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第二章 王都改革編

72、石鹸の素晴らしさ

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 俺は仕事を終えて、いつもの三倍は高いテンションで屋敷に戻った。なぜなら屋敷に戻ったら、石鹸を使って全身を洗い流せるからだ。
 本当に楽しみだ。この国にはお風呂なんてものはないから、フィリップになってから濡らした布で体を拭いて、極たまに水で髪の毛を流すぐらいしかしていない。

 いつもどこかしらが痒くて、ベタベタ感があるのに乾燥してて、本当に最悪の状態だった。フィリップになってから数ヶ月、お風呂のない生活にも慣れるかと思ったけど全く慣れない。
 やっぱり一度享受していた恵まれた生活から質を落とした生活に慣れることはないんだと、最近は自分の中で理解している。

 だからこそもう一度あの生活を、ハインツとして当たり前に享受していた生活を取り戻すために全力で頑張る。最近はそんな決意を固めているところだ。もちろんこの国のためにというのが一番だけど、俺のやる気のためにも生活の質向上を目標にすることぐらいは許して欲しい。

「あにうえ、おかえりなさい!」
「お兄様、おかえりなさいませ」

 屋敷のエントランスに入ると、ローベルトとマルガレーテが仲良く手を繋いで俺を出迎えてくれた。最近は俺の帰ってくる時間になると、二人で出迎えにエントランスに来てくれているのだ。

「二人とも出迎えありがとう。ただいま」

 二人の前にしゃがみ込んで手を広げると、二人は俺の腕の中に飛び込んできた。俺の弟妹、なんて可愛いんだろう。

「あにうえ、にこにこしてるね?」
「何か良いことがあったのですか?」
「うん。実はね、今日すごいものが完成したんだよ」

 俺はニヤニヤと緩む頬をそのままに、空間石から石鹸を一つ取り出して二人に見せた。すると二人はそれを見て、不思議そうに首を傾げる。

「これなあに?」
「これは石鹸っていうんだ。汚れを綺麗に落とすことができるもので、手や体をこれで洗うと、凄く綺麗になって病気にもなりにくくなるんだよ」

 俺のその説明にローベルトは首を傾げたままだったけど、マルガレーテは瞳を輝かせた。

「汚れをきれいに落とすなんて凄いです!」
「マルガレーテ分かってくれる!? そうなんだよ、これ凄いんだよ」

 マルガレーテが本当に理解しているのかはさておき、俺は同意を得られたことが嬉しくてより一層笑顔になる。

「二人の従者とメイドにも石鹸を一つ渡しておくから、今日の夜には体を綺麗にしてもらってね。それで今は、手だけ一緒に洗ってみようか」
「うん! ぼくやってみたい!」
「私も使ってみたいです」

 二人から良い返事が返ってきたところで、俺は一度二人と別れて自室に向かった。手を洗うのは母上も一緒に食堂でと決まったのだ。屋敷の使用人に桶の準備だけはお願いしておいた。

「ニルス、二人と母上の使用人に石鹸を渡しておいてくれる? あー、でもそこまで数がないかも。これ小さく切ろうかな」

 空間石から出した石鹸を手に悩んでいると、ニルスが助け舟を出してくれる。

「私が三等分してそれぞれの使用人に渡しておきましょうか? 特別な切り方などがなければですが」
「そういうのは全然ないんだ。適当に切っちゃって大丈夫。……じゃあ、お願いしても良い?」
「かしこまりました。お任せください」
 
 そうしてニルスに石鹸を頼み、部屋で少しだけ寛いでからニルスとフレディを連れて食堂に向かった。食堂に入るとそわそわして落ち着かない様子の二人と、そんな二人を見て苦笑気味の母上がいた。

「お待たせいたしました」
「大丈夫よ、ほとんど待ってないわ。それよりもこの子達がフィリップの持ってきた石鹸が楽しみで仕方なくて、座ってくれないのよ」
「さっき話してしまったからですね。二人とも、早速石鹸を使ってみようか。母上もぜひ試してみませんか?」

 母上には石鹸作りをする話は伝えてあったからか、落ち着いた様子で頷いてくれる。というよりも、母上は余程のことがなければ基本的には落ち着いている人だ。公爵家夫人としてとても頼もしい。

