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第1章 精霊がいる薬屋
10、危機と精霊の力
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私はフェリスの声音にただならぬものを感じて、とりあえずヴァレリアさんに退避の準備を整えてもらおうと声を掛けた。
「ヴァ、ヴァレリアさん。なんだか強い魔物が来る気がします。気配を感じるのでこの場を離れた方が良いかもしれません」
しかしフェリスのことを伝えられないとなると、言えるのはこの程度の曖昧な内容。こんな内容では危機感が伝わらないのも明白で、ヴァレリアさんはもう少しだからと言って作業に戻ってしまった。
『レイラ、もうダメだ! あと数十秒でここに来るよ!』
「ど、どうすれば良いの……」
『とりあえず岩影に隠れて!』
「ヴァレリアさん、ちょっとこっちに来てください!」
私は意を決してヴァレリアさんの腕を掴み、無理やり岩陰まで連れていった。そして岩影から緊張しつつフェリスがいる方向に視線を向けると……森の中から、大型の魔物が現れた。
今までに見たことがない魔物だ。毛皮は黄色と黒の縞模様で、鋭い牙が口から飛び出している。さらに爪も相当鋭そうだ。
「おいっ、レイラ。何をするんだ!」
「しー! ヴァレリアさん、あっちを見てください!」
大声を出したヴァレリアさんの口を無理やり塞ぎ、小声で嗜めて魔物の方を示すと……ヴァレリアさんは、驚愕に瞳を見開いて固まった。
「あれは……サ、サーベルタイガー」
「……知ってるんですか?」
「知ってるも何も、なんでこんなところにいるんだ!」
「私も知りませんよっ。強いんですか?」
「騎士団でも中隊で対峙するレベルの魔物だ。辺境にはたまに出現するが、こんな王都近くの森にいるなんて聞いたことがない。なんでこんなところに……」
騎士団が中隊で対峙するレベル!? それはヤバい、フェリスの言う通り、本気で逃げないと命が危ない。
「どうしましょう。このままゆっくりと後退していけば逃げ切れますか……?」
「無理だ。サーベルタイガーは鼻が良いんだ。多分私達にも気づいてる。生き残る唯一の方法は……こいつを倒すしかない」
倒すって……私はナイフ一本しか持っていない。ヴァレリアさんも短剣が一つにナイフが一つだけだ。
『レイラ、左に避けて!』
フェリスのそんな叫び声が聞こえた私は、咄嗟にヴァレリアさんを左に突き飛ばして自分もそちらに飛んだ。するとその数秒後、私達がさっきまでいた場所にサーベルタイガーが飛びかかる。
サーベルタイガーは獲物に逃げられたのが不満なのか、グルルゥと低い唸り声を上げて私達を睨んだ。そしてその数秒後には、牙を剥いて私達に襲いかかってくる。
ダメだ、ここで死ぬのか。フェリス……もっと一緒にいてあげられなくてごめん。心の中でそう謝って痛みに耐えるためにも目を瞑ると……
『ストーンショット』
フェリスのいつになく真剣な声が耳に入った。そしてその声のすぐ後に、ドガンッと鼓膜が破れそうなほどの轟音が響き渡り、地面が立っていられないほどに揺れる。
恐る恐る目を開くと……目の前にサーベルタイガーはいなかった。というか目の前にあったはずの岩山が、半分抉れている。
――もしかして、フェリスがやったの?
