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第三章 農地改革編

96、豪華な夕食

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 王宮を出て屋敷に戻ると、屋敷のエントランスにはマルガレーテとローベルトが椅子に座って待っていた。いつもはこんな場所に椅子なんてないから急遽持ってきたんだろうけど、何があったんだろう。

「二人ともどうし……」
「あにうえ! ひっく……っうえぇ、うわぁぁん」
「ちょっとローベルト、どうしたの!?」

 俺が疑問の言葉を言い終わらないうちに、ローベルトの瞳にみるみる涙が溜まって、珍しく声を上げて泣き出してしまった。こんな泣き方をしてるのなんて初めて見たかもしれない。

「お兄様、ごぶじで良かったです」

 マルガレーテも俺の下に駆け寄ってきて、ズボンをぎゅっと握り締めて離さない。もしかして、街の外に強い魔物が出たことを知ってるのかな。
 確かにかなりの振動や音を発生させていたし、気付いてもおかしくないか。それに俺が外にいたことで、誰かがうちの屋敷に情報を伝えてくれたのかも。

「あにうえ、……っ、お、おそとに、いたんでしょ? おけが、してない?」

 今思えば昨日の夜に嬉しくて、森に探索に行くって二人に話したのが失敗だったな。ずっと心配させちゃってたのか……悪いことをした。

「ローベルト、大丈夫だよ。二人ともおいで」

 泣きながら俺を見上げてくるローベルトを安心させるために、俺はその場にしゃがみ込んで両手を広げた。そしてマルガレーテと一緒にギュッと抱きしめる。

「二人とも泣かないで。俺は怪我もないし元気だから大丈夫。魔物は倒したからもう怖いやつもいなくなったよ」
「お兄様が、倒したのですか?」

 泣くのを必死に耐えて耐えきれていないマルガレーテにそう聞かれたので、背中を優しく撫でながら頷いた。

「騎士達や冒険者の皆に助けてもらって倒したんだ」
「お兄様、凄いです……」
「ふふっ、ありがとう」
「あにうえ、ちゅよいね」

 ローベルトは泣いているからか、最近良くなっていた滑舌が少し前に戻っている。

「そう。俺は強いからよっぽど規格外の魔物以外には負けないから大丈夫。それに仲間や助けてくれる人もたくさんいるからね」
「そっか……じゃあ、ぼくもあにうえをたすける!」
「ありがとう。心強いなぁ」
「私もです!」
「マルガレーテもありがとう」

 それからもしばらく二人と話をして、二人ともが落ち着いたところで立ち上がった。そして少し前から俺達の側に来てくれていた父上と母上に視線を向ける。

「ただいま戻りました」
「フィリップ、よく帰ったな。無事で良かった」
「おかえりなさい」

 そう言って優しい笑みを向けてくれる二人の存在に……俺は体に入っていた力が抜けていくのを感じた。さっきまでは戦いの興奮が収まっていなかったのか疲れを感じなかったけど、今はちょっと体が重い。

「疲れただろう。夕食まで部屋で休むか?」
「そうですね。そうさせていただきます」

 父上の提案に甘えることにして、俺はうちの屋敷用に一つ貰ってきた肉の詰まった木箱を使用人に渡し、まだ少し心配そうなマルガレーテとローベルトに手を振って自室に戻った。

 そして体を綺麗にしてベッドで寝ること一時間ほど。ニルスに夕食の時間だと起こされた時には、さっきよりもかなり疲れは抜けていた。

「フィリップ様、体調に問題ありませんか?」
「うん、大丈夫みたい。ニルスはどう? 休めた?」
「はい。私も一時間休ませていただきましたので、問題ありません」
「それなら良かった」

 酷使して少し痛くなり始めている体をストレッチしてほぐし、寝間着から私服に着替えて食堂へと向かった。食堂に入ると、既に席に着いていたマルガレーテとローベルトが嬉しそうに笑いかけてくれる。

