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第二章 王都改革編

88、魔道具工房

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「次はこれから先の授業について話をしたい。今日街の外で攻撃魔法の練習をしたと思うけど、実はあれって騎士や冒険者でなければそこまで必要ない技術なんだ。特に魔道具師としての職務上は一切必要ない」
 
 才能のある平民と文官にも今日の授業に参加してもらった理由は、自分の力を過信してほしくなかったからだ。攻撃魔法を発動できるようになったというだけで、安易に魔物を倒せると思って街の外に出て、結局魔物にやられてしまったら後悔してもしきれない。

 だからこそ今の実力ではただ発動できるだけなんだと、静止している木にさえ当てるのは大変なんだということを実感してもらう予定だった。予想外に魔物が出てきて大変だったけど、それによって魔物に敵わないんだということを認識してもらえたから結果的には良かったと思う。

「だからこれからは神聖語と魔法陣構築練習の時だけ参加してもらって、それ以外は仕事を優先にしても良いかなと思ってるんだけど、皆の意見を聞かせて欲しい。もちろん攻撃魔法も身に付けたいって人がいたら、授業参加を止めることはしないよ」

 俺のその提案に、七人はそれぞれ別々の反応をした。皆の意見を順番に聞いていくと、若い人の方が攻撃魔法を身に付けたいと思う傾向にあるようだ。
 確かにこれから先に長い人生があれば、少しでも安全性を高めたい、武器を得たいと思うのは当然か。

「じゃあ参加したい人は攻撃魔法の授業に参加、そっちに参加しない人は自由時間にしよう。これに異論がある人はいる?」
「はい。なぜ自由時間なのでしょうか。仕事はしないということですか?」
「うん。皆には同じ給金をあげる予定だから、仕事の時間は同じにした方が良いと思って。もちろん自由時間に魔道具作製の練習がしたいとか、そういう声には応えるよ」

 俺のその返答に満足してもらえたのか、それ以上は反対意見が出ることもなく、授業の参加について今後の方針は決まった。
 そして一旦そこで話に区切りがついたところで、マティアスが契約書を取り出しながら口を開く。

「じゃあ早速だけど、契約を済ませちゃっても良いかな。皆も書面で契約できると安心するでしょう?」
「確かにその方が良いね」
「よろしくお願いいたします」

 書面で契約することに関して誰からも反対意見が出ないことを確認して、マティアスがそれぞれの前に二枚ずつ紙を置いた。

「しっかり内容を読んでから問題なければ署名をして欲しい。何か質問があったら些細なことでも遠慮なく聞いてくれて構わないよ」

 それからは皆が内容をしっかりと確認し、最終的に全員が署名をしてくれた。国側の署名は工房長のシリルだ。シリルも工房長として雇われたことで、かなり立場が上になった。

「これで全員契約完了だ。一枚は各自で保管をしてもらって、もう一枚は国で保管しておくね」
「かしこまりました」


 そうして無事に契約も済んだところで、俺達は会議室を出て魔道具工房に向かった。魔道具工房は中央宮殿にあった使われていなかった小ホールを改装して作ったので、結構な広さを誇っている。一ヶ月ほど前から少しずつ家具や道具を運び込んでいたので、すでに準備は万全だ。

「そういえば、フィリップの魔道具作製部屋はどうするんだ?」

 工房に向かってる途中で執務室前の廊下を通り過ぎたからか、ファビアン様にそう問いかけられた。

「あの部屋はそのまま残しておこうと思っています。もちろん魔道具工房の方にも私の席はあるのですが、私がいると少なからず皆が緊張するでしょうから、一人で魔道具作製できる部屋が欲しいのです」
「確かにそれもそうか。魔道具作りは気が散るとダメだというしな」
「はい。なのでそのまま残しておきます」

