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第一章 現状把握編

19、休みの日

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 宰相補佐として仕事を始めて四日が過ぎ、今日は初めてのお休みだ。やる気十分な俺は休みなんていらないと昨日陛下に進言したけれど、無理し過ぎて倒れたら元も子もないと却下された。

 確かに俺の体は子供だからそれも分かるんだけどね……早く大人になりたい。せめて歳は諦めるから体が大きくなってほしい。

「ニルス、今日は家庭教師の先生達は来ないんだっけ?」
「はい。旦那様からフィリップ様が仕事に慣れるまで、再開しないようにと言われております」
「……そっか」

 家庭教師の先生も来ないとなるとやることがない。前の世界ならとにかく本を読んでたけど、この世界では本が貴重すぎてこの屋敷にはあまりないのだ。
 何をやろうかな。畑の手伝いでもして体を動かすか、厨房に行って新しいメニュー開発をするか。でも新しいメニューが作れるほどの材料がないんだよね……

 そんなことを考えつつ、結局は自分の部屋で水をちびちびと飲んで椅子に座っていると、俺の部屋の扉が勢いよく叩かれた。

「あにうえ~!」

 そしてすぐにローベルトの可愛い声が聞こえてくる。

「ニルス、開けてあげて」
「かしこまりました」

 ニルスはローベルトが怪我をしないように声をかけ、ゆっくりと扉を開いた。すると開いた隙間からローベルトが部屋の中に滑り込んでくる。

「あにうえ! きょうは、おうきゅう行かないの!?」

 俺のところまで駆け寄ってきて、満面の笑みで見上げるその瞳はキラキラに輝いている。うぅ……可愛い。

「今日はお休みだから屋敷にいるんだ」
「そーなの!? じゃあぼくとあそぼ?」
「もちろん。何して遊びたい?」
「んーとね、きしごっこ!」

 騎士ごっこ、お兄ちゃんがいくらでもやってあげよう。ローベルトの可愛さにデレデレしつつ、外に行こうかと声をかけようとした瞬間、またしても俺の部屋のドアが叩かれた。

「ローベルト! お兄様のじゃまをしちゃダメでしょ!」

 今度は可愛いお姫様の登場だ。

「マルガレーテ、今日は僕休みなんだ。だから大丈夫だよ」
「そうなのですか!? では私と遊びましょう!」

 マルガレーテは敬語も随分と身に付いて、大人っぽくなってきていると思っていたけど、やっぱり子供らしいところも残ってるみたいだ。ローベルトと同じように瞳をキラキラと輝かせている。

「あねうえだめ! あにうえとあそぶのはぼくだもん!」

 ローベルトは俺が取られると思ったのか、小さな体で俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。するとそれに対抗してか、マルガレーテも逆側の腕に抱きついてくる。
 これぞ両手に花だ。幸せ……

「お兄様、どちらを選ぶのですか!」
「あにうえ、ぼくだよね……?」

 ローベルトの瞳がうるうるし始めた。こんな二択選べるわけない! 俺は早々にどちらかを選ぶのは諦め、三人で遊ぶ方向に話を持っていくことにした。

「じゃあ三人で一緒に遊ぼう?」
「私は騎士ごっこは嫌です」
「ぼくは、きしごっこやりたい……」

 ああ、ローベルトの瞳から今にも涙が溢れそうだ。二人が楽しめる遊びを考えないと。マルガレーテも納得してくれて、ローベルトが騎士ごっこより喜ぶ遊びと言ったら……

「魔法陣魔法を二人に見せるっていうのはどう?」
「それって……お兄様がティータビア様から貰った力ですか?」
「ぼくそれ知ってる! ちちうえがゆってたよ。あにうえのすごいやつ!」
「そう。まだ二人には見せたことなかったよね? 見てみたくない?」

 その提案に二人の表情がみるみる明るくなっていき、瞳はさっきよりもキラキラと輝き出した。大正解だったみたいだ。

「ぼく見たい!」
「私も見たいです!」
「じゃあ決まりだね。一緒に外に行こうか」

 元気よく頷いてくれた二人と手を繋ぎ、俺達はそれぞれの従者と護衛を引き連れて庭に向かった。行き先は畑だ。
 この国の畑で作物があまり育たないのは水不足も原因の一つらしいから、どうせなら畑に雨を降らせようと思ったのだ。

