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第二章 王都改革編

45、空間石のお披露目

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 俺はシリルの方に体を向けて、安心させるように笑みを浮かべて頷いた。

「うん、大丈夫。ずっと放っておいてごめん」
「いえ、気にしないでください。それで……それが空間石でしょうか?」
「そうだよ。成功したんだ」
「その浮かび上がっている魔法陣に物を収納できるのですか?」

 シリルの不思議そうな表情を見て、そういえば物を収納してみてはいないことに気づいた。

「やってみるね」

 ちょうど目に入った固定板を手に持ち魔法陣に触れさせると……、一瞬で魔法陣の中に吸い込まれていった。良かった、大成功だ。

「な、な、なんですかそれ! 魔法陣の方が明らかに小さいですよね!?」
「大きさはあまり関係ないんだ。人よりも二回りほど大きなものまでは自由に出し入れ可能で、中は公爵家の屋敷が二つ半ぐらいの容量があるよ」

 そんな話をしていたらフッと魔法陣が消えてしまった。この魔法陣は二分間だけ維持されるようになっているので、その時間を過ぎると自動で消えてしまうのだ。しかしまた魔力を込めれば魔法陣が出現するので、心配はいらない。

「取り出す時はどうするのですか?」
「魔法陣に手で触れて、取り出したいものを思い浮かべれば良いんだ」

 固定板を手に掴む形で取り出したいと念じると、一瞬後には俺の手の中に固定板があった。

「三メートルぐらいの範囲なら、好きな場所に取り出せるよ。あと収納してるものが何か分からなくなったら、全部取り出したり特徴を指定して取り出すこともできる。例えば食料品だけ取り出すとかね」
「凄く便利ですね……今実際に見ても信じられません」
「すぐに慣れるよ。でも便利だからこそ、魔法陣はあり得ないぐらい複雑だよ?」

 俺が苦笑しつつそう言うと、シリルは瞳をキラキラと輝かせた。難しいものに挑むのが楽しいタイプなのか……つくづく魔道具師に向いている。

「どんな魔法陣ですか!」
「これだよ」

 俺が作った方の魔法陣を見せると、シリルは驚きに目を見開き紙を凝視したまま固まってしまった。それから数十秒間たっぷりと固まり、やっと口を開く。

「こ、これ、細かすぎませんか……?」
「やっぱりそう思うよね。いつ失敗するかって気が気じゃなかった。魔道具作ってると寿命が縮みそうだ」
「私には到底描けそうにありません……」
「それは仕方ないよ。段々とできるようになってくれれば良いから。……そういえば、シリルは魔道具を作ってみたの?」

 シリルの作業机に目を向けてそう質問すると、シリルは途端に落ち込んだ表情を浮かべた。

「……すみません、実は失敗してしまって」

 そうだったのか。でも今日が初めてだったんだから、逆に成功された方が驚く。魔法陣を描けるのと綺麗に彫ることができるのはまた違う能力だからね……魔力をずっと注ぎ続けるのも予想以上に大変だし。

「見ても良い?」
「はい。魔鉱石を削り出して魔法陣を魔力で描くところまでは上手くいったのですが、鉄ペンで彫るのが予想以上に難しくて……」

 シリルが作った初めての魔道具は、魔法陣は最後まで彫られていたけれど、ミルネリスの花の蜜は使われていなかった。発動しないことが分かっていたから、無駄にするのを避けたのだろう。

「この部分が少し歪んでるね。あとは途中で魔力を途切れさせた?」
「そうなんです……つい魔法陣を彫る方に意識を向けすぎてしまって」

 ずっと一定の魔力を注ぎ続けて魔法陣を描くと、魔鉱石は綺麗な青色のままだけれど、途中で魔力を途切れさせちゃうと、その部分が黒く変色するのだ。
 シリルは三回ほど魔力供給を途切れさせたらしい。

「無駄にしてしまってすみません……」
「気にしなくて大丈夫。表面だけを削ってまた磨けば使えるし、最初から成功するなんて思ってなかったから。この程度の歪みと黒ずみなら、最初にしてはかなり上出来だと思うよ。これから頑張って練習してね」

