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第三章 農地改革編

108、卵料理

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「まず卵はしっかりと洗ってありますが、それでも殻は綺麗ではありませんので、触ったら必ず手を洗ってください」

 卵はかなり美味しくて万能だけど、扱いを間違えると大変なことになるのだ。前世では基本的に、生で食べるのは厳禁だった。

「分かりました」
「その上で今回作っていただきたいのは三つの卵料理です。一つは割った卵をそのまま焼いた目玉焼き。二つ目は卵を溶いて成形して焼いた卵焼き。三つ目は卵を茹でた茹で卵です」

 料理長はそこまで説明を聞くと、調理台の上に置いた紙にメモを取った。料理長は得意ではないけど読み書きもできるらしい。

「まずは一番時間がかかる茹で卵からいきましょう。ゆで卵は鍋にお湯を沸かして、沸騰したら卵をそのまま入れます。そして十分ほど茹でたら取り出して冷水で冷やし、殻を剥いたら完成です」
「水の量はどれぐらいでしょうか」
「卵がしっかりと浸かるぐらいで大丈夫です」
「かしこまりました」

 料理長は鍋に水を汲んできて、すぐ火にかけた。水が少ないのでそんなに時間はかからないけど、お湯が沸くまでは十分ほどかかるらしい。

「では待っている十分で、卵焼きの準備もしてしまいましょう。卵焼きはまず器に卵を割り入れます。私が見本でやってみますね」

 卵の殻を一度も割ったことがない人に説明するのが難しくて、自分でやってみせたほうが早いと早々に諦めた。

「こうして卵を優しく持って、硬い台などに打ち付けます。そして少しだけヒビを入れたら、そこに親指で力を入れると上手く割れると思います。殻が器に入らないように気をつけてください」

 俺が割った卵は綺麗に器へと入り、艶々と黄色の輝きを放っている。この卵が美味しいんだよな……やばい、お腹が鳴りそう。

「このような中身になっているのですね。私もやってみて良いでしょうか?」
「もちろんです。打ち付ける時に強くしすぎると潰れてしまいますので、力は弱めでお願いします」
「かしこまりました」

 料理長は潰れると聞いたからか恐る恐る卵を手に持ち、かなり弱々しく卵を台に打ち付けた。いや、さすがに弱すぎてそれじゃ割れない。

「もう少し強くしてください。……もう少し、もう少し力を入れても大丈夫です」

 それから何十回目で、やっと卵に少しのヒビが入った。

「これで大丈夫でしょうか!?」

 料理長はさっきからかなり必死だ。俺は小さな子供が初めて卵を割る時のことを思い出し、思わず顔に笑みを浮かべてしまう。

「多分大丈夫です。ヒビが入ったところに親指で力を入れて、左右に卵を割ってください」
「は、はい。――おおっ、できました」

 苦戦した甲斐あって、上手く割れたみたいだ。料理長が割った方の卵も色が濃くて美味しそうだな。

「ではその卵をフォークで溶いて欲しいです。……私がやってみますね。こうして黄身を潰して白身と混ぜます。白身のドロっとしてるのがなくなるほど混ぜても良いですし、少し残しても良いですし、それは料理によってだと思います」
「やってみます。……意外と難しいですね」

 料理長の手付きがかなり辿々しい。卵をかき混ぜるのって、慣れてないと難しいのか。俺は遠征の時に空間石に卵を入れて持っていって、よく焼いたり茹でたりして食べていたから慣れている。

「これで良いでしょうか?」
「はい。十分だと思います。ではそちらは一度置いておいて、卵をお湯に入れましょう。お湯が沸いたようなので」
「あ、本当ですね。どのぐらいの時間茹でれば良いでしょうか?」
「これも好みによるのですが、十分も火を通せば完璧に火は通ります。ただ正確な時間を計るのは難しいので、大体で大丈夫です」

 この国では小型の時計がないので、料理で正確な時間を測るのがかなり難しいのだ。料理人の勘に頼るしかない。

「今日は初めてですので、長めに茹でておきます」
「それが良いと思います。では卵をお湯に入れたら、卵焼きを作ってしまいましょう。先程の卵を溶いたものを卵液というのですが、そちらに少し塩を入れて味をつけ、フライパンで焼くだけです。薄く焼いても良いですし、端に固めて分厚く焼いても良いですし、かき混ぜるように焼いて細かい卵焼きにしても良いですし、焼き方は色々あります」

 卵って焼き方一つで食感が全然変わって、味も違うように感じるから面白いのだ。ちなみに俺は甘めの厚焼き卵に醤油をかけて食べるのが好きだった。すりおろしたラディを載せても最高に美味しい。

「ではいくつか試してみようと思います。卵の特性を知るためには、どの焼き方が一番良いでしょうか?」
「そうですね……かき混ぜながら焼くのが一番良いと思います。炒り卵とも呼ぶのですが、卵に火が通る様子がよく分かるはずです」

 俺のその言葉を聞いて、料理長は緊張の面持ちで溶いた卵が入った器を手に取った。そしてフライパンにほんの少しだけ油を敷いてから卵を流し入れる。

「こんなにすぐ火が通ってしまうのですね!」
「気を抜くと焦げるので気をつけてください」
「わ、分かりました」
「多分そこの端の方、焦げています」
「えっ!?」

 それから料理長は卵に振り回されながら炒り卵を作り終えた。所々に焦げがあるけど、まあ許容範囲だろう。卵って意外と難しいんだよね。

「本当に難しいですね……」
「何度もやれば上手くなると思います。これから毎日、卵が手に入ると思うので」
「頑張って上手く作れるように努力します」

 それから料理長は次々と卵焼きを作っていき、それが焼き終わってから目玉焼きを作ってもらい、フライパンで焼くものは全て作り終わった。そしてその間に茹で卵が茹で上がり、今は冷まして殻を剥くところだ。

「一部にヒビを入れて、そこから少しずつ剥いてください。殻の内側に薄皮がありますので、それを使うと綺麗に向けると思います」
「……これも、難しいですね」
「卵料理はシンプルですが奥が深いんです。色々研究していただけたら嬉しいです」

 卵は本当に汎用性が高いから、これ一つで食文化が変わるほどのものだ。お菓子系とかは卵がなければ始まらないものも多い。そのうちお菓子も作りたいな……まずは砂糖を見つけないといけないけど。
 砂糖の原料はテンカという植物だ。気候的にこの街の周辺にはない気がしている。もう少し雨が降る地域になら自生してる可能性が高いし、いずれ探しに行きたい。

「完成しました!」

 それぞれの卵料理を人数分に切り分けてお皿に盛り付け、卵料理だけのプレートが出来上がった。全て味付けは塩だけど、見た目は凄く華やかだ。

「卵一つでこんなにたくさんの料理ができるなんて、本当に驚きだな」
「本当ですね……とても興味深い体験でした」
「早く食べてみたい。食堂に戻ろう」

 陛下のその声に従って、俺達は全員で食堂に戻った。ついに卵料理を実食だ。
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