「お兄様、大丈夫ですか?」
「あにうえ、もうつかれてない?」
「もう元気いっぱいだよ。心配してくれてありがとう」
「きょうはね、おおきなおにくなんだって!」

 ローベルトの興味は俺への心配よりも、既に今夜の夕食に向かっているらしい。確かにあそこまで大量の肉が手に入ることなんて、ほとんどないから気持ちは分かる。

「お肉楽しみだね。美味しいかな?」
「クロードが味見をして、美味しいと言っていました!」

 料理長が美味しいと言ってるのなら、かなり期待できそうだ。やっぱりステーキかな。滅多にない塊肉だし、見た目は質の良い赤身って感じで美味しそうだったし。あれはステーキとして食べなければ勿体ないだろう。

「お待たせいたしました」
「きたー!」
「美味しそう!」
「おおっ、良い香りだな」
「本当ね。それにとても美味しそうな見た目だわ」

 ワゴンに乗せて運ばれてきたのは、それぞれ手のひらサイズ以上の巨大なステーキだった。お皿の端には付け合わせのように、ジャモといくつかの焼かれた野菜が乗せられている。

「とても良いお肉でしたので、ステーキにいたしました」

 ハインツの時も食べたことがないジャイアントディアの肉だ。俺はワクワクと気分が高揚するのもそのままに、食前の祈りを捧げてカトラリーを手に取った。
 フィリップになってから、本当にナイフが必要な料理を初めて食べる気がする。そんなことにも感動しつつ、肉にナイフを入れて一口大に切り分けた。

 そして口に入れると……うわぁ、美味すぎる。噛めば噛むほど旨味が溢れ出してくるし、筋など一つも見当たらない。
 脂がそんなに乗っているわけじゃないのに、柔らかくて固さは感じない。これは凄い、ジャイアントディアってここまで美味しかったのか。

「これは相当美味しいね」
「ぼくこれだいすき!」
「私もです!」
「ここまで美味しい肉があるとは驚きだ」
「本当ね……こんなに美味しいなんて」

 塩味だけだけど、それがまた肉の旨みを引き立てている。これは下手にソースをかけたりしない方が美味しいはずだ。
 パンやコメが欲しくなるな……もちろんジャモにだって合うけれど、やっぱり俺に取って主食といえばパンとコメなのだ。

 ムギは見つかったからパンはそのうち作れるようになる。あとはイネを探さないと。あれは比較的降水量の多い地域で育てられていたから、もしかしたら王都周辺の森にはないのかもしれない。

「お兄様、美味しいですか?」
「うん、もちろん! 今まで食べたお肉の中で一番美味しいよ」

 思わず主食について考え込んでしまっていたら、マルガレーテが心配そうに声をかけてくれた。

「ですよね! 私もそう思います!」

 今は二人を心配させないためにも食事を楽しもう。また明日からの仕事の時に、新たな食材については悩めば良いのだから。

「ジャモと一緒に食べても合うね」
「お肉の味が濃いので、ジャモがいつもより美味しく感じます。肉汁につけたジャモが絶品です」
「分かる、最高だよね」

 この肉汁は今この国で一番美味しいソースかもしれない。野菜もいつもの倍は美味しい。

「今日は昼食を抜いてしまったから、より美味しく感じるな」
「そうなのですか?」
「ああ、ちょうどお昼時に街の外から大きな音が聞こえて振動が伝わってきて、ゆっくりと昼食を食べている場合ではなくなったからな」

 確かにちょうどお昼頃だったか。俺達が帰ろうとしてた時なんだし。そういえば俺もお昼を食べてなかったな……色々あって食べてないことを忘れていた。

「街中はどのような様子だったのでしょうか?」
「平民街は分からないが、貴族街では何が起きたのかと王宮に人が殺到していた。兄上に聞いた限りでは、平民街もパニックになりかけたらしいが、騎士達で上手く抑え込んだようだ」
「すごいね、どんって音がしたんだよ」

 ローベルトが両手を広げて音の大きさを表現してくれた。うん、大きさはよく分からないけど可愛い。

「怖かった?」
「……ちょっとだけ。あにうえがしんぱいだったから」
「そっか。心配してくれてありがとね」

 ローベルトって本当に良い子に育ってるよ……もちろんマルガレーテもだけど。俺の弟妹は世界一だと思う。

 そうして二人に癒されながら、家族皆と楽しい夕食を終えた。そしてその日は疲れを取るためにも、早めに眠りについた。
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