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第1章 精霊がいる薬屋
8、厄介な依頼
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それから数週間は、特に何事もなく日常が過ぎていった。しかしそんな穏やかな日常が、一通の依頼書によって激変する。
その依頼書が届いたのは今日の朝早く。受け取ったのは私だ。私はその依頼書を見て、たっぷり一分間は固まっていたと思う。なぜならその依頼書の差出人が、公爵様だったからだ。
公爵は王家の縁者にしか与えられない爵位。そんな貴族の中で一番身分の高いお方から、こんな小さな薬屋に依頼が来るなんて……信じられなかった。
「ヴァ、ヴァレリアさん! 大変です!!」
思わずそう叫んだのも仕方がないだろう。それから依頼書を開いて中身を確認したヴァレリアさんは、今日の他の仕事は全て後に回して公爵家へと赴くことを決めた。
そして今、私達は公爵家の応接室で公爵夫妻と向き合っている。
「突然連絡して済まなかったな。実は腕の良い薬師をずっと探していたのだが、つい先日ナヴァール伯爵からそなたらの噂を聞き、依頼を出してみようと思ったのだ」
ナヴァール伯爵ってことは……この依頼が来た原因、もしかして私なの!? あのあと伯爵家には残りの薬を配達に行き、お礼としてクッキーを受け取った。
しかしそれだけでは終わらず、当日よりも感謝されてお洋服に始まり化粧品、香水、高級食材、様々なものを受け取ったのだ。なんでも治癒師にご子息を診てもらった時、薬師の応急処置がなければ障害が残ったかもしれないと言われたらしい。
確かにあの様子なら、他の貴族家にうちをおすすめしてくれてもおかしくないかもしれない。あの後はとても贔屓にしてくれていて、ご子息の薬だけでなく屋敷中の薬を全てうちの製品に変えてくれたから。
「そのように仰っていただけて光栄でございます。ご依頼、謹んでお受けいたします」
ヴァレリアさんはもう別人のように、公爵家に入ってからは優雅に礼儀正しく振る舞っている。派手すぎないけどオシャレなドレスもとても似合っていて、ヴァレリアさんが貴族側だと言われても納得の仕上がりだ。
いつものダボっとした作業ズボンにサラシを巻いて、タンクトップを着てパーカーを腰に巻いている、あの姿からは想像できない。
――そういえば、ヴァレリアさんってどんな生い立ちなんだろう。いつもはぐらかしてちゃんと教えてくれないんだよね。礼儀作法が完璧なところからして、どこかの商家のお嬢さんだったのかなと思ってるんだけど……
「ありがとう。では依頼の内容だが、ある病気の治療薬を作って欲しいんだ」
「……どのような、病気でしょうか?」
「フィラート病だ」
「フィッ、フィラート病とは……まさか、罹患している方がおられるのでしょうか?」
「ああ、娘だ」
フィラート病って確か……魔力回路が乱れて肌の至る所から魔力が噴き出し、それによってフィラートの花のような赤い跡が全身に現れ、そのうち魔力が欠乏状態になって衰弱死するって病気だったはず。
確か症状が現れ始めてから、助けられるのは一年以内が限界だろうって……
「何ヶ月、経っているのでしょうか?」
「九ヶ月だ。猶予はあと三ヶ月しかない……娘を、よろしく頼む」
「……かしこまりました。全力を尽くします」
ヴァレリアさん難しい表情で依頼を受けた。フィラート病の治療薬なんて作れるのだろうか。私が読んだ本には、未だ有効な治療薬はないって書いてあった気がするんだけど……
公爵家から退出して馬車に乗り、薬屋に着くまでヴァレリアさんは口を開かなかった。多分フィラート病の治療薬のことを考えているのだろう。ヴァレリアさんは治療法を知ってるのかな……確かあの病気は、治癒師でも治せないんだったはずだ。
「レイラ、依頼を選別して急ぎのものだけ別にしてくれないか? 急ぎじゃないものには、配達が数日遅れると手紙を書いて欲しい。今日中に他の仕事は片付けて、明日から数日はフィラート病の治療薬に集中したい」
「分かりました。……治療法を、知っておられるのですか?」
「ああ、知ってはいる。ただ調薬できる薬師はいないだろうとその本には書かれていた。あれを再現できれば、治せるかもしれない」
そんなに難しいのか……でもヴァレリアさんなら、奇跡を起こしてくれるんじゃないかと、そんな気がしてくる。
「雑用はなんでも私に振ってください。ヴァレリアさん、絶対に薬を作りましょう」
「ああ、やってみせるさ」
そう言って勝気な笑みを浮かべたヴァレリアさんは、とても頼もしかった。
