになってたら良いな。

「分かった。では卵料理を売る店を作ることにしよう。ファビアン、マティアス、そちらに頼んでも良いか?」
「もちろんです。できる限り早く開店できるように尽力します」
 
 そうして卵を市井にまで広めていくことが決まり、卵の試食会は終わりとなった。これでまたこの国が、そして何よりも食文化が発展するだろう。
 これから美味しいものが食べられるようになるのが楽しみだ。
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