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第一章 現状把握編
20、教会へ
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お昼ご飯を食べて午後になってもマルガレーテとローベルトは眠そうに目を擦っていたので、遊びたいと何とか目を開こうとしては失敗している二人を、それぞれの部屋に送り届けて自室に戻ってきた。
「ニルス、午後に貴族街へ出かけることはできる?」
午後に何をしようか考えて、教会に向かうことに決めたのだ。やっぱりティータビア様には定期的に連絡をすべきだろうし、これから休みの日はなるべく教会に行くことにしようと思う。
「もちろんお供いたします。旦那様から、フィリップ様はいつでも馬車を使用しても良いとお達しが来ておりますので、馬車を出すことも可能です」
「え、そうなの?」
今までは家族皆で出かける時か、大事な予定の時しか馬車には乗れなかったのに。父上も俺の知識に期待してくれてるんだろうな……その期待に応えられるように頑張ろう。
「じゃあ馬車の準備をお願い。教会に行きたいんだ」
「かしこまりました。先触れを出して馬車の準備をして参りますので、少々お待ちください」
それから少し部屋で待ち、準備が整ったところで馬車に乗って教会へ向かった。今日は俺とニルスとフレディの三人だけだ。
この揺れる馬車にも慣れてきて少し余裕が生まれたので、馬車の窓を開けて外を眺めてみる。ここが貴族街なんだよね……確かに道は綺麗に均してあって、屋敷と言っても違和感はないほどの大きさの建物が立ち並んでいる。
しかしその肝心の道は土剥き出しのものだ。石畳でもコンリュトで固められた道でもない。多分そこまで手が回らないうちに魔物がやってくるようになり、今度は城壁の建設に人手を取られ、そのままになっているんだろう。
この道をコンリュトで固められたらもう少し馬車も揺れなくなるんだろうな……いくら綺麗に均しているとは言っても、やっぱり土では真っ平らにはならない。
そんなことを考えつつ何気なく外を眺めていると、馬車の車輪がどこかに嵌ったのか、ガタンっと車体が揺れた。そしてその衝撃で固定していた窓がバタンっと勢いよく落ちてくる。うぅ……また頭をぶつけた。
「フィリップ様、大丈夫ですか!?」
俺の向かいの席に座っていたニルスとフレディが、慌てた様子で俺の体を固定するように手を伸ばす。
「……うん、なんとか大丈夫みたい」
「良かったです。窓の嵌りが悪くなっているのかもしれませんね。屋敷に帰ったら早速点検をするように指示を出しておきます」
「よろしくね」
「かしこまりました」
この馬車のというか、この国の窓は基本的に木製の開き戸だ。貴族の屋敷も王宮でもそれは変わらなかった。
ガラス窓はないのかと聞いてみると、ガラス自体は存在しているけれど高価で希少なもので、窓に使われることはほとんどないらしい。
俺がこの世界に来て唯一ガラス窓を見たのは、中央宮殿にある大きなパーティーホールだ。あのホールでは小さなガラス窓がいくつも合わさった、綺麗なステンドグラスが目を惹いた。
もっとガラスが普及して、どこでもガラス窓を設置できるようになると良いんだけど……それにステンドグラスじゃなくて綺麗な一枚ガラスの窓が良い。
それもこの国では贅沢な望みなんだろうな。
でもガラスの窓がないと、昼間でも室内が薄暗くて嫌なのだ。木製の開き戸を開け放ってはいるものの、やっぱり一面のガラス窓よりは明るくならない。それに雨がひどい日は窓を閉めるからもっと室内は暗くなるし。
一応夜や雨の日に使う蝋燭を使用したランタンはあるのだけど、俺はあれが好きではない。明るいと言っても光源の周りが明るくなるだけで他の場所は薄暗く、なんだか不気味なのだ。
前世で使われていた、雷属性の魔道具である雷球が心から欲しい。魔道具の素材が手に入って、あとは中が空洞の丸いガラス球が手に入れば作れるだろう。
――そんなことを考えつつ馬車に揺られていたら、すぐに教会へ到着した。ニルスに促されて馬車を降りると、今回も俺を出迎えに来てくれていたのはティナだった。
「フィリップ様、ようこそお越しくださいました」
「ティナ、出迎えありがとう。約一週間ぶりだね」
「はい。労を惜しまず神へと祈りを捧げるのは、素晴らしいことでございます」
ティナは表情を緩めてそう言った。教会に拾われなかったら生きて来れなかったからか、ティナはとても信心深い。教会で働くのは嫌々ではなく、心から神に仕えたいと思っているからだと伝わってくる。
