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第二章 王都改革編

55、孤児院訪問

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 次の日の朝早く。俺はファビアン様とマティアスと共に孤児院へと向かっていた。子供達は文官によって誘導されて孤児院に行く予定なので、一足先に現地に着いて迎え入れる準備を手伝うのだ。

「フィリップ、今更なんだけど……ティナをダミエンと働かせても良かったの?」

 マティアスはガタゴトとうるさい馬車の中で、隣に座る俺にだけ聞こえる声量でそう呟いた。やっぱりそれ思うよね……俺も昨日散々考えた。でも、後悔はしていない。

「ティナの願いを叶えてあげられたから、孤児院で働くことは良いんだ。応援したいと思ってる」

 これは本音だ。俺はティナが好きなことをやって、生き生きと過ごしてくれたらそれだけで嬉しい。

「でも、シリルには悪いんだけど……、ダミエンじゃなくてもっと年配の人とか結婚してる人、そういう人を探せば良かったかもとは思った」

 そういう人は今まで従事してきた仕事があるし、読み書き計算ができるなんて要件を入れたら、当てはまる人は殆どいないってことは分かってるんだけどね……

「もちろんダミエンに不満はないんだよ。不満はないどころか、こっちからお願いしたいぐらいの逸材だ。それは分かってるんだけど……」

 そう簡単に割り切れることではない。ダミエンが凄く嫌なやつとかだったら、もっと簡単だったんだけど。
 でもここは俺が割り切るしかないんだろうな。そしてダミエンになんか負けないって、闘志を燃やすべきところなんだろう。

「複雑な立場だね」
「そうなんだよ……でもとりあえず、負けないように頑張ろうと思う」
「うん、僕はフィリップを応援するよ。頑張って」
「ありがとう」

 そうしてマティアスとポツポツ言葉を交わしていると、馬車はいつの間にか孤児院へと到着していた。

 馬車の音が聞こえたのか、俺達が到着するとすぐに二人が迎えに出てきてくれる。

「皆様ここまでご足労いただきまして、ありがとうございます」
「気にしないで。孤児院は国の大切な事業でもあるからね。それに子供達の様子も気になるし」

 俺のその言葉にティナは微笑みを浮かべて、中へと案内してくれた。孤児院の中の様子は昨日とほとんど変わっていなかったけれど、唯一厨房だけが稼働していた。

「子供達は歩いてここまで来るということでしたので、作物が育つまでと頂いた食材を使って昼食を作っています」
「皆様、お水を飲まれますか?」
「いや、大丈夫だ。それよりも院長はどちらがやることになったのだ?」

 ファビアン様のその言葉に、ダミエンが厨房から声を張って答えた。

「私がやらせていただくことになりました」
「ティナはそれで良かったの?」
「はい。私がダミエンにお願いしました。少しでも子供達と接する時間を増やしたかったのです」

 確かに院長の方が報告書を書いたりといった、子供達と接する以外の仕事は多くなる。ダミエンはそれも分かった上で引き受けてくれたのか……やっぱり良いやつだな。

「子供達が喜ぶね」
「そうだったら良いのですが」
「皆はティナを慕ってるみたいだったから、心配はいらないと思うよ」
「ありがとうございます。……あの、フィリップ様、一つだけお願いがあるのですが」

 ティナが珍しく言いづらそうに前置きをしたので、俺は安心させるためにも大きく頷いて笑みを浮かべた。

「なんでも聞くよ。もちろん叶えられるかどうかは内容次第だけど」
「それで構いません。……その、私も魔法陣魔法を習いたいのです。今までは教会での仕事を休むことができなかったので断念していましたが、機会があるならば是非挑戦したいです」

 ティナが魔法陣魔法を習いたいと思っていたなんて……気付かなかった。その願いは俺にとっても願ったり叶ったりだ。ティナと定期的に会うことができるんだから。

「その願いなら叶えられるよ。ダミエンと話し合って授業の時に仕事を休みにして参加するのでも良いし、俺がここに教えに来るのでも良い」
「本当ですか!」
「もちろん」

 授業に来てもらうのと俺がここに来るの……どちらかと言えば後者の方が良いかな。そんな頻繁に来る必要もないし、仕事終わりに少し寄ったり、休みの日に来たりすれば十分教えられるだろう。本音は俺がティナに会いに来たいだけだ。授業だとほとんど話せないだろうし。

