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第二章 王都改革編

63、木工工房との話し合い

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 製氷器の魔鉱石部分を作り続けること一週間、今日もいつものように魔道具作製部屋に行こうとしたところで、マティアスに呼び止められた。

「フィリップ、木工工房との話し合いだけど今日の午後に決まったよ」

 木工工房との話し合いとは、製氷器を完成させるために木造部分を注文するための話し合いだ。できる限り早めにと言ってたんだけど、予想以上に早かったな。

「もう工房が決まったんだ、良かったよ。何時ごろかは決まってる?」
「うん。フィリップ達が魔道具を作り終えてお昼休憩を取ってからだから、十五時からってことにしてあるよ。でも一時間ぐらいは前後するかも」

 この国では時計がほとんどなくて平民は鐘の音で時間を判断するけれど、鐘の音色が違うのは八時、十二時、十八時だけなので、その間の時間は数え間違いや鐘の音が聞こえなかったなどで、一時間程度約束の時間とずれることはよくあるのだ。

「十五時ね。俺達も意識しておくよ」
「よろしくね」

 朝早くにそんな会話をして、そのあとはいつものように製氷器を作った。そして遅めの昼食をシリルと一緒に食べて執務室に戻ると……既に木工工房の人達が王宮に来ているとマティアスに伝えられた。
 さっき時計を見てきてまだ十四時半だったのに、今回は早い方に間違えたのかな。

「どこにいるの?」
「近くの会議室に待機してもらってる。ちょっと待ってて、僕とファビアン様も同席するから」

 マティアスが陛下と何かを話しているファビアン様の下に向かい、ファビアン様を連れて戻ってきた。

「陛下との話は良いのですか?」
「ああ、今すぐやらなければいけないことではないからな。それよりも相手がいる方を先にしなければ。皆準備は良いか?」
「もちろんです」

 俺は返事をしながら、シリルが持ってくれている木箱を示した。そこには今まで作った製氷器が入っている。

「こちらに製氷器の魔鉱石部分は持ってきてあります。それから設計図も持参しています」

 今度は俺が持っている紙を広げて見せた。するとファビアン様は、それらを一瞥した後に大きく頷く。

「完璧だな、では行こう」

 四人で会議室に向かうと、中には三人の男性が椅子に座って待っていた。かなりガタイの良い体を小さくして、三人でまとまってテーブルに着いている。
 俺はその様子がなんだか可愛く見えて、思わず顔が緩んでしまった。なんでこんなに小さく一箇所に纏まってるんだろう……緊張してるのかな。

「待たせたな」
「は、はいぃっ」

 真ん中の男性がファビアン様の声に答えたけれど、完全に声が裏返ってしまっている。

「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 俺は思わず笑ってそう声をかけると、三人は引き攣った笑みを浮かべて小さく頷いてくれた。こんなに緊張してるってことは、国と仕事をするのは初めてなんだろうな。
 でもマティアスが選んだのだから、自信を持っていれば良いのに。こういう謙虚なところも選ばれた理由なんだろうけど。

「私は王太子のファビアン・ラスカリナだ」
「僕が宰相補佐のマティアス・クライナートだよ」
「俺は宰相補佐であり魔道具師でもある、フィリップ・ライストナー。よろしくね」
「ちなみにフィリップがティータビア様から知識を得た者だ」

 俺達がそんな自己紹介をしながら席に座ると、三人は誰かが口を開くたびにぺこぺこと頭を下げてくれた。そしてその様子を苦笑しつつ見ていたシリルが、最後に三人を安心させるように口を開く。

「私はシリルです。王宮で魔道具師として働いていますが、皆さんと同じ平民です。お三方はとても身分の高い方々で緊張するとは思いますが、とてもお優しいので心配しなくても大丈夫ですよ」