それから私達は簡単な昼食を食べてから、とにかく必死に働いた。数日後では薬が間に合わない依頼だけを選別してヴァレリアさんに調薬してもらい、私は夜に配達をするための準備を着々と整えていった。
普段ならいつ配達に伺うのかを手紙で知らせているんだけど、急な配達では知らせることができないので、比較的在宅している人が多い夜に配達をしようと思ったのだ。
これで今日いなかった人には、仕方がないからまた別の日に配達をするしかない。
「レイラ、この三つは終わったぞ」
「ありがとうございます。包みますね。次はこの二つをお願いします。どちらも化膿止めです」
「分かった」
ヴァレリアさんは依頼書を受け取ると、調薬部屋に引っ込んだ。さっきからこれを何度も繰り返している。
『レイラ……大丈夫? 僕も手伝えたら良いんだけど』
フェリスが机の上に落ち込んだ様子で膝を抱えて座り、そんな言葉を呟いた。フェリスは手伝いができないことを心苦しく思っているようなのだ。
私としてはフェリスはそこにいるだけで癒されるから、凄く役に立ってるんだけど……
「そういえば、フェリスの治癒魔法ってフィラート病を治せるの? もちろん治せるとしても、力を使ってもらうことはないんだけど、ちょっと気になって」
ふと疑問に思ったことを小声で聞いてみると、フェリスは首を横に振った。
『魔力回路の異常に関する様々な病気は、魔力を使う魔法では治せないんだ。だから……レイラは絶対にその病気にならないでね』
「それはちょっと難しいかなぁ……でも、病気になっても治せるように、頑張って調薬技術を磨くよ」
私がそう宣言すると、フェリスは少しだけ元気を取り戻して頷いた。もしかしたら、私が病気になった時のことを考えて落ち込んでたのかな……ふふっ、フェリスが可愛い。
私はヴァレリアさんがまだこちらに来ないことを確認してから、一応ヴァレリアさんがいる調薬部屋からは見えないところにフェリスを呼び、フェリスの綺麗な髪を撫でた。
「私はもっとフェリスと一緒にいたいから、ずっと元気に生きる予定だよ」
『そっか……じゃあ、これからもずっと一緒にいようね!』
そう言ってまたおでこに張り付いたフェリスを肩に移動させて、私はまた仕事に集中することにした。
そうしてその日は日が暮れてからも必死に働き、急ぎの依頼は全て配達を終えることができた。これで明日から数日間は、フィラート病に集中できるだろう。
その依頼書が届いたのは今日の朝早く。受け取ったのは私だ。私はその依頼書を見て、たっぷり一分間は固まっていたと思う。なぜならその依頼書の差出人が、公爵様だったからだ。
公爵は王家の縁者にしか与えられない爵位。そんな貴族の中で一番身分の高いお方から、こんな小さな薬屋に依頼が来るなんて……信じられなかった。
「ヴァ、ヴァレリアさん! 大変です!!」
思わずそう叫んだのも仕方がないだろう。それから依頼書を開いて中身を確認したヴァレリアさんは、今日の他の仕事は全て後に回して公爵家へと赴くことを決めた。
そして今、私達は公爵家の応接室で公爵夫妻と向き合っている。
「突然連絡して済まなかったな。実は腕の良い薬師をずっと探していたのだが、つい先日ナヴァール伯爵からそなたらの噂を聞き、依頼を出してみようと思ったのだ」
ナヴァール伯爵ってことは……この依頼が来た原因、もしかして私なの!? あのあと伯爵家には残りの薬を配達に行き、お礼としてクッキーを受け取った。
しかしそれだけでは終わらず、当日よりも感謝されてお洋服に始まり化粧品、香水、高級食材、様々なものを受け取ったのだ。なんでも治癒師にご子息を診てもらった時、薬師の応急処置がなければ障害が残ったかもしれないと言われたらしい。
確かにあの様子なら、他の貴族家にうちをおすすめしてくれてもおかしくないかもしれない。あの後はとても贔屓にしてくれていて、ご子息の薬だけでなく屋敷中の薬を全てうちの製品に変えてくれたから。
「そのように仰っていただけて光栄でございます。ご依頼、謹んでお受けいたします」
ヴァレリアさんはもう別人のように、公爵家に入ってからは優雅に礼儀正しく振る舞っている。派手すぎないけどオシャレなドレスもとても似合っていて、ヴァレリアさんが貴族側だと言われても納得の仕上がりだ。
いつものダボっとした作業ズボンにサラシを巻いて、タンクトップを着てパーカーを腰に巻いている、あの姿からは想像できない。
――そういえば、ヴァレリアさんってどんな生い立ちなんだろう。いつもはぐらかしてちゃんと教えてくれないんだよね。礼儀作法が完璧なところからして、どこかの商家のお嬢さんだったのかなと思ってるんだけど……