 屋敷の使用人達は俺がティータビア様から知識を得たことは知っているので、魔法陣魔法を使うのに問題はない。

「あらあら、どうしたのですか? マルガレーテ様、ローベルト様、本日はフィリップ様がいらして良かったですね」

 畑に着くと、一番近くで作業をしていた女性が声をかけてくれた。満面の笑みで俺と手を繋いでいる二人を見て、微笑まし気にそう口にする。

「うん! あにうえとあそぶの!」
「そうでしたか」
「お兄様がお力を見せてくれるのよ!」
「お力とは……ティータビア様から得たというものでしょうか?」
「そうだよ。だから仕事の邪魔をして悪いんだけど、一度皆に畑から出て欲しいんだ。畑全体に雨を降らせようと思って」

 俺のその言葉に女性は驚愕の表情を浮かべつつ、素直に頷いて他の使用人を呼んでくれた。そして全員が畑から外に出たところで俺は二人に視線を合わせる。

「じゃあ早速始めるね。僕が魔法陣を宙に描くと畑に雨が降るよ」

 その言葉に二人が元気よく頷いたのを確認してから立ち上がり、皆に見やすいように大きくゆっくりと魔法陣を描いていった。そして最後に魔法陣へ魔力を注ぐと……畑の上にだけ、ザーッと雨が降り始めた。

「あめだ!」
「お兄様、凄いです!」

 二人は自分は濡れないのに目の前に降っている雨に大興奮で、雨に手を伸ばしては引っ込めてを繰り返している。

「こっちはあめふってる、こっちはふってないよ!」
「二人とも楽しい?」
「うん!」

 二人が今までで一番というほどの笑顔を見せてくれたので俺も大満足だ。

「ティータビア様のお力とは、凄いのですね……」
「こ、このような奇跡を目の当たりにできるとは」
「ティータビア様、恵みの雨に感謝を」

 はしゃいでる二人とは対照的に、使用人達は呆然としていたり感動で涙を流していたりティータビア様に祈りを捧げていたりと、この光景に胸を打たれているようだ。

「ティータビア様のお力は本当に凄いよね。この力を授かった者として、この国を良くするために頑張るよ。この畑に雨を降らせる程度のことならいつでも出来るから言ってね」

 俺が皆を振り返ってそう言うと、その言葉がより皆を感動させたらしい。ほとんど全員が泣いてるみたいだ。

「フィ、フィリップ様は、素晴らしいお方です。最高の主人に仕えることができ、幸せでございます」
「大袈裟だよ。……でも、これからもそう思ってもらえるように頑張るね」

 俺がそう宣言して皆に笑いかけたところで、後ろからマルガレーテとローベルトの歓声が聞こえてきた。どうしたのかと思って振り返ると……そこには綺麗な虹がかかっていた。

「あにうえ、きれいだね!」
「こんなにきれいな虹ができるなんて凄いです!」
「本当に綺麗だ……それに作物もキラキラと光ってるね」

 葉についた水滴が太陽の光に照らされて光り輝き、綺麗な虹が掛かっているこの光景は……この国の未来が明るいものとなることを示唆するようで、改めて身の引き締まる思いだ。

 それからしばらくは綺麗な風景を眺めていたけれど、ローベルトが可愛いくしゃみをしたことで皆が我に返った。

「ローベルト濡れちゃったね。屋敷に戻って着替えようか。靴も泥だらけだ」

 ローベルトは途中から楽しそうに雨の中に突っ込んでいってたから、全身がびしょ濡れで泥だらけになっている。
 特にやばいのは靴だな……この国の靴は比較的弱い魔物から取れる皮で作られているものと、弾力性と耐久性を兼ね備えた木の葉で作られているものがある。ローベルトが履いていたのは木の葉の方で、こっちの短所は汚れが染み込みやすいことなんだ。多分この汚れは……落ちないだろうな。皮なら磨けば落ちたのに。

「この靴はお外で遊ぶ時専用になるかな。屋敷の中で履く用は新しく作ってもらおうね」
「うん、そうする。ふわぁ~、あにうえ、ねむくなってきた」

 ローベルトは急に力尽きたようで、もう立っているのも辛いみたいだ。

「はしゃぎすぎたよね。屋敷に戻ろうか」

 俺は今にも眠ってしまいそうなローベルトを従者に抱き上げてもらって、眠そうだけどまだ耐えられそうなマルガレーテとは手を繋いで屋敷に戻った。
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