「俺がここに教えに来るのでも良い? 孤児院の様子も定期的に見に来たいし」
「フィリップ様が大変でないのなら、私にとってはとてもありがたいことでございます」
「それならここに来るね」

 そうしてティナと話をしていたらダミエンの昼食作りが終わったようで、ティナが配膳をしてダミエンが給水器に水を汲みにいくことになった。俺達はファビアン様が水汲みの手伝いをして、俺とマティアスが配膳の手伝いをする。

「ティナ、まだ短い時間しか過ごしてないけど、ダミエンとの関係はどう?」

 二人が孤児院から出ていくと、マティアスがすぐにそんな質問を口にした。

「そうですね……まだよく分かりませんが、物腰柔らかで真面目で良き仕事仲間だと思います」
「そっか。上手くいきそうなら良かったよ」
「はい。実はどんな方なのかと心配していましたので、ダミエンで良かったです」

 ティナの笑顔を見ているといつも幸せな気分になれるけど、ダミエンがこの笑顔を作っているのかと思うと……複雑な気持ちになってしまう。
 俺ってこんなに心が狭かったかな……ハインツの時はもう少し淡白だった気がするんだけど。

「フィリップ様、こちらを運んでいただけますか?」
「もちろん」

 ティナから食事が盛られたお皿を受け取って机に運んでいく。マティアスはカトラリーを準備しているようだ。

「子供達はここで上手く暮らしていけるかな」
「今までも皆で助け合って生きてきたのですから、問題ないでしょう。それよりもとても喜ぶと思います」

 子供達が生きていくことさえ難しいのは本当に心が痛かったから、少しでも助けられたのなら嬉しい。

「喜ぶ顔が見れるのが楽しみだよ」
「そうですね」


 それからファビアン様とダミエンが帰ってきて準備が終わったところで、ついに外から子供達の声が聞こえてきた。俺達はその声を聞いて顔を見合わせ、皆で一斉に席を立ち玄関へと向かう。
 そして扉を開けると……孤児院の前には二十人ほどの、瞳をキラキラと輝かせた子供達がいた。

「ティナ姉ちゃん!」

 子供達の中で一番前にいた男の子が、ティナの姿を視界に入れた途端にそう叫ぶ。やっぱりティナは慕われてるんだな。

「ルイ、私じゃなくてまずは他の皆さんに挨拶をしなさい。それから私のことはティナ先生よ」

 おおっ、さすがティナ。ちゃんと引き締めるところは引き締めるんだね。確かにこういうのって最初が肝心だ。

「おうっ! 俺はルイ、九歳だ。よろしくな!」

 そしてこの子も素直に聞ける良い子だ。元気いっぱいでこの子供達のリーダー的存在なのかな。

「子供達は何も学べていないので敬語も分からず、申し訳ございません」
「ううん、気にしなくて良いよ」

 やっぱり誰でも無料で学べる教育機関を作りたいな。今はまだ生きていくために食料を作り出すことで精一杯で余裕はないけど……、これから畑の改良もしてもっとこの国に余裕ができたら、子供達が学べるような学校を作ろう。そして大人も望めば学べるようにしたい。
 この辺の話はもう少し後でになるだろうけど、頭の片隅には入れておこう。

「じゃあ中で昼食を食べながら自己紹介をしましょう。皆は私に付いて来てね。それから中にご飯があるけど、良いって言うまで食べちゃダメよ」
「え、ご飯!?」
「私お腹空いた~」
「早く中に行こうぜ!」

 子供達は本当に自由だ。この子達をまとめるのは相当大変な仕事だろう……でもティナは楽しそうだしダミエンも微笑ましそうに子供達を見ている。やっぱり人選は合ってたみたいだ。
 子供達はティナの言うことは聞かずに我先にと孤児院に入っていき、食事の匂いから食堂の場所を突き止めて扉を開いた。
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