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短編

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「カトリーヌ! 私はお前との婚約を破棄する!」

 この場所は王宮にある豪華な大ホール。そこで現在行われているのは、貴族学校の卒業パーティーだ。
 私たち卒業生はもちろんのこと、その両親である国中の貴族が集まり、社交の場となっている。

 そんなホールにある壇上で、突然先ほどのセリフを叫んだのは、私の婚約者であるセドリック第一王子殿下だ。

 ずっと馬鹿だアホだと思っていたけど……本当にこんな場所で婚約破棄を叫ぶほどに馬鹿だったとは。でもこれで、セドリック殿下は王の資質なしと判断され国が混沌に陥るのを避けられたわね。

 私は内心でほくそ笑みながら、貴族令嬢らしくその気持ちを一切外には出さず、突然婚約を破棄された可哀想な令嬢を演じた。

「な、なぜ突然そのようなことを……」
「お前がコレットに対して行ってきた数々の悪行、全て私は知っているのだからな! お前のような悪女を王妃とするわけにはいかない!」

 そう叫んだセドリック殿下は、隣に待機していたコレット様の腰に腕を回した。コレット様は伯爵家のご令嬢で、最近殿下が熱を上げているお方だ。

「私はそのようなこと、しておりません!」
「今さら言い訳など見苦しいぞ! 数日前にもコレットを階段から突き落としただろう? 危うく大怪我をするところだったのだ! コレット、これからは私がお前を守るからな」

 私を睨みつけたあと、殿下はコレット様に優しい笑みを向けられた。
 その様子を見て、会場にいる貴族たちがどちらの言葉を信じれば良いのか混乱し始めたその時、コレット様が一歩前に出て口を開く。

「セドリック殿下――――私は階段から突き落とされてなどおりません」

 その言葉は会場中に響き渡り、皆が困惑しているのが後ろを振り返らずとも感じられた。

「なっ、ど、どういうことだ!? コレット、突き落とされたのだよな!」
「いえ、そのような事実はございません」

 淡々と否定するコレット様に、殿下は大慌てだ。コレット様の肩を掴んで必死に詰め寄っている。

 ――コレット、嫌な役目を任せて本当にごめん。後で美味しいお菓子をたくさん渡すわ。

「た、確かに、階段から突き落とされたのは、私の勘違いだったかもしれないな……そ、そうだ! お前の教科書が破かれ捨てられていただろう? あれは実際に捨てられた教科書もあったはずだ! な、そうだろう?」
「はい。確かに私の教科書は破られ捨てられました」

 コレット様のその言葉に、殿下は心底ホッとしたように息を吐くと、また最初の元気を取り戻して私に対してビシッと指差した。

「カトリーヌ! やはりお前は悪女……」
「しかし、教科書を破いたのはカトリーヌ様ではございません」

 コレット様が続けて発したその言葉に、ガクッと体を傾かせて転びかける殿下。なんだか、だんだんと面白くなってきたわね。

「コ、コレット!」
「私の教科書を破いたのは、殿下ご本人でございます」
「な、何を言うんだ! 私はそのようなことはしていないぞ! 言い掛かりはよしてくれ!」
「しかし……実際にこの目でその場面を見ておりましたので」
「何の証拠もないのだろう!? それなのにこんな場所で私を陥れようと嘘をつくなど、不敬だぞ!」

 殿下が真っ赤な顔でそう叫んだところで、私は一歩前に出て声を張った。

「恐れながら殿下、そのお言葉そっくりそのまま殿下にお返しいたします。証拠もないのに、このように皆様が見ておられる場所で、私を悪女と罵り、一方的に婚約破棄を突きつけてらっしゃいましたよね?」

 ことさらゆっくりと、完璧な笑顔で問いかけると、殿下は顔色を悪くして一歩後退った。

「しょ、証拠がないわけじゃない……! コレットがやられたと言ったんだ!」
「そうですか。では殿下はたった一人の証言を鵜呑みにして、こんな騒動を起こしてしまわれるのですね。事前に証拠の裏取りなどはなさらなかったのですか?」
「それは……っ」

