上 下
69 / 173
第二章 王都改革編

69、石鹸作り

しおりを挟む
「じゃあ火をつけますね」

 俺は会議室の真ん中に戻って低い椅子に座り、二人にも椅子を勧めて三人で石造りのテーブルを囲むように腰掛けた。そしてまずは魔法陣を描き、テーブルに火を二箇所発現させる。

「普通の火と同じくらい熱いので、手などを近づけないように気を付けてください」

 二人にそう忠告をして、鍋を火の上に置いてもらった。そして片方に魔法陣魔法で水を入れる。

「ファビアン様には、シールの実から油を取り出す方をお願いしても良いでしょうか? あまり火を強くしてないので焦げないと思いますが、定期的に混ぜるのを忘れずにお願いします」
「分かった。定期的にとはどの程度だ?」
「そうですね、できれば五分に一度ほど。しかし正確ではなく体感で構いません」

 俺のその言葉に頷き、ファビアン様がシールの実を手にしたのを確認して、俺はマティアスの方に向き直った。

「マティアスは俺と一緒にルコの木をお願いしても良い?」
「もちろん。細かく割くって言ってたけど、どのくらいにすれば良いの?」
「一つやってみるね」

 木箱からルコの太い枝を取り出して、その枝にナイフを浅く当てて皮を剥ぐように滑らせた。すると少しだけ剥ぎ取られた枝が鍋に貯めた水の中に落ちる。

「こんな感じ」
「……結構細かいんだね。大変そうだ」
「もう少し粗くても良いんだけど、そうすると煮込まないといけない時間が増えるんだ。だから最終的には、ここで頑張った方が早く終わるよ」
「了解、じゃあ頑張るよ」

 そうして俺達は、ほとんど話もせずに黙々と作業を開始した。ナイフが枝を削ぐ音と、硬い皮がバリバリと剥がされて内皮がプツンと破られる音。そんな音だけが会議室に響いている。
 なんだか心地良いな……こういう何も考えずに無心でできる仕事もたまには良い。いつも頭を使って緊張してばかりだから。

 ファビアン様とマティアスも同じことを考えているのか、穏やかなどこか楽しそうな表情で作業を続けている。

「戻りました」

 そんな静かな空間にシリルが戻ってきた。手にはレードルを二つ持っているので、問題なく借りれたようだ。

「シリルありがとう。そこに置いておいてくれる?」
「はい。……私は何をすれば良いでしょうか?」

 レードルを俺が示した場所に置いたシリルが、俺達の作業の様子を興味深げに眺めながらそう言った。

「シリルにはオレンの葉を刻んで欲しいんだけど……ちょっと待ってて、どの程度まで刻むのか見本を見せるから」
「かしこまりました」

 それから手に持っていたルコの枝を全て細かく割いてから、ナイフを置いてシリルと共に部屋の端に向かった。
 そして椅子に座ってナイフを手に持つ。本当は立った方がやりやすいんだけど、俺の背が低いので立っているとテーブルが高すぎるのだ。

「やってみるから見ててね」

 オレンの葉は他の植物の葉と違って、柔らかさがほとんどない質感だ。だからこそ細かく刻みやすいとも言う。
 俺は縦に細かく刻んでから逆方向にまた刻み、それからは無差別にとにかくナイフを振り下ろし続けた。そして粉状の一歩手前ほどで手を止める。

「このぐらいまで細かくなれば良いかな」
「ここまで細かくするのですね」
「うん。粗いとざらざらした感触が強く出ちゃって、肌を痛めるから」

 逆にそのザラザラが良いとかでわざと粗くして作っている石鹸もあったけど、今はまだ少数の好みに合わせて石鹸を作り替えることはできない。もう少し余裕ができたら、自然といろんな石鹸が開発されるだろう。

「じゃあお願いしても良い?」
「もちろんです。ここにある葉は全て刻んでしまって良いですか?」
「うん、お願い。刻んだ葉はそこの器にまとめておいて」

 俺はそこまで説明すると、ナイフを置いて椅子から立ち上がった。そしてシリルが作業を開始するのを見届けて自分の席に戻る。
 そしてそれからは無心でルコの枝を細かく割き続けた。