 皆が俺に完全に慣れたらいらなくなるかもしれないけど、そうなったとしても魔道具研究に使う部屋にしたり、魔道具工房の倉庫にしたりと使い道はあるだろう。

 そんな話をしているとすぐに工房へと到着した。入り口の大きな扉を開いて皆で工房の中に入ると、たくさんの机が設置されているのが目に入る。

「……思ったより、狭くないか?」

 まず口を開いたのはファビアン様だ。確かにここを見ただけだと狭いって感想になるよね。

「実はホールを二つに分けてるんです。ここは魔道具に刻む魔法陣を考えたり、魔道具作製以外の仕事をする部屋です。奥に扉があるのですが、その奥が作業スペースです」
 
 そう説明をして皆を奥に促すと、奥の部屋に入った皆から感嘆の声が上がった。

「凄く広いですね」
「何だかワクワクします」

 窓が締め切られていて薄暗いので順に開けていくと、室内が明るい光に照らされた。この部屋には窓がたくさんあり、作業机は窓からの光で手元が見やすいように設置されている。そして真ん中には道具置き場としてのテーブルと棚がある。

 本当は雷属性の魔道具である雷球があったら窓なんて気にせず室内が明るくなるのだけど、窓を開ければ明るいし、夜や雨の日には燭台を使えば不便だけど生活ができなくはないからと後回しにしていた。
 ただそろそろ作っても良い頃かもしれないな……魔道具作製は燭台の光では見づらくてできないし、あの薄暗い明るさがずっと嫌だと思っていたのだ。

 雷球には高価なガラスが必要になるけど、今の王家ならお金もあるし作れるだろう。もし国庫が少なくなったとしても、雷球を貴族向けに売り出せば大丈夫なはずだ。
 ここ数ヶ月で地方の改革も進んでるし、これから国が豊かになれば自ずと貴族も豊かになる。さらに騎士達が魔法陣魔法を使いこなせる目処も立ってきたことで、鉱山から鉱石の産出量も増やしていけるだろう。多分これからお金の心配は要らなくなる。

 ……ちょうど良いから魔道具工房の第一作目を雷球にしようかな。俺がどんな魔道具なのか、またどんな魔法陣にするのかヒントを与えて、皆に雷球の開発に挑戦して貰えば、全員の実力向上につながりそうだ。

 そこまで考えたところで俺は飛ばしていた思考を今に戻し、工房内を興味深げに見回っている皆に視線を向けた。

「席はまだ決めていないんだけど、道具はそれぞれに馴染ませた方が良いから席も固定にしようと思ってるんだ。どの席が良いか希望はある?」

 俺のその提案に、皆は部屋の中を今一度ぐるりと見回して困惑したような表情を浮かべた。……まあそうか、どこが良いかなんて分からないよね。というかほとんど差はないし。

「俺が決めちゃっても良い?」
「その方がありがたいです」

 皆が頷いてくれたので、適当に近くにいた人から順に端から席を割り当てていった。人数が増えることも見越して多めに席はあるので、まだ半分ほどしか埋まらない。

「それぞれ席に座ってみてくれる? 机の上にあるのが魔道具作製に必要な道具で、それは支給だからもう皆の物だよ。大切に扱ってね」

 机の上にあるのは桶と固定板、そして細かい道具が入った木箱だ。木箱の中には鉄ペンやノミ、金槌、ヤスリ、刷毛などが入っている。

「ペンとインクは授業で配ったものをそのまま使って欲しい。紙は真ん中のテーブルに置いてあるから、必要に応じて必要な分だけ持っていって使ってね」
「これら全てをいただけるのですか……」
「もちろん」

 俺の返答を聞いて、皆は瞳を輝かせて道具類を手に取った。この国の現状ではこういう道具もかなり高価だから、それが支給というのは凄いことなのだろう。大切に扱ってくれそうで良かった。

 それからは軽く仕事の流れや道具の使い方などを説明して、工房を出てからは食堂や執務室、その他文官達が働いている部屋などを回って中央宮殿を案内した。
 そして明日から早速仕事を始めるからと、仕事の開始時間だけを周知して今日は解散となった。これでやっと魔道具工房が本格始動だ。これからは魔道具によってもっと生活が豊かにできる、楽しみだ。
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