『レイラ、生きてる!?』
「う、うん。生きてるよ」
『……よ、良かったぁ』
フェリスは涙目で私の元に飛んでくると、おでこにひしっと抱きついた。
「これって、フェリスがやったの?」
『うん。僕って魔法の制御が凄く苦手で、特に攻撃魔法の威力を調節できないんだ。だから凄いことになっちゃったみたい……ごめん』
能力が低くて下界に落とされたって、力が弱いんじゃなくて制御ができないって意味だったんだ……確かにこれは凄い。サーベルタイガーは跡形もなく消え去っている。
「謝らないで。助けてくれてありがとう」
『レ、レイラ~』
フェリスは私がお礼を言うと、さっきまでよりも酷く泣き出して、私にギュッと抱きついて離れなくなった。精霊界では制御できないことを、ずっと責められてたのかもしれない。
……とりあえずここから離れよう。フェリスのことは誰にも見えないんだから、私達が離れてしまえば何が起こったのか調査できる人はいないはずだ。
「フェリス、大丈夫だから泣かないで」
『でも、精霊の存在を疑われたら、レイラのことも知られて……』
「大丈夫だよ。まだ誰にも見られてないんだからそうはならないって。精霊の仕業かもって疑われたとしても、私が今まで以上に用心すれば大丈夫」
精霊の存在を皆が疑ってる時に、宙を見つめて独り言を呟く少女がいたらそれは疑われるけど、今までもバレてこなかったんだから大丈夫だ。
問題はヴァレリアさんだけど……ヴァレリアさんは秘密を守ってくれるはずだ。そこは信じるしかない。
『……良かった。僕も今まで以上に気をつける』
「うん。そうしようね」
私はまだ泣いているフェリスを優しく抱きしめて、ヴァレリアさんの方に向き直った。ヴァレリアさんは呆然と私を見つめていて、完全に思考停止している様子だ。
「レ、レイラ……? 誰と話をしてるんだ?」
「とりあえず、この場を離れてからでも良いでしょうか。この場に私がいたという証拠を残したくありません。落ち着いたら全部話しますので」
私が真剣な表情でそう告げると、ヴァレリアさんはしっかりと頷いてくれた。
「……分かった。では荷物を持ってくる」
それから荷物を全て片付けて私達がいた証拠がないかを確認してから、私とヴァレリアさんは足早に岩山だった場所から距離を取った。
ちなみに月光草は奇跡的に無事だったらしく、調薬に足りる量は確保できたそうだ。
「あっ、魔力草があります」
しばらく歩いていたら、ふと視界に魔力草が映った。魔力草は綺麗な水色の葉が目立つので、生えているとすぐに分かる。
「本当だな……この場所で採取をしてしまうか。そして街に戻ろう。大きな音がして地響きがして、怖いので街に戻ってきたという方が自然だろう?」
「確かにそうですね」
魔力草の採取は月光草よりも大変ではないようで、五分ほどで必要量は集まった。これであとはお店にある材料を合わせれば、フィラート病の治療薬ができるはずらしい。
お願いだから成功して欲しい……私は心の中で祈りながら、街に向かって歩みを進めた。
それから一時間以上かかって森から抜けると、森の外縁部には騎士団が集まっていた。これから調査隊を送るのだそうだ。
「あっ、そこの二人。少し話を聞いても良いか?」
私達が姿を表すと、すぐに若い騎士が駆け寄ってくる。私はフェリスのことがバレてるのかと一瞬動揺してしまったけど、ヴァレリアさんがすぐ私の前に出て騎士への対応をしてくれた。
「もちろん構わん。さっきの地響きのことか?」
「そうだ。これから調査のために森に入るんだが、事前情報が欲しくてな」
「力になりたいが、私達もほとんど何も分からないんだ。森で採取をしようと思っていたらあの音が聞こえて地面が揺れて、怖くてすぐに街へ戻って来た」
騎士はその言葉を聞いて、ヴァレリアさんと私のことを上から下まで視線を動かして確認してから、不自然な点はないと判断したのか笑みを浮かべてくれた。強くなさそうな女二人ってところも、あまり疑われない理由になったのかもしれない。
「そうか……ありがとな。気をつけて街まで帰ってくれ。怪我はしてないか?」
「ああ、大丈夫だ。では行かせてもらう」