「このぐらいで良いかな?」

 マティアスが鍋を覗き込んでそう声を発したことで、ハッと我に返った。思わずぼーっと作業をしていた。慌てて中を覗いてみると、少し多すぎるぐらいのルコの枝が鍋に詰まっている。

「もう十分だね。ここからは最低一時間、木ベラで混ぜながらずっと煮込み続けるんだ。ちょっとやってみるね」

 木ベラで混ぜる意味は焦げないようにというよりかは、混ぜながらルコの枝をギュッと押しつけることによって、必要な成分が水の中に溶けやすくするためだ。だから力を入れて鍋の底に押し付けるようにして混ぜていく。
 これ……子供の体では予想以上に大変かも。

「思ってたより大変かもしれない。一時間は辛い……」
「ちょっとやってみても良い?」
「うん、ありがと」
「……本当だ、かなり力が必要だね」

 それから体感では数十分間、俺とマティアスで交代しながら頑張って鍋を混ぜ続けた。しかしさすがに限界が来ている。これはシリルに頼んだ方が良いかも。

「マティアス、シリルに、続きを頼む?」

 息を切らせながらそう問いかけると、額に汗をかいたマティアスが力なく頷いた。

「シリル、ちょっとこっちに来てくれる?」
「はい!」

 シリルは呼びかけるとすぐに駆けつけてくれた。というよりも、さっきから俺とマティアスがかなり苦戦してるのにファビアン様もシリルも気づいていて、いつ声をかけられても良いように心構えをしてくれてたんだと思う。

「お待たせいたしました」
「突然呼んでごめんね。凄く申し訳ないんだけど……この鍋を木ベラで混ぜて欲しいんだ。鍋の底に押し付けるように力を入れて。俺とマティアスだと力不足で……」
「かしこまりました。私のことはいつでも呼んでください。マティアス様、代わります」
「うん、シリル、ありがと」

 マティアスから木ベラを受け取ったシリルは、両手で持ち力を入れて混ぜ始めた。さっきまでよりも明らかに成分が滲み出ている。俺達が頑張って透明から少しだけ濁ってきたかな……程度だったのに、シリルが混ぜ始めた途端に色がどんどん濃くなっていく。

「うわぁ、全然違う。シリルって力あるんだね」
「体が大きいですから。マティアス様とフィリップ様も成長されれば力がつくと思います」

 シリルはひょろっとしてるように見えるけど、背は高いし重いものを持ち上げているところも見たことがあるし、割と筋肉がついてるんだよね。背が高くて筋肉までついてるとか……羨ましい。

「これはいつまでやれば良いのでしょうか?」
「この水が黒に近くなるまでやって欲しいんだ。泥水と同じぐらいかな」
「かしこまりました。ではここは私が引き受けます。フィリップ様、オレンの葉があと十枚ほど残っていますので、お願いしても良いでしょうか?」
「もちろん。じゃあここはよろしくね」

 それから俺はオレンの葉を刻み、マティアスはファビアン様の手伝いをして作業は進んでいった。そして俺が葉を刻み終わった頃に、ちょうどルコ水が出来上がり、シール油も熱されてサラサラになったようだ。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?

伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します 小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。 そして、田舎の町から王都へ向かいます 登場人物の名前と色 グラン デディーリエ(義母の名字) 8才 若草色の髪 ブルーグリーンの目 アルフ 実父 アダマス 母 エンジュ ミライト 13才 グランの義理姉 桃色の髪 ブルーの瞳 ユーディア ミライト 17才 グランの義理姉 濃い赤紫の髪 ブルーの瞳 コンティ ミライト 7才 グランの義理の弟 フォンシル コンドーラル ベージュ 11才皇太子 ピーター サイマルト 近衛兵 皇太子付き アダマゼイン 魔王 目が透明 ガーゼル 魔王の側近 女の子 ジャスパー フロー  食堂宿の人 宝石の名前関係をもじってます。 色とかもあわせて。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。 地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。 俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。 だけど悔しくはない。 何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。 そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。 ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。 アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。 フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。 ※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...