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第二章 王都改革編

71、誤算とお披露目

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「早速使ってみませんか?」

 自分が石鹸で手を洗いたいという気持ち九割、しっかりと作れてるか試さないとという気持ち一割でそう問いかけると、全員が頷いてくれたので俺は桶に水を貯め、実践しながら石鹸の使い方を教えることにした。

「石鹸は水に濡れることで溶け出すので、まずは水で手を濡らしてから石鹸を持ちます。そして少しだけ擦って滑りが手に付いたらもう十分ですので、そこからは石鹸を置いて手を擦り合わせると……こうして泡立ちます。この泡でしっかりと手の全体を洗い、最後に水で流せば綺麗になります」

 うわぁ……爽快感がヤバい。この石鹸で全身洗いたい、髪の毛も洗いたい! 今日家に帰ったら絶対にやる、まだそこまで石鹸がないから毎日とは言えないけど……三日に一回は体にも使いたい。

「なぜ泡立つのか……不思議だな」
「本当ですね。しかしとても簡単ですので、石鹸で手を洗うという習慣はすぐに受け入れられそうです」
「とりあえずやってみるか」

 三人は桶の周りに座り込み、順番に手を濡らして石鹸を使っていった。水に濡れた時の石鹸の滑りに驚いたようだったけど、問題なく使えている。

「これは、なんだか気持ちが良いな」
「本当ですね……ずっと洗っていたくなります」
「香りもとても良いです。体も洗いたいですね」
 
 香りは本当に絶妙だ。洗ってる時はとても良い香りが漂ってきて幸せな気持ちになれ、洗い流した今は近づいて匂いを嗅げばかろうじて残ってるかな……程度。実際このぐらいの香りが一番なのだ。
 前世ではとにかく香りをキツくしたものも多く売られていたけど、俺はあまり好きじゃなかった。ほのかに香るくらいが上品だと思っている。

「ほう、なんだかスッキリしたな」
「綺麗になった気がします」
「それに手のひらの乾燥が減ったような……?」
「実はシールの油に保湿成分があるんだ。だからこの石鹸で手を洗うと水で洗うよりも乾燥しなくなるよ」

 この効果も早く石鹸を作りたかった理由だ。いくら乾燥しても対処のしようがないことの辛さ……地味だけど俺は毎日苦しんでいた。本当は保湿クリームを作れたら良いんだけど、さすがに作り方が分からないのだ。美容系の本はあまり読んでいなかった。

「フィリップ、これは手を洗う以外にもさまざまなものに使えるのか?」
「はい。髪の毛と体を洗ったり、服も水だけで洗うよりも綺麗になります。さらに体に悪いものは使っていないので、カトラリーを綺麗にするときにも使えます」
「素晴らしいな……これは早急に広めよう」

 ファビアン様も石鹸の虜になったらしい。一度この爽快感を味わったら、もう石鹸なしには戻れないよね。凄く良く分かる。

「まずはこの中央宮殿で皆に使ってもらいませんか?」
「そうだな。その良さを感じてもらおう。これから王家の公共事業で作るものだからな」

 そうして移動しようとしたところで、シリルが困惑した様子で俺達を呼び止めた。

「あの、フィリップ様、この泡入りの水はどうすれば良いのでしょうか?」
「確かに。フィリップ、どうするの?」

 ……ヤバい、全く考えてなかった。いくら自然の物しか使ってないとは言っても、ずっとその辺の地面に捨ててしまっても良いのだろうか。
 前世では下水処理施設で水を綺麗にする能力のある魔物によって、汚れた水は綺麗に戻されていた。ということは、やっぱりその辺に捨てるのは避けるべきなんだろう。

 とりあえず排泄物集積場に石鹸を使った水も捨ててもらうようにお願いして、一箇所にまとめておこう。汚物回収の頻度も上げないとかな。

「……排泄物集積場行きになるけど、できれば早く下水道を作りたいかも」
「確かにいちいち水を捨てに行くのは、面倒だと感じてその辺に捨てる者もいそうだな。汚物は汚い物だからしっかりと持っていくが、これは綺麗なものという認識になる」
「やはりそうですよね……とりあえず体や物を綺麗にするのには良いけど、自然には悪い影響もあると説明することにします」

