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第三章 農地改革編

90、緊急事態

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「皆、そろそろ帰ろうか。今日は凄い収穫だったよ」
「フィリップ様が選ばれたものは全て食料となるのですよね?」
「そうだよ。これを畑で育てられるようになれば、美味しい料理がたくさん食べられるようになると思う」

 俺がテンション高くそう告げると、皆もそれに釣られたのか顔を綻ばせた。トマとギムがあればトマソースに絡めたパスタだって出来るかもしれない……夢が広がる。
 今回こうして安全に森へと入れたのだから、これから何度も探索に来れるだろう。それで今日は採取できなかった植物も全て採取して、さらに奥に行って香辛料も見つけたいな。

「フィリップ様、森を出るまでは気を抜かないでください」
「そうだね、ごめん。気を引き締めるよ」

 ニルスに注意されて浮かれた気持ちを引き締めた。こういうのは大体気が緩む帰り道が危ないのだ。前世で散々そのことを実感していたのに、忘れて皆を危険に晒すところだった。

「最後まで気を抜かずに帰ろうか」
「かしこまりました」

 それからは皆で集中して、今度は印を辿って街に向かって歩き出した。そうして歩くほど一時間ほど、行きと同様に何の問題も起きずにスムーズに進めている。俺はその事実に安堵しつつも、どこか違和感を覚えていた。
 こんなにも魔物に遭遇しないなんてこと……あるのだろうか。実は今日森に入っている数時間、一度も魔物に遭遇していないのだ。最初は幸運だと思ってたけど、ここまで魔物の姿を見ないのはさすがにおかしい。

 もしかしたら強い魔物がいて、弱い魔物がこの近くから逃げてるとか……そんな考えが頭をよぎり、背中をつぅと冷や汗が流れた。
 いや、たまたま魔物が少ないって可能性の方が高いだろう。ここは街に近い場所だ、強い魔物は森の奥にいることが多いはず。

 俺は自分にそう言い聞かせて、悪い予感を振り払おうとした。皆に危機感を共有することは……やめておいた。悪い予感がするなんてただの勘だし、いたずらに怖がらせるのも良くないと思ったのだ。

 そうして緊張しつつも森を進んで行き、そろそろ森を抜けられる、やっぱりただの杞憂だったんだと安堵したその瞬間、遠くから木々が薙ぎ倒される音が聞こえてきた。
 その音を聞いて先頭を歩く冒険者がピタリと動きを止めて、何人かが先行して事態の確認に向かう。それからしばらくして戻ってきた冒険者は、顔を強張らせて魔物がいるという合図を送ってきた。

 やっぱりか……冒険者が顔を強張らせてるってことは、すぐに倒せるような魔物じゃないってことだ。俺が一人で倒せる魔物だったら良いけど、そうじゃない場合はかなり厳しい状況になる。魔法陣魔法を使える人は増えたけど、俺と同等まで熟練度が上がった人はまだいないのだ。

「フィリップ様、見たことのない魔物がいます。複雑で大きなツノを持ち、体も相当な大きさです。ツノで木々を薙ぎ倒しながら移動しているらしく、魔物が通った後は森が開けているほどです。今は俺達に気づいているのか分かりませんが、立ち止まっています」

 一人の冒険者が俺達のいるところにまで下がってきて、報告をしてくれた。複雑で大きなツノ、木々を薙ぎ倒すほどの大きさ……それって、もしかして。

「四足歩行で足が長い? 茶色に白っぽい斑点模様がある?」
「おっしゃる通りです。知っておられるのですか?」
 
 ……ヤバい、それはヤバい。多分だけど、ジャイアントディアだ。フォレストディアの突然変異種なんじゃないかと言われていたけど、目撃数が少なすぎてほとんど情報はない。
 とにかく大きなツノが硬くて、あれを振り回されると攻撃を仕掛けるのも難しく撃つ手がないんだ。

 どうすれば良い、ここは街にかなり近い場所だ。このまま見つからないように迂回すれば俺達は街に帰れるかもしれないけど、ジャイアントディアが街を襲ってきたら城壁なんて破られてしまうだろう。
 そうなったら、王都は終わりだ。せっかくここまで持ち直したのに。