こういう厳しい世界では信心深い人が多くて、教会の腐敗を招かないのかもしれないな。前の世界の教会は力を持ちすぎたゆえに腐敗し、結局は政治の一部に組み込まれる形に収まった。
俺がこの世界を改革した結果として、教会の腐敗を招かないように気をつけた方が良いだろうか。
……いや、今はそんなことを気にしている段階じゃないな。あまり先の心配をしすぎても身動きが取れなくなる。結果が出てからどう改善していくのか考える方が有意義だろう。
「じゃあ案内をお願いね。今日も一緒に祈りを捧げる?」
「よろしいのですか?」
「もちろん」
「ではご一緒させていただきます」
今日もティナの案内で礼拝堂まで向かい、神達の前までゆっくりと向かって横並びでティータビア様に祈りを捧げた。この一週間でどんな仕事をしたのか、これからどんなふうに知識を活用するのか、しっかりと報告をした。
この前みたいにティータビア様のお声は聞こえなかったけど、しっかりと伝えられて満足だ。祈りを終えて姿勢を正すと、ティナはまだ隣で祈りを捧げていた。
ティナの祈りの姿勢は洗練された美しさがあり、凛とした強さも感じることができるような、とにかく素晴らしいものだった。さらにその横顔はあまりにも美しくて……俺は目を奪われて身動きが取れなくなった。
ティナが祈りを終えて姿勢を正しても、俺は目を離せない。それほどの魅力が今の祈りにはあった。
「――フィリップ様、いかがいたしましたか?」
ティナが少しだけ膝を曲げて、俺と視線を合わせてそう聞いてくれたところで、やっと我に返る。
「……すみません。ティナがあまりにも綺麗だったから」
思わず本音をポロっと漏らすと、その言葉を聞いたティナは一瞬だけ驚くように瞳を見開いた後、ぱちぱちと瞬きをしてから微笑ましげな笑みを浮かべた。
「やはりフィリップ様は公爵家のご子息なのですね。しかしその歳で口説き文句は早いですよ」
完全に子供扱いされた……まあ、仕方ないんだけどさ。ティナは見た目からして十代後半ぐらいだろう。俺はまだ十歳になったばかり。この時期のこの差は大きいよね。
ティナは礼拝堂から退出するために、俺に背を向けて歩き出してしまったので、俺はそんなティナの後ろを少しだけ唇を尖らせながら追いかける。
そうして礼拝堂を出た俺達は、少しだけティナに時間の余裕があるということで、中庭へ歩きながら話をすることにした。
「この教会で礼拝者を出迎えるのはティナの仕事なの? この前も今回もティナが出迎えてくれたから」
「はい、私が仰せつかっております。しかし私だけではなく、他にも担当者はおります」
「そうなんだ」
じゃあ教会に来て、毎回ティナに会えるとは限らないってことか。
「ティナは案内をしていない時は何をしてるの?」
「そうですね……中庭の畑や寄付いただいた食材の管理をしていることが多いです。しかしそれだけではなく、他の教会に出張していることもございます」
「教会間で移動とかあるんだ。全然知らなかったよ」
「あまり多くはないのです。しかし出張という形もありますし、完全に移動ということもございます」
移動があるのは、協会を健全に運営するためには良いことだよね。意外とその辺は考えられてるんだな。
「じゃあティナが移動しちゃうこともあるんだね。……そしたら寂しいな」
「ふふっ、ありがとうございます」
ティナが優しく笑みを溢してお礼を口にした。絶対に小さな子が懐いてくれて可愛いぐらいに思ってるよな……
「しかし私は元々平民街にある教会にいまして、こちらには少し前に移動してきたばかりなのです。当分は別の教会へ行くことはないと思います」
「そうなんだ!」
俺はその事実が嬉しくて思わず叫んでしまった。……今のは子供っぽかった、俺でも分かる。この見た目で背伸びしても子供に見られるんだから、子供っぽい言動なんて以ての外なのに。やってしまった……
ティナをチラッと見上げると、またもや俺のことを温かい目で見守っている。なんか悔しい……俺はティナの美しさに初めて会った時からドキドキしてるのに、ティナは全くなんとも思ってないのが悔しい。
なんとかして早く背を伸ばさなきゃだめだ。背が伸びると言われている食材はこの国では一切手に入らないだろうし……どうすれば成長するんだろう。
そんな答えのないことを真剣に考えつつも、ティナとの散歩を楽しんで俺は教会を後にした。
そして屋敷に戻ってから、ニルスに頼んでこっそりと手を引っ張ってもらったのは内緒だ。ニルスには手を引っ張っても背は伸びませんよと言われた……そんなの分かってるよ! というか何で俺が背を伸ばそうとしてたことに気付いたの!?
