上 下
6 / 11

6、ヒュドラの棲家

しおりを挟む
「じゃあ行くからね。一気に駆け抜けるよ~」
「おうっ!」
『アイス』

 ニックのトリガーワードによって、目の前の沼地がみるみる凍っていき一本の道を作っていく。そしてそこをエドガーを先頭に駆け抜ける。

 氷の上を走るのは沼の中を進むのよりも圧倒的に早く進めるし、さらに音もあまり立たないので今のところヒュドラに気づかれていない。

「ヒュドラに気づかれないね。これいけるかも」

 小声でニックがそう言うと、前にいたエドガーが反応した。

「いや、目の前にヒュドラがいるぜ」
「本当? 僕はまだ見えないんだけど……」 
「このまま行くと完全にぶつかるな。少し右に道を曲げれば避けられると思うぞ」
「おっけー。ちょっと右寄りに曲がるね」

 それから少し走るとニックにもヒュドラが目視できたようだ。ニックの視力も悪くはないのだが、エドガーの視力が人間離れしている。

「本当にいた。あのまま行ったら完全にぶつかってたね。エドガーありがと」
「おう、これからも見えたら言うからな」
「よろしく」


 そうしてヒュドラを上手く避けながら走ること一時間、まだまだ沼地の終わりは見えないが、ヒュドラも上手く避けつつここまで来れたので油断していたその時、急に沼の中からヒュドラが飛び出してきた。

「うわぁっ! ちょっと、沼の中からとか反則! そんなことできるの!?」
「ニック、戦えるように足場を広げてくれ! さすがにここまで近づかれると逃げるのは難しい!」
「りょーかい!」

 アーネストのその言葉に、ニックが一瞬で半径五メートルほどの円形の足場を作り出す。そしてその足場からエドガーが大剣を構えてヒュドラに飛びかかった。
 しかし上手く避けられて、頭一つにかすり傷を与えられただけだ。

「くそっ、変な動きをしやがって!」

 普通は飛び上がって高い場所にいる敵を斬りつけに行ったらその後は落ちるしかないのだが、そこはさすがSランク冒険者、他のヒュドラの首を足場にして体勢を立て直し、もう一度先ほど掠った首めがけて飛ぶ。
 その途中で襲ってくる頭は上手く大剣でいなし、目的の首を大剣で上から叩きつけた。

「グギャッ!」

 ヒュドラの一つの頭はそんな声を発しながら絶命した。

「よしっ、まず一つだ」

 エドガーがそうして一つの頭を倒している間に、アーネストはエドガーが首を足蹴にして少しのダメージを与えた頭をレイピアで一突き、絶命させていた。
 今回ニックは魔力を温存するために戦いには参加していない。よってグレンはニックの護衛だ。ニックに向かってきた頭を上手くいなしている。

「エドガーあと三つだ!」
「おうっ!」

 昨日の経験から、ヒュドラは五つの頭を倒されると動きが鈍ったり襲って来なくなったりすることが分かっているのだ。その経験からとにかく五つの頭を素早く倒すことを目標にする。

「エドガー、飛び上がったら一撃で倒さなくてもいいから三つの頭を下に叩きつけられないか? それかさっき首を足蹴にしたようにして、頭を下にくるようにして欲しい。俺がそのタイミングで下から倒す」
「分かった。やってみる」

 二人は隣り合って剣を構え、少しだけ作戦会議をした。そしてまたすぐに戦い開始だ。

 まずはエドガーが身体強化によって、あり得ないほどのスピードでヒュドラの頭まで飛び上がる。しかしそのまま大剣で倒すのではなく、エドガーはヒュドラの首の上に乗った。

「アーネストいくぞ!」
「ああ!」

 エドガーはそう叫ぶと自分が乗っている首から再度飛び上がり、まずはその首を大剣で下に叩きつけた。そこまで力を入れずに叩きつけたことでヒュドラの頭は倒せていないが、エドガーの体勢も崩れていない。エドガーはそのまま次の首に飛び乗りまた同じことを繰り返す。
 そしてその攻撃で地面近くまできたヒュドラの頭はアーネストのレイピアの餌食となる。ヒュドラは何が起きているのか分からないうちに絶命しているだろう。

 その連携を続けること三回、ついにヒュドラが俺達への攻撃をやめて逃げる体制に入った。

「エドガー、終わりだ」
「おうっ」

 エドガーは危なげなくヒュドラの上から飛び降りてきた。ニックもちゃんと、エドガーが飛び降りてきた場所の氷を分厚くするのを忘れていない。見事な連携だ。

「今の連携は良かったな。これからはあれでいこう」
「確かにあれならヒュドラも怖くねぇな」
「じゃあ、別のヒュドラが来る前に早く先に行こ」
「そうだな。ではニック、また道を頼む」
「うん!」


 ――そうしてそれからも何度かヒュドラに遭遇したが、同じような連携プレーで危なげなく倒すことができて、ついにエドガー達はヒュドラの生息域である沼地を抜けることに成功した。
 既に辺りは暗くなり始めている。夜になる前にギリギリ駆け抜けられたようだ。

「やっと抜けたよ~。予想以上に長かった。これ帰りもあるんだよね? しかもアーシェラもいるんだよね? 大変だね……」
「確かに帰りはまた考えなくてはいけないな。今の方法で帰りも駆け抜けるとして、アーシェラは誰かが背負う必要があるだろう」

 アーシェラの聖女としての力は本当に凄いものだが、本人の体力や身体能力は普通の少女と変わらない。なので帰りはアーシェラをずっと誰かが背負う必要があるのだ。

「……隣国の奴ら、アーシェラを無理に走らせたりしてないよね? というかさ、人が通った形跡が今まで一切ないけどそんなことってある?」

 そう言うニックの顔は怒りに満ちている。本当はアーシェラは転移で安全に隣国まで連れ去られたのだが、さすがにアーティファクトの転移まで推測できないエドガー達は、この険しい道をアーシェラが敵に連れられて踏破したと思っている。
 さらに全く痕跡がないことから、もしかしたらどこかで魔物にやられてここまで来てないんじゃないか。そんなことまで頭をよぎっている。しかしさすがに誰もそれは口にしない。

「聖女なんだから大切に扱われていると思おう。それから痕跡は魔物がここまで多ければ、消えていてもおかしくはない」

 アーネストが自分に言い聞かせるように言ったその言葉に、皆が同意するように頷く。皆もそう信じたいのだ。

「今日はここらで休むとするか? それとももう少し進むか?」
「僕はもう少し進んだ方がいいと思う。さすがに沼が近すぎるよ」
「私もその意見に賛成です」
「私もだ」
「じゃあもう少し進むか。行くぞ」

 そうしてそれからまた三十分ほど先に進み、エドガー達はちょうど休める場所を見つけてそこに止まった。
 アーシェラの安否を一度不安に思ったらどうしても気になってしまい、少しだけ暗い雰囲気の中で口数少なく夜は更けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...