そうして私達は騎士との話を終え、森を出た後に街まで続く街道を歩いた。街道は森に向かう騎士や冒険者らしき人達と、街に向かう子供達や私達のような一般人で溢れかえっている。
「レイラ、堂々としていろ。私はまだよく分かっていないが、とりあえず悪いことをしたわけじゃない。私の命を救ってくれたんだからな。私の命を救ったってことは、私がこれから救う予定の何百人、何千人もの患者の命も救ったってことだぞ」
私が俯いて歩いていたからか、ヴァレリアさんが顔を近づけて、周りに声が聞こえないように小声でそう声をかけてくれた。
にっと自信ありげな笑みを浮かべるヴァレリアさんに、私は泣きそうになってしまう。
――ここでそんな言葉を言ってくれるなんて、反則だ。
もしかしたらヴァレリアさんのところで働けるのは、今日で最後かもしれない。追い出されるかもしれないって覚悟してたのに。
岩山を抉るようなことができて、突然何もないところを見つめて目に見えない何かと会話を始めて……そんな人がいたら、私だって気味が悪いって思うだろう。
「ありがとう、ございます……っ」
「ほら泣くな。早く帰るぞ」
「は、はいっ!」
それから私は頼もしいヴァレリアさんの背中に勇気をもらいながら、涙を堪えて街まで歩いた。
ヴァレリアさんにならフェリスのことを話しても大丈夫だ。自然とそう思えた。
「ヴァ、ヴァレリアさん。なんだか強い魔物が来る気がします。気配を感じるのでこの場を離れた方が良いかもしれません」
しかしフェリスのことを伝えられないとなると、言えるのはこの程度の曖昧な内容。こんな内容では危機感が伝わらないのも明白で、ヴァレリアさんはもう少しだからと言って作業に戻ってしまった。
『レイラ、もうダメだ! あと数十秒でここに来るよ!』
「ど、どうすれば良いの……」
『とりあえず岩影に隠れて!』
「ヴァレリアさん、ちょっとこっちに来てください!」
私は意を決してヴァレリアさんの腕を掴み、無理やり岩陰まで連れていった。そして岩影から緊張しつつフェリスがいる方向に視線を向けると……森の中から、大型の魔物が現れた。
今までに見たことがない魔物だ。毛皮は黄色と黒の縞模様で、鋭い牙が口から飛び出している。さらに爪も相当鋭そうだ。
「おいっ、レイラ。何をするんだ!」
「しー! ヴァレリアさん、あっちを見てください!」
大声を出したヴァレリアさんの口を無理やり塞ぎ、小声で嗜めて魔物の方を示すと……ヴァレリアさんは、驚愕に瞳を見開いて固まった。
「あれは……サ、サーベルタイガー」
「……知ってるんですか?」
「知ってるも何も、なんでこんなところにいるんだ!」
「私も知りませんよっ。強いんですか?」
「騎士団でも中隊で対峙するレベルの魔物だ。辺境にはたまに出現するが、こんな王都近くの森にいるなんて聞いたことがない。なんでこんなところに……」
騎士団が中隊で対峙するレベル!? それはヤバい、フェリスの言う通り、本気で逃げないと命が危ない。
「どうしましょう。このままゆっくりと後退していけば逃げ切れますか……?」
「無理だ。サーベルタイガーは鼻が良いんだ。多分私達にも気づいてる。生き残る唯一の方法は……こいつを倒すしかない」
倒すって……私はナイフ一本しか持っていない。ヴァレリアさんも短剣が一つにナイフが一つだけだ。
『レイラ、左に避けて!』
フェリスのそんな叫び声が聞こえた私は、咄嗟にヴァレリアさんを左に突き飛ばして自分もそちらに飛んだ。するとその数秒後、私達がさっきまでいた場所にサーベルタイガーが飛びかかる。
サーベルタイガーは獲物に逃げられたのが不満なのか、グルルゥと低い唸り声を上げて私達を睨んだ。そしてその数秒後には、牙を剥いて私達に襲いかかってくる。
ダメだ、ここで死ぬのか。フェリス……もっと一緒にいてあげられなくてごめん。心の中でそう謝って痛みに耐えるためにも目を瞑ると……
『ストーンショット』
フェリスのいつになく真剣な声が耳に入った。そしてその声のすぐ後に、ドガンッと鼓膜が破れそうなほどの轟音が響き渡り、地面が立っていられないほどに揺れる。
恐る恐る目を開くと……目の前にサーベルタイガーはいなかった。というか目の前にあったはずの岩山が、半分抉れている。
――もしかして、フェリスがやったの?
