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第2章 世界的な異変

23、ヴァレリアの出自と貴族

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 素材を十分に採取し終えたところで、ヴァレリアさんと共に魔法を練習しているフェリスの下に向かった。するとフェリスがいた場所は……綺麗な更地となっていた。

「フェリス……威力を抑えられるようになった?」
『うん!』

 自信満々なフェリスだけど、この光景を見るととても信じられない。

「フェリス、一度使ってみてくれ。そうだな……あの木に向かって風の刃を」
『分かった。ちゃんと見ててね!』

 フェリスは私たちから少し離れると、ヴァレリアさんが示した木に向かって両手を突き出した。そして真剣な表情で魔法を放つ。

『ウィンドカッター!』

 するとゴウッと強風が吹き荒れる音が耳に届き、その瞬間に目的の木から後ろに数十本が吹き飛んだ。

『どう?』

 褒められることを期待しているのか、キラキラと瞳を輝かせてこちらを振り向いたフェリスが可愛くて、厳しい言葉をかけられない。

「……地面が抉れてないから、ちょっとは成長したね」
「いや、レイラ。そんなに甘やかすのは良くない。フェリス、せめて目的の木を一本だけ倒せるようになれ」

 私の言葉に顔を輝かせていたフェリスは、ヴァレリアさんの言葉に唇を尖らせて拗ねた様子でこちらに戻ってきた。

『ヴァレリアが酷い……』

 それからもフェリスの練習に少しだけ付き合い、私たちは馬を預けていた村に戻った。そしてお昼ご飯を食べてから、さっそく王都に向けて馬を走らせた。


 あと数時間で王都に到着するという頃に、街道の先に立ち往生している馬車を見つけた。かなり豪華な馬車なので、貴族家のものだろう。

「ヴァレリアさん、何があったんでしょうか」
「分からないが……厄介ごとの予感がするな。はぁ、避けて通りたいが、向こうがすでにこちらに気づいてるようだから無視できない」

 心底面倒そうに溜息を吐いてから、ヴァレリアさんは馬の手綱を操って馬車の近くで馬を止めた。そして馬車の側で困った表情を浮かべている使用人服の男性に、馬に乗ったまま声を掛ける。

「何かありましたか?」
「お引き止めしてしまい、大変申し訳ございません。魔物に襲われて怪我人がいまして、さらに馬車の車輪がハマってしまって……もしよろしければ、お力を貸していただけないでしょうか」
「分かりました」

 ヴァレリアさんはこの貴族がどこの家なのか分かっているのか、断ることなく頷いた。高位貴族なのかな……

「ありがとうございます。とても助かります」
「しかし私たちも急ぎの用事がありまして、怪我人の治癒だけで良いでしょうか? 私は薬師なんです」
「薬師の方でしたか! もちろん無理のない範囲で大丈夫でございます。よろしくお願いいたします」

 男性は嬉しそうに頬を緩めて頭を下げると、馬車の中に声をかけてからドアを開いた。怪我人は馬車の中で休んでいるらしい。

「失礼いたします。薬師のヴァレリアです。怪我人の治癒をさせていただきたく思うのですが、中に入ってもよろしいでしょうか」
「もちろんだ。よろしく頼む。足を止めてしまってすまないな」

 中にいたのは貴族家の人だろう豪華な服装の男性と、馬車の中に横たわる騎士服姿の男性だ。

 ヴァレリアさんが騎士の方の状態を見るために馬車の中に足を踏み入れると……貴族の男性が、ヴァレリアさんの顔を驚きの表情で見つめた。

「も、もしかして……エトマン伯爵家の、ヴァレリア嬢ではないか!?」
「――人違いではないでしょうか」

 男性が顔を喜色に染めて発した言葉に、ヴァレリアさんは冷たい表情で視線を向けることもなく答えた。
 でもヴァレリアさんが困惑してない様子を見るに……もしかして、この男性が言ってることは真実だったりする?

 ヴァレリアさんって貴族向けの礼儀作法をどこで習ったんだろうって疑問に思ってたけど、貴族家出身だというならその疑問が解消する。

 でもあのヴァレリアさんが貴族令嬢……想像できなさすぎて、驚きよりも困惑が勝るかもしれない。少なくとも私が想像する貴族のご令嬢からは、最も遠い位置にいると思う。

「そんなことはない。私があなたの顔を見間違えることなど……ずっと探していたのです!」

 男性はずいっとヴァレリアさんに向けて身を乗り出した。しかしヴァレリアさんは何の反応も示さない。

 この男性は貴族時代のヴァレリアさんに会ったことがあるのかな……でもなんでずっと探していたんだろう。ヴァレリアさんがこの人に何かやらかしたとか?

「なぜこんなところで薬師をやっておられるのですか? もしかしてご実家で何か問題が?」
「――治癒をしたいので静かにしていただけますか?」

 男性が全く口を閉じないからか、ヴァレリアさんはキツイ言葉を返して男性を軽く睨みつけた。すると男性は渋々といった様子で口を閉じ、治療は滞りなく進んでいく。

 しかしヴァレリアさんの一挙手一投足を見逃さないとでもいうように、ガン見しているのは継続中だ。

 それから治癒が終わってヴァレリアさんが馬車から降りると、男性も追いかけ慌てて降りてきた。

「お待ちください!」
「治癒は終わりましたので、私たちはここで失礼いたします。王都に着きましたら、こちらに救援を寄越すよう騎士に伝えておきましょう」
「せっかく会えたのです! せめて連絡先を……」

 男性がヴァレリアさんの手を掴んで止めたところで、ヴァレリアさんは嫌そうな顔を隠しもせずに男性を振り返った。

「――はぁ、なぜ私のことを知っておられるのですか?」

 その言葉が出てくるってことは……やっぱり伯爵家のご令嬢っていうのは本当なんだ。

「以前にパーティーでお見かけしたことがあるのです! その時にあなたが骨付き肉を手掴みで食べているところを見て、一目惚れをしました。それからすぐにエトマン伯爵家へ求婚の手紙を送ったのですが、ヴァレリア嬢はいないと言われてしまい……ずっと探しておりました!」

 マジか、ヴァレリアさんに惚れてる人だったんだ。しかも手掴みで骨付き肉を食べてるところって、いつも男の人がその様子を見て引いて、離れていく場面だよね。

 そこで惚れてくれた人とか……かなり稀有な存在じゃないだろうか。

「私はもう貴族社会に戻る気はありませんので、私のことは忘れてください」
「そんなことはできません。今までずっとあなたのことを追いかけていたのです。せめて、せめて夕食だけでも!」
「夕食を共にしても、私があなたの気持ちに応えることはありません」
「それでも良いのです……!」

 ヴァレリアさんは男性のあまりのしつこさに観念したのか、大きく息を吐いてから小さく、本当に僅かに頷いた。

「ではレイラも一緒にお願いします。そして一度だけですよ」
「本当ですか!」

 男性は誰が見ても分かるほどに顔を明るくして、ヴァレリアさんの手を取った。

「では王都に戻ってから招待状を送らせていただきます。どちらにお送りすれば?」
「……ヴァレリア薬屋に」

 ヴァレリアさんはそれだけを伝えると、私を馬に乗せて自分もひらりと飛び乗った。そして男性に視線を向けることもせず、王都に向かって馬を進めた。
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