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第二章 王都改革編

84、将来の話

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 俺の将来がどうなるのかはずっと不安に思っていた。ティータビア様に選ばれた使徒という立場は有難いものだけど、それに伴う厄介事は多いからだ。
 公爵位を継いだらファビアン様と対立関係に仕立て上げられるかもしれない。それがどうしても嫌で、父上に爵位の継承を辞退したいと伝えようと思っていたこともある。

 しかし結局は決心できずに、ここまで先延ばしにしてしまっていた。それがまさか、父上の方から提案してくれるとは……改めて本当に良い親だと思う。
 俺がこのまま公爵位を継いだら、ライストナー公爵家の発言力は一気に増すだろう。煩わしいことは多いと思うけど、それ以上に利点もあるはずだ。しかし父上はそんなこと一切考えていないようで、とにかく俺の幸せを願ってくれている。その事実が本当に嬉しい。

「父上、私は公爵位を継ぐべきでない、そして継ぎたくないと思っています。やはり一番の理由としては、国内で争いが起こるのを避けたいからです。そして私個人の気持ちとしても、ファビアン様と対立したくはありません。ファビアン様はとても素晴らしいお方です。あの方が次代の国王であることは、この国にとってとても有益なことだと思います」
 
 俺がそんな本心を打ち明けると、父上は少しだけ表情を緩めて頷いてくれた。こうして子供の意見を尊重してくれる貴族がどれだけいるのか……フィリップになれて良かったと、この家族の一員になれて良かったと何度でも思う。

「そうか、フィリップの気持ちは分かった。ではその方針でこれから先の話をしても良いか?」
「はい。よろしくお願いします」
「まずはフィリップが公爵位を継がない場合、成人後のフィリップの立場がどうなるのかについてだ」

 爵位を継がない場合、一番の心配がそこだ。基本的に爵位を継がない貴族はどこかの貴族へ嫁ぐか婿入りするか、それ以外は自分の力で生きていくしかない。もちろん実家の援助がある人は多いのだろうけど、騎士になったり文官になる者がほとんどだ。

 俺の場合は特殊な立場すぎて婿入り先なんて見つからないだろうし、文官になるのが第一候補で、楽観視して爵位がなくても宰相補佐として雇い続けてもらえないかとも考えていた。また孤児院に勤めたり、これから作る予定の治癒院で働いたり、冒険者なんかもありかなと色々と想像はしていた。

「どんな仕事をしようかなと考えてはいました」
「……どんな仕事とは、具体的にはどのようなものだ?」

 父上の不思議そうな表情にさっき思い浮かべた仕事を挙げると、父上は途中から微妙な表情を見せ始める。何か間違ってるのかな……爵位を継がない場合にはよくある選択肢だと思うけど。

「フィリップ、一つ認識が間違っている。フィリップは公爵位を継がなかったとしても、爵位をもらうことはできるぞ」
「え、そうなのですか!?」

 それは考えてなかった……公爵位を継がないのなら、貴族子息という肩書きがある平民という立場になるのだと信じて疑っていなかった。

「ああ、フィリップの功績は計り知れないからな。兄上とも話し合ったのだが、侯爵位を与えることすらも容易い」
「侯爵位!?」

 それって一般的な爵位の最上位じゃないか。確かに俺がこの世界にもたらした恩恵は大きいのかも知れないけど、いろんな人に手伝ってもらったし、あまり凄いことをしたという認識はなかった。

「あの父上、私が侯爵になってしまったら、結局は争いが起きるのではないですか?」
「いや、公爵と侯爵には絶対に埋まらない溝がある。やはり公爵は王家の血族しかなれないからこそ、特別な立場なのだ。貴族達もそれを理解しているからこそ、侯爵となったフィリップを王にと推す者はほとんどいないだろう」

 確かにそうか……じゃあ俺は煩わしいことをほとんど全て排除した上で、ほぼ変わらない身分が得られるということになる。そんな至れり尽くせりで良いのかな。

「フィリップは侯爵位ならば受け取るか?」
「それは……その……」

 こんなにありがたい話には即答するべきなのだろう。でも俺が侯爵になったら、ティナは諦めないといけないよね……俺が爵位を継がない場合なら可能性はあるって思ってたのに。

「何か躊躇う理由があるのか?」

 父上にティナの話をした方が良いのだろうか。でも……ティナの気持ちも分からないのにここで話したとして、結局振られたら格好悪すぎる。
 そうして俺がぐるぐると悩んでいると、父上から衝撃的な名前が発せられた。