 殿下が何も反論できなくなったことを確認してから、隣で静かに佇むコレット様に視線を向けた。

「そもそもコレット様は、本当に私からの悪事があったと殿下にお伝えしたのですか?」
「いえ、そのようなことはしておりません。殿下がカトリーヌ様との婚約を破棄したいから罪をでっち上げると仰られ、私は反対したかったのですが、王家の方に逆らうことはできず……大変申し訳ございませんでした」

 瞳から涙をこぼして泣くコレット様からは、儚さを感じられて皆から同情の視線が集まった。そしてセドリック殿下には、非難の視線だ。

「なっ……お前! そもそもお前が私に近づいてきたのが悪いのだろう!? コレットは悪女だ! 色目を使って私を陥れようとしたのだ!」

 もうめちゃくちゃだわ……やはり殿下は馬鹿ね。自分から事態を悪化させてくれるから、こちらとしてはやりやすいけれど。

 ただそろそろ相手をするのも疲れてきたことだし、ここらで良いかしら。息子可愛さに殿下の悪い部分から目を逸らしてきた陛下も、さすがにここまでの騒動を起こせば対処せざるを得ないでしょう。

 そう思って宰相様と談笑しておられた陛下に視線を向けると、ちょうど陛下がこちらに歩いてくるところだった。

「セドリック……私はお前のことを信じてきたが、それは間違いだったようだ。お前に王の器がないことはよく分かった。――王宮の私室で謹慎していろ」
「なっ……父上! 私は悪くないのです! この悪女たちが……!」

 殿下は最後まで子供のように喚きながら、騎士によって会場の外に連れて行かれた。

 これでこの国は平和になったわね。

 私が内心で安堵していると、陛下が眉尻を下げてこちらにやってくる。

「カトリーヌ嬢、大変申し訳なかった。冤罪であなたとの婚約を破棄しようとするなど……」
「いえ、私は大丈夫です。しかし殿下のお立場も変わられるでしょうから、婚約は……」
「ああ、もちろん解消とする。あの息子をそなたに押し付けるわけにはいかないからな」
「かしこまりました。婚約の解消、謹んでお受けいたします」

 やったわ……! ついにあの馬鹿王子とおさらばよ!

 それからは今後の対処のために皆が忙しく動き回ることになり、卒業パーティーは早々に幕を閉じた。



 ♢ ♢ ♢


 パーティーが終わってから数日後。私は自宅の屋敷でコレットとお茶会をしていた。

「セドリック殿下、白の塔に生涯入れられるんだってね。上手くいって良かったわ」
「コレット、本当にありがとう。助かったわ」

 私のその言葉を聞いたコレットは、じっと私の顔を見つめると空になったお皿を持ち上げた。

「もっとお菓子をちょうだい」
「もちろんよ」

 今日はコレットに私の願いを叶えてもらう代わりに約束していた、美味しいお菓子を好きなだけ提供するという日なのだ。

 うちのパティシエにたくさんのスイーツを作ってもらい、その他にも王都で人気のお菓子は端から集めてある。

「それにしてもカトリーヌから、殿下に近づいて浮気相手になって欲しいの、って頼まれた時には驚いたわ」
「今思えば……凄いお願いよね」
「本当よ。この子は何を言ってるのかしらと思ったわ」
「あの時は切羽詰まってたのよ。男爵家の令嬢と手を組んで私を糾弾しようとしていたから、これは大変と思って」

 殿下が口うるさい私を疎んで婚約を破棄したがっていることは知っていたけど、まさかあんな強硬手段に出るとは思わなかったのよね……私からも陛下にそれとなく婚約を解消したいと伝えていたし、今は陛下が難色を示していても、双方の願いでそのうち円満に解消されるだろうと踏んでいた。

 しかし殿下はそれを待てず、浮気相手の一人である男爵家のご令嬢と一緒に、私に冤罪をかけようとしたのだ。私が何も行動しなければ、今日のパーティーで殿下の隣にいたのはコレットではなく男爵令嬢になっていた。