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午後に何をしようか考えて、教会に向かうことに決めたのだ。やっぱりティータビア様には定期的に連絡をすべきだろうし、これから休みの日はなるべく教会に行くことにしようと思う。
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「え、そうなの?」
今までは家族皆で出かける時か、大事な予定の時しか馬車には乗れなかったのに。父上も俺の知識に期待してくれてるんだろうな……その期待に応えられるように頑張ろう。
「じゃあ馬車の準備をお願い。教会に行きたいんだ」
「かしこまりました。先触れを出して馬車の準備をして参りますので、少々お待ちください」
それから少し部屋で待ち、準備が整ったところで馬車に乗って教会へ向かった。今日は俺とニルスとフレディの三人だけだ。
この揺れる馬車にも慣れてきて少し余裕が生まれたので、馬車の窓を開けて外を眺めてみる。ここが貴族街なんだよね……確かに道は綺麗に均してあって、屋敷と言っても違和感はないほどの大きさの建物が立ち並んでいる。
しかしその肝心の道は土剥き出しのものだ。石畳でもコンリュトで固められた道でもない。多分そこまで手が回らないうちに魔物がやってくるようになり、今度は城壁の建設に人手を取られ、そのままになっているんだろう。
この道をコンリュトで固められたらもう少し馬車も揺れなくなるんだろうな……いくら綺麗に均しているとは言っても、やっぱり土では真っ平らにはならない。
そんなことを考えつつ何気なく外を眺めていると、馬車の車輪がどこかに嵌ったのか、ガタンっと車体が揺れた。そしてその衝撃で固定していた窓がバタンっと勢いよく落ちてくる。うぅ……また頭をぶつけた。
「フィリップ様、大丈夫ですか!?」
俺の向かいの席に座っていたニルスとフレディが、慌てた様子で俺の体を固定するように手を伸ばす。
「……うん、なんとか大丈夫みたい」
「良かったです。窓の嵌りが悪くなっているのかもしれませんね。屋敷に帰ったら早速点検をするように指示を出しておきます」
「よろしくね」
「かしこまりました」
この馬車のというか、この国の窓は基本的に木製の開き戸だ。貴族の屋敷も王宮でもそれは変わらなかった。
ガラス窓はないのかと聞いてみると、ガラス自体は存在しているけれど高価で希少なもので、窓に使われることはほとんどないらしい。
俺がこの世界に来て唯一ガラス窓を見たのは、中央宮殿にある大きなパーティーホールだ。あのホールでは小さなガラス窓がいくつも合わさった、綺麗なステンドグラスが目を惹いた。
もっとガラスが普及して、どこでもガラス窓を設置できるようになると良いんだけど……それにステンドグラスじゃなくて綺麗な一枚ガラスの窓が良い。
それもこの国では贅沢な望みなんだろうな。
でもガラスの窓がないと、昼間でも室内が薄暗くて嫌なのだ。木製の開き戸を開け放ってはいるものの、やっぱり一面のガラス窓よりは明るくならない。それに雨がひどい日は窓を閉めるからもっと室内は暗くなるし。
一応夜や雨の日に使う蝋燭を使用したランタンはあるのだけど、俺はあれが好きではない。明るいと言っても光源の周りが明るくなるだけで他の場所は薄暗く、なんだか不気味なのだ。
前世で使われていた、雷属性の魔道具である雷球が心から欲しい。魔道具の素材が手に入って、あとは中が空洞の丸いガラス球が手に入れば作れるだろう。
――そんなことを考えつつ馬車に揺られていたら、すぐに教会へ到着した。ニルスに促されて馬車を降りると、今回も俺を出迎えに来てくれていたのはティナだった。
「フィリップ様、ようこそお越しくださいました」
「ティナ、出迎えありがとう。約一週間ぶりだね」
「はい。労を惜しまず神へと祈りを捧げるのは、素晴らしいことでございます」
ティナは表情を緩めてそう言った。教会に拾われなかったら生きて来れなかったからか、ティナはとても信心深い。教会で働くのは嫌々ではなく、心から神に仕えたいと思っているからだと伝わってくる。
こういう厳しい世界では信心深い人が多くて、教会の腐敗を招かないのかもしれないな。前の世界の教会は力を持ちすぎたゆえに腐敗し、結局は政治の一部に組み込まれる形に収まった。
俺がこの世界を改革した結果として、教会の腐敗を招かないように気をつけた方が良いだろうか。