「ありがとう。では依頼の内容だが、ある病気の治療薬を作って欲しいんだ」
「……どのような、病気でしょうか?」
「フィラート病だ」
「フィッ、フィラート病とは……まさか、罹患している方がおられるのでしょうか?」
「ああ、娘だ」
フィラート病って確か……魔力回路が乱れて肌の至る所から魔力が噴き出し、それによってフィラートの花のような赤い跡が全身に現れ、そのうち魔力が欠乏状態になって衰弱死するって病気だったはず。
確か症状が現れ始めてから、助けられるのは一年以内が限界だろうって……
「何ヶ月、経っているのでしょうか?」
「九ヶ月だ。猶予はあと三ヶ月しかない……娘を、よろしく頼む」
「……かしこまりました。全力を尽くします」
ヴァレリアさん難しい表情で依頼を受けた。フィラート病の治療薬なんて作れるのだろうか。私が読んだ本には、未だ有効な治療薬はないって書いてあった気がするんだけど……
公爵家から退出して馬車に乗り、薬屋に着くまでヴァレリアさんは口を開かなかった。多分フィラート病の治療薬のことを考えているのだろう。ヴァレリアさんは治療法を知ってるのかな……確かあの病気は、治癒師でも治せないんだったはずだ。
「レイラ、依頼を選別して急ぎのものだけ別にしてくれないか? 急ぎじゃないものには、配達が数日遅れると手紙を書いて欲しい。今日中に他の仕事は片付けて、明日から数日はフィラート病の治療薬に集中したい」
「分かりました。……治療法を、知っておられるのですか?」
「ああ、知ってはいる。ただ調薬できる薬師はいないだろうとその本には書かれていた。あれを再現できれば、治せるかもしれない」
そんなに難しいのか……でもヴァレリアさんなら、奇跡を起こしてくれるんじゃないかと、そんな気がしてくる。
「雑用はなんでも私に振ってください。ヴァレリアさん、絶対に薬を作りましょう」
「ああ、やってみせるさ」
そう言って勝気な笑みを浮かべたヴァレリアさんは、とても頼もしかった。
それから私達は簡単な昼食を食べてから、とにかく必死に働いた。数日後では薬が間に合わない依頼だけを選別してヴァレリアさんに調薬してもらい、私は夜に配達をするための準備を着々と整えていった。
普段ならいつ配達に伺うのかを手紙で知らせているんだけど、急な配達では知らせることができないので、比較的在宅している人が多い夜に配達をしようと思ったのだ。
これで今日いなかった人には、仕方がないからまた別の日に配達をするしかない。
「レイラ、この三つは終わったぞ」
「ありがとうございます。包みますね。次はこの二つをお願いします。どちらも化膿止めです」
「分かった」
ヴァレリアさんは依頼書を受け取ると、調薬部屋に引っ込んだ。さっきからこれを何度も繰り返している。
『レイラ……大丈夫? 僕も手伝えたら良いんだけど』
フェリスが机の上に落ち込んだ様子で膝を抱えて座り、そんな言葉を呟いた。フェリスは手伝いができないことを心苦しく思っているようなのだ。
私としてはフェリスはそこにいるだけで癒されるから、凄く役に立ってるんだけど……
「そういえば、フェリスの治癒魔法ってフィラート病を治せるの? もちろん治せるとしても、力を使ってもらうことはないんだけど、ちょっと気になって」
ふと疑問に思ったことを小声で聞いてみると、フェリスは首を横に振った。
『魔力回路の異常に関する様々な病気は、魔力を使う魔法では治せないんだ。だから……レイラは絶対にその病気にならないでね』
「それはちょっと難しいかなぁ……でも、病気になっても治せるように、頑張って調薬技術を磨くよ」
私がそう宣言すると、フェリスは少しだけ元気を取り戻して頷いた。もしかしたら、私が病気になった時のことを考えて落ち込んでたのかな……ふふっ、フェリスが可愛い。
私はヴァレリアさんがまだこちらに来ないことを確認してから、一応ヴァレリアさんがいる調薬部屋からは見えないところにフェリスを呼び、フェリスの綺麗な髪を撫でた。
「私はもっとフェリスと一緒にいたいから、ずっと元気に生きる予定だよ」
『そっか……じゃあ、これからもずっと一緒にいようね!』
そう言ってまたおでこに張り付いたフェリスを肩に移動させて、私はまた仕事に集中することにした。
そうしてその日は日が暮れてからも必死に働き、急ぎの依頼は全て配達を終えることができた。これで明日から数日間は、フィラート病に集中できるだろう。
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