 そう言って微笑んだシリルの顔を、救世主が現れたとでも言うように潤んだ瞳で見上げる厳つい男三人組。なんだか絵面がおかしい感じになってる気がする……

「では早速始めても良いだろうか?」

 シリルが席に着いたと同時にファビアン様が口を開き、早速話し合いが始まった。

「まずはどんなものを作って欲しいかだが、フィリップ頼む」
「かしこまりました。これを見てもらえるかな」

 設計図が書かれた紙を見せるとさっきまでの緊張していた様子から一転、三人は真剣な表情で紙を覗き込んだ。この様子なら大丈夫そうだ。俺は安心して口を開く。

「ここに嵌め込む魔鉱石部分は俺達魔道具師が作るから、皆にはそれ以外の木造部分をお願いしたいんだ。どう、できそうかな?」
「多分問題ないと思うが……この板の厚さがミリ単位で指定されてるのは、正確じゃなきゃダメなのか?」
「できる限り正確にして欲しい。でも少しの誤差は許容できるように魔法陣を設定したから大丈夫だよ」

 それから俺はどんな魔法陣が刻まれていてどんな現象が起きるのか、そしてどうして正確に作って欲しいのか、ズレてしまった場合はどうなるのかなどを丁寧に説明した。

「魔道具っていうのは難しいんだな。かなりの技術がいる。……へへっ、腕が鳴るぜ」

 俺の説明を聞き終わって、真ん中の男性が発したのがその言葉だ。正確性が求められる仕事を面倒くさいと思うのではなくて、実力を試す機会だと捉えられる。この人達は魔道具作製に向いてるな。

「頼もしいよ。じゃあ正式に頼んでも良いかな?」
「ああ、俺達にやらせてくれ」

 木工工房の三人がやる気に満ちた笑顔で頷いたところで、マティアスが二枚の紙を取り出して、そのうちの一枚を三人に渡した。

「ありがとう、そしたら早速だけどこれが契約書だよ。報酬や受け渡し方法、作製期限など色々なことが書かれている。内容を確認して問題なかったら署名をして欲しいんだ。三人は読み書きができる?」
「いや、全くできないんだが……」
「それなら代理人としてシリルが内容を読み上げて、代わりに署名をするので良いかな? 本当は君達が代理人を選ぶべきなんだけど、契約書の内容が理解できるほど読み書きができる知り合いを見つけるのは大変でしょ?」

 読み書きができない人と契約をするときは口約束だけのことも多かったけど、これからはちゃんと書面に残すことにしたのだ。口約束って後々問題が起きないことの方が珍しいぐらい、様々な思い違いが発生するから。
 それに平民に対して読み書きが必要だという認識を広げることにも、役に立つと思っている。その認識が広がれば、いずれ国民に広く教育を受ける権利を与えられるようになったときに、皆が積極的に学んでくれるだろう。

「ああ、それでいい。そんな知り合いはいないしな。シリルだったか? よろしく頼む」
「分かりました。では私が代理人を引き受けます」

 シリルはにっこりと微笑むと席から立ち上がり、三人の後ろに回ってテーブルに置いてある契約書を指差しながら、丁寧に内容を説明していった。三人もシリルが同じ平民だと分かっているからか、安心して任せているようだ。
 それから十分ほどの時間をかけて説明が終わると、シリルが木工工房の代表者の名前と代理人として自分の名前を署名し、契約は締結された。もちろん俺達の方もファビアン様がしっかりと署名をした。

「一枚は国で保管するね、もう一枚は君達に。大切なものだから無くしたりしないように気をつけて。例えば報酬がちゃんと支払われてないとか、そんな事態に陥った時にその契約書があれば契約したことの証明になるから」

 マティアスのその言葉に大切なものだということは理解したのか、真ん中の男性が恐る恐る手に持ってぎこちない動きで折り畳むと、懐に仕舞った。

「……分かった。気をつける」

 そうして恙無く話し合いと契約が終わり、最後に俺達が作製した製氷器の魔鉱石部分を一つだけ受け取ると、三人は会議室から退出していった。
 本当は全部渡してしまいたいんだけど、紛失や盗まれる恐れがあるから、最後に魔鉱石を嵌め込む作業だけは王宮でやってもらうことにしたのだ。

 これで後は箱の部分が出来上がるのを待ち、魔鉱石を嵌め込めば製氷器は完成だ。そろそろ販売についても考えないとかな。
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