上 下
26 / 42
第2章 世界的な異変

26、招待状と夕食会

しおりを挟む
 騎士団の詰所でベッドを借りた私とヴァレリアさんは、ぐっすりと寝たことで体力を完全に回復させ、薬屋に戻った。
 そして数日は比較的のんびりとしながら、いくつかの依頼をこなしていると……豪奢な招待状がたくさんの贈り物付きで薬屋に届いた。

 もちろん差出人はペルヴィス侯爵家の男性だ。あの男性は名前をアルベールというらしい。

「はぁぁぁ、行きたくないな」

 ヴァレリアさんは眉間に皺を寄せて、招待状を睨みつけている。

「でも約束しちゃったんですから行かないとですよ。こんなに贈り物も貰っちゃいましたし」

 贈り物はヴァレリアさんが好みそうなものを必死に考えたのか、珍しい薬草類が中心だった。さらに高級フルーツがたくさんと、骨付き肉もある。

 貴族目線で良いものじゃなくて、ヴァレリアさんのことを考えて選んでくれてるのを見ると、少しアルベール様を応援したくなっちゃうかもしれない。

「招待されたのは夕食会ですか?」
「ああ、三日後の夕方からだ。場所はペルヴィス侯爵邸の食堂で、侯爵と侯爵夫人、さらにアルベールの妹と弟も参加するそうだ」
「え……家族全員が参加ですか?」
「そうみたいだな……ちっ、あの時に人数の指定をしておけば良かった」

 ヴァレリアさんは舌打ちをしながら後悔を滲ませると、大きく息を吐き出して招待状を机に置いた。

「仕方がないから一日だけ頑張るか。レイラも頼んだぞ」
「私も頑張りますけど、私は美味しいご飯を食べてるだけで良いですよね? 話を振らないでくださいね?」
「……善処しよう」

 スッと目を逸らしたヴァレリアさんは、面倒な話は私に押し付ける気満々に見える。

「ちょっとヴァレリアさん。私はただの孤児院出身の平民なんですから、貴族同士のやり取りに巻き込まないでくださいね」
「いや、レイラはよく貴族家にも行ってるだろう?」
「あれは薬師の仕事なので全然違います!」

 私の主張にヴァレリアさんは曖昧に頷いてくれたけど、納得してくれたかどうかは怪しい。

 うぅ……私も嫌になってきたかも、夕食会。


 夕食会までの三日間はあっという間に過ぎ去り、現在の私たちは迎えにきてくれたペルヴィス侯爵家の馬車に乗っているところだ。

 ヴァレリアさんは夕食会のため綺麗なドレスに身を包んで別人に変身し、私も可愛らしいドレスを着ている。フェリスは厨房に忍び込んでこっそり美味しい料理を食べるんだと、やる気満々だ。

 馬車が貴族街に入って侯爵家の屋敷が見えてくると、少しずつ速度が落ちてきた。門は何の確認もなしに素通りして、そのまま屋敷のエントランス前だ。

 私とヴァレリアさんが馬車から降りると、屋敷の前には侯爵家の皆さんが勢揃いで出迎えに来てくれていた。

「ヴァレリア嬢、それからレイラ、我が家の夕食会にお越しいただきありがとう。この前はしっかりと礼も伝えず、さらには名乗りもせずに申し訳なかった。アルベール・ペルヴィスと申します。……あなたの姿をまたこうして拝見できること、とても嬉しく思う」

 アルベール様は恥ずかしげもなくヴァレリアさんに向けて笑みを浮かべると、綺麗な所作で右手を差し出した。その手にヴァレリアさんが手を載せると、さらに顔が笑み崩れる。

 そんなアルベールさんの様子を見ている侯爵家の方々は……感動に瞳を潤ませていた。いや、何で感動?

 それから私も侯爵様と侯爵夫人に大歓迎を受け、皆で夕食会の会場に移動した。その会場は驚くほど豪華に飾られていて、王族の誕生パーティーでもやるの? 他国の国賓でも来る? といった様子だ。

「こちらの席をどうぞ」
「ありがとうございます」

 侯爵家の人たちってアルベールさんを誑かした的な感じで、ヴァレリアさんのことをどちらかといえば疎ましく思ってるのかなと予想してたんだけど、全く違うみたいだ。

 あまりの大歓迎に、ヴァレリアさんも困惑しているように見える。

「本日は我が家の夕食会に来ていただきありがとう。我が息子アルベールはあなたをずっと追い求め、家を継ぐ身でありながらいまだに結婚もせず、本当に困っていたのです」

 侯爵様のその言葉に、ヴァレリアさんの顔が引き攣ったのが視界に映った。

「あ、あの……ペルヴィス侯爵、私は貴家に嫁ぐつもりはなく、本日はお断りさせていただこうとこちらにやってきたのですが……」
「それでも良いのです。このバカ息子もご本人から断られれば諦めるでしょう」

 いや、多分この人はそんなに簡単じゃ……そう思った瞬間、アルベール様が侯爵様に反論するように口を開いた。

「私はヴァレリア嬢のことは諦めないですよ」

 それからも侯爵家親子が色々と話をする賑やかな時間が過ぎていると、使用人によって食事が運ばれてきた。

 なんだか予想していた雰囲気とは全く違う夕食会になってるね……ペルヴィス侯爵家、普通の貴族家とは少し違うのかも。
 私としては緊張しない雰囲気でありがたいけど。

「まずは食事で腹を満たしましょう」
「はい。とても美味しそうな香りですね」

 まず運ばれてきた料理は、硬めのパンを輪切りにしてソースをかけ、肉や野菜などが盛り付けてあるおしゃれな料理だった。

 ナイフでサクッと切り分けて口に運ぶと、とても美味しい味と香りが口の中に広がる。少しだけ甘みのあるソースが美味しいな。

「ヴァレリア嬢、どうですか?」
「とても美味しいです」

 ヴァレリアさんのその言葉にアルベール様は満面の笑みを浮かべると、自分は食べるのも忘れてヴァレリアさんの顔を見つめている。

「あの……そんなに見られると食べづらいのですが」
「あっ、申し訳ありません。……あの、ヴァレリア嬢、私と婚約していただける可能性はないのでしょうか?」
「ありません」

 全く悩むこともなくバシッと断ったヴァレリアさんに、それでもアルベール様はめげることなく口を開いた。

「では友人になってはいただけませんか?」
「……私と友人になったところで楽しくないですよ」
「それでも良いのです。ぜひ、よろしくお願いします」
「……分かりました」

 ここまで必死にアピールしてくれているアルベール様に少しの情が湧いたのか、ヴァレリアさんは友人になるという提案にはゆっくりと頷いた。

 するとアルベール様はガタッと椅子から立ち上がり、ヴァレリアさんの席に向かって恭しく手を取る。

「ありがとうございます! ヴァレリア嬢、仲の良い友人となりましょう」

 それからも予想以上に穏やかで楽しい雰囲気の夕食会が進んでいると、私のところに慌てた様子のフェリスがやってきた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

売れない薬はただのゴミ ~伯爵令嬢がつぶれかけのお店を再生します~

薄味メロン
ファンタジー
周囲は、みんな敵。 欠陥品と呼ばれた令嬢が、つぶれかけのお店を立て直す。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編)

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

処理中です...