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第二章 王都改革編

75、石鹸工房

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 昨日はダミエンと仲良くなれてティナへの大きな心配事も一つ減り、俺はいつもより軽い足取りで王宮を歩いていた。するとちょうど少し先をシリルが歩いているのが見える。

「シリル、おはよう」

 俺がそう声をかけると、シリルは振り返って朝にふさわしい爽やかな笑みを浮かべてくれた。

「フィリップ様、おはようございます。昨日のお休みはどうでしたか?」
「実は孤児院に行って来たんだ。ダミエンとたくさん話をしたんだけど、ダミエンって初対面の印象とかなり違う性格なんだね」

 俺が昨日のことを思い出しつつそう言うと、シリルはわずかに首を傾げた。思い当たることがないとでも言うような雰囲気だ。

「……そうでしょうか?」
「うん、え、あのさ……シリルの中でダミエンってどんな感じ?」

 もしかしてダミエンの素を知らないのか、そんな疑問が湧いて来た俺は、一応昨日のことは隠してそう聞いてみた。

「ダミエンは真面目で優しくて、子供が好きな弟です」

 するとそんな言葉が返ってくる。ダミエンが結構遊んでて優しいだけじゃないって側面、本当に知らないのかもしれないな……でも俺にだって普通に明かしてくれたんだから、家族の前で隠してるってことはないだろう。
 そうなると、単純にシリルが気づいてないのかもしれない。確かにシリルって少し天然っぽいところあるよね……裏表なく純粋だし。

「そうだよね。……俺はもっと真面目一辺倒みたいな感じだと思ってたら、意外と融通が効く性格なんだなって昨日思ったんだ」

 とりあえず嘘は言ってないし、ダミエンの個人情報を隠すことに成功したはず。シリルが俺のその言葉に嬉しそうに微笑んでいるから大丈夫だろう。
 家族のことを他人から知らされるのって嫌だろうし、ダミエンのことにはあまり突っ込まない方が良いかな。

 ……まあ隠すほど悪いものでもないんだけど。真面目な部分も子供好きな部分も優しい部分も、そして少し意地悪なところも遊んでるところも、全部ダミエンを構成する大切な要素だ。
 そういえば昨日聞かなかったけど、結婚には興味がないってまだまだ遊びたいからってことなのかな……そうだとしても、そこは個人の自由と家族が考えることだから良いけどね。

「シリル、今日は石鹸工房設立のために話し合いがあるから、製氷器作りは一人になっちゃうけどよろしくね」

 俺は話を切り替えるためにも、今日の仕事のことに話を移した。するとシリルは疑問を抱かずに、話題変更に乗ってくれる。

「かしこまりました。製氷器を一つ作ったら、空間石の練習と神聖語の勉強をしていれば良いでしょうか?」
「うん、それでお願い。終業時間になっても話し合いが終わってなかったら、自由に帰って良いからね」

 シリルとそこまで話したところで執務室に到着する。そして二人で中に入り皆に挨拶をしてから、シリルは早速隣の魔道具作製部屋へと向かった。俺はファビアン様とマティアスと共に端のソファーに腰掛ける。

「フィリップ、石鹸は大絶賛だったぞ。特に気に入ったのは母上で、今すぐ増産するようにと言われた」
「本当ですか。それならば良かったです」
「僕の屋敷でも凄い盛り上がりだったよ。うちでは特に使用人が喜んでたかな」

 石鹸は喜ばれるだろうと分かっていたけど、やっぱりこうして生の声を聞くと嬉しい。うちでも皆に絶賛されてたし、マルガレーテとローベルトはかなり気に入った様子だった。
 この感じなら工房を作ったのに商品が全く売れない……なんて大変な事態に陥ることはなさそうだ。とりあえず一安心だな。

「使ってもらった様子からかなりの需要が見込めそうなので、工房の数を多くしても良いかもしれません」
「確かにそれはありだな。最初に作る工房は五つと決めているが、後に増やす工房の計画を修正しておくか」

 工房は東区と西区に二つずつ、そして大改造した南区に一つ作ると事前に話し合って決めてある。この最初の数を増やすのは材料調達の観点から不可能なので、変えるなら長期計画の方なのだ。
 長期計画では材料を栽培することも視野に入れているから、工房の数を増やすのが不可能ではない。

「では長期計画は後で修正するとして、今はまず最初に作る工房について話し合いましょう」

 マティアスのその言葉によって、本格的な話し合いが始まった。まず議論になったのは工房の作りについてだ。

「とりあえず工房は二階建ての予定でしたが、どうしますか?」
「確か二階が物置き場で一階が工房の予定だったな。私は賛成だ」
「俺もそれで良いと思う」 

 加工前の素材や出荷前の石鹸を大量に保管することになるから、大きな物置スペースは絶対に必要だ。それを平家でとなるとかなりの土地が必要になり経費が嵩むので、ここは二階建てが最適だろう。

「二階建ては決まりとしますね。その上で他に必要な部屋や空間は……そういえば、フィリップが石鹸を冷やす部屋が欲しいって言ってたよね」
「うん。工房の中って火を使ってるから暑いだろうし、石鹸は固まりづらいと思うんだよね。だから別の空間で風通しを良くして、石鹸が早く綺麗に固まるようにしたい」

 石鹸は固まるのに時間がかかってしまうと、オレンの葉が下の方にばかり沈殿してしまうのだ。それだと香りが偏るし使用感も落ちるので、できる限り素早く固めたい。

「了解。一階部分は全部工房で一部屋の予定だったんだけど、そこを区切ることにするよ。ちゃんと壁で隔てて熱が伝わらないように」

 マティアスが工房建設を職人に頼む時に伝えることを、紙に箇条書きにしている。これを全部伝えて、あとは専門家にお任せするのだ。

「あとは何かある?」
「うーん、俺は思いつかないかな。ファビアン様はどうでしょうか?」
「私も大丈夫だ」
「では次に行きましょう。次は工房の場所についてです」

 工房の場所は候補がいくつかあるので、そこから選ぶだけだ。他の工房が密集していて、さらに周囲に住宅街がある場所に作る予定となっている。

「南区の場所はもう決まっているので、あとは東区と西区ですが、それぞれ候補が五つあります」

 マティアスがそう言いながらテーブルの真ん中に置いた紙を覗き込むと、それぞれ立地の良い点と悪い点が挙げられていた。
 場所的には最高だけど土地が少し狭かったり、広い土地はあるけど周りが畑ばかりだったり、意外と悩むラインナップだ。

「……東区の一つはこれで決まりじゃないか? 市場の近くで治安が良く土地の広さも申し分ない。周りが住宅地のため働き手の確保も容易いだろう。確かに風通しが悪いというのは問題かもしれないが、そこは工房の建て方でどうにでもなる」
「そうですね……私も賛成です。全く風が通らない場所なんてありませんし、石鹸を冷やす部屋を風通しが良い場所に設置して貰えば良いと思います」

 俺達のその意見に、マティアスは頷いてその建物に決定の印を書き込んだ。そしてその後も少し悩みつつ、順調に場所を決めていった。

 工房の場所が決まったら次は従業員の雇い方、またどんな人物を募集するのか、さらにその募集方法なども話し合って決めていき、お昼を少しすぎた頃に話し合いは終了となった。
 これであとは専門家に頼んで、工房の完成を待つのみだ。この国で行われるほぼ初めての公共事業、成功するように頑張ろう。
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