 俺は使用人が準備してくれていた桶が乗せられたテーブルに向かい、桶に水を貯めた。そして石鹸を取り出して隣に置かれていた器に乗せる。

「二人ともおいで」
「うん! これどうすればいいの?」
「まずはこの桶で手を濡らすんだ。そして石鹸を何回か擦って泡立ってきたら、今度は手を擦り合わせる」

 俺の言葉通りに手を洗い始めたローベルトは、泡立ってきたのが楽しいのかキャッキャと嬉しそう。

「みてみて! あわあわ~」
「私もやってみたいです!」
「もちろん。ローベルト、少し横によけてね」
「は~い」

 マルガレーテはローベルトほどはしゃいではいないけど、瞳をキラキラとさせて石鹸を手に持った。そして手のひらでどんどん作り出される泡を楽しそうに眺めている。

「マルガレーテ、どうかな」
「お兄様、とても楽しいです!」
「それなら良かった」

 二人は手が綺麗になって気持ちいいというよりも楽しいが勝ってるみたいだけど、今はそれでも良いだろう。どんな理由でも手を洗うことが大切だ。

「母上もどうぞ」
「ありがとう。――あら、これは気持ちいいわね」
「ですよね! これで体や髪を洗うとさっぱりすると思います。石鹸をメイドに渡してあるので、お時間あるときに試してみてください」

 母上は俺のその言葉に嬉しそうに微笑んでくれた。多分母上が一番石鹸にハマるだろう。肌が綺麗になって保湿されるのだから。

 それから皆で手を綺麗に洗い流して、夕食を楽しんだ。そして自室に戻ってきて……ここからが本番だ。

「ニルス、全身を洗いたいんだけど外の方が良いかな?」

 いつもは部屋の中で布で体を拭き、髪の毛を水で流す時も室内で小さな桶を使っていた。でも今日は魔法陣魔法でシャワーを作って、全身をさっぱりと洗い流したい。

「そうですね……石鹸を洗い流した水は桶に溜めないといけないので、結局は大きな桶の中で体を洗っていただくことになりますし、室内でも大丈夫です。水滴が飛び散っても良いように周りに布を敷いておきます」

 ニルスは部屋の隅に衝立を置き、その奥に布を敷いてこの屋敷で一番大きな桶を設置してくれた。今の子供の体なら全く問題ない大きさだ。

「フィリップ様、準備が整いました」
「ニルスありがとう!」

 俺はフィリップになってから一番高いテンションで、飛び跳ねたい気持ちを抑えて衝立の向こうに向かった。そしてニルスに手伝ってもらい、服を脱いで裸になる。

「後は一人で大丈夫だよ」
「かしこまりました。何かありましたらお呼びください」

 ニルスが衝立の向こうに下がったことを確認して、俺は自分の頭上にシャワーを作り出した。そして頭から浴びて全身を濡らす。ここまでは今までもできたことだ、本番はこれから。
 ニルスに頼んで準備してもらった布を濡らして、それに石鹸をつけて泡立てた。そして体を擦ると…………めっちゃ気持ちいい。

 ふわぁ~、本当に最高。痒かった体の汚れが全部落ちていく気がする。それから俺は肌が痛くなるほど体を洗いまくって、頭にも石鹸をふんだんに使って綺麗に洗い、最後に全てを洗い流した。

 清潔な布で体を拭いてニルスに服を着せてもらう。そして髪の毛の水気を丁寧に拭き取ったら……完璧だ。

「ニルス、本当に凄い。爽やかでさっぱりだよ!」
「それは良かったです。お肌やお髪に艶が生まれるのですね」
「そうなんだ。これ保湿効果もあるから」

 本当は肌用の保湿剤を塗って髪にも専用のオイルを使いたいけど、そこまでのわがままは言わない。この石鹸があるだけで満足だ。

「ニルスも使ってみる? フレディも」

 この幸せを皆にも感じて欲しくて提案すると、二人は嬉しそうに頷いてくれた。そうしてその日は、皆で石鹸の効果にはしゃいで夜が更けていった。
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