上 下
96 / 173
第三章 農地改革編

96、豪華な夕食

しおりを挟む
 王宮を出て屋敷に戻ると、屋敷のエントランスにはマルガレーテとローベルトが椅子に座って待っていた。いつもはこんな場所に椅子なんてないから急遽持ってきたんだろうけど、何があったんだろう。

「二人ともどうし……」
「あにうえ! ひっく……っうえぇ、うわぁぁん」
「ちょっとローベルト、どうしたの!?」

 俺が疑問の言葉を言い終わらないうちに、ローベルトの瞳にみるみる涙が溜まって、珍しく声を上げて泣き出してしまった。こんな泣き方をしてるのなんて初めて見たかもしれない。

「お兄様、ごぶじで良かったです」

 マルガレーテも俺の下に駆け寄ってきて、ズボンをぎゅっと握り締めて離さない。もしかして、街の外に強い魔物が出たことを知ってるのかな。
 確かにかなりの振動や音を発生させていたし、気付いてもおかしくないか。それに俺が外にいたことで、誰かがうちの屋敷に情報を伝えてくれたのかも。

「あにうえ、……っ、お、おそとに、いたんでしょ? おけが、してない?」

 今思えば昨日の夜に嬉しくて、森に探索に行くって二人に話したのが失敗だったな。ずっと心配させちゃってたのか……悪いことをした。

「ローベルト、大丈夫だよ。二人ともおいで」

 泣きながら俺を見上げてくるローベルトを安心させるために、俺はその場にしゃがみ込んで両手を広げた。そしてマルガレーテと一緒にギュッと抱きしめる。

「二人とも泣かないで。俺は怪我もないし元気だから大丈夫。魔物は倒したからもう怖いやつもいなくなったよ」
「お兄様が、倒したのですか?」

 泣くのを必死に耐えて耐えきれていないマルガレーテにそう聞かれたので、背中を優しく撫でながら頷いた。

「騎士達や冒険者の皆に助けてもらって倒したんだ」
「お兄様、凄いです……」
「ふふっ、ありがとう」
「あにうえ、ちゅよいね」

 ローベルトは泣いているからか、最近良くなっていた滑舌が少し前に戻っている。

「そう。俺は強いからよっぽど規格外の魔物以外には負けないから大丈夫。それに仲間や助けてくれる人もたくさんいるからね」
「そっか……じゃあ、ぼくもあにうえをたすける!」
「ありがとう。心強いなぁ」
「私もです!」
「マルガレーテもありがとう」

 それからもしばらく二人と話をして、二人ともが落ち着いたところで立ち上がった。そして少し前から俺達の側に来てくれていた父上と母上に視線を向ける。

「ただいま戻りました」
「フィリップ、よく帰ったな。無事で良かった」
「おかえりなさい」

 そう言って優しい笑みを向けてくれる二人の存在に……俺は体に入っていた力が抜けていくのを感じた。さっきまでは戦いの興奮が収まっていなかったのか疲れを感じなかったけど、今はちょっと体が重い。

「疲れただろう。夕食まで部屋で休むか?」
「そうですね。そうさせていただきます」

 父上の提案に甘えることにして、俺はうちの屋敷用に一つ貰ってきた肉の詰まった木箱を使用人に渡し、まだ少し心配そうなマルガレーテとローベルトに手を振って自室に戻った。

 そして体を綺麗にしてベッドで寝ること一時間ほど。ニルスに夕食の時間だと起こされた時には、さっきよりもかなり疲れは抜けていた。

「フィリップ様、体調に問題ありませんか?」
「うん、大丈夫みたい。ニルスはどう? 休めた?」
「はい。私も一時間休ませていただきましたので、問題ありません」
「それなら良かった」

 酷使して少し痛くなり始めている体をストレッチしてほぐし、寝間着から私服に着替えて食堂へと向かった。食堂に入ると、既に席に着いていたマルガレーテとローベルトが嬉しそうに笑いかけてくれる。