 そして早めに下水道を整備だ。街中の工事からなら始められるし、街の外の工事も手をつけられるところから、とりあえずスライムを捕まえないと。

「ファビアン様、スライムってこの街の周辺にいるでしょうか?」
「下水処理施設に使うためか?」
「はい。早めに作るべきかと思いまして、できるところからと」
「そうだな……スライムはたまに目撃証言はあるが、あまり頻繁ではない。ただほとんど害はないから放っておくことも多いようだし、数ヶ月前に目撃したという情報でもまだ近くにいる可能性はある」

 スライムは水が少しだけ硬くなって形を持ったような魔物で、動きはかなり遅いし攻撃はできないしで、危険度は皆無だ。できることはある一定のものの消化と分解のみ。しかしその性質がかなり使えるもので、前世では下水処理施設で汚れの分解に重宝されていた。

「では冒険者に、スライムを見つけ次第確保してもらうようお願いしたいです」
「分かった。僕が公布しておくよ」
「マティアスありがとう。あと下水道の整備も前倒ししたい」
「じゃあ近いうちに話し合おうか」

 そうしてこれから下水道の整備と下水処理施設の建設を始めることに決めて、俺達はとりあえず会議室を出ることにした。今は石鹸を皆に使ってもらうことが優先だ。

 まず最初に使ってもらうのはやはり陛下と宰相様ということで、俺達は通い慣れた執務室に向かった。そして中に入るとちょうど二人とも自分の席で仕事をこなしていた。

「陛下、宰相様、石鹸が完成しました」

 石鹸を手に持っていた俺が声をかけると、二人はすぐにペンを置いてこちらに視線を向けてくれる。

「成功したのかい?」
「はい。こちらです」
「ふむ……これで手を洗うと病気の原因となるものが殺せるんだね。どうやって使うんだろうか?」
「実践してみますね」

 さっき皆に見せたのと同じように桶に水を貯め、手を濡らしてから石鹸を持ち泡立てる。うわぁ……やっぱり何度やっても最高だ。これクセになりそう、毎日何回でも手を洗いたい。今まで我慢してた反動が来てる。

「ほう、そのように泡立つのか。不思議だな」
「この泡が綺麗にしてくれます。こうして全体を擦り合わせて綺麗に洗い……最後に泡を洗い流せば終了です」

 やっぱり洗い終わった後の爽快感は最高だ。俺は布で手を拭きながら、自分の顔が緩んでいるのを感じた。

「陛下と宰相様も試されますか?」
「うむ、やってみよう」
「私も試してみるよ」

 二人は仲良く同じ桶に手を入れて濡らすと、石鹸を持って順番に泡立てた。そして楽しそうに泡の感触を楽しんでいるようだ。

「どうでしょうか?」
「これは気持ちが良いね。不思議な感触だ」
「癖になりそうだな」
「分かります。体や頭も洗うととても気持ちが良いと思います」

 今日は家に帰ったら絶対に体を洗う、もうこれは決定事項だ。ティナにも一つ持っていってあげたいな……でも孤児院だと子供達もいるから、一つじゃ足りないだろうか。

「これを王家の公共事業で作るのだな」
「はい。王都の各地に工房をつくり、この石鹸を作ってもらう予定です。いかがでしょうか?」
「私はとても良いと思うよ。これで病気も減らせるのならば、良いことばかりだ」
「そうだな、私も問題ないと思う。どんどん進めてくれ」

 陛下と宰相様にも公共事業を後押しされて、俺達は顔を見合わせて頷き合った。とりあえず第一関門突破だ、これからは本格的に工房作りに精を出そう。

「フィリップ君、石鹸を一つもらっても良いかな? 屋敷に持って帰りたいんだ」
「私も一つもらいたい」
「もちろんです」

 二人に新しい石鹸を手渡して、執務室での石鹸のお披露目は好評で終わった。そしてそれからは使用人に洗濯で試しに使ってもらい、厨房では料理人達に食器を洗うのに使ってもらい、全員に絶賛されて石鹸のお披露目は終わった。
 皆に早く買えるようにして欲しいと言われたので、工房作りを急ごうと思う。従業員の募集も早急にやらないとだ。
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