……いや、今はそんなことを気にしている段階じゃないな。あまり先の心配をしすぎても身動きが取れなくなる。結果が出てからどう改善していくのか考える方が有意義だろう。
「じゃあ案内をお願いね。今日も一緒に祈りを捧げる?」
「よろしいのですか?」
「もちろん」
「ではご一緒させていただきます」
今日もティナの案内で礼拝堂まで向かい、神達の前までゆっくりと向かって横並びでティータビア様に祈りを捧げた。この一週間でどんな仕事をしたのか、これからどんなふうに知識を活用するのか、しっかりと報告をした。
この前みたいにティータビア様のお声は聞こえなかったけど、しっかりと伝えられて満足だ。祈りを終えて姿勢を正すと、ティナはまだ隣で祈りを捧げていた。
ティナの祈りの姿勢は洗練された美しさがあり、凛とした強さも感じることができるような、とにかく素晴らしいものだった。さらにその横顔はあまりにも美しくて……俺は目を奪われて身動きが取れなくなった。
ティナが祈りを終えて姿勢を正しても、俺は目を離せない。それほどの魅力が今の祈りにはあった。
「――フィリップ様、いかがいたしましたか?」
ティナが少しだけ膝を曲げて、俺と視線を合わせてそう聞いてくれたところで、やっと我に返る。
「……すみません。ティナがあまりにも綺麗だったから」
思わず本音をポロっと漏らすと、その言葉を聞いたティナは一瞬だけ驚くように瞳を見開いた後、ぱちぱちと瞬きをしてから微笑ましげな笑みを浮かべた。
「やはりフィリップ様は公爵家のご子息なのですね。しかしその歳で口説き文句は早いですよ」
完全に子供扱いされた……まあ、仕方ないんだけどさ。ティナは見た目からして十代後半ぐらいだろう。俺はまだ十歳になったばかり。この時期のこの差は大きいよね。
ティナは礼拝堂から退出するために、俺に背を向けて歩き出してしまったので、俺はそんなティナの後ろを少しだけ唇を尖らせながら追いかける。
そうして礼拝堂を出た俺達は、少しだけティナに時間の余裕があるということで、中庭へ歩きながら話をすることにした。
「この教会で礼拝者を出迎えるのはティナの仕事なの? この前も今回もティナが出迎えてくれたから」
「はい、私が仰せつかっております。しかし私だけではなく、他にも担当者はおります」
「そうなんだ」
じゃあ教会に来て、毎回ティナに会えるとは限らないってことか。
「ティナは案内をしていない時は何をしてるの?」
「そうですね……中庭の畑や寄付いただいた食材の管理をしていることが多いです。しかしそれだけではなく、他の教会に出張していることもございます」
「教会間で移動とかあるんだ。全然知らなかったよ」
「あまり多くはないのです。しかし出張という形もありますし、完全に移動ということもございます」
移動があるのは、協会を健全に運営するためには良いことだよね。意外とその辺は考えられてるんだな。
「じゃあティナが移動しちゃうこともあるんだね。……そしたら寂しいな」
「ふふっ、ありがとうございます」
ティナが優しく笑みを溢してお礼を口にした。絶対に小さな子が懐いてくれて可愛いぐらいに思ってるよな……
「しかし私は元々平民街にある教会にいまして、こちらには少し前に移動してきたばかりなのです。当分は別の教会へ行くことはないと思います」
「そうなんだ!」
俺はその事実が嬉しくて思わず叫んでしまった。……今のは子供っぽかった、俺でも分かる。この見た目で背伸びしても子供に見られるんだから、子供っぽい言動なんて以ての外なのに。やってしまった……
ティナをチラッと見上げると、またもや俺のことを温かい目で見守っている。なんか悔しい……俺はティナの美しさに初めて会った時からドキドキしてるのに、ティナは全くなんとも思ってないのが悔しい。
なんとかして早く背を伸ばさなきゃだめだ。背が伸びると言われている食材はこの国では一切手に入らないだろうし……どうすれば成長するんだろう。
そんな答えのないことを真剣に考えつつも、ティナとの散歩を楽しんで俺は教会を後にした。
そして屋敷に戻ってから、ニルスに頼んでこっそりと手を引っ張ってもらったのは内緒だ。ニルスには手を引っ張っても背は伸びませんよと言われた……そんなの分かってるよ! というか何で俺が背を伸ばそうとしてたことに気付いたの!?
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