「お兄様、大丈夫ですか?」
「あにうえ、もうつかれてない?」
「もう元気いっぱいだよ。心配してくれてありがとう」
「きょうはね、おおきなおにくなんだって!」

 ローベルトの興味は俺への心配よりも、既に今夜の夕食に向かっているらしい。確かにあそこまで大量の肉が手に入ることなんて、ほとんどないから気持ちは分かる。

「お肉楽しみだね。美味しいかな?」
「クロードが味見をして、美味しいと言っていました!」

 料理長が美味しいと言ってるのなら、かなり期待できそうだ。やっぱりステーキかな。滅多にない塊肉だし、見た目は質の良い赤身って感じで美味しそうだったし。あれはステーキとして食べなければ勿体ないだろう。

「お待たせいたしました」
「きたー!」
「美味しそう!」
「おおっ、良い香りだな」
「本当ね。それにとても美味しそうな見た目だわ」

 ワゴンに乗せて運ばれてきたのは、それぞれ手のひらサイズ以上の巨大なステーキだった。お皿の端には付け合わせのように、ジャモといくつかの焼かれた野菜が乗せられている。

「とても良いお肉でしたので、ステーキにいたしました」

 ハインツの時も食べたことがないジャイアントディアの肉だ。俺はワクワクと気分が高揚するのもそのままに、食前の祈りを捧げてカトラリーを手に取った。
 フィリップになってから、本当にナイフが必要な料理を初めて食べる気がする。そんなことにも感動しつつ、肉にナイフを入れて一口大に切り分けた。

 そして口に入れると……うわぁ、美味すぎる。噛めば噛むほど旨味が溢れ出してくるし、筋など一つも見当たらない。
 脂がそんなに乗っているわけじゃないのに、柔らかくて固さは感じない。これは凄い、ジャイアントディアってここまで美味しかったのか。

「これは相当美味しいね」
「ぼくこれだいすき!」
「私もです!」
「ここまで美味しい肉があるとは驚きだ」
「本当ね……こんなに美味しいなんて」

 塩味だけだけど、それがまた肉の旨みを引き立てている。これは下手にソースをかけたりしない方が美味しいはずだ。
 パンやコメが欲しくなるな……もちろんジャモにだって合うけれど、やっぱり俺に取って主食といえばパンとコメなのだ。

 ムギは見つかったからパンはそのうち作れるようになる。あとはイネを探さないと。あれは比較的降水量の多い地域で育てられていたから、もしかしたら王都周辺の森にはないのかもしれない。

「お兄様、美味しいですか?」
「うん、もちろん! 今まで食べたお肉の中で一番美味しいよ」

 思わず主食について考え込んでしまっていたら、マルガレーテが心配そうに声をかけてくれた。

「ですよね! 私もそう思います!」

 今は二人を心配させないためにも食事を楽しもう。また明日からの仕事の時に、新たな食材については悩めば良いのだから。

「ジャモと一緒に食べても合うね」
「お肉の味が濃いので、ジャモがいつもより美味しく感じます。肉汁につけたジャモが絶品です」
「分かる、最高だよね」

 この肉汁は今この国で一番美味しいソースかもしれない。野菜もいつもの倍は美味しい。

「今日は昼食を抜いてしまったから、より美味しく感じるな」
「そうなのですか?」
「ああ、ちょうどお昼時に街の外から大きな音が聞こえて振動が伝わってきて、ゆっくりと昼食を食べている場合ではなくなったからな」

 確かにちょうどお昼頃だったか。俺達が帰ろうとしてた時なんだし。そういえば俺もお昼を食べてなかったな……色々あって食べてないことを忘れていた。

「街中はどのような様子だったのでしょうか?」
「平民街は分からないが、貴族街では何が起きたのかと王宮に人が殺到していた。兄上に聞いた限りでは、平民街もパニックになりかけたらしいが、騎士達で上手く抑え込んだようだ」
「すごいね、どんって音がしたんだよ」

 ローベルトが両手を広げて音の大きさを表現してくれた。うん、大きさはよく分からないけど可愛い。

「怖かった?」
「……ちょっとだけ。あにうえがしんぱいだったから」
「そっか。心配してくれてありがとね」

 ローベルトって本当に良い子に育ってるよ……もちろんマルガレーテもだけど。俺の弟妹は世界一だと思う。

 そうして二人に癒されながら、家族皆と楽しい夕食を終えた。そしてその日は疲れを取るためにも、早めに眠りについた。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。 地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。 俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。 だけど悔しくはない。 何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。 そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。 ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。 アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。 フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。 ※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

処理中です...