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第二章 王都改革編

74、昼食とダミエン

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「ティナ先生~、畑仕事頑張った!」
「お疲れ様、偉いわね」

 子供達が部屋の中に入って来た瞬間に、ティナは勉強道具を片付けて机の上を綺麗にした。悪気はなくても子供達に汚されたり壊されたりするから、必要な自衛なのだろう。
 そして優しい笑みを浮かべて報告に来た子供の頭を撫でている。子供もティナに褒められて嬉しそうだ。

「ティナ、勉強の邪魔しちゃったか。フィリップ様、申し訳ございません」

 ダミエンが最後に食堂へと入ってきて、子供達が全員いるか確認してから俺達の元にやってきた。ここに来るたびにダミエンとも話しているけど、本当に良い好青年だ。

「大丈夫よ。もうお昼の時間なのね」
「熱中しすぎたね。昼食の準備って大丈夫?」
「いつも畑仕事が終わってから皆で作っているので大丈夫です」

 ダミエンがにこやかに答えてくれて、それにティナも頷いた。

「今日は私が作る日だっけ?」
「そう。フィリップ様がいらっしゃってるし代ろうか?」
「ううん、大丈夫。フィリップ様、昼食作りで少し席を外します」

 二人が仲良さそうにタメ口で話している様子に心がざわつくけど、なんとかそれを顔には出さず笑みを作った。多分引き攣ってはないはずだ。

「了解。俺はここで待ってるよ」
「ありがとうございます」

 ティナが当番の子供達を連れて厨房に向かうと、食堂には思い思いに寛ぐ子供達と俺とニルス、それからダミエンだけになった。さっきまで三人で話していたので、必然的に俺はダミエンと話すことになる。

 ダミエンは凄く好青年で仕事熱心で問題なんてないんだけど……どうしても苦手意識が捨てきれない。苦手意識というか、これは嫉妬心なのだろう。
 そんな気持ちでダミエンを好きになりきれないなんて、凄く申し訳なくて二人きりになるとどうして良いか分からなくなる。

「フィリップ様、この仕事を紹介してくださって本当にありがとうございます。やりがいがあって毎日楽しくて、凄く幸せな日々を過ごしています」
「そっか……良かったよ。俺も良い人選だったと思ってるんだ」

 俺のその言葉にダミエンは嬉しそうに笑みを浮かべた。シリルの弟だってことがすぐに分かるよね……本当に良い兄弟だと思う。どんな教育をしたらこんな子達に育つんだろう。今度両親に会ってみたいな。

「そういえば、ダミエンには魔法陣魔法を教えなくても良いの?」
「はい。二人にとなったらフィリップ様に負担をかけてしまいますし、私はシリルにも頼めますから」

 確かに休みを合わせれば、シリルに実家で教えてもらうってこともできるのか。シリルも人に教えたらより理解が高まるし、何なら仕事としてダミエンに教えに行ってもらうのもありかも。今度その辺の話もしてみようかな。

「……それに」

 ダミエンはそう声を発すると、意味深な表情を浮かべて口を閉じた。そして俺の耳元に口を近づけて……

「二人の邪魔をする気はありませんから」

 そう言って楽しそうに笑った。俺はその声を聞いて、しばらく意味が理解できずに固まってしまう。そしてじわじわと意味を理解していくと、顔がどんどん赤くなっていくのを感じた。

「ダ、ダミエン、もしかして気づいて……?」
「もちろんです。凄く分かりやすいので誰でも気付きます」

 マ、マジかぁ……態度や表情に出してる気なんて全くなかったのに。凄く恥ずかしい、穴に埋まりたいほど恥ずかしい。というかダミエンって……意外と意地悪なタイプだったりする?

 横で楽しそうに笑っているダミエンの顔を見上げると、ニヤッと揶揄うような笑みを向けられた。

「俺、ダミエンのこと誤解してたかも。もっと実直で真面目一辺倒なのかと思ってた。もしかしてだけど、意外と遊んでたり……?」
「さあ、どうでしょうか」

 否定しないってことは肯定と同じじゃん! でも俺としては、この素を見せてくれたダミエンの方が関わりやすいかもしれない。
 もしかしてダミエンは、俺が二人の仲を心配してることを分かってて、更にダミエンに苦手意識を持ってることも分かってて、だからこそ素を明かしてくれたのかな。

 やっぱり良いやつだ……ちょっと最初のイメージとは変わったけど。

「一つだけ確認して良い?」
「もちろんです」
「子供達に手を出すことは……ないよね?」
「なっ、そんなの疑わないでください! 俺はそんなことしませんよ!」

 ダミエンは思わぬ疑いをかけられたとでも言うように、少し焦った様子でそう弁明した。焦って一人称が「俺」になってしまっている。俺はその様子に嘘はついてなさそうだと安心し、ごめんと謝った。