「あの男爵家、成り上がりだけどお金だけはあるものね。お金を借りてる家も多いから、殿下と手を組まれたら面倒なことになってたわよ」
「私もそう思ったわ。だからほんっとうに、コレットのおかげで助かったの。ついでに殿下が王位を継ぐことも阻止できたし、作戦は大成功だわ。ありがとう」
「もう感謝は良いわ。それよりもスイーツよ。あの殿下としばらく一緒に過ごしていて、疲れ果てたわ」

 コレットはそう言うと、自分の皿にケーキを三つ追加で載せた。

「やっぱり大変だった?」
「作戦の遂行は驚くほどに簡単だったけれど、馬鹿すぎて毎日呆れるのに忙しかったわよ。授業でちょっと手に触れただけですぐ言い寄ってきたし、カトリーヌと一緒の授業を受けた後にペンをなくしたと言えば、勝手にカトリーヌが盗ったんだと決めつけてくれるし、私はほぼ何もせずに笑顔でいれば婚約破棄騒動まで持っていけたわ」

 ああ……なんだか想像できる。殿下はまず人の話を聞かないのよね。自分が絶対に正しいと思い込んでるところがあるし、周りも自分の意見には賛成だと信じて疑わない。

「そうだ、カトリーヌ。今回の件で私が婚約者探しに苦労することになったら、責任もってカトリーヌが相手を探してきてよね」
「もちろんよ。伯爵様は研究ばかりでコレットの婚約者に興味がないものね」
「ええ、お父様は役に立たないわ。お母様もおっとりしていてダメなのよ」
「私に任せなさい。コレットは長男じゃなくて次男以下で文官がいいんだっけ?」
「ええ、優しくて本好きの文官なら誰でもいいわ」

 その条件ならいくらでも候補がいるし、コレットは殿下がすぐに言い寄るほど可愛らしいから、婚約者探しに苦労することはないだろう。
 友達のためだ、私が最高の人を見つけてこよう。

 そう気合を入れていると、今度はケーキじゃなくてクッキーに手を伸ばしたコレットが、何気なく私に視線を向けて口を開いた。

「これからあなたはどうするの?」
「そうね~、しばらく婚約者はいらないって思うけど、お父様が張り切ってるのよ」
「侯爵様、カトリーヌを溺愛してるものね」
「本当に暑苦しいわ……『お前の素晴らしさが分かる最高の男を見つけてきてやるからな!』って毎日どこかに出かけていくのよ」

 私はのんびり楽しく過ごせれば良いから、伯爵家あたりの穏やかな男性に嫁入りするので良いんだけど、お父様が伯爵家の男なんぞカトリーヌには釣り合わない! って認めてくれないのよね。

 まあ私に大きなこだわりはないから、お父様が決めた人で文句はないけれど。

「出かけてるって、どこにいってるのかしら。婚約者探しに出かける必要なんてある?」
「さあね、私も不思議なのよ。昨日なんて泥だらけで帰ってきたわ」
「泥だらけって……どこにいってるのよ。男は強くなきゃダメだ! なんて言って、筋骨隆々な山男とかを連れてきたりして」
「――なんだかそれ、ありそうで嫌だわ。お父様、ヒョロヒョロの男は心を鍛えてないからダメだな、とか言ってたもの」

 私とコレットは顔をしばらく見合わせて、しかしまさかそんなことはないだろうと笑い合った。

「まあ、なんだかんだ同じ侯爵家の人を選ぶんじゃない?」
「そうよね。決まったら教えるわ」
「ええ、私にも会わせてよね」
「もちろんよ」

 それから私たちは婚約者のことは忘れて、最新スイーツや王都で人気の服飾店などの話題に移り、お茶会を楽しんだ。


 この日から約二ヶ月後の早朝。ボロボロになりながら屋敷に戻ってきた侯爵が、世界中で神に等しい存在と崇められている竜族の男を連れてくることは、まだ誰も知らない。




        ―完―
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