 俺からの言葉を聞いたシリルは安心したようにホッと息を吐き、笑顔を浮かべてくれた。失敗してからずっと不安のまま放置してたのは申し訳なかったな。

「じゃあ疲れたし今日はここまでにしようか。隣に行って皆に空間石を見せないとだし」
「かしこまりました」

 それから二人で部屋の中を適当に片付けて、窓を閉めて部屋の鍵をかけて執務室に戻ってきた。就業時間までもう少しあるからか、まだ皆は真剣に机に向かっている。

「ファビアン様、マティアス、空間石が一つ完成しました」
「本当か!」

 俺の声掛けに二人は興味津々の瞳で顔を上げた。さらに俺の言葉は陛下と宰相様にも届いていたようで、二人も仕事を中断してこちらにやって来てくれる。

「はい。こちらが空間石です」

 皆が見やすいようにテーブルの真ん中辺りに置くと、しばらくは誰も手に取らずにじっと観察していて、数分後に陛下が手を伸ばした。

「こんなに小さいものに、公爵家の屋敷三つ分もの空間が付与されているのか……?」
「あっ、作る過程で少し調整しまして、屋敷二つ半ほどの空間になっています」

 俺のその補足に、微妙な表情で頷く陛下達。三つ分でも二つ半でも大量に入ることには変わりはないよね。

「どのようにして使えば良いのだ?」
「魔力を少し注ぐと宙に魔法陣が浮かび上がりますので、その魔法陣に収納したいものを触れさせれば収納できます。ちなみに収納できるものの大きさの上限は、人の二回りほどの大きさまでです。この部屋ですと……壁際にある大きな棚は収納できません。ソファーはギリギリ入るかもしれません」

 俺のその説明を聞いて、陛下は徐に魔力を注いだ。すると先ほどと同様に魔法陣が浮かび上がる。

「魔法陣は二分間経つと自動で消えますが、また魔力を注げば浮かび上がります」
「使い方は分かった。物を収納してみても良いか?」
「もちろんです」

 俺の許可を得た陛下は、最初は紙やペンなど小さい物を収納していき、次に桶などの少し大きいもの。そして最後にテーブルと椅子、ソファーなどを収納していった。
 様々なものが収納されたため、執務室の中は随分と殺風景になってしまった。

「これは本当に凄いな。なぜこのような小さな石にこんなに多くのものが収納できるのか……不思議でならない」
「この魔道具は入口のようなものですから、広い空間は別の場所にあるのです」
「神のお力は我々には到底理解できぬものなのだな……」

 陛下は空間石を様々な空間からじっくりと観察しながら、そんな言葉を呟いた。

「収納したものはどのように取り出すのだ?」
「魔法陣に触れ、取り出したい物を思い浮かべれば取り出せます。三メートルの範囲ならばどこにでも取り出し可能で、全てを取り出すことや種類を指定して取り出すこともできます」

 それから数十分かけて、陛下は収納した物を次々と取り出していった。次第に取り出すことにも慣れてきて、重い物の移動に使えるということに気づき、執務室は一時大盛り上がりとなった。
 執務室には結構乱雑にソファーやテーブル、棚が配置されていて、誰もが整えたいと思っていたけれど重労働ゆえに後回しになっていたらしい。

 数十分経った後の執務室内は、しっかりと整頓された空間に様変わりしていた。でも多分だけど……この状態はそう長く維持できない気がする。今回整えたことで生まれた空間に誰かが物を持ち込んで、また前と同じになりそうだ。
 ただそれでも一度綺麗にするっていうのは大切だよね。理想型が頭にあるのとないのとでは結果が変わるだろう。

「これは便利だな」
「瓦礫の撤去にはもっと数があった方が便利だと思うので、南区改造計画を実行する時までには数を増やそうと思います」
「ありがとう。しかし……無理はしないように気を付けてくれ。この魔法陣は相当複雑だろう? 作るのが大変なのは容易に想像できる」

 ファビアン様は、陛下が持つ空間石を覗き込みながらそう心配してくれた。俺はそんな気遣いが嬉しくて思わず頬が緩む。

「ありがとうございます。気を付けます」

 それからは他の皆も空間石を試してみて、執務室がいつもとは違った熱気に包まれたまま就業時間を迎えた。
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