 俺は直接戦ったことはないけど、前世で一度だけ街の近くで発見されたことがあったはず。あの時は確か……倒さず森の奥に誘導したんだ。同僚がその作戦に参加して、なんて言ってたっけ。

 思い出せ、思い出せ。確か……そうだ、雷属性が得意だからってあいつは召集されたんだ。ジャイアントディアはツノで静電気ほどの微弱な電気を感知して、獲物を狙ってるって話だったはず。
 だからその能力を逆手にとって、強い雷を発生させて驚かせるとか、確かそんな方法を取るって聞いたような聞かなかったような……ああ、よく覚えてない!

 でも可能性があるならやってみるべきだ。ジャイアントディアよりも街側で雷属性の魔法を使えば、もしかしたら森の奥に逃げてくれるかもしれない。

「まだ気付かれてないかな?」

 俺がそう尋ねると、その冒険者は少し先にいるリーダーとハンドサインでやり取りをする。

「気付かれている可能性が高いとのことです。まだ距離はあるけど、こちらを見られていると」

 それは確実に気付かれてる……でもジャイアントディアは動きがそこまで素早くないことだけが救いだ。とりあえず全力で後ろに撤退してからジャイアントディアの後方に迂回して森を抜けて、街とジャイアントディアの間に立ち位置を変えたい。
 そこでジャイアントディアが街から離れてくれればそのまま放置、街に向かってくるようなら迎え撃つしかない。

 俺はその考えを皆に伝えて、タイミングを合わせて一斉に森の奥へと駆け戻った。すると俺達が動いたのが分かったのか、後ろでジャイアントディアが動き始めた音がする。

「あいつなんなんだよ、怖すぎる!」
「おいっ、声を出したら気付かれるだろ!」
「もう気付かれてるよ!」

 恐怖からか冒険者や騎士がそんな会話をするのを聞きつつ、かろうじて隊列は維持してひたすらに走る。そして適当なところで右に曲がり、一度も通っていない森の中を進んでいった。

「うわっ、なんだ、森を抜けたのか!?」

 突然開けた視界に皆が驚き一瞬足を止める。しかしそこは森の出口ではなくて、ジャイアントディアが作った道だった。後ろ側に回り込んだのだからここに出るのは当然だ。

「まだ森は抜けてないから走って! 多分もう少しだから!」
「はいっ!」

 俺の叫びに我に返った皆はまた全力で森を走り、なんとか森から抜け出すことに成功した。しかしいまだにジャイアントディアの足音や木々が薙ぎ倒される音は聞こえてくる。
 多分これは近づいてきてる……しかも荒々しい音になってるから、ジャイアントディアは興奮状態かもしれない。

 はぁ……なんでこんなところにいたのか、運が悪い。でも考え方を変えれば、知らないうちに街が襲われていた可能性もあったのだ。それよりはましだったとも言えるかもしれない。ジャイアントディアのことを知っている俺が一番に遭遇したのは幸運だった……そう思っていないとやってられない。

「皆、多分こっちに来るから、森から顔を出した瞬間に俺が雷属性の魔法を放つ。あの魔物はジャイアントディアって言うんだけど、雷が苦手なんだ。だからそれで森の奥に帰ってくれるかもしれない」
「もしそれでダメだった場合は、どうすれば良いのでしょうか?」
「……その時は、街から離れるように誘導しつつ、とにかく魔法で攻撃するしかない。あのツノを振り回す攻撃に当たれば一撃で助からないだろうから、近づく攻撃はできない。だから剣は意味がないんだ。あのツノはジャイアントディアの後ろ側まで伸びてて、全方向を攻撃してくるから」

 俺しか魔法陣魔法を使えない状況では絶対に倒せなかった。でも不幸中の幸いで、今は攻撃魔法を使える人がかなりの数いる。しっかりと距離をとりつつ攻撃していけば、いずれは倒せるはずだ。そう信じたい。
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