「一応聞いておかなきゃと思って。ごめんね」
「仕事はしっかりしますし、そんな変態みたいなことしないので安心してください。それにティナにも手は出しません」

 ダミエンは俺の疑いに少し拗ねた様子でそう言った。俺はその様子にまだ二十歳と言っても幼い所もあるんだなと、二十七歳目線で微笑ましく思ってしまう。

「もちろん信じてるよ。今まで見てきてそんなことする人じゃないって分かってるから」

 でもティナに手を出さないっていうのは、ダミエンからはってことだ。ティナがダミエンのことを好きになっちゃったら、もうどうしようもない。
 ……ただそんなことを考えても仕方ないよね。俺がティナに振り向いてもらえるように頑張るだけだ。

「ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします」

 ダミエンがいつもの好青年に戻ってお礼を口にしたところで、俺達の近くに子供達が来たので話を終わりにした。今まではちょうど子供達が別の場所で騒いでくれていたので、二人でこんな話をできたのだ。
 ダミエンとはこれからもっと仲良くなれそうだな……俺はそんな予感に嬉しくなった。

 そしてそれからは昼食を食べて、少し子供達と遊んで孤児院を後にした。帰り際にちゃんと石鹸をティナに渡すのも忘れていない。その時に遠くにいたダミエンがニヤニヤとこっちを見てたのに、ちょっとだけイラッとしたのは内緒だ。
 ダミエンに好きな子ができたら絶対にからかってやる。



―ダミエン視点―

 フィリップ様が乗る馬車が孤児院から去って行くのを皆で見送り、午後の仕事をこなそうと中に戻ろうとして、馬車が去って行った方向をぼーっと見つめ続けるティナが視界に入った。
 本当にこの二人は側から見てて明らかに両思いなのに、なんですれ違ってるのか。フィリップ様もティナも鈍すぎる。

「ティナ、中に入るぞ」
「あ、うん。ごめんぼーっとしてた」

 俺が二人の仲を仲介してあげたほうが良いのだろうか……かなり悩むけど、こういうのは本人達が勇気を出すことだと思うのだ。でもあまりにも焦れったかったら、そのうち口を出すかもしれないけど。

「フィリップ様って凄く良い方だよな」
「ダミエンもそう思う!? 本当に素敵な方よね……」

 俺はティナの表情を見て思わず苦笑してしまった。誰がどう見てもフィリップ様が好きだと言っている。
 フィリップ様はずっと俺とティナの関係性にヤキモキしていたみたいだけど、ティナとどうこうなることはあり得ないだろう。俺は自分のことを全く意識していない人を振り向かせたいとか、誰かの恋人を奪いたいとか、そういう趣味は全くない。

「ティナ先生、フィリップは次いつ来る?」
「予定だとまた二週間後よ」

 孤児院の中に入るとソフィがすぐにティナの元に駆け寄りそう聞いた。そういえばソフィもフィリップ様のことが好きみたいなんだよな……でもこの二人の間に入る余地はないだろう。もし失恋したらその時は慰めてやろう。

「そっか、楽しみ」

 ソフィはティナの言葉に嬉しそうに微笑むと、他の子供達の元に戻っていった。

「ねぇダミエン、ソフィはフィリップ様のことが好きなのかしら」

 するとティナが俺にしか聞こえない声量でそう呟く。ティナはソフィの恋心には気づいてるのに、なんでフィリップ様の思いには気づかないんだろうか。

「そうかもしれないな」
「そうよね……ソフィは可愛いし、フィリップ様も嬉しいわよね」

 いやいや、確かにソフィも可愛くないわけじゃないけど、一般的には百人いたら百人ティナが可愛いと言うぐらいにはティナが勝ってるぞ?
 なんでティナの中ではソフィにも負けてることになってるのか……確かにティナは孤児だから貴族女性とは戦えないかもしれない。でも身分が関係ないとしたら、絶対にティナの一人勝ちだ。

 それにこの国はそこまで身分重視じゃないし、見初められた平民が別の貴族の養子になって結婚するってこともよく行われているから、ティナも諦める必要は全くないと思うんだけど。
 フィリップ様は身分なんて重視してなさそうだし。

 ――フィリップ様って、十歳とは思えないほどに落ち着いてるよな。というよりも、すでに成熟しているような雰囲気を感じる。
 さっきの話だって、十歳の子供ができる内容じゃないだろう。貴族家に生まれるとあそこまで大人びるのだろうか……それともティータビア様から選ばれた、フィリップ様だけが特殊なのか。

 まあ考えても分からないか。俺はフィリップ様のことを尊敬していて、その性格も好ましく思っている。それが全てだ。フィリップ様がどんな存在だって変わらない。

 俺はそう結論づけて、まだ隣で落ち込んでいるティナを仕事に追いやることに決めた。

「ティナ、午後の仕事をするぞ」

 ティナはとても整った顔立ちだけど……俺にとっては恋愛対象というよりも妹だな。そんなことを考えて思わず苦笑を浮かべた。午後も子供達のために頑張るか。
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