『レイラ、生きてる!?』
「う、うん。生きてるよ」
『……よ、良かったぁ』
フェリスは涙目で私の元に飛んでくると、おでこにひしっと抱きついた。
「これって、フェリスがやったの?」
『うん。僕って魔法の制御が凄く苦手で、特に攻撃魔法の威力を調節できないんだ。だから凄いことになっちゃったみたい……ごめん』
能力が低くて下界に落とされたって、力が弱いんじゃなくて制御ができないって意味だったんだ……確かにこれは凄い。サーベルタイガーは跡形もなく消え去っている。
「謝らないで。助けてくれてありがとう」
『レ、レイラ~』
フェリスは私がお礼を言うと、さっきまでよりも酷く泣き出して、私にギュッと抱きついて離れなくなった。精霊界では制御できないことを、ずっと責められてたのかもしれない。
……とりあえずここから離れよう。フェリスのことは誰にも見えないんだから、私達が離れてしまえば何が起こったのか調査できる人はいないはずだ。
「フェリス、大丈夫だから泣かないで」
『でも、精霊の存在を疑われたら、レイラのことも知られて……』
「大丈夫だよ。まだ誰にも見られてないんだからそうはならないって。精霊の仕業かもって疑われたとしても、私が今まで以上に用心すれば大丈夫」
精霊の存在を皆が疑ってる時に、宙を見つめて独り言を呟く少女がいたらそれは疑われるけど、今までもバレてこなかったんだから大丈夫だ。
問題はヴァレリアさんだけど……ヴァレリアさんは秘密を守ってくれるはずだ。そこは信じるしかない。
『……良かった。僕も今まで以上に気をつける』
「うん。そうしようね」
私はまだ泣いているフェリスを優しく抱きしめて、ヴァレリアさんの方に向き直った。ヴァレリアさんは呆然と私を見つめていて、完全に思考停止している様子だ。
「レ、レイラ……? 誰と話をしてるんだ?」
「とりあえず、この場を離れてからでも良いでしょうか。この場に私がいたという証拠を残したくありません。落ち着いたら全部話しますので」
私が真剣な表情でそう告げると、ヴァレリアさんはしっかりと頷いてくれた。
「……分かった。では荷物を持ってくる」
それから荷物を全て片付けて私達がいた証拠がないかを確認してから、私とヴァレリアさんは足早に岩山だった場所から距離を取った。
ちなみに月光草は奇跡的に無事だったらしく、調薬に足りる量は確保できたそうだ。
「あっ、魔力草があります」
しばらく歩いていたら、ふと視界に魔力草が映った。魔力草は綺麗な水色の葉が目立つので、生えているとすぐに分かる。
「本当だな……この場所で採取をしてしまうか。そして街に戻ろう。大きな音がして地響きがして、怖いので街に戻ってきたという方が自然だろう?」
「確かにそうですね」
魔力草の採取は月光草よりも大変ではないようで、五分ほどで必要量は集まった。これであとはお店にある材料を合わせれば、フィラート病の治療薬ができるはずらしい。
お願いだから成功して欲しい……私は心の中で祈りながら、街に向かって歩みを進めた。
それから一時間以上かかって森から抜けると、森の外縁部には騎士団が集まっていた。これから調査隊を送るのだそうだ。
「あっ、そこの二人。少し話を聞いても良いか?」
私達が姿を表すと、すぐに若い騎士が駆け寄ってくる。私はフェリスのことがバレてるのかと一瞬動揺してしまったけど、ヴァレリアさんがすぐ私の前に出て騎士への対応をしてくれた。
「もちろん構わん。さっきの地響きのことか?」
「そうだ。これから調査のために森に入るんだが、事前情報が欲しくてな」
「力になりたいが、私達もほとんど何も分からないんだ。森で採取をしようと思っていたらあの音が聞こえて地面が揺れて、怖くてすぐに街へ戻って来た」
騎士はその言葉を聞いて、ヴァレリアさんと私のことを上から下まで視線を動かして確認してから、不自然な点はないと判断したのか笑みを浮かべてくれた。強くなさそうな女二人ってところも、あまり疑われない理由になったのかもしれない。
「そうか……ありがとな。気をつけて街まで帰ってくれ。怪我はしてないか?」
「ああ、大丈夫だ。では行かせてもらう」
そうして私達は騎士との話を終え、森を出た後に街まで続く街道を歩いた。街道は森に向かう騎士や冒険者らしき人達と、街に向かう子供達や私達のような一般人で溢れかえっている。
「レイラ、堂々としていろ。私はまだよく分かっていないが、とりあえず悪いことをしたわけじゃない。私の命を救ってくれたんだからな。私の命を救ったってことは、私がこれから救う予定の何百人、何千人もの患者の命も救ったってことだぞ」
私が俯いて歩いていたからか、ヴァレリアさんが顔を近づけて、周りに声が聞こえないように小声でそう声をかけてくれた。
にっと自信ありげな笑みを浮かべるヴァレリアさんに、私は泣きそうになってしまう。
――ここでそんな言葉を言ってくれるなんて、反則だ。
もしかしたらヴァレリアさんのところで働けるのは、今日で最後かもしれない。追い出されるかもしれないって覚悟してたのに。
岩山を抉るようなことができて、突然何もないところを見つめて目に見えない何かと会話を始めて……そんな人がいたら、私だって気味が悪いって思うだろう。
「ありがとう、ございます……っ」
「ほら泣くな。早く帰るぞ」
「は、はいっ!」
それから私は頼もしいヴァレリアさんの背中に勇気をもらいながら、涙を堪えて街まで歩いた。
ヴァレリアさんにならフェリスのことを話しても大丈夫だ。自然とそう思えた。
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