「ティナという少女のことか?」

 父上……まさか知ってるの!? 確かにニルスとフレディは俺達のやりとりを見てるし、ダミエンにだって気付かれた。マティアスとファビアン様も知ってるし、そう考えたら父上が情報を得ようとすれば簡単か。

 ほとんど毎週ティナのところに行ってたからな……どんな関係なのかと不思議に思われても仕方ないのかも知れない。

「どこまで知っているのですか……」

 恥ずかしくて俯きながら小声で呟くと、父上から楽しそうな雰囲気が伝わってくる。父上もマティアスもファビアン様も、皆他人事だと思って楽しんでるよね!

 はぁ……でもこの雰囲気なら頭ごなしに反対されるわけじゃなさそうだし、そこは良かった。本当に良かった。
 顔が赤くなっているのを自覚しつつ俯くのを止めて父上と視線を合わせると、そこにあった父上の表情が予想以上に優しくて、思わず驚いて固まってしまう。

「フィリップがティナという少女のことを好いているのはマティアスから聞いたな。それからダミエンという孤児院の院長からも。まだ気持ちは打ち明けていないようだが」
 
 マティアスとダミエンか……まあ分かる、王弟であり公爵でもある父上から聞かれたら答えるよね。それは分かるけど……もう全部バレてると思った方が良いな。

 俺は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、再度父上と視線を合わせて口を開いた。

「おっしゃる通り、私はティナが好きです。ティナも同じ気持ちを持ってくれたら良いなと思っています。……そのため、先程は即答できませんでした。ティナは孤児ですから私が爵位を継がなければ……と思っていたのです」
「そうか、しかしその心配はいらないぞ。侯爵ならばティナを伯爵家の養子にでもして嫁がせることは可能だ。まあ少し無理矢理になるかもしれないが、前例がないわけでもない。それにティナは教会にいたのだろう? 使徒であるフィリップとお似合いだとか理由をつけることも難しくない」

 まさか、そうなのか、侯爵なら可能なのか……前世の基準で考えてたから絶対無理だと思ってたけど、そういえばこの国って意外とその辺が緩いんだった。養子も頻繁に行われてたな。

「父上、ではティナを選んだとしても応援してくださるのですか? もちろんティナの気持ち次第ですが」
「ああ、もちろんだ。ヴィクトリアも私と同じ気持ちだ」

 父上と母上に応援してもらえるなんて……考えてもいなかった。良い両親だから表立って強く反対はされなくても、実際はよく思われないだろうと、そう思っていた。

 俺は本当に嬉しくて、父上が俺のためにここまで考えて陛下と母上と話し合いまでしてくれたことに感動して、思わず瞳に涙が浮かんでしまう。

「ありがとう、ございます……」
「私達はフィリップの親なのだから、子供の幸せを願うのは当然だろう?」
「はい、はい……本当にありがとうございます」
「もういいから泣くな。私がヴィクトリアに叱られてしまうだろう?」

 俺は父上のその言葉に何とか涙を止めて、笑顔を浮かべることに成功した。そして二人で母上が怒っているところを想像して一緒に笑う。母上はいつも穏やかで優しい人だけど、たまに怒ると怖いのだ。

「怒られないように気をつけないとですね」
「ああ、ヴィクトリアは怖いからな。……それでフィリップ、侯爵位を受け取ってくれるか? もちろんすぐにという話ではなく、フィリップが成人する時にとなるだろうが」

 父上のその問いかけに、今度こそしっかりと頷いて答えた。

「もちろんです。ありがたく頂戴いたします」
「それは良かった。ではその方向で兄上と話を進めよう。しかしフィリップ、ティナを妻としたいのなら少なくとも二、三年以内には気持ちを確認して、伯爵家の養女となっても良いか確認しなければいけないぞ」
「かしこまりました」
「もし振られたり気持ちが変わったりしたらすぐに言ってくれ、婚約者を決めなければいけないからな」

 そう言った父上は、悪戯を思いついた子供のような顔をしていた。父上も確実に俺のこと揶揄って楽しんでるよね。

「……かしこまりました」

 そうして恥ずかしい思いもしたけど、俺にとっては将来が明るく開けた話し合いを終え、俺は執務室を後にした。
 これから先の予定が決まると少し心が軽くなるのは本当なんだな。
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